Blackheart

高塚イツキ

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世は強い者が得る

第9話

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 セルヴは残りの坂を駆け下りた。先の地面が平坦になっている。白い木漏れ日が見える。ようやく山を越えた。
 固い地面に立つ。薄闇の森に亡霊がうろついていた。いや、従者たちだ。安全の確保でもしているのか。ベアはだいぶ前に先に進んだ。冒険者たちの姿が見当たらない。すでに寺院に入っているかもしれない。
 ほどなく森が終わった。地面を日の光が照らしている。すぐ先に白い壁が立ちはだかっている。兜を脱いで脇に抱えた。古代の寺院。
 仰ぎ見ながら慎重に歩み寄る。古い建物なのはまちがいない。長年の風雨ででこぼこにすり減っている。板石が剥げて砕石が壊疽のようにのぞいているところもあった。千萱が寄り添うように生えている。不気味な赤い葉が風に揺れている。
 森を出て久々の空を見上げた。日はだいぶ傾いている。夜は魔物の時間だ。はやいところ済ませたい。なにをどうするにせよ。
 ベアが西から壁沿いにやってきた。うつむきながら逆手に持った長剣ロングソードで地面を突きまくっている。いらついている。
 セルヴに気づいて立ち止まった。後ろに顎をしゃくった。
「崩れた壁を見つけた。敵はいまのところ見ない。先遣隊に志願するか」
「従士たちのほうがいいでしょう。腕を上げるいい機会だ」
「全員断ってきた。怖いなどとぬかしおった。フラニアの騎士団はおしまいだ」
 セルヴは肩をすくめた。志願して仲間を探した。東に行くと冒険者たちが固まっていた。やはり従士たちに手柄を譲るつもりで控えていたようだ。リュシアンを誘った。行かないと言った。つまり行く。少し迷ったあとケッサを探した。
 コートとふたり大木のそばにいた。声をかけた。
 ぽかんと口を開けて眉を持ち上げた。額に細かなしわが寄った。
「あんた勇気あるんだね。強い男って好き。あたしも行く」
「めぼしいやつが何人かいる。声をかけてみるよ」
「だめだめ。お宝を分けっこしなきゃいけなくなるよ。ふたりきりで行こう」
 当然コートもついてくる。ふたりきりではなく四人で壁沿いを西に進んだ。
 壁から突き出た控え壁の前でいったん止まった。先をのぞく。気配も物音もしない。
 控え壁をまわりこむ。足音を殺して進む。また控え壁。もうすぐ日が落ちる。
 見えた。次の控え壁の先が大崩落している。割れた板石や小石が地面に散らばっている。左手の森にも大小の残骸があった。崩れ残った壁が傷口をさらしている。分厚さがわかる。寺院の内部はここからでは見えない。
 壁際にしゃがんで寄り集まった。セルヴは耳を澄ました。やはりなにも聞こえない。
 リュシアンが言った。
「みなさんは弱い。守りの魔法が必要でしょう」
「期待に応えるよ。それ以上おかしくなってほしくないしな」
 ケッサがしゃがんだまま顔を近づけてきた。
「どんなお宝が眠ってるのかな。がんばってね。怪我してもあたしが治してあげる」
「〈黒き心〉のようにか」
 頭をそっと挟んで額に口づけした。セルヴは胸の谷間を見た。力がみなぎってきた。
 兜をかぶって革紐を結んだ。雄々しく控え壁をまわりこむ。
 崩落部から寺院の中をのぞく。柱とアーチを巻き込んで瓦礫が山を成している。北の側廊は瓦礫のせいで見えない。身廊の屋根はそっくり消えていた。木の屋根だったのだろう。
 石だらけの崩落部を慎重に進む。壁の厚みは十歩ほどもあった。西日が身廊に射し込んで瓦礫を照らしている。
 寺院に入った。東を見る。瓦礫の山に見張りはいない。セルヴは西を指した。なるべく音を立てないようにしながら礫だらけの床を進む。大理石の板は崩落の衝撃で砕け波打っている。
 南西側の側廊は形を保っていた。石の屋根も残っている。暗がりに入る。陽光が消える。闇のなかを壁沿いに歩く。壁、アーチ、天井、どこも赤っぽい聖画がびっしりと埋め尽くしている。どの聖人もこちらを見ているような気がした。
 突き当たりに着いた。壁に沿って西の戸口に向かう。アーチの先に西日が注いでいる。
 アーチをくぐって身廊に出た。東に目をやる。瓦礫のせいで内陣までは見通せない。お宝が眠っているとすれば奥に見張りがいるはずだ。
 西の戸口から前室をのぞいた。すぐ先に正面玄関があった。木の大扉はない。こちらも腐ったか薪にしたか。先は広場のようにひらけている。
 ダークエルフが姿を見せた。二輪の手押し車の前に立った。酒樽から酒を注いで引き返していった。
 ちびの豚顔オークが来た。酩酊している。しばらく樽をまさぐったあと注ぎ口を見つけた。宴会にしてはやけに静かだ。
 セルヴは頭を引っ込めて振り返った。ケッサとぶつかった。うれしそうに見上げている。
「ほとんどは仕事に出てるのかもしれない。いるのは留守番だ」
「じゃああたしたちだけでだいじょうぶだね。東に行こう。きっと地下に祭壇があるよ」
 西の戸口を駆け足で抜けた。北側の側廊に入る。こちら側は崩落も瓦礫もない。赤っぽい聖人たちが見つめる。針の大剣エストックを両手で構える。足音を殺して東に進む。柄をじっくりと握り直す。おれはいつから盗賊になったのだろう。
 黒エルフがいた。セルヴは仲間に合図した。柱の陰に隠れる。つまりずっと瓦礫の山の向こう側にいたことになる。
 様子をうかがう。背を向けている。しばらく見ていて気づいた。柱に小便を垂れている。
 ケッサが肩から弓を外した。矢筒から矢を抜いてつがえた。
 片膝をついたままいっぱいまで押した。鏃を持ち上げる。胸を張って狙いを定める。
 撃った。笛の音が黒エルフの背に迫る。
 頭上の柱に当たった。黒エルフはびくっと首をすくめた。
「外しちゃった。もう一回」
 黒エルフは振り返った。
 叫んだ。急いで竿を股袋に収める。
 瓦礫の山をよじ登りはじめた。援軍が来る。セルヴは言った。
「どうする。祭壇のお宝か、引き返すか」
 ケッサは東に向かった。コートも向かった。セルヴも向かった。
 黒エルフが山の上に立った。指笛を吹いた。ケッサが後ろ向きに歩きながら矢を放った。また外した。
 東の果てに着いた。内陣はがらんとしている。略奪のあとといった風情だ。半円状にへこんだ後陣を例の赤っぽい聖画が埋め尽くしている。小窓が三つひらいている。
 リュシアンがのんびりとやってきた。観光客のように見まわしている。
 セルヴは床に目を落とした。木の跳ね上げ扉があった。
 しゃがんで取っ手をつかんだ。ひらかない。鉄がじゃらりと鳴った。内側に鎖が巻きついている。中にいる。
 コートが怒鳴った。
「どけ」
 いきなり戦斧アックスを振り下ろした。硬い音をとともに木の扉が跳ね上がった。引き抜く。さらに振り下ろす。斧刃がめり込んだ。もう一度。亀裂が広がり木っ端が飛んだ。
 西から騒ぎが聞こえてきた。セルヴは振り返った。
 黒エルフが瓦礫の向こうからやってきた。長槍を手にしている。三匹。木の扉がぐしゃっと音を立てた。セルヴは一段高い内陣部から下りた。針の大剣を中段に構える。右手は革を巻いた鍔側、左手は針金を巻いた柄頭側を握る。
 左でケッサが弓を押した。弓弦が鳴る。笛の音が一直線に向かう。
 頭に突き刺さった。ばたりと倒れた。ケッサは矢を取りながら南側に引いた。戦斧が硬木を打ちつける。黒エルフが迫る。針の大剣は長大、だがトネリコの槍はさらに長い。王国の長槍なら背丈の一つ半だ。
 長槍の間合いに入った。先頭の黒エルフが立ち止まって穂先を向けた。柄を長めに持って左の腰に構えている。
 黒エルフは右足を踏み出した。両の腕を突き出す。穂先が顔に迫る。
 セルヴは両の足を真横にそろえたままのけぞった。腰のひねりのみで刀身を右に振る。
 内側から柄をぶったたいた。素人の防御だ。黒エルフの腕前はいかほどか。
 槍が右に流れて床に落ちた。勢いでつんのめっている。非力なくせに長めに持つからだ。
 あたふたと体勢を立て直す。長槍を引き戻して構える。また左の腰に添えている。もう一匹が右にまわった。
 正面の黒エルフが突いた。また顔。セルヴは右足を踏み出した。同時に左の肘を突き上げる。両の手を前に押し出す。切っ先が櫂を漕ぐように右まわりにまわる。今度は外側に当てる。当然、刀身を水平に寝かせながら。
 打ち合った。穂先が刀身をこする。針の長剣に寄り添いながら顔の左側に流れていく。黒エルフは前傾する。腕が伸び切る。もう一度攻撃するにはいったん引いて体勢を立て直さなければならない。だが針の切っ先は黒エルフの顔に向いている。はじめから。
 両腕を押した。喉を貫いた。引く。刀身が抜ける。穴からちょろりと血が漏れ出た。まずは一匹。
 どさりと崩れ落ちた。もう一匹が右手から突いてきた。また顔か。少し稽古をつけてやろう。
 セルヴは右足を引いた。やや右半身で正対する。大剣を顔の前に立てて構える。穂先が迫る。
 左肩をぐいと内側に入れた。刀身を立てたまま右に押す。
 穂先を打った。右に流れる。黒エルフはつんのめる。無防備に頭をさらしている。
 セルヴは両の手を押し出しながら左手を勢いよく持ち上げた。刀身が頭のてっぺんにぶち当たった。刃がないので切れはしない。黒エルフはぎゃっとわめいた。頭を押さえてあとじさる。片手で槍を引き寄せる。面を上げた。切れ長の目でにらみつける。悔しかったらかかってこい。
 やぶれかぶれで突いてきた。今度は腹か。セルヴは右足を大きく踏み出した。腰を深く落とす。右肩を下げて刀身を寝かせる。左手をわずかに持ち上げる。櫂を漕ぐ。切っ先を敵に向ける。
 長槍の外側を軽く打った。針の大剣は寄り添いながら長槍をいなす。穂先が左側に流れていく。黒エルフの上体が伸びきる。長剣の間合いに入る。自ら死にに来る。
 強く突き出す。左腕ごと心の臓を貫いた。切っ先が背に抜けた。
 引き抜く。血が噴水のように噴き出た。倒れた。これでぜんぶ片づいた。
 剣を下ろしてひと息ついた。コートは扉を殴りつづけている。振り返って顎髭を掻いた。この程度ならいくらでも始末できる。百姓でも少し剣技を覚えればじゅうぶん迎え撃てるだろう。冒険者など雇うまでもない。
 ケッサが南から身廊に駆け込んできた。
「まだ開かないの? ベアが来ちゃう」
 西からたくさんの靴音が聞こえてきた。当然こちらにやってくる。
 黒エルフに豚顔。かなりいる。構えかけてやめた。どれも千鳥足だ。どうも腑に落ちない。なにが恐るべき魔物だ。弱すぎる。
 おれが強いだけか。考えるのはあとにしよう。
「コート、大軍のお出ましだ。迎え撃つぞ」
 斧の音がやんだ。コートがのしのしと進み出る。敵の先頭が近づく。
 コートは右手を頭上に突き上げた。斧刃が振り子のように背に垂れる。
 腰を落として大きく踏み込んだ。右からぶんまわす。届かないが黒エルフはひるんだ。コートは勢いのまま頭上でまわした。
 振り下ろす。石の床に斧刃をたたきつけた。火花が散ってとんでもない音を立てた。
 足が完全に止まった。
 北の側廊から炎の鎖が飛び出してきた。魔物どもの目の前を横切って南側の柱に突き刺さった。じゃらりと垂れる。黒エルフは仲間とささやき合っている。豚がぴいぴい鳴いている。これでひとまず安全だ。
 西から鬨の声が上がった。冒険者たちが瓦礫の山の向こうからなだれ込んできた。挟み撃ちだ。魔物どもはあわてふためいている。長大な斧槍ハルバードが天から降り落ちる。斧刃が黒エルフの頭をかち割った。剣戟がはじまった。
 いや、ただの虐殺だ。セルヴは相棒を肩に担いで言った。
「お宝はぜんぶベアの軍資金になるな」
 ケッサは口を尖らせた。子犬のような声を漏らした。
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