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偽りの絆
第4話
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イーフが滞在して一週が経った。帰る気配がない。カイの日常は変わらない。訓練に野良仕事、魔物狩り。焦りが出てきた。いつ遠征に出てもおかしくない。冒険者たちは強い。だれにも勝てない。一度も。戦に出たての小僧なのはわかっている。弱いのはわかっている。だがなにかが足りない。気づかないうちは強くなれないような気がする。
晩飯を食いながら思い切って昔の話を聞いた。だれも深くは教えてくれない。それでもなんとなく理由がわかった。人を殺してきたからだ。同じ顔、同じ格好をした敵を殺した。豚顔も大鬼も怖くないはずだ。人と比べたら。
カイは長剣を構えた。想像上の敵と向き合う。藁人形を斬るよりこちらのほうが役に立つ。相手は人間、東方の戦士だ。鋼鉄が打ち合うたびかんかんと鳴る。敵が振りかぶる。カイは長剣を持ち上げる。罠かもしれない。大事なのは間合いだ。足を使え。恐れるな。殺せ。殺してしまえ。
背に小石が当たった。カイは長剣を下ろして振り返った。
短剣使いのガモがひらひらと手を振った。
「よう、豚殺し。おれとやるか」
中庭に冒険者たちがたむろしている。飯を食い終わってだらだらしている。朝飯は蜂蜜入りの粥とコートの新作、チーズオムレツだった。器用に鉄の平鍋を操っていた。うまかった。昨日の昼は自分のために若鶏を一羽つぶしてくれた。無理やり食って運動した。強くならなければ申し訳が立たない。
「お手合わせ願います」
「よっしゃ」
ガモはひょいと立ち上がった。ちんぴらみたいに肩を揺らして近づいてくる。伸び放題の前髪が眠たげな半眼にかかっている。腰には短剣が三つぶら下がっている。右、左、前。どんな体勢でも抜ける。
暗殺稼業は儲かると言っていた。辞めた理由は教えてくれなかった。
セルヴとケッサが寄り添っている。ケッサは突然大口を開けた。面長の顔がよけいに長くなった。セルヴがのぞき込む。
「虫歯の奥に入り込んじゃったの。だからあたしの口づけはほんとに効果がある」
「そもそもどうして〈黒き心〉をかじろうと思ったんだ」
口の端を持ち上げてしわをこしらえた。楽しげに頭を揺らす。
「どうしてかな。虫歯が痛くて眠れなかったからかな」
ガモが言った。
「戦場でよそ見すんな」
カイは向き直った。短剣を逆手に握っている。利き手は右だ。
お辞儀した。ガモは手を振った。はやく構えろ。
右足を軽く引く。両の腕を突き出して切っ先を向ける。左手は柄頭を握っている。ベアのように。こうするとすばやくまわせる。弱い力で強く斬る。櫂を漕ぐ要領だ。
ガモは間合いを計っている。相手は短剣。長剣の間合いを保てば勝てる。
「戦場での心構えを教えてください」
「仲間と一緒に戦う。おいしいとこだけいただく。背を向けてたら刺す。勝てないと思ったら仲間の後ろに隠れる」
それじゃ弱いままだ。カイは左足を出した。軽く突く。ガモは右に動いた。二歩。
切っ先を向け直す。ガモはすでに左に動いていた。
屈んで土をつかんだ。ばさりと投げつける。思わず顔を背けた。
短剣で長剣の先をぶったたいた。がちんと鳴った。長さのせいで大きく左に揺れた。
「どうした。そんなに離れてたら倒せねえぞ」
無理やり敵を見る。目に土が入っている。ガモは左手にも短剣を握っていた。カイは長剣を構え直した。切っ先を向ける。油断するな。短剣を何本持とうがこちらの間合いには入れない。
ガモは一歩踏み出した。手首を重ねて短剣の刀身を十字に組んだ。
交差した部分を下から当てた。かしゃりと鳴った。ただ添えただけだ。カイは迷った。突いたら強く押し上げてくるだろう。刀身が跳ね上がってしまう。振り上げれば隙ができる。引けば押してくる。
そうだ。カイは刃を合わせたまま左の肘を持ち上げた。刀身を右にねじる。柄を頭の上まで持ち上げる。切っ先をガモの顔に向ける。
ガモも短剣を持ち上げた。向こうのほうが背が高い。やはり突くのは無理か。
カイは一歩引いた。刃どうしが離れる。
すぐさま寄った。再び剣先を押し上げる。
セルヴが野次った。
「若造。お遊戯会じゃないんだぞ。ガモは剣じゃなくおまえを見てる。殺す気でやれ。やつなら心配ない」
殺す。カイは右足を踏み出した。右の肩をぐっと入れる。剣の腹で押しつけながら強引に突く。顔を狙う。刺さったら死ぬぞ。
ガモが動いた。右の肘を持ち上げた。十字に組んだ短剣をひねって表刃に当てる。長剣の切っ先ががりがりと右に流れていく。いまだ。
カイは柄頭から左手を離した。右手は緩く握る。刀身が垂れ下がる。弱々しく短剣から離れていく。このあと柄頭を握り直して大きく踏み込む。身を低くしたまま右手を押し出す。腹めがけて薙ぐ。殺す。
ガモはいきなり短剣を捨てた。刀身を両の手でつかんだ。足を上げて踏みつけた。
右手から柄がこぼれた。がしゃりと地面に落ちた。
セルヴが怒鳴った。
「ガモはおまえを見てると言っただろう。格好をつけるな。ベアの真似をするな」
ガモが目の前にいた。左の脇に左腕をねじ込んだ。背中をつかんで吊り上げる。上体が反り返る。左足が浮く。
右のふくらはぎを踵で蹴った。ガモが体を寄せる。落ちる。
背から地面に倒れた。頭の後ろをもろに打ちつけた。星が散ってなにも見えなくなった。
ガモは覆い被さりながらこぶしを首に当てた。
「死んだ」
「暗殺の仕方を教えてください。このままだと強くなれない」
晩飯を食いながら思い切って昔の話を聞いた。だれも深くは教えてくれない。それでもなんとなく理由がわかった。人を殺してきたからだ。同じ顔、同じ格好をした敵を殺した。豚顔も大鬼も怖くないはずだ。人と比べたら。
カイは長剣を構えた。想像上の敵と向き合う。藁人形を斬るよりこちらのほうが役に立つ。相手は人間、東方の戦士だ。鋼鉄が打ち合うたびかんかんと鳴る。敵が振りかぶる。カイは長剣を持ち上げる。罠かもしれない。大事なのは間合いだ。足を使え。恐れるな。殺せ。殺してしまえ。
背に小石が当たった。カイは長剣を下ろして振り返った。
短剣使いのガモがひらひらと手を振った。
「よう、豚殺し。おれとやるか」
中庭に冒険者たちがたむろしている。飯を食い終わってだらだらしている。朝飯は蜂蜜入りの粥とコートの新作、チーズオムレツだった。器用に鉄の平鍋を操っていた。うまかった。昨日の昼は自分のために若鶏を一羽つぶしてくれた。無理やり食って運動した。強くならなければ申し訳が立たない。
「お手合わせ願います」
「よっしゃ」
ガモはひょいと立ち上がった。ちんぴらみたいに肩を揺らして近づいてくる。伸び放題の前髪が眠たげな半眼にかかっている。腰には短剣が三つぶら下がっている。右、左、前。どんな体勢でも抜ける。
暗殺稼業は儲かると言っていた。辞めた理由は教えてくれなかった。
セルヴとケッサが寄り添っている。ケッサは突然大口を開けた。面長の顔がよけいに長くなった。セルヴがのぞき込む。
「虫歯の奥に入り込んじゃったの。だからあたしの口づけはほんとに効果がある」
「そもそもどうして〈黒き心〉をかじろうと思ったんだ」
口の端を持ち上げてしわをこしらえた。楽しげに頭を揺らす。
「どうしてかな。虫歯が痛くて眠れなかったからかな」
ガモが言った。
「戦場でよそ見すんな」
カイは向き直った。短剣を逆手に握っている。利き手は右だ。
お辞儀した。ガモは手を振った。はやく構えろ。
右足を軽く引く。両の腕を突き出して切っ先を向ける。左手は柄頭を握っている。ベアのように。こうするとすばやくまわせる。弱い力で強く斬る。櫂を漕ぐ要領だ。
ガモは間合いを計っている。相手は短剣。長剣の間合いを保てば勝てる。
「戦場での心構えを教えてください」
「仲間と一緒に戦う。おいしいとこだけいただく。背を向けてたら刺す。勝てないと思ったら仲間の後ろに隠れる」
それじゃ弱いままだ。カイは左足を出した。軽く突く。ガモは右に動いた。二歩。
切っ先を向け直す。ガモはすでに左に動いていた。
屈んで土をつかんだ。ばさりと投げつける。思わず顔を背けた。
短剣で長剣の先をぶったたいた。がちんと鳴った。長さのせいで大きく左に揺れた。
「どうした。そんなに離れてたら倒せねえぞ」
無理やり敵を見る。目に土が入っている。ガモは左手にも短剣を握っていた。カイは長剣を構え直した。切っ先を向ける。油断するな。短剣を何本持とうがこちらの間合いには入れない。
ガモは一歩踏み出した。手首を重ねて短剣の刀身を十字に組んだ。
交差した部分を下から当てた。かしゃりと鳴った。ただ添えただけだ。カイは迷った。突いたら強く押し上げてくるだろう。刀身が跳ね上がってしまう。振り上げれば隙ができる。引けば押してくる。
そうだ。カイは刃を合わせたまま左の肘を持ち上げた。刀身を右にねじる。柄を頭の上まで持ち上げる。切っ先をガモの顔に向ける。
ガモも短剣を持ち上げた。向こうのほうが背が高い。やはり突くのは無理か。
カイは一歩引いた。刃どうしが離れる。
すぐさま寄った。再び剣先を押し上げる。
セルヴが野次った。
「若造。お遊戯会じゃないんだぞ。ガモは剣じゃなくおまえを見てる。殺す気でやれ。やつなら心配ない」
殺す。カイは右足を踏み出した。右の肩をぐっと入れる。剣の腹で押しつけながら強引に突く。顔を狙う。刺さったら死ぬぞ。
ガモが動いた。右の肘を持ち上げた。十字に組んだ短剣をひねって表刃に当てる。長剣の切っ先ががりがりと右に流れていく。いまだ。
カイは柄頭から左手を離した。右手は緩く握る。刀身が垂れ下がる。弱々しく短剣から離れていく。このあと柄頭を握り直して大きく踏み込む。身を低くしたまま右手を押し出す。腹めがけて薙ぐ。殺す。
ガモはいきなり短剣を捨てた。刀身を両の手でつかんだ。足を上げて踏みつけた。
右手から柄がこぼれた。がしゃりと地面に落ちた。
セルヴが怒鳴った。
「ガモはおまえを見てると言っただろう。格好をつけるな。ベアの真似をするな」
ガモが目の前にいた。左の脇に左腕をねじ込んだ。背中をつかんで吊り上げる。上体が反り返る。左足が浮く。
右のふくらはぎを踵で蹴った。ガモが体を寄せる。落ちる。
背から地面に倒れた。頭の後ろをもろに打ちつけた。星が散ってなにも見えなくなった。
ガモは覆い被さりながらこぶしを首に当てた。
「死んだ」
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