魔族少女の人生譚

幻鏡月破

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第一章 四天王になるまで

第十七話 えろえろえろ

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 今日は朝から晴れていた。
 学園では、昨日の順位戦の話で持ちきりだった。

「なぁ、昨日の順位戦見たか? つーか見たよなっ!」

「あぁ見たぜ! ウィディナとカルラの試合だよな! あれは凄かった!」

「まさかウィディナがカルラに勝つなんてな! しかも『王賜剣術コールブランド』だぜ!? 色々おかしいだろっ!」

「松竹梅の三連攻撃だっけか、スゲェかっこよかったぜ! ネーミングセンスも謎にいいしな!」

 とある教室では、少年少女の周りに沢山の生徒が集っていた。
 リギトとカルラだ。

「なぁリギト、お前キレーに負けたよな! 俺だったら始まる前に負けてるだろうけどなっ。どうだった?」

「あぁ、認めたくはないがな。あれは俺の届かない領域だった……」

 リギトが悔しそうに拳を固く握る。

「カルラさん、ウィディナさんはどうでしたかっ? カルラさん負けちゃったけど良い試合だったと思いましたよ!」

「良い試合? ……そうね、良い試合だったかもね。私も全力を出したけど、圧倒的だったわ……」

 カルラは昨日の試合を思い出すように目を瞑った。

 鐘が鳴ると、皆は急いで自分の席に着く。
 だがカルラの隣の席には誰もいない。

 ガラガラッと扉が開き、カロナが入ってくる。
 カロナは黒板の前に立ち、教卓に手を置く。
 そして皆を見回してから言った。

「ふむ、皆おはよう。昨日の順位戦、ご苦労だった。
 順位戦と言えば、大きな変更点があってな」

 皆が首を傾げる。
 カロナは目を細めて言う。

「昨日の順位の変更に加え、全員の順位が一位繰り上げとなった」

「「「うおお、何で!? でもやったぜ!!」」

 と、クラスがどっと騒がしくなる。順位が一位上がるだけで、成績には大きく響くからだ。
 だがそんな騒ぎの中、目を見開いている二人がいた。
 そのうちの一人が手を挙げる。

「先生……」

「ん、どうした。カルラ」

 カルラは恐る恐るカロナに訊いた。

「ウィ、ウィディナはどうしたんですか……? 今日はいないし、それに順位繰り上げって、ウィディナの順位はどうなるんですか……?」

 クラスが静まり、確かに、といった言葉がちらほら聞こえる。

「あぁ、ウィディナか。……昨日の試合後退学手続きが済んでな。先程この学園を出たぞ」

「「「……えっ?」」」 

「ん? 言ってなかったか。あぁ決まったの昨日だしな。退学も自分で望んだことだ。ちなみに昨日の四時間目が自習になったのはそれが理由だ」

 カルラが思い切り席を立つ。
 その顔には焦りと驚きが見える。
 いきなりの事に動揺しているのだ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ウィディナが退学だなんて、そんなの理由が――」

「理由か。央都へ行く事になったのだ」

 央都だって? と言う生徒もいるがそんなのお構いなしに、

「でっでも、退学するんだったらお別れくらい……。だって私達、親ゆ――っ!」

 不意に言葉を詰まらせる。

――私達、親友じゃないの……?

 ウィディナに言った言葉が心に渦を巻く。

 カロナは腕を組み、カルラを見る。

「ふむ、お前らとウィディナとの間で何があったかは知らんが、皆に伝えてくれと言われたことがあってな」

 皆を見てから言った。

「ばいばい――だそうだ」


  ◇


「おぅうぇぇぇ……」

「あら、大丈夫ですかフィーさん。央都までまだありますよ?」

 ガタガタと揺れる馬車の中、ウィディナは早速死にかけていた。

「うっぷ……。ちょ、エリヌ様。何で央都まで馬車なんですか。転移魔法くらえろえろえろえろ」

「ちょっ、やめて下さいフィーさん。吐いていないのにそんな声。転移魔法は使えますが、央都には空間魔力を乱す結界が張ってあって転移できないのです。

 エリヌは心配するようにウィディナの背中をさする。

 魔境は一つの大陸であり、東西南北で地域が分かれている。『北クルメア魔法学園』はその名の通りクルメア地域の北にある。そのまま西に進めば央都だが、とても遠い。一番速い馬車ではあるが、今日の夜までに着ければ上出来だろう。
 魔王城のある央都は、魔族の砦だ。人間に直接転移されたら大変なため、央都及び魔王城には空間魔力を乱す結界が張ってある。

「エ、エリヌ様。さすられるとホントに出ちゃうかもしれません」

「あっ、御免なさい。私馬車では酔ったことがないので……」

 スッとエリヌは手を離す。

「で、エリヌ様。央都には転移魔法使えないんですよね?」
 
「ええ。央都には転移魔法は使えません」

「央都に転移門はありますよね」

「ええ。央都に転移門はあります」

「転移門には、転移できますよね」

「ええ。転移門には転移――あっ」

 エリヌは赤くなった頬を隠すように手を添えた。

「……転移門がありましたか。私としたことが、うっかりです」

 ウィディナは思った。
 
 ……エリヌ様って実は馬ゲフンゲフン天然キャラ?

 とはいえ央都までえろえろしながら移動することは避けられるようだ。
 転移門とは、魔境各地に設置されている魔導装置のことで、移動先を指定すれば門同士で転移ができるという優れものだ。これは環境修復魔法を作った三代目魔王が作ったもので、魔境が発展してから生まれた。転移魔法が使えない人や大型のもの等も手軽に転移することができるため、これがなければ今の社会は成り立たない。

「馭者さん、近くの転移門に行き先を変更して下さい。転移門から央都へ直接行きます」

「了解致しました」

 馬車の行く方向が変わる。窓を覗けば、どうやらクルメア市街地へ向かうようだ。

「その、すっかり忘れてました。私行きは転移魔法を使ったので」

「いや、いいんですけども……」

 ウィディナは半目でエリヌを見るが、全く気にしていない様子。
 エリヌがおほん、と誤魔化すように咳をする。

「とにかく、です。フィーさんは央都へ行ったら魔王城で魔王様と契約をします。そうすれば晴れて私達四天王の一員です」

「でも、いざ魔王城に行ってみてダメーって言われたらどうするんです?」

 エリヌは苦笑する。

「流石にそれはないかと。貴女を迎えにきたのは魔王様の命令ですしね」

「あっ、なら平気ですね。良かったです」

 ウィディナは胸を撫で下ろした。

 酔いは治らずしばらく馬車に揺られていると、市街地の転移門に着いた。
 別にまたえろえろしたりはしていない。していたとしても言わない。

「うわぁお、市街地って実は初めて来ました。賑わってますねぇ」

 クルメア市街地は魔境の中でも大きい方の街だ。
 目の前の転移門には今もキリなく人が出入りしている。

「ふふ、ここも賑わってはいますが、央都と比べたらまだまだですよ」

 へぇぇ、とウィディナは言うが、彼女の周りにはソワソワした雰囲気が漂っていた。
 転移門の前に立ってから本当に四天王になるのだという実感が湧いてきたのだろう。その顔には喜びと不安が見える。

「ではフィーさん、行きましょうか」

「はっ、はい!」

 エリヌの後を追って転移門をくぐると、視界が真っ白に染まっていった。
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