Blackheart

高塚イツキ

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聖女のつくりかた

第3話

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 王の使節が城に到着した。王の義弟、サクの伯イーフ。ロベールの兄だ。王が本気である証拠。
 護衛を五十も連れていた。精悍な騎士が二人、あとはまたしても冒険者。どの鎧にも血をこすり落とした跡があった。イーフの白い外套も乾いた血と泥で汚れていた。
 イーフは中庭で馬から下りた。馬丁に預けもせずにすたすたとやってきた。金の髪はもつれにもつれている。整った細面は蒼白だ。
 正対する。まなこをぼんやりと見開いている。
「いや、貴重な経験をした。王国はいつから魔物だらけになってしまったのだろう。こんな格好で申し訳ない。礼儀は結構だ。触れたくないだろうから」
 ベアは構わず頬に接吻した。王は必ず〈黒き心〉を欲しがる。聖女を殺してでも奪い取ろうとするだろう。モディウスの読みは甘い。男は貴重な宝物を欲しがるものなのだ。
 策はある。しごく単純な策が。
 抱擁を解く。ベアは神妙にたずねた。
「お付きの者が見えないようですが、もしや」
「そうだ。この血を見ろ。荷車が一つと、料理人に馬番がいたのだが。動けなくなったので捨て置いた。わたしも死ぬところだった。サクに帰ったらいい土産話を聞かせてやれる」
「神が見守ってくださったのでしょう。礼拝堂にどうぞ。あちらの騎士殿も」
 すたすたと城館に向かった。いま流行りの不信心者に鞍替えしたのか。人のことは言えないが。
 あとを追う。ロベールの姿は見当たらない。挨拶すらしたくないらしい。イーフは田舎の副伯を押しつけた。美しかったのでとりあえず満足した。最近は冒険者と一日じゅう遊んでいる。抱けない聖女に用はない。
 広間に入る。イーフは勝手に左手の階段を上った。行き先はまちがっていない。
 二階部分の回廊を壁沿いに進む。手すりに触れながら突き当たりの戸口をくぐった。狭い廊下を行く。途中に戸口が開いている。右手は穀物庫、左手には上手につづく部屋がある。
 イーフは奥の階段まで行って引き返してきた。あちらは厨房。ベアはさりげなく左の戸口に手を差し出した。
 戸口に入った。広いがらんとした部屋が出迎える。三週前まではロベールの寝室だった。伯様はここで寝てもらおう。
 部屋を突っ切って三階に上がった。さりげなく追い越して自分の寝室に案内した。正面側の日当たりのいい角にある。
 イーフは入るなりよろめきながら張り出し窓に向かった。硬木の座台によよと倒れ込んだ。
 座台によじ登って仰向けで横たわった。片手で顔を覆う。仕草がいちいち演技じみている。
「王は武勲を欲している。諸侯を率いるには、強さも示さなければならない。美しさだけではなく」
「黒エルフを撃退いたしました」
「証人はいるのか。ちょうどグリニーの町に魔物がうようよいたぞ。王代官のミュレーは、民とともに砦にこもっているらしい」
「では救い出さなければ」
「降って湧いた幸運だな。ミュレーは王の信を得ている。税金取りがうまいから」
 ベアは飲み物を勧めた。イーフは顔を覆ったまま大きく手を振った。ベアは扉をひらいて下女を呼んだ。酒と軽食の用意を。
 静かに扉を閉めて向き直った。
「王は、わたしの書簡を読まれておりましたか。魔物はどこからやってくるのでしょう」
「読んでおられたようだ。王は鹿狩りがお好きだが、鹿がどこでどう増えるかは気にしない。宮廷の者もだれひとり知らない。サクの学者も魔道士も知らない」
「武勲を上げた暁には、王はたしかに騎士を招集されるのですね? そしてわたしを総大将に」
「まちがいない。聖俗すべての者があなたを讃えるだろう。すでに詩人はあなたの詩を詠み、坊主は聖女ベアトリーチェ物語をでっち上げている。幼いころから神の声を聞いていた、聖地に向かえ、聖地に向かえ、と。どんな小さな村にも噂を流す。荷姿も描く。熱狂は必至だ」
 突然上体を起こした。ぼんやりと言う。
「酒が飲みたい」
「すでに命じておりますよ、閣下」
「王の書簡を渡そう。わたしはしばらく滞在する。そちらの料理人の腕前を知りたい」
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