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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (3)
81 マイ・フェア・シンデレラ⑤
しおりを挟むどれ、気持ちよく安眠しているところ悪いが、起きる時間だシンデレラ。俺は運転席から左手を伸ばして、茉莉の右のほっぺたを『ぎゅむっ』とひっぱった。
「痛っ! ってあれ……?」
茉莉は俺がつねった右頬をナデナデしつつ、寝ぼけまなこで運転席に視線を向けてくる。
「助手席で爆睡をかますとは、ずいぶんな余裕だな」
わざと地を這うような低い声音で言えば、浮かべようとした愛想笑いが、盛大にひきつった。
「すみません、社長の運転があまりにパーフェクトだったので、つい気持ちよくって……もう着いたんですね」
と茉莉は窓越しに外を見渡して眉根をよせる。
「ホテル・ロイヤルの地下駐車場に、そっくり……」
「そっくりなんじゃない。ここは、ホテル・ロイヤルの地下駐車場だ」
茉莉にとっては、ここは元婚約者と修羅場を演じた、苦い思い出が残る場所。好んで来たい場所ではないだろう。
だが、仕事は仕事。
プライベートとは、きっちり線引きをしてもらわなくては困る。
「……一つ言っておくが」
「はい?」
「食事の相手は、ウチの大株主だ」
「はい」
茉莉は、神妙にうなずく。
「話は俺がするから、お前はひたすら笑って相槌をうっていればいい。よけいな口は挟まないこと」
「……はい、わかりました」
今日はとりあえず、接待の雰囲気だけをつかんでくれればいい。
「それと――」
と言葉を切って、俺はニッコリと微笑んだ。
日頃めったに見せない全開の営業スマイルに、茉莉は、思わずといったように腰が引けている。
「会食が首尾よく済めば特別ボーナスをやるから、せいぜいがんばるんだな」
『特別ボーナス』の言葉に、茉莉の瞳がキラキラーンと輝きを増す。
「はい、頑張りますっ」
っとに、わかりやすいにもほどがある。
食事をセッティングしたのは、展望レストランではなく、ふだんは結婚披露宴やパーティなどが行われるホールの一つ。その一角を仕切って作られた、と言っても、ゆうに二十畳くらいはありそうな広い場所だ。
部屋の中央に設置されているのは、余裕で十人は座れそうな大きなテーブルセット。テーブルには、透かし模様の入った、白いレース調のテーブルクロスがかけられている。
センターには、淡い色彩でまとめられた、美しい生花。既に、三人分のテーブルウェアがセットされている。
俺たちが部屋に足を踏み入れたとほぼ同時に姿を見せたのは、このホテルの総支配人の後藤。穏やかな雰囲気を持った五十がらみの男性だ。
もちろん彼は、俺がこのホテルのオーナー、谷田部彰成の息子だと知っている。後藤は、人好きのする笑顔を浮かべて、ニコニコと挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませ、祐一郎様」
「今日は、よろしく頼む。不備のないようにな」
「はい、万事承知しておりますので、ご心配なさらずにお任せ下さい。奥様も、間もなくお見えになるでしょうから、お二人とも席に付いてお待ちください」
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