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第6章 ファーストナイトは夢うつつ

105 社員寮は高級マンション①

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 あの車中での告白劇から、二か月ほどたった八月初旬の午前十時。

 まだ午前中だというのに、カンカン照りの太陽がアスファルトを照らしていた。真っ青な空には、綿菓子みたいな入道雲が浮かんでいる。季節はもうすっかり真夏モードだ。

 そんな明るい太陽の下、私は、父の運転する引っ越し荷物を積んだ軽トラックの助手席のおさまり、一路、新居の株式会社FUDOUの社員寮を目指していた。

 移動距離は、車で三十分ほどで、社員寮は市街地の中心部にあるから、今までの郊外の住宅街とは環境が大きく変わる。

 寮から会社、ホテルクロスポイントまでの距離は今までの三分の一。大学までの距離は少しだけ遠くなるが、電車で一駅分だから誤差の範囲。通勤面で、かなり便利になるのは素直にうれしい。

 家を出てからすでに二十五分ほどたっているから、あと五分で到着予定だ。後ろに流れていく街の景色は、緑が減り都会の街並みに変わっていく。

 私の膝の上には、愛亀の亀子さんが入った水色のバケツが乗っている。バケツの水がこぼれないようにしっかりと両手で抱えなおすと、バケツの中から見上げている亀子さんのつぶらな瞳と視線があった。

「ごめんね。寮についたらすぐに水槽をセットするから、それまで少しガマンしてね」

 話しかけると、亀子さんは『へいき、きにしないでね』というように、にょーん、と首を伸ばす。

――ふふっ。亀子さんは、ほんとうに、癒し系だよね。

 私と父は、今朝、長年住み慣れた我が家を引き払ってきた。

 生まれてからずっと住んでいた、母との思い出がたくさんつまった、我が家。門を出るときの離れがたい気持ちは、なんといえばいいのだろう。

『今までありがとうございました』

 言葉にしなくても、無言で頭を下げる父の気持ちは痛いほどわかった。私は父にならい、心からの感謝の気持ちを込めて、ひっそりと建つ二階建ての我が家に深く頭を下げた。

 寂しくて、切なくて、少し涙がこぼれそうになった。だけど、泣いたらだめだ。泣きたい気持ちは、きっと父の方が強いはずだから。そう思って、必死にこらえた。

「お父さん、本当に今日新しい会社の寮に行っちゃうの?」

 隣でハンドルを握る父に視線を向けて問えば、父は申し訳なさそうに眉毛を下げて言う。

「すまないな。明日から長距離の仕事が入っているから、お前の荷物を運びこんだら、その足で向かわなきゃならん……」

 そう。父も、今日引っ越しをする。

『裸一貫からやり直す』との宣言通り、父は知り合いのつてで、長距離トレーラーの運転手として仕事を得た。でも、その会社は三つほど隣の県にあり、通うのはとても無理。ということで、私と父はそれぞれ就職先の会社の社員寮に入ることになったのだ。

 家を出た寂しさと、父と別れる寂しさ。
 このダブルの寂しさに、耐えられるかなぁ、私……。

 なんて心配は、五分後、社員寮に着いた瞬間に吹き飛んでしまった。

 社員寮の住所の駐車場に軽トラックを止めた父と私は、目の前にそびえたつ白亜の高層マンションを呆然と見上げた。

 どう見ても、『社員寮』には見えない。

 もしかしたら住所が間違っているのかもしれないと、社長から渡された手書きの地図を父と頭を突き合わせて確認する。

 間違いない。この住所だ。
 ついでに、周囲の建物も地図に書かれている通りだから、やっぱり間違いない。

 でも、これっていわゆる『高級マンション』ってやつでは……。

「取りあえず、行ってみるか」

 さすがに年の功。
 先に動き出した父につられて、私もワタワタと準備を始めた。


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