魔族少女の人生譚

幻鏡月破

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第二章 第二回人間軍大規模侵攻

第三十四話 魔力の即時回復

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 最初の訓練から約二ヵ月が過ぎた。

 二ヶ月もの間、私は毎日毎日魔法をぶっ放して、魔力切れを起こしてはぐっすりと寝る、というのを繰り返したのだ。
 お陰で体の疲労感が積み重なっていった。

 だがその分得たものもあった。
 日に日に魔力量の上昇と、吸収量の上昇が感じられるのだ。

 最初の頃は魔法を撃ち続けるとすぐにぶっ倒れ、約六、七時間寝ていた。それが二週間くらい続くと、寝る時間が増え、大体八時間くらいになった。しかも日を重ねるごとに少しずつ寝る時間が増えていったのだ。

 だが放てる魔法の数や威力からして、私の魔力量は上がっているということだ。エリヌに訊くと、魔力切れによって魔力量は増えているが、吸収量はそこまで増えてはいないため寝る時間が増えているということらしい。

 それが一週間続くと、魔力量は増えているのに、寝る時間が減って最初と同じくらいの寝る時間で安定した。

 エリヌが言うには、今まで魔力量が増え補充に時間がかかっていたため、それに応じて段々と吸収量も増えてきたということらしい。寝る時間が安定してきたのは、魔力量の上昇と同じくらいの割合で吸収量も上昇しているのだとか。

 そしてその安定の二週間が過ぎ、最後の一週間で急に変わった。魔力量はどんどんと増え、しかし寝る時間が減っていったのだ。つまり吸収量が急激に上がっていったということだ。最終的には四、五時間で済むようになった。

 ついでに魔力切れの症状もだんだんと軽くなっていった。最初はひどい吐き気や頭痛がして、文字通りぶっ倒れていたが、最後の一、二週間は少しの頭痛だけで、眠るように気を失うようになったので、とても苦しいという感じは無くなった。


 そして今日――


「だんだんと涼しくなってきましたね、フィーさん」

「そうですねぇ。菊月十月ですよ。もう秋です」

 メルヘイスに来たのは夏の桔梗月八月。もうあれから二ヵ月も経ったのだ。案外早いもんだなぁとも思うし、充実していたなぁとも思う。

「どうですか? 魔力切れの方は。慣れてきましたか?」

「えぇ、苦しく無くなってきましたねぇ」

「そうですか。じゃあ準備段階としてはいいですね。では即時回復の訓練、いきますか」

 エリヌがそう言って、初日の様に土魔法でニョキッと椅子を生やした。また座学から始めるのだろうか。とりあえず座る。

「ですが、またお話からしましょうか」

 エリヌも椅子に腰をかける。

「フィーさん、『魔力』とは何だと思いますか?」

「……えっ」

 魔力とは何か。今まで当たり前のように身近にあり、使用してきたものであるため、そんなこと考えたこともなかった。思えば学校で習ったこともなかった。

 魔法の発動や生活などに必要となる魔力。火水風土雷聖魔、そして無の計八種の基本幻素を生み出す根本的な力。自然界に元から存在するその力は、確かに何かと言われれば分からない。

 ……酸素とか炭素と違って、幻素は原子じゃないしなぁ。ていうか一つの何かからほぼ全てが生み出せるって、よくよく考えたら魔力って想像を超えた超常的な力なんじゃ……。

 うーん、と唸り考えていると、エリヌがふふ、と笑う。

「悩んでいますね。まあ、答えを言ってしまうと、『解らない』が正解ですよ」

「……はぇ? えええ?」

「ええ、現代の魔法研究でも未だ解明されていません。恐らく人間界も同じです。唯一わかっていることは、『解らない力』だということがわかったこと」

 ですが、と一言おき、

「現段階での見解は、『具現の力』となっています」

「具現の……力?」

「ええ。つまりは火を起こす、水を生成するといった現象を具現化する力、思ったことを具現化する力ということです」

「イマイチ掴めませんが、そうなんですかぁ」

「ここ、大事になってきますので忘れないでくださいね」

 そう言うと、エリヌがガコッと二人の間に机を生やす。庭に置いてあるような装飾のされた丸型の机。その上には陶器のカップとソーサーがあった。

「ではフィーさん。魔力が多く取り込まれるのはどのような場合でしたか?」

 エリヌが魔法陣からティーポットを取り出し、その中にまた魔法陣から出した茶葉を入れる。

「えーと、寝ている時やお風呂に入っている時です」 

「何故ですか?」

「他に消費する精力エネルギーや魔力が少ないので、その時に多く取り込まれますよね」

「前にも話していただいた通りですね。ですがまだ理由があるのですよ」

 エリヌがどこからか出してきた薬罐やかんでティーポットに少しお湯を入れ、茶葉を蒸し始めると、辺りに紅茶の香ばしい香りが漂ってくる。

「晶鉱水でなくとも、多少ですが水には空気よりも多くの魔力が含まれています。温かいお風呂に浸かることによって魔孔が開き、それに加えフィーさんに言っていただいた理由を含め、お風呂に入ると魔力が多く取り込まれることになります」

 だが、

「寝ている時はどうでしょうか。水よりも空気は含む魔力の量は少ないですし、お風呂のおかげで魔孔が開くということもありません。では何故寝ている時の方がよく吸収されるのでしょうか」

 それは、

「魔力が『具現の力』だからです。……説明する上でわかりやすいので、一つ例をだしますね。フィーさんは、疲れている時に寝ると何を見ますか?」

「夢……ですねぇ」

「例えば?」

 そう言われて、少し考えてみる。

……白種をいっぱい食べる夢、お金持ちになってわいわいする夢、強くなって無双する夢、カルラと遊ぶ夢――。

「考えてみたら全部欲塗れの夢ですねぇ……」

「いえ、それで正しいのですよ」

「……えっ?」

「ええ。自分の望む夢を見る、というのは正しいことです。
 ……フィーさん、魔力は使われるだけじゃないのですよ」

「……はっ?」

「魔力は自分から動きます。先程魔力は『具現の力』、そして欲の夢を見ると言いましたが、実はそれらは関係があります。
 ……フィーさん、魔法はどのように発動しますか?」

「え? あー、風を起こしたければ魔力を集めて放つみたいな感じですか?」

「そうです。つまり魔法を発動する、発動したいものを具現化するために魔力を集めるのですね。
 ……実は魔力はその逆の性質を持っているのです」

 つまり、

「魔力は『具現の力』であるが故に、『望んだものを具現化させようと集まる』性質があるのです。それも強く望むものほど」

「……ほぇ?」

「まぁ、難しいですよね。このように少し複雑なので学校では習わないのですよ。
 では、これを踏まえて説明と……一気にいきますよ?」

「はいぃ……。頑張りますぅ」

「では――、まず魔力量が少ないとき、身体は魔力を欲しがります。疲れている時も、身体は魔力を欲しがります。加えて精神も疲弊しているので、脳は疲れを癒すために自分の望むことを勝手に思い浮かべます。そしてそれは疲労度が増すほど強く思い浮かべます。
 それらの条件が揃った上で寝るという行動を取ると、魔力は性質に則り、思い浮かべた望みを具現するべく向こうから集まってきます。ですが人の望みは巨大過ぎるため、現実には具現化できません。
 そこで魔力量の少ない体内に魔力が入っていき、脳内で夢として具現化するのです。
 ですから、寝る時に魔力が多く溜まり、疲れている時に夢を見るのです」

「あっ……えっ? あっ?」

 何を言っているのか全くわからない。魔王城の昇降板の時もそうだったが、エリヌは頭が良いのだろう、教えてもらっても言っていることが難しくて私が一発で理解できる説明ではない。だが、

「えーと……、つまり?」

「つまり、夢を見させるために魔力が勝手に集まってくるので魔力が溜まるということですね」

「あぁなるほど!」

 エリヌは説明してくれた後、必ずわかりやすくまとめてくれる。そして少しずつまた深い話をしてくれる。お陰で何かと学校よりも理解が早い。
 すると、

「理解できたようですね。……あら、蒸したままティーポットにお湯を入れるのを忘れていました。うう、これでは渋みが強くなってしまいます。失敗です……」

 と言って紅茶を淹れて、渡してくれた。
 失敗とか言いつつ、飲んでみたら普通に美味しい紅茶だ。淹れ手が上手だと例え失敗しても常人よりも美味しくできるのだろうか。

「充分美味しいと思いますよ?」

「あら、本当ですか? ありがとうございます、フィーさん」

 エリヌはにっこりと微笑んで紅茶を飲んだ。
 私もエリヌも紅茶を飲んで一息つく。そして二人とも紅茶が飲み終わった頃、

「では、事前説明も終わりましたし、即時回復の練習、いきましょうか」

「はいっ!」

「いい返事です。ですがそんなに難しくはないですよ。
 それでは……まぁ直接見て頂いた方がわかりやすいでしょうね」

 と言ってエリヌはティーポットとカップ、ソーサーを魔法陣に戻し、そして小瓶を取り出した。
 掌に収まるサイズの小瓶の中には薄い青色の液体が入っている。
 何だろうと思っていると、エリヌは小瓶の蓋を開け、中の液体を魔法で霧散させた。
 一体何を、と思って辺りを見てみると、

「……うわぁ」

 今いるこの空間が薄い青色にキラキラと輝いていた。

「これはカトレアの花から作った薬剤です。カトレアの花は青い花なのですが、辺りの魔力の量に応じて花弁の色の濃さを変えます。魔力が多いと濃く、少ないと薄くなるといった感じです。それを応用して作ったのですよ。
 フィーさん、ちょっと見ていてくださいね」

 エリヌにそう言われたので見てみると、

「……わぁ!」

 エリヌの周りが青く濃く輝き始めた。
 辺りの空間も輝いているが、エリヌの周りの方がハッキリと濃く見えている。
 先程エリヌは、カトレアの花は魔力が多いと色が濃くなると言っていた。
 つまり、

「えーと? エリヌさんの周りが濃く光る……ってことは、周りに魔力がたくさん集まってるってことですか?」

「ええ、流石ですね。今私は自分に魔力を纏わせています。そして――」

 魔力に変化が起きる。身体の周りに纏わりついていた魔力が、まるで何かに押されるように、体に擦り込まれていくかのように、その青い輝きがエリヌへと吸い込まれていく。

「――っと、こんな感じですね。感覚的には、纏わせた魔力を魔孔に押し込んでいくようなものです。ではフィーさん、少しやってみて下さいな」

「やってみます!」

 魔力を身体に纏わせる。 今まで身体強化魔法などを多々使ってきたため、魔力の扱いには慣れているはずだ。まず魔力の流れを意識して、こうやって、全身に――。

「違いますよ、フィーさん」

「へ?」

 始めた瞬間にダメ出しが来た。

「フィーさん、今貴女がやっていたのは魔法を発動する際の纏わせ方です。貴女は体内の魔力貯蔵から魔力を出しているので――、こうなっているのです。わかりますか?」

 と言って魔力をまた纏わせ始めたのだが、

「――あ」

 今エリヌがやって見せてくれたのは魔力の吸収による纏いではなく、魔力の放出による纏いだった。よく見れば身体全体から噴き出るように青い輝きが纏わりついている。

「確かに魔力を吸収しようっていうのに、逆に放出したら意味ないですよね」

「その通りです」

「え、じゃあどうやれば魔力を纏わせるんです?」

 エリヌがにこりと笑う。

「簡単です。先程説明した通り、魔力は具現の力です。望みを具現化しようとする性質を持っています。ですので、こっちに寄ってこい~、と思えばいいのですよ」

「え、そんなのでいいんですか」

「はい、そんなのでいいんです」

 と言われたのでやってみる。
 というわけで魔力を集めることを念じてみる。魔力を集めることを念じる。魔力を集めることを念じる。魔力を集めることを念じ――。

「――あ」

 確かに腕や体を見てみれば、エリヌほどではないが、薄く青い輝きを纏っている。

「ほんとにできちゃいました……」

「ほら、簡単でしょう。仕組みさえわかってしまえばこのようなものです」

 だが少し疑問に思った。

「思うだけなら誰でもできません?」

 するとエリヌは首を横に振る。

「いえ、実はそのようなことはないのです。何故だかはわかりませんが、まず魔力の性質を理解するかしないかによって上手くいくかどうかが変わります。更には個人によっても差はあります」

「じゃあ何でエリヌさんは私ができると……?」

「フィーさんは以前、フウビアルドと戦った時に魔力が急に溢れてきたと言っていましたね。その際、恐らく無意識の内に即時回復を行なったのかと思います。ですのでできると思ったのですよ」

「あーなるほどです」

 そうこう話しているうちにも魔力が集まるように念じてみた。すると更に色が濃くなってきている気がする。

「良い感じですね。では吸収の方に入りましょうか。
 こちらも簡単です。纏わせた魔力に、入れ~、と念じるのです」

 何か最初の解説を過ぎてから、一気に雑になったような感じがするのは、気のせいだろうか。とりあえずまた念じてみる。
 すると、

「――ひぁ」

 全身の毛穴がぶわっと開いたような感覚に襲われた。そしてその穴から何かが少しずつ入っていくような――。

「上手です、フィーさん。まさか一発で上手くいくとは思っていませんでした」

「え、ほんとですか。なんか全身ぶわっとした感覚があっただけですけど」

「いえ、最初はそれで合っていますよ。魔力をきちんと吸収できています。少し確認してみて下さいな」

 身体に纏わりついていた青い輝きは既に消えている。そして魔力量を確認して見ると――、確かに先程よりも魔力量は増えていた。

「わ、やったぁ! ちゃんと増えてます!」

 思っていた以上の喜びに、ぴょんと腕を上げて跳ねてしまった。それを見たエリヌはクスリと笑い、

「おめでとうございます。これにて魔力の即時回復は習得ですね。ですがまだ未完成の域です。これからも練習していきましょう。
 今日はもう少し練習してから、終わりにしましょうか」

「はいっ! ありがとうございます!」


 長かった特訓は終わり、無事魔力の即時回復を習得することができた。
 そして今日の残りは数回練習をして、解散することとなった。
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