魔族少女の人生譚

幻鏡月破

文字の大きさ
上 下
6 / 47
第一章 四天王になるまで

第五話 実技のお話

しおりを挟む
「次、ウィディナ・フィー・ケルトクア。やりなさい」

 先生の呼ぶ声にはーい、と返事をして、待機場を離れる。

 ふと見てみると、先程のカルラの魔法で裂けていた地面や燃え尽きた的などがいつの間にか修復されている。今まで特に気にしていなかったが、先生が修復してくれているのだろう。

 そんなことを考えているうちに、的の五十メートル前に立つ。

「ウィディナも頑張ってー!」

 後ろからカルラの声が聞こえた。私が叫んだ時もこんな感じで聞こえたのだろうか。
 振り向いて、手をひらひらと振る。

 さて、術式の構成に入ろう。

 この魔法は最近にできたもので、まだ誰にも見せていない。皆がどんな反応をするか、楽しみだ。

「じゃ、いきますねー」

 両掌を前へと突き出し、魔力を溜める。

「――風の精霊シルヴェストルよ、太古の盟約において我、汝に願う」

 周囲の魔力が一気に流れ始め、掌の前に渦が生まれる。
 回転速度が増していき、その渦はやがて高密度な風の球となっていく。
 自身の魔力をそこに込めていくと、周囲の空気も巻き込んで、そして甲高い音をあげて碧く光る。

「悠久の時の流れを過ごし精霊達よ、我が掌に集い力となれ」

 風の球体は高密度に圧縮されて小さくなるが、そこから溢れ出る風は私の周りをも巻き込んで流れ始める。
 髪や服が靡く。

 光を散らして周囲に光の玉や精霊達が現れた。
 精霊達はワイワイと飛び交い、だが風と魔力を一緒に流してくれる。
 その可愛らしい精霊達ににこりと微笑む。

「紺碧の空に芽吹きし悲しみよ」

 風も最大限に圧縮済み。そして精霊達の加護も得ている。

 準備は整った。

 すぅ、と息を吸い、そして言い放つ。

「――風と共に散れ、〈光風の螺旋球モンテリオ・スーン〉」

 風を押さえつけるものはもう無い。

 魔力の渦は風の刃を纏い、的へと吹き飛んだ。

「ッ!!」

 先生が何かを感じ取ったようで、皆へと叫ぶ。

「あなた達、今すぐ下がって魔法障壁を展開しなさい! 今!」

 先生がバッと振り向き叫ぶ姿を見て皆は驚き、だがすぐに後退して障壁を展開した。

 今その指示を出すということは、先生はこの後の展開が想像できているのだろう。見ただけで想像がつくとは、流石は先生と言ったところだ。

 螺旋球はそのまま的へと進んでいき、しかし当たる前に風の刃で的は粉々になる。そして球は奥の壁に当たり、小さくなって消えた。

 え? という声が後ろから上がった。恐らく想像していた結果ではなかったためだろう。期待外れと、そういった感じの声だ。

 ……今はまだ、ね。

 一呼吸間を置いて、その時が来た。

 まず最初に魔力圧がぶわりと広がる。それも螺旋球が消えたところから。

 瞬間、風が爆発した。

 消えた筈の螺旋球が急激に膨張し、轟音を連れて風と光と共に爆散。
 その強烈な回転を伴う鋭い風圧だけで、石材でできている筈の地面と壁を抉り、削り、吹き飛ばす。
 爆散により放たれた無数の風の刃は、地面や風を切り刻み、飛び散る瓦礫を粉々にし、破砕する。

 まるで小さな竜巻の様。

 そして風の波動が刃を連れてやってきた。
 何もかもを吹き飛ばす様な風圧が、こちらを襲う。
 発動者故に私は傷付かないが、流石に風は身体を押し、髪や服を激しく靡かせる。

「ぐおっ、うっ……!」

 後ろの皆にも遂に届いたらしく、声からして頑張って耐えているのがわかる。刃があるから下手したら怪我しちゃうかもと思うが、もう放ってしまったものは仕方がない。

 風圧が皆を襲ってから少し経ち、最初と比べると嘘の様な静かさで、穏やかに風は吹き止んだ。
 見ると螺旋球を中心に、大きなクレーターができていた。
 風は球形に抉ったらしく、奥の壁は円形に崩れ、穴が空いている。
 周囲の崩れていない壁や地面には、刃によって付けられた鋭い傷跡。

 まるで小さな戦場の様だ。

 ガラガラと石材が落ちる音がした。
 穴が空いた壁が、どうやら自重に耐えきれなくなり、砂埃を立てて崩れ落ちた様だ。

 これにて私の番は終了。先生に対して一礼し、皆の元へと戻る。
 何故だかはわからないが、皆恐ろしいものを見る様な目をしている。どうしたんだろう。え? 私?
 するとカルラが恐る恐る話しかけてきた。
 何か探る様な口調で、

「ねぇウィディナ? 今の魔法って何? あれ、初めて見るわ……?」

 問われたので答える。別に隠すことなんて何も無いのだ。

「えーっとねぇ、つい最近できた魔法なんだよ。
 風の精霊を呼び出して、力を借りるの。契約の手続きが大変だったけどねぇ」

 ようやく皆からおぉ、という感嘆の声が漏れる。

 〈光風の螺旋球〉は風の精霊を呼び出し、加護を得ることで通常よりも強力な力が出せるという代物だ。
 ただ、精霊の加護を得るためには詠唱にある通り、契約が必要となる。だから以前、家の近くにある風の森にて契約を結んできた。

 下位のものでも構成に時間のかかる契約術式の発動や、魔石などのの奉納等、契約を結ぶためには少々手間が掛かるが、得られるものが多い分問題ない。

 しばらくすると、今まで黙っていた先生が、こちらを見て口を開いた。

「ウィディナさんあなた、先程のは契約魔法で間違いないのですか?」

「え? あ、はい。そうです」

 またしばらく先生は黙り込み、

「……成程、わかりました。ですがウィディナさん、あなたの魔法は少しばかり規模が大きいです。危険ですので、無闇矢鱈に使用しないで下さいね」

「あ、はい。わかりましたぁ」

 そう返事をすると、先生はよろしい、と一言おき、

「ではこれにて魔法の確認試験を終了します。皆さんは教室に戻って下さい」

 そう言うと同時に授業終了の鐘が鳴った。

 そして皆が動き出す。

 次の授業が終わったらお弁当だなぁ、と思いながら、ウィディナも屋外教室を後にする。



 だがこの中で、この後起こることを知る者は、一人もいなかった。
しおりを挟む

処理中です...