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夏至【partⅠ】
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六月二十一日の月曜日。
「おいっ。そんなんじゃ予選会で入賞なんかできないぞ。もっとしっかり泳ぎ込め」
夏至の晴天の中、水泳部顧問の山下先生の怒号がプールに響き渡る。いつも優しい山下先生も予選会前になると張り詰めた表情で指導に当たる。
プールでは水泳部員たちが何本も泳ぎ込む。顧問の山下先生は水泳部員の泳ぎをプールサイドから観察し、水から上がった部員一人ひとりに的確なアドバイスをする。
由依はプール掃除の日から一度も部活に顔を出していないどころか学校でも全く姿を見ない。プール掃除のときに顧問と由依のよくない噂話をしていた三年生たちは由依が学校に来なくなって一週間は顧問に淫行を強要されて学校に来られなくなったとか、二人の間に子どもができたとか面白おかしく話を広げては小ばかにするような笑いをしていたが、今は特に変な噂もせず普通に接している。所詮ただの噂だし、海斗は自分が居合わせた時のことも特に気にしていなかった。
何より今週の予選会に向けての練習に力を入れていた。三年生になった海斗にとっては最後の予選会。どうあがいても県大会に出場したい。そんな強い気持ちを胸に抱えて練習に臨んでいた。
海斗のクロールは力強く水を押しのけ、ぐんぐんとプールの中を進んでいた。海斗はいつもの泳ぎよりも強い手ごたえを感じていた。この泳ぎなら地区予選上位に入賞して県大会に行けると確信していた。25メートルを泳ぎ切ると気持ちのいい疲れの中、達成感があった。
「海斗、最近の泳ぎのフォームがとてもいい。今回の予選は期待できるぞ」
顧問は泳ぎ終わってプールから上がった海斗に熱い眼差しを向けて、力強く言い放った。
「はいっ。頑張ります」
海斗も力強く答える。海斗がもう一本泳ぐためにプールサイドからスタート位置を目指して歩いていると急に頭痛と吐き気が襲ってきた。頭を覆う鈍痛とこみ上げる吐き気に耐え切れず、海斗はその場にしゃがみこんだ。
「大丈夫か」
一番最初に気づいた顧問が海斗のもとに駆け寄りしゃがみ込みながら声を掛けた。海斗はあまりの痛みに声も出せず、何も発せなかった。
「一年生。海斗を保健室に連れて行ってくれ」
顧問の大きな声にみんなが海斗に注目した。うずくまる海斗のそばにしゃがみ込む顧問を見て、何やらよくない状況であることを察した全部員が一斉に集まってきた。海斗にタオルをかけて一年生の部員たちが肩を貸す。
海斗は鈍い頭痛と戦いながら立ち上がろうとするも足が痺れてうまく立ち上がることができず座り込んでしまった。顧問は海斗が自力で立ち上がれないことを察し、集まってきた部員たちに支持を出す。
「一年生は手分けして保健室の養護教諭と職員室の先生に夏木海斗が急にプールサイドに倒れ込んだから応援に来てほしいと伝えてこい。二年生男子は部室にある予備のタオルをあるだけもってこい。三年の男子は海斗のロッカーから着替えをもってこい」
顧問は強い口調ながらも冷静に指示を出した。部員たちは返事をしてすぐに走り出す。この場合、救急車を呼びたいところだが教職員は体調不良者から離れてはいけない。つまり、別の先生が応援にこなければ顧問は救急車を呼びに行くことはできない。この場合、体が冷え切る前に海斗の体を拭いて応援の先生を待つのが先決だと考えての判断だった。
「どこが痛む」
顧問が小さな声で優しく尋ねる。海斗は体に起きた異常の訳を理解できずに困惑していたが顧問の端的な質問に答えられるだけ答えた。
「頭が痛いです」
海斗はゆっくりと弱弱しく答えた。
これ以上、答えることができないと察した顧問は考えを巡らせる。頭が痛いということはどこかにぶつけたか頭の中で何かしらの異常が起きている。体をなるべく揺らさずに海斗の体を拭くにはタオルを体にまくしかない。
「そうか。ちょっと待ってろ」
顧問が海斗に声を掛けた後、すぐに二年生の部員たちが両手に何枚ものタオルを抱えてやってきた。
「ありがとう」
顧問は礼を言いタオルを5枚ほど取ると海斗の後ろに引いた。
「おい。海斗横になれ。大丈夫だ。背中にはタオルを引いてある。ゆっくり後ろに身をあずけろ。二年生、海斗の体を支えるぞ」
顧問と二年生は海斗の背中に手を回し体を支える。
「頭がひどく痛むみたいだ。揺らすなよ」
海斗の脱力した体をゆっくりとタオルの上にやると、顧問がありったけのタオルを海斗の体にかけた。海斗の体の水分を拭きとるとともに体温を下げないためだった。横になると海斗の頭痛が和らぐと同時に少しずつ意識が薄れてきた。
顧問と部員たちが海斗の様子を心配そうに見ているとすぐに養護教諭と3名の先生、副校長が現れた。
「原因は不明ですが、頭痛のようです。揺らすと脳にダメージがあるかもしれないので体が冷えないようにタオルを巻いています。状況を説明できるのは私だけなので今すぐ救急車を呼んできます」
顧問が端的に説明する。
「わかりました。よろしくお願いします」
副校長が答えると顧問は駆け足で職員室へ向かった。
すぐに外線で119番に電話をした。事情を説明すると救急隊員がやってきて海斗を近くの病院まで連れて行った。
「おいっ。そんなんじゃ予選会で入賞なんかできないぞ。もっとしっかり泳ぎ込め」
夏至の晴天の中、水泳部顧問の山下先生の怒号がプールに響き渡る。いつも優しい山下先生も予選会前になると張り詰めた表情で指導に当たる。
プールでは水泳部員たちが何本も泳ぎ込む。顧問の山下先生は水泳部員の泳ぎをプールサイドから観察し、水から上がった部員一人ひとりに的確なアドバイスをする。
由依はプール掃除の日から一度も部活に顔を出していないどころか学校でも全く姿を見ない。プール掃除のときに顧問と由依のよくない噂話をしていた三年生たちは由依が学校に来なくなって一週間は顧問に淫行を強要されて学校に来られなくなったとか、二人の間に子どもができたとか面白おかしく話を広げては小ばかにするような笑いをしていたが、今は特に変な噂もせず普通に接している。所詮ただの噂だし、海斗は自分が居合わせた時のことも特に気にしていなかった。
何より今週の予選会に向けての練習に力を入れていた。三年生になった海斗にとっては最後の予選会。どうあがいても県大会に出場したい。そんな強い気持ちを胸に抱えて練習に臨んでいた。
海斗のクロールは力強く水を押しのけ、ぐんぐんとプールの中を進んでいた。海斗はいつもの泳ぎよりも強い手ごたえを感じていた。この泳ぎなら地区予選上位に入賞して県大会に行けると確信していた。25メートルを泳ぎ切ると気持ちのいい疲れの中、達成感があった。
「海斗、最近の泳ぎのフォームがとてもいい。今回の予選は期待できるぞ」
顧問は泳ぎ終わってプールから上がった海斗に熱い眼差しを向けて、力強く言い放った。
「はいっ。頑張ります」
海斗も力強く答える。海斗がもう一本泳ぐためにプールサイドからスタート位置を目指して歩いていると急に頭痛と吐き気が襲ってきた。頭を覆う鈍痛とこみ上げる吐き気に耐え切れず、海斗はその場にしゃがみこんだ。
「大丈夫か」
一番最初に気づいた顧問が海斗のもとに駆け寄りしゃがみ込みながら声を掛けた。海斗はあまりの痛みに声も出せず、何も発せなかった。
「一年生。海斗を保健室に連れて行ってくれ」
顧問の大きな声にみんなが海斗に注目した。うずくまる海斗のそばにしゃがみ込む顧問を見て、何やらよくない状況であることを察した全部員が一斉に集まってきた。海斗にタオルをかけて一年生の部員たちが肩を貸す。
海斗は鈍い頭痛と戦いながら立ち上がろうとするも足が痺れてうまく立ち上がることができず座り込んでしまった。顧問は海斗が自力で立ち上がれないことを察し、集まってきた部員たちに支持を出す。
「一年生は手分けして保健室の養護教諭と職員室の先生に夏木海斗が急にプールサイドに倒れ込んだから応援に来てほしいと伝えてこい。二年生男子は部室にある予備のタオルをあるだけもってこい。三年の男子は海斗のロッカーから着替えをもってこい」
顧問は強い口調ながらも冷静に指示を出した。部員たちは返事をしてすぐに走り出す。この場合、救急車を呼びたいところだが教職員は体調不良者から離れてはいけない。つまり、別の先生が応援にこなければ顧問は救急車を呼びに行くことはできない。この場合、体が冷え切る前に海斗の体を拭いて応援の先生を待つのが先決だと考えての判断だった。
「どこが痛む」
顧問が小さな声で優しく尋ねる。海斗は体に起きた異常の訳を理解できずに困惑していたが顧問の端的な質問に答えられるだけ答えた。
「頭が痛いです」
海斗はゆっくりと弱弱しく答えた。
これ以上、答えることができないと察した顧問は考えを巡らせる。頭が痛いということはどこかにぶつけたか頭の中で何かしらの異常が起きている。体をなるべく揺らさずに海斗の体を拭くにはタオルを体にまくしかない。
「そうか。ちょっと待ってろ」
顧問が海斗に声を掛けた後、すぐに二年生の部員たちが両手に何枚ものタオルを抱えてやってきた。
「ありがとう」
顧問は礼を言いタオルを5枚ほど取ると海斗の後ろに引いた。
「おい。海斗横になれ。大丈夫だ。背中にはタオルを引いてある。ゆっくり後ろに身をあずけろ。二年生、海斗の体を支えるぞ」
顧問と二年生は海斗の背中に手を回し体を支える。
「頭がひどく痛むみたいだ。揺らすなよ」
海斗の脱力した体をゆっくりとタオルの上にやると、顧問がありったけのタオルを海斗の体にかけた。海斗の体の水分を拭きとるとともに体温を下げないためだった。横になると海斗の頭痛が和らぐと同時に少しずつ意識が薄れてきた。
顧問と部員たちが海斗の様子を心配そうに見ているとすぐに養護教諭と3名の先生、副校長が現れた。
「原因は不明ですが、頭痛のようです。揺らすと脳にダメージがあるかもしれないので体が冷えないようにタオルを巻いています。状況を説明できるのは私だけなので今すぐ救急車を呼んできます」
顧問が端的に説明する。
「わかりました。よろしくお願いします」
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