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世は強い者が得る
第6話
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黒エルフ捕獲から無駄に一週も待った。セルヴは冒険者仲間三人と連れ立ってフラニアの城に向かった。ベアはようやく報酬を工面した。
銀貨八十枚。なにもしていないわりに儲かった。予定どおり南に引き返した。ベアは酒を勧めながら、黒エルフの根城を襲うのだが、とさりげなく言った。さりげなく断った。次も報酬が出るとは限らない。フラニアでは副伯でさえ貧乏している。お近づきにならないのがいちばんだ。
日暮れ前、古い街道沿いの宿駅に寄った。冒険者だらけだった。
広間で飯を待つ。むさ苦しい連中が三十ほどいる。セルヴは財布をしっかり握ってにらみを利かせた。針の長剣は倉に預けた。相棒がいないと心許ない。
奥の戸口から主人が顔を出した。ぞろぞろと食堂に入る。
料理人が壁際の作業台で仕事をしていた。木皿に分厚い切り身を乗せてはアーモンドの汁をかける。鮭のあぶり焼きだ。セルヴは仲間と長卓に着いた。汗くさい広間に香ばしいにおいが入り交じる。
ようやく大樽を運んできた。主人自ら取っ手つきの椀に酒を注いでは配っていく。セルヴはいらいらしながら待った。
椀を受け取った。主人に愛想よくたずねた。
「舟を借りたい。宿代と合わせて銀貨で払ってもいいかな」
「銀貨はいらねえ。舟を借りたきゃ貸し舟屋と話せ」
「ここは施療院かなんかなのか。勘定はどうすればいい」
「勘定なんかいらねえ。とにかく黒エルフを倒してくれ。いやなら出てけ」
背を向けて樽のほうに引き返していった。隣に大男がどっかとすわった。長椅子がはっきりときしんだ。騎士用の馬鹿長い戦斧を長卓に立てかける。こいつを振りまわすのか。というより預けなかったのか。
目が合った。禿げの大鬼だ。短剣まで律儀に預けるんじゃなかった。
鬼の向こう側に女がすわった。毛皮を着ている。赤茶けた髪を頭のてっぺんで結ってうなじに流している。浅黒い顔に傷痕があった。
料理人が木皿と匙を卓に置いた。脂が乗っていてうまそうだ。みすぼらしい宿なのに。
ブドウ酒を含んだ。澱のない上等なやつだった。やはりなにかが妙だ。
魔道士リュシアンが言った。
「たしかに妙ですね。ここに長居するとおそらく、黒エルフ討伐に出る羽目になります。出立は明日、今夜は景気づけの日。そんなところでしょう」
「ベアはどこから工面したんだろうな。まあいい。はやいとこずらかって舟を借りよう。カサに帰りたい」
「銀貨では貸さないと思います」
「なんでだ」
「副伯ですら地元の産物のみで暮らしているからです。つまり交易路がない。貸し舟屋は使えないものをもらっても仕方がない」
セルヴは顎髭を掻いた。本当にろくでもないところに来た。歩きで帰ったら三日はかかる。宿駅も居酒屋もないのだろう。情報屋は大嘘つきだった。
ブドウ酒を飲み干した。とにかく帰ろう。
毛皮を着た女が大男越しに身を乗り出してきた。
「あんたら、〈黒き心〉って知ってる?」
セルヴは首を振った。女を見つめる。口の端を持ち上げて目を丸くした。額に細かなしわが寄った。鳶色の瞳が蝋燭の明かりを受けて輝いている。どこの生まれだろう。
見とれているとリュシアンが答えた。
「神の剣は東方の聖都アルマンドにあります。かつてはフラニアの寺院を彩っていた。多くの巡礼者が詣でに訪れた」
「そうそう。あたしたち、ベアの軍に入るの。剣を奪還するんだって」
「王が遠征を許されたのですか」
仲間の戦士アラムが口を挟んだ。
「姉ちゃん、遠征なんて割に合わないぜ。戦で死ぬのは歩兵だけ、略奪品は高貴なお方がぜんぶ持ってくんだ。あんた、いい家の出なのか?」
「ううん。でもあたし、役に立つの。すっごい秘密を持ってる」
セルヴはできるだけさりげなくたずねた。
「秘密ってなんだ」
横目でちらと見た。楽しげに首をかしげた。髪の房が垂れる。卓に両肘を乗せて胸を寄せている。細身なのに胸が大きい。毛皮の下には革の短衣を着けている。胸元の革紐を三つほど外している。谷間がちらつく。
鮭を指でほぐして食べた。ほっそりとした指をしゃぶる。ひらいて、ひとつずつ。
手を差し出して言った。
「あたしはケッサ。こっちの化けもんはコート。あんたも遠征に行くんでしょ?」
セルヴはうなずいた。どこにでも行く。
銀貨八十枚。なにもしていないわりに儲かった。予定どおり南に引き返した。ベアは酒を勧めながら、黒エルフの根城を襲うのだが、とさりげなく言った。さりげなく断った。次も報酬が出るとは限らない。フラニアでは副伯でさえ貧乏している。お近づきにならないのがいちばんだ。
日暮れ前、古い街道沿いの宿駅に寄った。冒険者だらけだった。
広間で飯を待つ。むさ苦しい連中が三十ほどいる。セルヴは財布をしっかり握ってにらみを利かせた。針の長剣は倉に預けた。相棒がいないと心許ない。
奥の戸口から主人が顔を出した。ぞろぞろと食堂に入る。
料理人が壁際の作業台で仕事をしていた。木皿に分厚い切り身を乗せてはアーモンドの汁をかける。鮭のあぶり焼きだ。セルヴは仲間と長卓に着いた。汗くさい広間に香ばしいにおいが入り交じる。
ようやく大樽を運んできた。主人自ら取っ手つきの椀に酒を注いでは配っていく。セルヴはいらいらしながら待った。
椀を受け取った。主人に愛想よくたずねた。
「舟を借りたい。宿代と合わせて銀貨で払ってもいいかな」
「銀貨はいらねえ。舟を借りたきゃ貸し舟屋と話せ」
「ここは施療院かなんかなのか。勘定はどうすればいい」
「勘定なんかいらねえ。とにかく黒エルフを倒してくれ。いやなら出てけ」
背を向けて樽のほうに引き返していった。隣に大男がどっかとすわった。長椅子がはっきりときしんだ。騎士用の馬鹿長い戦斧を長卓に立てかける。こいつを振りまわすのか。というより預けなかったのか。
目が合った。禿げの大鬼だ。短剣まで律儀に預けるんじゃなかった。
鬼の向こう側に女がすわった。毛皮を着ている。赤茶けた髪を頭のてっぺんで結ってうなじに流している。浅黒い顔に傷痕があった。
料理人が木皿と匙を卓に置いた。脂が乗っていてうまそうだ。みすぼらしい宿なのに。
ブドウ酒を含んだ。澱のない上等なやつだった。やはりなにかが妙だ。
魔道士リュシアンが言った。
「たしかに妙ですね。ここに長居するとおそらく、黒エルフ討伐に出る羽目になります。出立は明日、今夜は景気づけの日。そんなところでしょう」
「ベアはどこから工面したんだろうな。まあいい。はやいとこずらかって舟を借りよう。カサに帰りたい」
「銀貨では貸さないと思います」
「なんでだ」
「副伯ですら地元の産物のみで暮らしているからです。つまり交易路がない。貸し舟屋は使えないものをもらっても仕方がない」
セルヴは顎髭を掻いた。本当にろくでもないところに来た。歩きで帰ったら三日はかかる。宿駅も居酒屋もないのだろう。情報屋は大嘘つきだった。
ブドウ酒を飲み干した。とにかく帰ろう。
毛皮を着た女が大男越しに身を乗り出してきた。
「あんたら、〈黒き心〉って知ってる?」
セルヴは首を振った。女を見つめる。口の端を持ち上げて目を丸くした。額に細かなしわが寄った。鳶色の瞳が蝋燭の明かりを受けて輝いている。どこの生まれだろう。
見とれているとリュシアンが答えた。
「神の剣は東方の聖都アルマンドにあります。かつてはフラニアの寺院を彩っていた。多くの巡礼者が詣でに訪れた」
「そうそう。あたしたち、ベアの軍に入るの。剣を奪還するんだって」
「王が遠征を許されたのですか」
仲間の戦士アラムが口を挟んだ。
「姉ちゃん、遠征なんて割に合わないぜ。戦で死ぬのは歩兵だけ、略奪品は高貴なお方がぜんぶ持ってくんだ。あんた、いい家の出なのか?」
「ううん。でもあたし、役に立つの。すっごい秘密を持ってる」
セルヴはできるだけさりげなくたずねた。
「秘密ってなんだ」
横目でちらと見た。楽しげに首をかしげた。髪の房が垂れる。卓に両肘を乗せて胸を寄せている。細身なのに胸が大きい。毛皮の下には革の短衣を着けている。胸元の革紐を三つほど外している。谷間がちらつく。
鮭を指でほぐして食べた。ほっそりとした指をしゃぶる。ひらいて、ひとつずつ。
手を差し出して言った。
「あたしはケッサ。こっちの化けもんはコート。あんたも遠征に行くんでしょ?」
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