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1巻
1-2
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いったいどういう意味なのか測りかねていると、ボサボサの髪をガリガリと掻いて、私の耳元に口を寄せる。
「――で、――というふうに。ほら、来ましたよ、上手いことやって下さいね」
ヒラヒラと手を振った夏賀さんは、テーブルに突っ伏した。
「蒔山さーん? あ、いたいた! どうしたんですかー? なかなか来ないから、みんな心配しちゃってー」
「え、ええ……えーと、夏賀さんが酔い潰れてしまったみたいで……」
夏賀さんの言うとおりに伝えると、城之内さんはあからさまにホッとした顔をした。
「よかったー。その人なんかキモいし、二次会どうやって撒こうかと思ってたのよね。――あ、大丈夫ですぅ~。夏賀さん酔い潰れちゃったらしくって~」
悪気なさそうに毒を吐いた彼女は、あとから来た男性陣へ向かって、まるで人が変わったような口調で状況を伝えた。彼らは、「おい、どうする」などと言い合っていたけれど、送ると名乗りをあげる者はいなかった。
「あの、私、用事あるので帰りますね。夏賀さんには、私がタクシーを呼んでおきますから。どうぞ次に行って下さい」
「え……二次会行かれないの、ですか……そうですか……」
残念そうな男性に、後輩女子はこそっと囁いた。
――きっと蒔山さんには、『パパ』とかそういうオトナのお付き合いがあるんですよ。だから私たちと遊びましょうよ?
だから、聞こえてるんだってば!
イラッとしながらも聞こえないふりをしていると、男性陣はどうやら諦めたらしい。
――そうだな、じゃあ、次行くか。
――ね、早く行きましょ!
さりげなく男性の腕に手を絡ませた城之内さんは、「じゃあ先輩、お先でーす!」と、サッサと店を出て行った。肉食女子……怖いわ……
やれやれ、と胸を撫で下ろしていると、寝た振りをしていた夏賀さんが、むくっと起き上がった。
「行きましたか」
「はい、ありがとうございます。では私も帰りますね」
今日はスムーズに解放されたので助かった。お礼を言って帰ろうと立ち上がった瞬間――
「……った!」
ずきぃん! と、刺すような痛みが襲った。
あ、あ……そうだった、足を捻ったんだわ……
力が入らず、ガクッとふたたび倒れこむように座りこんでしまった。これでは、電車で帰宅するどころか駅まで歩けるかどうかすら怪しい。
じくじくと痛む足をさすってみても痛みは治まらない。どうやって帰ろうかと考えを巡らせていると、いつの間にか傍に寄ってきた夏賀さんが、「ちょっと見せてください」と、私の足をひょいと持ち上げた。そしてハイヒールを脱がし、足首を見始める。
「や……! ちょっと、足! 足!」
一日中履きっぱなしのハイヒールを脱がされて、足首を持たれるなんて、なにそれ? 罰ゲーム?
気になるじゃないのよ、ほら、足のにおいとか、臭いとか、ニオイとか……!
どんなにジタバタしても、夏賀さんは知らん顔をして私の足首を眺めている。
「ここを触るとどうですか?」
「いっ、た!」
「こっちは?」
「ん……い、イタ……」
「ま、軽い捻挫ですね。すぐ冷やせば大丈夫そうですけど……」
しかし、この店にこれ以上居座るわけにもいかない。けれど夏賀さんは私の足を持ったまま、「うーん」と考えこんでいる。
が、私としては早くその手を離して欲しいのだ。
「あ、あの! 足……」
「ん?」
「離して下さい。汚いですから」
「ああ、失礼。一応触る前におしぼりで手は拭いたのですが」
「違います、汚いのは私の足ですよ」
「汚い? 綺麗じゃないですか。お気になさらずに」
夏賀さんはにっこりと笑って、ようやく足を解放してくれた。
思ったより愛想がいいのね。笑うと目がちょっと垂れて、可愛く見える。
「とりあえず、店を出ましょうか」
「ええ……すみません、ちょっと肩を借りても?」
「もちろん。さあ、体重をこちらに預けて」
夏賀さんの肩を借り、店の外に出る。
しかし思った以上に雨が強く降っていて、大きな雨粒がざああっと路面に音を立てていた。
電車は……と思ったけれど、ここから駅までは十五分。痛めた足で雨の中を歩くのはキツい。
仕方なく、店の軒先でタクシー会社に電話してみたものの、急な大雨のせいで呼び出しが殺到し、こちらに来るまで二時間かかると言われてしまった。
けれど、そもそも自宅は電車で五駅先だ。自宅までタクシーで帰ったら、とんでもない料金になる。そのうえこの痛みの中、待っているのもしんどい。
「俺の家はこの近くですが、蒔山さんはどちらですか?」
「えーと……電車で帰らなければならないのですが……この足ですし、今日はホテルに泊まろうと思います」
ここから濡れずに行けるビジネスホテルがあることを思い出した。そこに泊まるならタクシー代と変わらない。そう判断した私は、空室があるかどうか電話をしてみる。
「どうでした?」
「一部屋だけ空いてました。間に合ってよかったです」
じゃあ、と挨拶をしようとしたら、夏賀さんは「行きましょうか」とふたたび私の体を支えた。
「あ、あの! 一人で大丈夫ですから!」
「お一人で歩くの大変でしょう? それに、手当てはどうするおつもりですか? 俺、この辺りに住んでいるから、夜遅くまでやっている薬局知ってます。そこで色々買ってきますよ」
「でも、そこまでしていただくの、申し訳ないですから……」
もし、下心のある親切だったら――
過去の経験を踏まえると、過剰すぎるくらい警戒するのがちょうどいい、と学んでいる。下手に親切を受け入れて自ら不幸を招き入れるのはアホのすることだよ、と京子から説教されたこともあるので、彼のその申し出に胡散臭さを感じてしまったのだ。
すると彼は、ふ、と笑ってスマホを操作し、メール画面を私に見せた。そこには、今日の幹事――高橋さんからの受信メールが映し出されていた。
『今日の参加者の中に蒔山さんという人がいますけど、くれぐれも手を出さないようお願いします!』
「高橋から個人的に念押しされていますし、そもそも俺はあなたのようなタイプは苦手なんです。だから手を出すことは絶対にありませんので……これでも安心してもらえませんか?」
完全に安心することはできなかったけれど、ズバリ苦手だと言われて少しだけホッとする。とにかくいまは早く休みたかった。
「じゃあ……お言葉に甘えて……」
おずおずと言うと、お気になさらず、という紳士的な言葉が返ってきた。そして私の肩を支えて、痛めた左足に力がかからないように気を配ってくれる。おかげで無事ホテルまで辿り着けた。
ロビーは一夜の宿を求めて、フロントに直接尋ねている人が列をなし、そこそこの賑わいをみせていた。その中に入り、チェックインを済ませる。
私は身の安全を考えて、エレベーターの前で「あの、ここで……」と言ったけど、彼はまるでとりあってくれない。
二人でエレベーターに乗りこみ、目的の階に着くと、彼は「じゃあ俺は湿布を買ってきますから」とエレベーター内に留まった。
それを見て、あれ? と肩透かしを食らった気分になる。
ひょっとしたら本当に心からの親切で来てくれたのかも。そうだったら、疑って悪いことしちゃったな。
夏賀さんはボタンを押して、閉まりかかったエレベーターの扉をもう一度開けた。
「蒔山さん、いいですか? 誰が来ても部屋のドアは開けないようにしてくださいね」
私の身の安全まで気を配ってくれて……なんだ、いい人じゃない。
「はい、ありがとうございます」
そして扉は閉まり、エレベーター上部にある数字の点灯が、低い数字へと移って行った。それを見届けたあと、私は部屋に向かう――
が、床に足をつくたび、じんじんと痛んでなかなか進めない。
やはり支えがあるのとないのとでは、負担が全く違うと実感した。本当に、ここまで送ってもらったのはありがたかった。あとでもう一度お礼を言おう。
半ば涙目になりながらようやく部屋の前に着き、カードキーで開錠する。
中に入って照明スイッチを押すと、部屋の全貌が見えた。一般的なビジネスホテルといった感じだが、ベッドはダブルベッド。
突然の宿泊だったので、この部屋しか残っていなかったのだ。けれど、値段はそれほど変わらなかったので仕方なくこの部屋に決めた。
たまには手足を広げてゆったりと寝るのも悪くない。そう自分に言い聞かせ、とりあえず靴とストッキングを脱いだ。これだけでも解放された気分になって、気持ちがいい。備えつけのスリッパに履き替えて、ようやく一安心し、ベッドにゆっくりと腰かける。
思わぬ出費だけど、仕方ないわ。
突然の宿泊だったから、お泊まりグッズなどは持っていなかったけれど、ここのホテルでは、受付時に言えば、メイク落とし、洗顔、化粧水、乳液などのアメニティーグッズをもらえるので、ありがたく頂戴した。下着の替えはないけれど、一晩くらい我慢しよう。
明日帰ったら……休日は、常備菜などを作り溜めするから、食材の買い出しに行かなければ。しかしこの足で重いものを運ぶとなると、ちょっと辛い。
そこで、スマホを取り出して、ネットスーパーで注文をする。ネギと、人参、大根、キュウリ……それから、と……
スーパーの値段とそれほど変わりなく、しかも配送料もそこまで高くないので、風邪を引いたときなど大助かりなのだ。せっかくだからと、米などの重い物も注文し、最後に確認メールをチェックする。
それから、ぴょんぴょんと片足で飛び跳ねながらバスルームに行き、歯を磨く。
部屋に入って安心したのか、眠くなってきてしまったので、夏賀さんが来るまでなんとか起きているためにも歯磨きをして眠気を取り払おうと思ったのだ。
しかし、睡魔は容赦なく近寄ってきて、ベッドに座ったらあっという間に夢の世界へと旅立ちそうだ。なんとか片足で歯磨きを終え、うがいをして……さて、どうしようか。眠い……けど、寝られない……夏賀さんが……来るもの……睡魔に必死に耐え、耐え……
――コンコン、と控えめな音に、ハッと顔を上げる。うう、危ない。いままさに寝てしまうところだった。
「はい」
「夏賀です」
ドアを開錠すると、夏賀さんはニッコリと笑って、レジ袋を目の前に掲げた。
「お待たせしてすみません。冷湿布と氷を買ってきました」
「わあ、ありがとうございます! ええっと、いまお金を……」
私は眠気でぼんやりしていたんだと思う。
気が緩んでいて、まさかの事態を想定できなかった。
「お代は結構ですよ」
「いえ、あの――キャッ!」
ドアを押し開け、ずいっと部屋の中に入ってきた夏賀さんが私を一瞥した。
「チェーンもかけずに不用心ですね。せっかく忠告したのに」
「な……なにを……」
彼の突然の豹変ぶりに、思考がついて行かない。いま、私の目の前にいるのは、先ほどまでの野暮ったい男ではなかった。ギラギラした雄の瞳で、私を見下ろしている。
「『誰が来ても部屋のドアは開けないように』って、俺、言いませんでした?」
「言……ってまし、た……けど」
「誰が来ても、ですよ? 俺も含めてね」
ククク、と含み笑いを零し、夏賀さんは後ろ手にドアを閉め――鍵をかけた。カチャ、という音が、外の世界との隔絶を知らしめる。
「噂では、かなり男関係が派手らしいじゃないですか。だから、俺もちょっと遊んでもらおうかと思いまして」
棒立ちのまま動けない私に向かって、ゆっくりと夏賀さんは歩み寄ってくる。
一歩、一歩、近づかれるたびに、どん、どん、という音が頭に響く。いや、これは彼の足音ではない。私の心臓の跳ねる音だ――!
男性と二人きりにならないよう、いままでずっと気をつけていたのに……
密室にいるのは、親切の仮面をかぶった地味な男と、疲れや眠気で警戒心が緩んでしまった私だけだ。あとずさりしようとして、痛めた左足に体重をかけてしまう。その途端ガクッと力が抜けて、よろめいた。
「おっと、もう抱いて欲しいのですか? 気が早いですね」
倒れそうになった私の手首と腰を捕えた彼は、ぐいっと私の体を強引に抱き寄せた。
思った以上に強い力で手首を掴まれ、悲鳴を上げる。
「痛……っ!」
「今日だって、男漁りに来たんでしょう? 残念ですね、足を怪我したせいで狩りにいけなくて」
あまりの恐怖で、思考が追いついていかない。掴まれていない方の手で夏賀さんの胸を押すけれど、逆にその手も取られてしまい、一纏めにされてしまった。
「男漁りだなんて! す、するわけないでしょう⁉」
「かねがね噂は聞いています。それにこの容姿だ。入れ食い状態なのもわかります」
「入れ食い、ですって?」
「ええ。貞操観念の緩いお方らしいですね。俺としては大変都合がいい」
入れ食い? 貞操観念?
目を白黒させていたら、壁に背中を押しつけられ、顎を掴まれた。唇に吐息がかかるほど顔を近づけられ、体温すら感じる距離に恐怖を感じて慄く。
「離して!」
「俺、あなたのような軽い女は嫌いですけれど、後腐れのないところは好きですよ」
「いったい、どういう意味な――んっ!」
なんとか逃れようともがいていたら、顎を上げられ、唇を塞がれた。
「ん、んー!!」
口の中が生温かい感触でいっぱいになる。痛みを堪えて、足をバタつかせていたら、逆に足と足の間に膝を押しこまれ、身動きできなくなってしまった。
離して、やめて、と叫びたいのに、口を塞がれていては声を上げられない。呼吸すらままならず、わずかに唇を開いて酸素を求めたら――突然、口元を解放され、ぬる、とした塊が咥内に押し入ってきた。
「……っ!」
舌先をつついて絡めてくる。混乱する私の目の前には、情欲を燃え上がらせた目をした男がいた。その瞳に、私の奥底に眠るなにかが刺激され、ぞく、と背中が震える。ちゅ、くちゅ、と粘ついた音が繋がった箇所から聞こえてきた。
夏賀さんの舌は、しばらくの間、私の咥内をくすぐっていたけれど、私が応えないことに焦れたらしい。彼はようやく顔を離した。
「応えないのは、俺の技量を確かめようってことですか?」
「ちが……、私は……」
ようやく解放されて、荒く呼吸を繰り返す私に、夏賀さんは口をへの字に曲げて不満を表す。
「違う? 事が済んだらすぐ帰りますから、気持ちいいことしましょう」
「や、あ……っ!」
怖くて、逃げ出したくて堪らなかった。しかし――それとは裏腹に、いままで感じたことのない、切ない疼きが体の奥底を駆け巡る。嫌なはずなのに、いったい私はどうしたのだろう。身動きすれば、自分のものとは違う『男』の匂いが鼻孔をくすぐり、クラクラする。心と体の相反する反応に、涙がじわりと浮かんできた。
夏賀さんは私が消極的なことを『試している』と勝手に解釈したらしく、ふたたび私の唇を舐り、何度も何度も角度を変えて、ちゅうっと音を立てて吸う。
霞む意識の中、ふと視線を後ろにやれば、そこには鏡があり、キスをされている自分と目が合ってしまった。
うっとりと目を潤ませ、頬を上気させ、ぽってりと唇を腫らした……いやらしい顔をした女が、こちらを見ている。
誰、誰? 誰この女! 私だけど、私じゃない!
そんな自分を見たくなくて、ぎゅうっと目を瞑る。夏賀さんはひょいと私を抱えてベッドの上に押し倒すと、私の上に跨った。そして私の両手を、バンザイさせるかのように頭上に縫い止める。シーツの冷たさを感じて、肌がゾクッと粟立った。
「蒔山さん、俺の攻めでいいんですか? 女に襲われるって感じも捨てがたいんですけど」
その言葉の意味がわからない。それよりも、つまりこの状態って……
「嫌!」
「わかりました。あくまでも俺にってことですね。……マグロ、めんどくせえな」
「そ、そうじゃなくて!」
嫌なのは、いまのこの状況なの! ていうか、マグロってなに!?
小さく呟かれた『めんどくせえ』がいったいなにを意味しているのかわからない。しかも、危機的状況はなに一つ改善されないままだ。なんとかして逃げ出したいのに、悲鳴を上げようと口を開けばふたたび深いキスをされ、足をバタつかせれば押さえこまれる。
「眼鏡、邪魔だな」
夏賀さんはかけていた銀縁眼鏡を外し、ナイトテーブルに置いた。そして、捕獲した獲物をゆっくりと喰らおうとする獣のように私を見下ろし、節くれだった手でボサボサの髪をザッと後ろに掻き上げる。
私は、組み敷かれた状態だというのに、夏賀さんの顔から目が離せなくなった。初めて見たときから顔の造形はそれなりに整っているとは思っていたけれど、眼鏡の印象が強くて、そちらにばかり気を取られていた。
が、その顔立ちは整っている程度ではなく、『非常に』整っていたのだ。
しかも王者の風格、といったものまで感じられる。
間接照明の温かみのある色が夏賀さんの顔を彩り、えもいわれぬ色気を纏わせていた。
「……見んなよ、目ぇ閉じてろ」
あ、なんだか素の台詞だ。こんな状況なのに、仮面を外した男の言葉を聞いて、思わずドキッとしてしまう。
いやいや、こいつは私をいいようにしようとしている悪いヤツなのよ!? 悠長なこと考えている場合じゃないでしょ!
ブンブンと激しく首を振っていたら、「ったく、見てるだけなら、大人しくしてろよ」と、またもあらぬ誤解をされてしまい、私は絶望した。
それでもふたたび抗議の声を上げようとした瞬間、またも唇を塞がれ、「んー! んー!」と篭った声を上げる。
「下手だって言いたい? 俺……それなりに経験あるんだけど。評価厳しいな」
ちょっと! 勝手に解釈して怒らないでよ!
これは、どういうこと? どういう――。考えようとしても、思考が形になる前に霧散してしまう。
「ふ、あ……!」
夏賀さんは重ねていた唇を、つうっと私の首筋へと滑らせていった。そしてくすぐるように舌先でチロチロと舐める。思わず喉の奥から声が漏れた。
私、おかしいよ……首を舐められているのに、こんなっ……やだ……!
夏賀さんは左手で私の両手首を掴んだまま、右手で私のブラウスのボタンを外していく。前がはだけられ、キャミソールとブラジャーが露わになる。
「や、めて……」
「ふぅん。早くしろって? せっかちだなあ。せっかくいい体してるんだから、もっと楽しませろよ」
そう言うと、夏賀さんはキャミソールの裾をザッと捲り上げた。
「ひゃっ!」
ブラジャーが、熱い視線に晒される。男性に見られたことなんて……医者に診察されたときくらいしかなかったのに……。あまりの羞恥に唇を噛みしめる。
ホックを外され、ブラジャーを取り払われ、とうとう乳房が曝け出された。隠したいけれど、両手首を掴まれているのでどうしようもできない。
「綺麗だ」
夏賀さんは、私の胸を下から掌で包み、それでも収まり切らない膨らみの上部へ、唇を押しつけた。チリッとした痛みが走り、虫刺されとは到底思えない跡が赤く刻まれる。
「や……、跡、つけちゃ……」
「他の男に嫉妬させるのもいいだろ」
他もなにも、私は男性経験がないの!
やわやわと、乳房の柔らかさを確かめるように揉まれ、「ふぁ……っ」と声が漏れる。人に触られると、こんな刺激を感じるものなの?
「蒔山さんってカップいくつ? こんな細いのに、結構ボリュームあるね」
そう言いながら、夏賀さんは膨らみの頂点を指先でくにくにと転がす。
「ああっ! や、やあ、ああ!」
「経験積んでるのに敏感なんだ。悪くないね」
まるで意志を持ったかのようにツンと固く尖った粒は、転がされたり潰されたりすることで、私にはしたない声を上げさせる。びくん、と体が跳ね、すべての神経がそこに集中し、過剰なほどに反応してしまう。ふいに首の辺りにくすぐったい感触がしたかと思うと、温かくぬめるなにかが、乳房に触れる。そして薄く色づいた粒ごと――彼の口に含まれた。
「んっ、あ……」
私の胸に顔を寄せた夏賀さんは、舌を使って、それを飴玉みたいに咥内でコロコロと転がす。そのたびに、私の体は面白いように震えた。
ちゅうっと吸われて離されたそれは、てらてらと淫らに濡れて光っていた。
その姿が目に入り、羞恥に身悶える。嫌なのに……嫌なはずなのに、反応してしまう。自分の体は、どうなってしまったのだろう。正体のわからない感情が出口を求めて渦巻いていた。
そもそも、男性とは、普段の会話ですら過剰に距離を取るのに、いま、夏賀さんを拒否できないのはなぜなのか。
反対の胸も同様に弄ばれて荒く呼吸を繰り返す私を見て、夏賀さんはクスクス笑いながら「演技上手だね」などと言う。冗談じゃない! いますぐにでも逃げだしたい私を押さえこんでいるのは誰よ!?
それよりも、体の奥に燻る熱をなんとかしたくて仕方がない。苦しさは、涙となって眦からぽろぽろと零れ出た。
夏賀さんの手が私の腹をさわさわと撫でる。その手は徐々に下がり、膝まで下りたかと思うと、スカートの裾から内腿へと侵入してきた。くすぐったいのに、気持ちがいいような、泣きたいような、変な気分になり、心の中がざわざわする。
「肌もすべすべ。男に貢がせてエステでも行ってるの?」
「行って……な……」
エステなんて行ったこともない。
男なんて、嫌い。
私自身を見てくれない男なんて、大嫌い。
なのに、なんでこんなに体が疼くのだろう。混乱する思考の中で、認めたくない気持ちが浮かんでは消える。
それは――
「気持ちいい?」
そんな意地悪なこと、聞かないでよ。
それを認めたら、頑なに男性と距離を取ってきた、いままでの私を否定するみたいで嫌だ。
「ここ、湿ってる。素直になれよ」
「……っ、やだあっ!」
ここ、とショーツのクロッチ部分を指で擦られて、目の前がチカチカした。
湿る? どうして?
しかしその疑問は、指先で生地を引っ掻かれたことで、吹き飛んでしまった。
「く……ふぁ、あ……あっ」
びく、びく、っと強い刺激が全身を貫き、淫らな声が上がる。まるで自分の声じゃないみたいだ。
「スタイルや上げる声は俺好みだな。これからも俺と遊んでよ」
ショーツの横から、夏賀さんの無骨な指が私の秘部へと入りこむ。柔らかなそこを、他人に触れられているかと思うと、羞恥で胸が苦しくなった。
くちくちとした、粘ついた水音が響く。その音が私から発せられているなんて信じたくない。粘液を纏わせて秘裂を上下する指は、滑らかに動き、上部に位置する小さな蕾を掠める。私は焦れったさに腰を揺らす。
焦れったい……? もっと、触れてもらいたいの?
「そろそろいいよな。――ん?」
ぬっ、と私のナカに異質な物体が押し入る。生理用品すら入れたことない、膣といわれているそこへ!
「やあーーっ! い、たっ……痛いっ!」
「ん、あれ?」
先ほどまでの疼くような感覚と違い、狭いところを無理矢理押し広げる感触に、私はとうとう悲鳴を上げた。
それでも夏賀さんは、内壁の中で指をぐにぐにと動かす。そのたびに私は引きつれるような痛みに襲われ、ぼろぼろと涙を零した。
「――もしかして、処女?」
驚いた目つきで夏賀さんが私を見下ろしている。
「――で、――というふうに。ほら、来ましたよ、上手いことやって下さいね」
ヒラヒラと手を振った夏賀さんは、テーブルに突っ伏した。
「蒔山さーん? あ、いたいた! どうしたんですかー? なかなか来ないから、みんな心配しちゃってー」
「え、ええ……えーと、夏賀さんが酔い潰れてしまったみたいで……」
夏賀さんの言うとおりに伝えると、城之内さんはあからさまにホッとした顔をした。
「よかったー。その人なんかキモいし、二次会どうやって撒こうかと思ってたのよね。――あ、大丈夫ですぅ~。夏賀さん酔い潰れちゃったらしくって~」
悪気なさそうに毒を吐いた彼女は、あとから来た男性陣へ向かって、まるで人が変わったような口調で状況を伝えた。彼らは、「おい、どうする」などと言い合っていたけれど、送ると名乗りをあげる者はいなかった。
「あの、私、用事あるので帰りますね。夏賀さんには、私がタクシーを呼んでおきますから。どうぞ次に行って下さい」
「え……二次会行かれないの、ですか……そうですか……」
残念そうな男性に、後輩女子はこそっと囁いた。
――きっと蒔山さんには、『パパ』とかそういうオトナのお付き合いがあるんですよ。だから私たちと遊びましょうよ?
だから、聞こえてるんだってば!
イラッとしながらも聞こえないふりをしていると、男性陣はどうやら諦めたらしい。
――そうだな、じゃあ、次行くか。
――ね、早く行きましょ!
さりげなく男性の腕に手を絡ませた城之内さんは、「じゃあ先輩、お先でーす!」と、サッサと店を出て行った。肉食女子……怖いわ……
やれやれ、と胸を撫で下ろしていると、寝た振りをしていた夏賀さんが、むくっと起き上がった。
「行きましたか」
「はい、ありがとうございます。では私も帰りますね」
今日はスムーズに解放されたので助かった。お礼を言って帰ろうと立ち上がった瞬間――
「……った!」
ずきぃん! と、刺すような痛みが襲った。
あ、あ……そうだった、足を捻ったんだわ……
力が入らず、ガクッとふたたび倒れこむように座りこんでしまった。これでは、電車で帰宅するどころか駅まで歩けるかどうかすら怪しい。
じくじくと痛む足をさすってみても痛みは治まらない。どうやって帰ろうかと考えを巡らせていると、いつの間にか傍に寄ってきた夏賀さんが、「ちょっと見せてください」と、私の足をひょいと持ち上げた。そしてハイヒールを脱がし、足首を見始める。
「や……! ちょっと、足! 足!」
一日中履きっぱなしのハイヒールを脱がされて、足首を持たれるなんて、なにそれ? 罰ゲーム?
気になるじゃないのよ、ほら、足のにおいとか、臭いとか、ニオイとか……!
どんなにジタバタしても、夏賀さんは知らん顔をして私の足首を眺めている。
「ここを触るとどうですか?」
「いっ、た!」
「こっちは?」
「ん……い、イタ……」
「ま、軽い捻挫ですね。すぐ冷やせば大丈夫そうですけど……」
しかし、この店にこれ以上居座るわけにもいかない。けれど夏賀さんは私の足を持ったまま、「うーん」と考えこんでいる。
が、私としては早くその手を離して欲しいのだ。
「あ、あの! 足……」
「ん?」
「離して下さい。汚いですから」
「ああ、失礼。一応触る前におしぼりで手は拭いたのですが」
「違います、汚いのは私の足ですよ」
「汚い? 綺麗じゃないですか。お気になさらずに」
夏賀さんはにっこりと笑って、ようやく足を解放してくれた。
思ったより愛想がいいのね。笑うと目がちょっと垂れて、可愛く見える。
「とりあえず、店を出ましょうか」
「ええ……すみません、ちょっと肩を借りても?」
「もちろん。さあ、体重をこちらに預けて」
夏賀さんの肩を借り、店の外に出る。
しかし思った以上に雨が強く降っていて、大きな雨粒がざああっと路面に音を立てていた。
電車は……と思ったけれど、ここから駅までは十五分。痛めた足で雨の中を歩くのはキツい。
仕方なく、店の軒先でタクシー会社に電話してみたものの、急な大雨のせいで呼び出しが殺到し、こちらに来るまで二時間かかると言われてしまった。
けれど、そもそも自宅は電車で五駅先だ。自宅までタクシーで帰ったら、とんでもない料金になる。そのうえこの痛みの中、待っているのもしんどい。
「俺の家はこの近くですが、蒔山さんはどちらですか?」
「えーと……電車で帰らなければならないのですが……この足ですし、今日はホテルに泊まろうと思います」
ここから濡れずに行けるビジネスホテルがあることを思い出した。そこに泊まるならタクシー代と変わらない。そう判断した私は、空室があるかどうか電話をしてみる。
「どうでした?」
「一部屋だけ空いてました。間に合ってよかったです」
じゃあ、と挨拶をしようとしたら、夏賀さんは「行きましょうか」とふたたび私の体を支えた。
「あ、あの! 一人で大丈夫ですから!」
「お一人で歩くの大変でしょう? それに、手当てはどうするおつもりですか? 俺、この辺りに住んでいるから、夜遅くまでやっている薬局知ってます。そこで色々買ってきますよ」
「でも、そこまでしていただくの、申し訳ないですから……」
もし、下心のある親切だったら――
過去の経験を踏まえると、過剰すぎるくらい警戒するのがちょうどいい、と学んでいる。下手に親切を受け入れて自ら不幸を招き入れるのはアホのすることだよ、と京子から説教されたこともあるので、彼のその申し出に胡散臭さを感じてしまったのだ。
すると彼は、ふ、と笑ってスマホを操作し、メール画面を私に見せた。そこには、今日の幹事――高橋さんからの受信メールが映し出されていた。
『今日の参加者の中に蒔山さんという人がいますけど、くれぐれも手を出さないようお願いします!』
「高橋から個人的に念押しされていますし、そもそも俺はあなたのようなタイプは苦手なんです。だから手を出すことは絶対にありませんので……これでも安心してもらえませんか?」
完全に安心することはできなかったけれど、ズバリ苦手だと言われて少しだけホッとする。とにかくいまは早く休みたかった。
「じゃあ……お言葉に甘えて……」
おずおずと言うと、お気になさらず、という紳士的な言葉が返ってきた。そして私の肩を支えて、痛めた左足に力がかからないように気を配ってくれる。おかげで無事ホテルまで辿り着けた。
ロビーは一夜の宿を求めて、フロントに直接尋ねている人が列をなし、そこそこの賑わいをみせていた。その中に入り、チェックインを済ませる。
私は身の安全を考えて、エレベーターの前で「あの、ここで……」と言ったけど、彼はまるでとりあってくれない。
二人でエレベーターに乗りこみ、目的の階に着くと、彼は「じゃあ俺は湿布を買ってきますから」とエレベーター内に留まった。
それを見て、あれ? と肩透かしを食らった気分になる。
ひょっとしたら本当に心からの親切で来てくれたのかも。そうだったら、疑って悪いことしちゃったな。
夏賀さんはボタンを押して、閉まりかかったエレベーターの扉をもう一度開けた。
「蒔山さん、いいですか? 誰が来ても部屋のドアは開けないようにしてくださいね」
私の身の安全まで気を配ってくれて……なんだ、いい人じゃない。
「はい、ありがとうございます」
そして扉は閉まり、エレベーター上部にある数字の点灯が、低い数字へと移って行った。それを見届けたあと、私は部屋に向かう――
が、床に足をつくたび、じんじんと痛んでなかなか進めない。
やはり支えがあるのとないのとでは、負担が全く違うと実感した。本当に、ここまで送ってもらったのはありがたかった。あとでもう一度お礼を言おう。
半ば涙目になりながらようやく部屋の前に着き、カードキーで開錠する。
中に入って照明スイッチを押すと、部屋の全貌が見えた。一般的なビジネスホテルといった感じだが、ベッドはダブルベッド。
突然の宿泊だったので、この部屋しか残っていなかったのだ。けれど、値段はそれほど変わらなかったので仕方なくこの部屋に決めた。
たまには手足を広げてゆったりと寝るのも悪くない。そう自分に言い聞かせ、とりあえず靴とストッキングを脱いだ。これだけでも解放された気分になって、気持ちがいい。備えつけのスリッパに履き替えて、ようやく一安心し、ベッドにゆっくりと腰かける。
思わぬ出費だけど、仕方ないわ。
突然の宿泊だったから、お泊まりグッズなどは持っていなかったけれど、ここのホテルでは、受付時に言えば、メイク落とし、洗顔、化粧水、乳液などのアメニティーグッズをもらえるので、ありがたく頂戴した。下着の替えはないけれど、一晩くらい我慢しよう。
明日帰ったら……休日は、常備菜などを作り溜めするから、食材の買い出しに行かなければ。しかしこの足で重いものを運ぶとなると、ちょっと辛い。
そこで、スマホを取り出して、ネットスーパーで注文をする。ネギと、人参、大根、キュウリ……それから、と……
スーパーの値段とそれほど変わりなく、しかも配送料もそこまで高くないので、風邪を引いたときなど大助かりなのだ。せっかくだからと、米などの重い物も注文し、最後に確認メールをチェックする。
それから、ぴょんぴょんと片足で飛び跳ねながらバスルームに行き、歯を磨く。
部屋に入って安心したのか、眠くなってきてしまったので、夏賀さんが来るまでなんとか起きているためにも歯磨きをして眠気を取り払おうと思ったのだ。
しかし、睡魔は容赦なく近寄ってきて、ベッドに座ったらあっという間に夢の世界へと旅立ちそうだ。なんとか片足で歯磨きを終え、うがいをして……さて、どうしようか。眠い……けど、寝られない……夏賀さんが……来るもの……睡魔に必死に耐え、耐え……
――コンコン、と控えめな音に、ハッと顔を上げる。うう、危ない。いままさに寝てしまうところだった。
「はい」
「夏賀です」
ドアを開錠すると、夏賀さんはニッコリと笑って、レジ袋を目の前に掲げた。
「お待たせしてすみません。冷湿布と氷を買ってきました」
「わあ、ありがとうございます! ええっと、いまお金を……」
私は眠気でぼんやりしていたんだと思う。
気が緩んでいて、まさかの事態を想定できなかった。
「お代は結構ですよ」
「いえ、あの――キャッ!」
ドアを押し開け、ずいっと部屋の中に入ってきた夏賀さんが私を一瞥した。
「チェーンもかけずに不用心ですね。せっかく忠告したのに」
「な……なにを……」
彼の突然の豹変ぶりに、思考がついて行かない。いま、私の目の前にいるのは、先ほどまでの野暮ったい男ではなかった。ギラギラした雄の瞳で、私を見下ろしている。
「『誰が来ても部屋のドアは開けないように』って、俺、言いませんでした?」
「言……ってまし、た……けど」
「誰が来ても、ですよ? 俺も含めてね」
ククク、と含み笑いを零し、夏賀さんは後ろ手にドアを閉め――鍵をかけた。カチャ、という音が、外の世界との隔絶を知らしめる。
「噂では、かなり男関係が派手らしいじゃないですか。だから、俺もちょっと遊んでもらおうかと思いまして」
棒立ちのまま動けない私に向かって、ゆっくりと夏賀さんは歩み寄ってくる。
一歩、一歩、近づかれるたびに、どん、どん、という音が頭に響く。いや、これは彼の足音ではない。私の心臓の跳ねる音だ――!
男性と二人きりにならないよう、いままでずっと気をつけていたのに……
密室にいるのは、親切の仮面をかぶった地味な男と、疲れや眠気で警戒心が緩んでしまった私だけだ。あとずさりしようとして、痛めた左足に体重をかけてしまう。その途端ガクッと力が抜けて、よろめいた。
「おっと、もう抱いて欲しいのですか? 気が早いですね」
倒れそうになった私の手首と腰を捕えた彼は、ぐいっと私の体を強引に抱き寄せた。
思った以上に強い力で手首を掴まれ、悲鳴を上げる。
「痛……っ!」
「今日だって、男漁りに来たんでしょう? 残念ですね、足を怪我したせいで狩りにいけなくて」
あまりの恐怖で、思考が追いついていかない。掴まれていない方の手で夏賀さんの胸を押すけれど、逆にその手も取られてしまい、一纏めにされてしまった。
「男漁りだなんて! す、するわけないでしょう⁉」
「かねがね噂は聞いています。それにこの容姿だ。入れ食い状態なのもわかります」
「入れ食い、ですって?」
「ええ。貞操観念の緩いお方らしいですね。俺としては大変都合がいい」
入れ食い? 貞操観念?
目を白黒させていたら、壁に背中を押しつけられ、顎を掴まれた。唇に吐息がかかるほど顔を近づけられ、体温すら感じる距離に恐怖を感じて慄く。
「離して!」
「俺、あなたのような軽い女は嫌いですけれど、後腐れのないところは好きですよ」
「いったい、どういう意味な――んっ!」
なんとか逃れようともがいていたら、顎を上げられ、唇を塞がれた。
「ん、んー!!」
口の中が生温かい感触でいっぱいになる。痛みを堪えて、足をバタつかせていたら、逆に足と足の間に膝を押しこまれ、身動きできなくなってしまった。
離して、やめて、と叫びたいのに、口を塞がれていては声を上げられない。呼吸すらままならず、わずかに唇を開いて酸素を求めたら――突然、口元を解放され、ぬる、とした塊が咥内に押し入ってきた。
「……っ!」
舌先をつついて絡めてくる。混乱する私の目の前には、情欲を燃え上がらせた目をした男がいた。その瞳に、私の奥底に眠るなにかが刺激され、ぞく、と背中が震える。ちゅ、くちゅ、と粘ついた音が繋がった箇所から聞こえてきた。
夏賀さんの舌は、しばらくの間、私の咥内をくすぐっていたけれど、私が応えないことに焦れたらしい。彼はようやく顔を離した。
「応えないのは、俺の技量を確かめようってことですか?」
「ちが……、私は……」
ようやく解放されて、荒く呼吸を繰り返す私に、夏賀さんは口をへの字に曲げて不満を表す。
「違う? 事が済んだらすぐ帰りますから、気持ちいいことしましょう」
「や、あ……っ!」
怖くて、逃げ出したくて堪らなかった。しかし――それとは裏腹に、いままで感じたことのない、切ない疼きが体の奥底を駆け巡る。嫌なはずなのに、いったい私はどうしたのだろう。身動きすれば、自分のものとは違う『男』の匂いが鼻孔をくすぐり、クラクラする。心と体の相反する反応に、涙がじわりと浮かんできた。
夏賀さんは私が消極的なことを『試している』と勝手に解釈したらしく、ふたたび私の唇を舐り、何度も何度も角度を変えて、ちゅうっと音を立てて吸う。
霞む意識の中、ふと視線を後ろにやれば、そこには鏡があり、キスをされている自分と目が合ってしまった。
うっとりと目を潤ませ、頬を上気させ、ぽってりと唇を腫らした……いやらしい顔をした女が、こちらを見ている。
誰、誰? 誰この女! 私だけど、私じゃない!
そんな自分を見たくなくて、ぎゅうっと目を瞑る。夏賀さんはひょいと私を抱えてベッドの上に押し倒すと、私の上に跨った。そして私の両手を、バンザイさせるかのように頭上に縫い止める。シーツの冷たさを感じて、肌がゾクッと粟立った。
「蒔山さん、俺の攻めでいいんですか? 女に襲われるって感じも捨てがたいんですけど」
その言葉の意味がわからない。それよりも、つまりこの状態って……
「嫌!」
「わかりました。あくまでも俺にってことですね。……マグロ、めんどくせえな」
「そ、そうじゃなくて!」
嫌なのは、いまのこの状況なの! ていうか、マグロってなに!?
小さく呟かれた『めんどくせえ』がいったいなにを意味しているのかわからない。しかも、危機的状況はなに一つ改善されないままだ。なんとかして逃げ出したいのに、悲鳴を上げようと口を開けばふたたび深いキスをされ、足をバタつかせれば押さえこまれる。
「眼鏡、邪魔だな」
夏賀さんはかけていた銀縁眼鏡を外し、ナイトテーブルに置いた。そして、捕獲した獲物をゆっくりと喰らおうとする獣のように私を見下ろし、節くれだった手でボサボサの髪をザッと後ろに掻き上げる。
私は、組み敷かれた状態だというのに、夏賀さんの顔から目が離せなくなった。初めて見たときから顔の造形はそれなりに整っているとは思っていたけれど、眼鏡の印象が強くて、そちらにばかり気を取られていた。
が、その顔立ちは整っている程度ではなく、『非常に』整っていたのだ。
しかも王者の風格、といったものまで感じられる。
間接照明の温かみのある色が夏賀さんの顔を彩り、えもいわれぬ色気を纏わせていた。
「……見んなよ、目ぇ閉じてろ」
あ、なんだか素の台詞だ。こんな状況なのに、仮面を外した男の言葉を聞いて、思わずドキッとしてしまう。
いやいや、こいつは私をいいようにしようとしている悪いヤツなのよ!? 悠長なこと考えている場合じゃないでしょ!
ブンブンと激しく首を振っていたら、「ったく、見てるだけなら、大人しくしてろよ」と、またもあらぬ誤解をされてしまい、私は絶望した。
それでもふたたび抗議の声を上げようとした瞬間、またも唇を塞がれ、「んー! んー!」と篭った声を上げる。
「下手だって言いたい? 俺……それなりに経験あるんだけど。評価厳しいな」
ちょっと! 勝手に解釈して怒らないでよ!
これは、どういうこと? どういう――。考えようとしても、思考が形になる前に霧散してしまう。
「ふ、あ……!」
夏賀さんは重ねていた唇を、つうっと私の首筋へと滑らせていった。そしてくすぐるように舌先でチロチロと舐める。思わず喉の奥から声が漏れた。
私、おかしいよ……首を舐められているのに、こんなっ……やだ……!
夏賀さんは左手で私の両手首を掴んだまま、右手で私のブラウスのボタンを外していく。前がはだけられ、キャミソールとブラジャーが露わになる。
「や、めて……」
「ふぅん。早くしろって? せっかちだなあ。せっかくいい体してるんだから、もっと楽しませろよ」
そう言うと、夏賀さんはキャミソールの裾をザッと捲り上げた。
「ひゃっ!」
ブラジャーが、熱い視線に晒される。男性に見られたことなんて……医者に診察されたときくらいしかなかったのに……。あまりの羞恥に唇を噛みしめる。
ホックを外され、ブラジャーを取り払われ、とうとう乳房が曝け出された。隠したいけれど、両手首を掴まれているのでどうしようもできない。
「綺麗だ」
夏賀さんは、私の胸を下から掌で包み、それでも収まり切らない膨らみの上部へ、唇を押しつけた。チリッとした痛みが走り、虫刺されとは到底思えない跡が赤く刻まれる。
「や……、跡、つけちゃ……」
「他の男に嫉妬させるのもいいだろ」
他もなにも、私は男性経験がないの!
やわやわと、乳房の柔らかさを確かめるように揉まれ、「ふぁ……っ」と声が漏れる。人に触られると、こんな刺激を感じるものなの?
「蒔山さんってカップいくつ? こんな細いのに、結構ボリュームあるね」
そう言いながら、夏賀さんは膨らみの頂点を指先でくにくにと転がす。
「ああっ! や、やあ、ああ!」
「経験積んでるのに敏感なんだ。悪くないね」
まるで意志を持ったかのようにツンと固く尖った粒は、転がされたり潰されたりすることで、私にはしたない声を上げさせる。びくん、と体が跳ね、すべての神経がそこに集中し、過剰なほどに反応してしまう。ふいに首の辺りにくすぐったい感触がしたかと思うと、温かくぬめるなにかが、乳房に触れる。そして薄く色づいた粒ごと――彼の口に含まれた。
「んっ、あ……」
私の胸に顔を寄せた夏賀さんは、舌を使って、それを飴玉みたいに咥内でコロコロと転がす。そのたびに、私の体は面白いように震えた。
ちゅうっと吸われて離されたそれは、てらてらと淫らに濡れて光っていた。
その姿が目に入り、羞恥に身悶える。嫌なのに……嫌なはずなのに、反応してしまう。自分の体は、どうなってしまったのだろう。正体のわからない感情が出口を求めて渦巻いていた。
そもそも、男性とは、普段の会話ですら過剰に距離を取るのに、いま、夏賀さんを拒否できないのはなぜなのか。
反対の胸も同様に弄ばれて荒く呼吸を繰り返す私を見て、夏賀さんはクスクス笑いながら「演技上手だね」などと言う。冗談じゃない! いますぐにでも逃げだしたい私を押さえこんでいるのは誰よ!?
それよりも、体の奥に燻る熱をなんとかしたくて仕方がない。苦しさは、涙となって眦からぽろぽろと零れ出た。
夏賀さんの手が私の腹をさわさわと撫でる。その手は徐々に下がり、膝まで下りたかと思うと、スカートの裾から内腿へと侵入してきた。くすぐったいのに、気持ちがいいような、泣きたいような、変な気分になり、心の中がざわざわする。
「肌もすべすべ。男に貢がせてエステでも行ってるの?」
「行って……な……」
エステなんて行ったこともない。
男なんて、嫌い。
私自身を見てくれない男なんて、大嫌い。
なのに、なんでこんなに体が疼くのだろう。混乱する思考の中で、認めたくない気持ちが浮かんでは消える。
それは――
「気持ちいい?」
そんな意地悪なこと、聞かないでよ。
それを認めたら、頑なに男性と距離を取ってきた、いままでの私を否定するみたいで嫌だ。
「ここ、湿ってる。素直になれよ」
「……っ、やだあっ!」
ここ、とショーツのクロッチ部分を指で擦られて、目の前がチカチカした。
湿る? どうして?
しかしその疑問は、指先で生地を引っ掻かれたことで、吹き飛んでしまった。
「く……ふぁ、あ……あっ」
びく、びく、っと強い刺激が全身を貫き、淫らな声が上がる。まるで自分の声じゃないみたいだ。
「スタイルや上げる声は俺好みだな。これからも俺と遊んでよ」
ショーツの横から、夏賀さんの無骨な指が私の秘部へと入りこむ。柔らかなそこを、他人に触れられているかと思うと、羞恥で胸が苦しくなった。
くちくちとした、粘ついた水音が響く。その音が私から発せられているなんて信じたくない。粘液を纏わせて秘裂を上下する指は、滑らかに動き、上部に位置する小さな蕾を掠める。私は焦れったさに腰を揺らす。
焦れったい……? もっと、触れてもらいたいの?
「そろそろいいよな。――ん?」
ぬっ、と私のナカに異質な物体が押し入る。生理用品すら入れたことない、膣といわれているそこへ!
「やあーーっ! い、たっ……痛いっ!」
「ん、あれ?」
先ほどまでの疼くような感覚と違い、狭いところを無理矢理押し広げる感触に、私はとうとう悲鳴を上げた。
それでも夏賀さんは、内壁の中で指をぐにぐにと動かす。そのたびに私は引きつれるような痛みに襲われ、ぼろぼろと涙を零した。
「――もしかして、処女?」
驚いた目つきで夏賀さんが私を見下ろしている。
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