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聖女のつくりかた
第5話
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旅の支度がはじまった。主人は告げた。グリニーの町は北東に一日行った山の麓にある。食糧は各自必要な分だけ持つ。おのれの武器を選び、おのれの判断で行動し、おのれの運命のままに死ね。従士たちは兵舎で革鎧を着せ合っている。余裕ぶっている。怖がっている。カイにもわかった。主人は本気だ。
ラロシュは青ざめた顔をしている。いつまで経っても声をかけてこないのでこっそり表に出た。
武器庫で鎧を探す。詰め物をした鎧下を見つけた。かぶってみる。縦も横も合わない。着ぶくれした乞食女みたいになった。兜は試すまでもなかった。
壁際の剣立てに剣がずらりと並んでいる。意匠も大きさもまちまちだ。
いちばん短いやつを取った。ずしりと重い。柄が短い。片手用だ。片手では重すぎて扱えない。両手持ちの短い長剣はないものか。
結局見つからなかった。中庭に出るとケッサとセルヴが倉の壁に寄りかかって話をしていた。
「グリニーって大きい町かな。お堂はあるかな。両替屋はあるかな」
「知らないが、生き残りが砦にこもってるなら町は魔物だらけだ」
「やった。今度こそひと財産できるね」
銀貨を親指ではじいた。
城門のそばで支度の様子を眺めた。馬丁がたわしで主人の馬をこすっている。下女たちは長卓に並んで燻製肉を切っている。下男がブドウ酒入りの樽を転がしながらやってきた。板を担いだ男があとにつづく。チーズの塊を乗せている。倉の前には二輪の荷車が止まっている。下男二人が樽を据える。塩漬けの鱈だ。煮込んだやつにゆで卵とタマネギを添えて食うとうまい。別の荷車には乾パンが山積みになっている。
下男が轅を引いて荷車を運んでくる。冒険者たちが城門からぞろぞろと入ってきた。下の広場に長屋をこしらえて寝泊まりしている。長卓に寄り集まって食糧を背嚢に詰め込んでいく。革袋に酒を入れる。外套を着た従士たちが兵舎から出てきた。気乗りしないふうに立ち止まった。冒険者たちが囃す。もっと近くに来いよ。仲良くしようぜ。がんばって生き残れよ。
ロベールが城館の前に立っていた。きょろきょろとなにかを探している。主人はまだ中にいる。鎧の着つけをしているのだろう。
出てきたら、お願いするつもりだ。
ロベールがこちらに顔を向けた。小走りに近づいてくる。まだ平服のままだ。
肩を抱いた。足早に礼拝堂のほうに向かう。カイはとりあえずついていった。
兵舎を過ぎると歩を緩めて言った。
「きみに頼みがある。きみは当然留守番だ。わたしも残る」
「行くつもりです。ぼくも従士です。二月も訓練しました」
「ベアは許さないだろうな。とにかく聞いてくれ。アデルを兵舎に連れてきてほしい」
意外な名を聞いて思わず見上げた。
「言うことを聞いてくれたら、以後従者たちはきみに手出しをしなくなる。約束する」
「ただ連れてくるだけで、どうして」
「聖女殿のせいだ。もう我慢できない。あれだけ好き者だったのに。アデルの心配は無用だ。喜んで応じる。わたしの妾になれるのだ。百姓にとってはまたとない話だ」
主人が城館から出てきた。真新しい陣羽織を着けている。白地に青の十字。従士たちが門の前で整列している。主人は颯爽と歩み寄る。
玄関からアデルの顔がのぞいた。カイを見たとたん中に引っ込んだ。主人が従士たちの前に立った。冒険者たちはめいめい武器を担いで後ろのほうに固まっている。はやくしないと出発してしまう。
「弱い従士にちんぴら冒険者ども。わたしは王を動かしてしまった。一人になってでも聖都に向かわなければならない。覚悟はまだできていない。できることなら仲間とともに戦い、仲間とともに死にたい。どうかわたしについてきてほしい。わたしを愛し、わたしのために死んでほしい。この美しい顔は命を賭すに値するだろう。どうだ」
セルヴが針の大剣を突き上げた。鬨の声を上げる。われ、聖女様とともに。ケッサが指笛を吹いた。ほかの冒険者も声を上げる。従士たちも弱々しく叫んだ。
どうしよう。カイはとにかく城館に向かった。留守番はごめんだ。
玄関から広間に入る。正面の回廊を見上げて足が止まった。
アデルが手すり越しに見下ろしていた。女の格好をしている。
カイは階段を上った。アデルは逃げない。じっとにらみつけてくる。袖のたっぷりした羊毛に茶色い短衣を着けている。お下げ髪をほどいて肩に流している。
上り終えた。回廊をゆっくりと近づいていく。逃げない。
立ち止まって向き合った。話すのは腕を斬ったとき以来だ。
「ロベール様が呼んでる」
「なんの用で?」
「やるためだ」
眉が持ち上がった。唇がわずかにひらく。瞳に驚きの色はなかった。
「それで? 断ってくれた?」
「どうしてぼくが断るんだ」
青い瞳が揺らいだ。ぼんやりと前を見ている。
胸を持ち上げてため息をついた。
「そうよね。相手はサクの伯の弟君。好きなときにやらせるだけでいい暮らしができる。向こうが飽きるまではね。あんたの顔、きれいに治ったじゃない」
「鼻の骨が折れた」
「前と変わらないよ。ううん、ちょっと変わったかも。でもまだわたしのほうが背が高い」
カイは玄関を見下ろした。主人の話し声が聞こえてくる。
アデルの手首をつかんだ。
「行こう。ロベール様は兵舎で待ってる」
「したことないの。どうすればいいのかな」
「ぼくは戦に出るんだ。頼むから言うことを聞いてくれ」
「ありがとう。助けてくれて」
カイは驚いて見つめた。瞳の色が変わった。おびえている。守ってくれとでも言いたいのか。くさい豚の農奴に。
手首を強く握った。回廊を引き返す。階段を下りて玄関に向かう。アデルはおとなしくついてくる。
「剣も弓もしばらく触ってない。冒険者たちはわたしには教えてくれない。女だから? でもベアも女よね。たぶん、才能がないって見抜いたんじゃないかな。でも黒エルフを倒したの、見たでしょ? 一撃必殺だった」
「おまえなんかどうでもいいんだ。もう昔のぼくじゃない。もう奴隷じゃないんだ」
兵舎はがらんとしていた。ロベールが待っていた。
アデルを渡した。ロベールは礼を言った。目は欲望で濡れていた。
いきなり抱き締めた。口づけする。何度も。息が荒くなっていく。背を、尻をまさぐる。アデルは人形のように立ち尽くしている。
胸の革紐をほどきはじめた。アデルはこちらに背を向けている。振り返らない。わめきも嫌がりもしない。助けてとも言わない。
短衣を脱がせた。着物の襟をつかんだ。アデルは両腕を持ち上げた。下着ごとずるりと脱げた。白い裸があらわれた。くびれた腰に丸い尻、華奢な肩。
ロベールは激しく唇を貪った。愛撫しながら奥の寝台に向かう。一瞬痩せた胸が見えた。毛深い股間も。
カイは背を向けた。中庭に飛び出した。門前に向かって駆ける。
整列した従士たちがだらだらと城門をくぐり抜けている。主人を探した。いた。馬に乗って従士たちの後ろについている。羊飼いのように追い立てている。
追いついた。かたわらに立って見上げた。主人は銀色の兜をかぶっていた。
「ぼくも行きます。お願いします。魔物を倒したいんです」
「ならばなぜ支度をしていない。それはそうと、王から陣羽織が届いた。似合っているか」
ラロシュは青ざめた顔をしている。いつまで経っても声をかけてこないのでこっそり表に出た。
武器庫で鎧を探す。詰め物をした鎧下を見つけた。かぶってみる。縦も横も合わない。着ぶくれした乞食女みたいになった。兜は試すまでもなかった。
壁際の剣立てに剣がずらりと並んでいる。意匠も大きさもまちまちだ。
いちばん短いやつを取った。ずしりと重い。柄が短い。片手用だ。片手では重すぎて扱えない。両手持ちの短い長剣はないものか。
結局見つからなかった。中庭に出るとケッサとセルヴが倉の壁に寄りかかって話をしていた。
「グリニーって大きい町かな。お堂はあるかな。両替屋はあるかな」
「知らないが、生き残りが砦にこもってるなら町は魔物だらけだ」
「やった。今度こそひと財産できるね」
銀貨を親指ではじいた。
城門のそばで支度の様子を眺めた。馬丁がたわしで主人の馬をこすっている。下女たちは長卓に並んで燻製肉を切っている。下男がブドウ酒入りの樽を転がしながらやってきた。板を担いだ男があとにつづく。チーズの塊を乗せている。倉の前には二輪の荷車が止まっている。下男二人が樽を据える。塩漬けの鱈だ。煮込んだやつにゆで卵とタマネギを添えて食うとうまい。別の荷車には乾パンが山積みになっている。
下男が轅を引いて荷車を運んでくる。冒険者たちが城門からぞろぞろと入ってきた。下の広場に長屋をこしらえて寝泊まりしている。長卓に寄り集まって食糧を背嚢に詰め込んでいく。革袋に酒を入れる。外套を着た従士たちが兵舎から出てきた。気乗りしないふうに立ち止まった。冒険者たちが囃す。もっと近くに来いよ。仲良くしようぜ。がんばって生き残れよ。
ロベールが城館の前に立っていた。きょろきょろとなにかを探している。主人はまだ中にいる。鎧の着つけをしているのだろう。
出てきたら、お願いするつもりだ。
ロベールがこちらに顔を向けた。小走りに近づいてくる。まだ平服のままだ。
肩を抱いた。足早に礼拝堂のほうに向かう。カイはとりあえずついていった。
兵舎を過ぎると歩を緩めて言った。
「きみに頼みがある。きみは当然留守番だ。わたしも残る」
「行くつもりです。ぼくも従士です。二月も訓練しました」
「ベアは許さないだろうな。とにかく聞いてくれ。アデルを兵舎に連れてきてほしい」
意外な名を聞いて思わず見上げた。
「言うことを聞いてくれたら、以後従者たちはきみに手出しをしなくなる。約束する」
「ただ連れてくるだけで、どうして」
「聖女殿のせいだ。もう我慢できない。あれだけ好き者だったのに。アデルの心配は無用だ。喜んで応じる。わたしの妾になれるのだ。百姓にとってはまたとない話だ」
主人が城館から出てきた。真新しい陣羽織を着けている。白地に青の十字。従士たちが門の前で整列している。主人は颯爽と歩み寄る。
玄関からアデルの顔がのぞいた。カイを見たとたん中に引っ込んだ。主人が従士たちの前に立った。冒険者たちはめいめい武器を担いで後ろのほうに固まっている。はやくしないと出発してしまう。
「弱い従士にちんぴら冒険者ども。わたしは王を動かしてしまった。一人になってでも聖都に向かわなければならない。覚悟はまだできていない。できることなら仲間とともに戦い、仲間とともに死にたい。どうかわたしについてきてほしい。わたしを愛し、わたしのために死んでほしい。この美しい顔は命を賭すに値するだろう。どうだ」
セルヴが針の大剣を突き上げた。鬨の声を上げる。われ、聖女様とともに。ケッサが指笛を吹いた。ほかの冒険者も声を上げる。従士たちも弱々しく叫んだ。
どうしよう。カイはとにかく城館に向かった。留守番はごめんだ。
玄関から広間に入る。正面の回廊を見上げて足が止まった。
アデルが手すり越しに見下ろしていた。女の格好をしている。
カイは階段を上った。アデルは逃げない。じっとにらみつけてくる。袖のたっぷりした羊毛に茶色い短衣を着けている。お下げ髪をほどいて肩に流している。
上り終えた。回廊をゆっくりと近づいていく。逃げない。
立ち止まって向き合った。話すのは腕を斬ったとき以来だ。
「ロベール様が呼んでる」
「なんの用で?」
「やるためだ」
眉が持ち上がった。唇がわずかにひらく。瞳に驚きの色はなかった。
「それで? 断ってくれた?」
「どうしてぼくが断るんだ」
青い瞳が揺らいだ。ぼんやりと前を見ている。
胸を持ち上げてため息をついた。
「そうよね。相手はサクの伯の弟君。好きなときにやらせるだけでいい暮らしができる。向こうが飽きるまではね。あんたの顔、きれいに治ったじゃない」
「鼻の骨が折れた」
「前と変わらないよ。ううん、ちょっと変わったかも。でもまだわたしのほうが背が高い」
カイは玄関を見下ろした。主人の話し声が聞こえてくる。
アデルの手首をつかんだ。
「行こう。ロベール様は兵舎で待ってる」
「したことないの。どうすればいいのかな」
「ぼくは戦に出るんだ。頼むから言うことを聞いてくれ」
「ありがとう。助けてくれて」
カイは驚いて見つめた。瞳の色が変わった。おびえている。守ってくれとでも言いたいのか。くさい豚の農奴に。
手首を強く握った。回廊を引き返す。階段を下りて玄関に向かう。アデルはおとなしくついてくる。
「剣も弓もしばらく触ってない。冒険者たちはわたしには教えてくれない。女だから? でもベアも女よね。たぶん、才能がないって見抜いたんじゃないかな。でも黒エルフを倒したの、見たでしょ? 一撃必殺だった」
「おまえなんかどうでもいいんだ。もう昔のぼくじゃない。もう奴隷じゃないんだ」
兵舎はがらんとしていた。ロベールが待っていた。
アデルを渡した。ロベールは礼を言った。目は欲望で濡れていた。
いきなり抱き締めた。口づけする。何度も。息が荒くなっていく。背を、尻をまさぐる。アデルは人形のように立ち尽くしている。
胸の革紐をほどきはじめた。アデルはこちらに背を向けている。振り返らない。わめきも嫌がりもしない。助けてとも言わない。
短衣を脱がせた。着物の襟をつかんだ。アデルは両腕を持ち上げた。下着ごとずるりと脱げた。白い裸があらわれた。くびれた腰に丸い尻、華奢な肩。
ロベールは激しく唇を貪った。愛撫しながら奥の寝台に向かう。一瞬痩せた胸が見えた。毛深い股間も。
カイは背を向けた。中庭に飛び出した。門前に向かって駆ける。
整列した従士たちがだらだらと城門をくぐり抜けている。主人を探した。いた。馬に乗って従士たちの後ろについている。羊飼いのように追い立てている。
追いついた。かたわらに立って見上げた。主人は銀色の兜をかぶっていた。
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