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偽りの絆
第5話
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夜、城の外で冒険者たちと火を囲んでいる。王の腸詰めを串に刺して焼いている。外は涼しくて気持ちがいい。焼けるのを待つあいだ燻製肉を小刀で切っては口に入れた。
ロベールを見つめる。火の向こうで酒を飲んでいる。イーフの冒険者と楽しそうに語り合っている。兄より精悍な顔つき。毎夜兵舎で寝る。今日も礼拝堂でやる。
腸詰めが焼けた。まるまるとしたやつを木皿に置いて鉄串を抜いた。皮がはじけて脂がぱちぱちと爆ぜている。小刀で輪切りにする。
アデルが隣にしゃがんだ。膝を抱いて皿をのぞき込んだ。
「おいしそうね。半分分けてくれる?」
「礼拝堂で寝てくれ。兵舎だとまずいから」
アデルはすっと鼻で息を吸った。青い瞳で見つめてくる。喜びで輝いている。
「わかった。誘ってみる。ベアが呼んでる。キュウリの酢漬けを持ってこい、だって」
腸詰めを見下ろした。どんな用かわかった。
アデルが小刀を取り上げた。
「腸詰めは任せて。ねえ、うまくいったら剣を教えてよ。わたしは弓を教えてあげる。強くなりたいの」
「ぼくはもう豚じゃないんだな」
「いまはちがうのよ。あんた、本当に変わったんだから。仲良くしましょうよ。城にはほかに年頃の子がいないし。腕も太くなったね。背丈も抜かれちゃった」
カイは酒を飲み干した。燻製肉をひとかじりして杯を地面に置いた。膝を立てて腰を浮かせる。
「まだ痛いのか」
「もう痛くない。あれって気持ちいいのよ」
神父が広間で待っていた。蝋燭を受け取る。下男が藁の敷物を敷いていた。イーフの冒険者は毎晩広間で寝ている。
二階部分の回廊を進んで戸口をくぐる。真っ暗な廊下に入る。左手の扉を開ける。がらんとした大部屋に木の衝立が立ちはだかっていた。向こう側からいびきが聞こえてくる。
衝立をまわりこむ。寝台にイーフが寝ていた。手足を投げ出して呆けたように口を開けている。布団が床に落ちている。神父は壁際の階段を指して引き返していった。
ぎしぎしと階段を上る。三階の狭い廊下を行く。ベアの寝室は上手のいちばん奥だ。
寝室に着いた。扉がひらいている。廊下に明かりが漏れ出ている。
隙間からのぞいた。ベアがいた。下着姿で寝台の縁に腰かけている。うつむき加減で髪飾りの紐をいじっている。下着はひとえの白。絹が滑らかにひだを寄せている。
カイは中にすべり込んだ。扉を後ろ手で閉めた。ベアが顔を上げた。
「戸棚から酒を出してくれ。隣にある小瓶も一緒に持ってこい」
カイは戸棚に向かった。まったりとした香りが漂っている。ベアのにおいだ。壁一面に白い布を垂らしている。大窓が正面と菜園側に張り出している。鎧戸はどちらも閉まっている。
浮き彫りを施した戸を開ける。酒瓶が並んでいる。上には硝子の杯。酒瓶の棚には手のひら半分ほどの小瓶があった。高級な酒なのだろうか。
杯を二つ、寝台のそばの小卓に置いた。蝋燭の明かりで硝子がきらめく。酒瓶と小瓶を取って戻る。酒瓶の栓をねじって開ける。ベアは卓から小瓶を取った。
二つの杯に垂らした。カイはブドウ酒を注いだ。緊張のせいで少しこぼした。
ベアは杯を掲げた。
「王の媚薬だそうだ。嘘かまことか試してみよう」
カイは立ったまま杯を取った。飲み口を合わせる。こつりと鳴る。遠くから冒険者たちの宴会騒ぎが聞こえてくる。
ベアは口をつけた。ゆっくりと杯を傾ける。上目遣いで見つめてくる。緑の瞳が捕らえる。胸が小さく鳴った。喉が詰まった。カイはぐいと含んだ。澄んだブドウ酒が腹に伝い落ちる。熱く広がる。少し楽になった。
互いに杯を下ろした。ベアは肩を落として息をついた。目尻が下がってとろんとしている。きれいな顔。白い喉に目がいく。深い襟ぐりから胸の谷間がのぞいている。薄い下着の奥に膨らみが隠れている。甘いにおいが鼻をかすめる。触れていいはずがない。
「どうする」
カイは首を振った。
「だが伯の命令は絶対だ。仕方がない。練習しよう。なんでも練習だ。来い」
寝台の縁をたたいた。カイは言われるまますわった。ベアが寄り添ってきた。温かい。股間が熱くなった。ベアはもちろんいやだろう。農奴と口づけをするなんて。
ベアの手が顎に触れた。そっと顔を向かせる。すぐ近くに主人の顔がある。品定めをするように見つめる。顔を近づけて首をかしげた。
黒髪を手で押さえる。唇を合わせた。カイはなにもできなかった。味もしなかった。
ゆっくりと離す。カイは息を止めていた。美しい顔に微笑みが広がった。瞳がひらめいている。
「初々しいな。まるで弟としているようだ。わたしの恋人になりたければ、もっと男らしくしろ。男になるにはあれがいちばん。アデルにはわたしから伝えておく」
胸が激しく鳴り出した。声が出しづらい。
「ぼくは、ロベール様に、アデルを差し出しました」
「知っている。だがいじめる従士はもういない。心苦しいだろう。償いたいだろう」
つばを飲み込んだ。無理やり声を絞り出す。
「ご主人様の、案だったんですか」
「名で呼んでくれ。ふたりきりのときは」
「教えてください」
口づけ。かすかに離して吐息をかぶせる。再びふさいだ。今度は愛しい味がした。
長くつづいた。頭が痺れる。息が荒くなる。カイは腕に触れた。滑らかな絹。おそるおそるなでた。ベアは胸に手を寄せた。鼓動を確かめるように。
唇を離す。ベアの吐息がわなないた。カイの口を湿す。瞳が戸惑うように動いている。
突然離れてすわり直した。卓に手を伸ばして杯を取った。
「もちろんわたしの案だ。わたしが聖女に見えるか。おまえの親を売った女だ。もちろん十七でもない。化粧がうまくいかない。これも日々練習か」
「王様が、なんとかするでしょう。暗殺者をよこして、ロベール様を」
「宮廷は手間がかかったなどと言って、またわたしに無理難題を押しつけてくる。今度は十五になれと言い出す。これ以上の借りはつくりたくない。おのれの尻はおのれで拭く」
「ぼくを悪い人にしたいんですか」
「悪とはなにかな。悪とは今生の幸せだ。奪い、放蕩し、罪悪を感じない。そもそも罪悪は民百姓を支配するための道具に過ぎん。世の教えを信じ、苦しみのなかを生き、死ぬ。世の習いに気づいた者のみが幸せになれる。神などいない、すべては人の手によるまやかしだったと知る。強い者は得る。弱い者は失う。世はそれだけだ。だから、強くなれ。おのれのために。わたしのためにも」
ロベールを見つめる。火の向こうで酒を飲んでいる。イーフの冒険者と楽しそうに語り合っている。兄より精悍な顔つき。毎夜兵舎で寝る。今日も礼拝堂でやる。
腸詰めが焼けた。まるまるとしたやつを木皿に置いて鉄串を抜いた。皮がはじけて脂がぱちぱちと爆ぜている。小刀で輪切りにする。
アデルが隣にしゃがんだ。膝を抱いて皿をのぞき込んだ。
「おいしそうね。半分分けてくれる?」
「礼拝堂で寝てくれ。兵舎だとまずいから」
アデルはすっと鼻で息を吸った。青い瞳で見つめてくる。喜びで輝いている。
「わかった。誘ってみる。ベアが呼んでる。キュウリの酢漬けを持ってこい、だって」
腸詰めを見下ろした。どんな用かわかった。
アデルが小刀を取り上げた。
「腸詰めは任せて。ねえ、うまくいったら剣を教えてよ。わたしは弓を教えてあげる。強くなりたいの」
「ぼくはもう豚じゃないんだな」
「いまはちがうのよ。あんた、本当に変わったんだから。仲良くしましょうよ。城にはほかに年頃の子がいないし。腕も太くなったね。背丈も抜かれちゃった」
カイは酒を飲み干した。燻製肉をひとかじりして杯を地面に置いた。膝を立てて腰を浮かせる。
「まだ痛いのか」
「もう痛くない。あれって気持ちいいのよ」
神父が広間で待っていた。蝋燭を受け取る。下男が藁の敷物を敷いていた。イーフの冒険者は毎晩広間で寝ている。
二階部分の回廊を進んで戸口をくぐる。真っ暗な廊下に入る。左手の扉を開ける。がらんとした大部屋に木の衝立が立ちはだかっていた。向こう側からいびきが聞こえてくる。
衝立をまわりこむ。寝台にイーフが寝ていた。手足を投げ出して呆けたように口を開けている。布団が床に落ちている。神父は壁際の階段を指して引き返していった。
ぎしぎしと階段を上る。三階の狭い廊下を行く。ベアの寝室は上手のいちばん奥だ。
寝室に着いた。扉がひらいている。廊下に明かりが漏れ出ている。
隙間からのぞいた。ベアがいた。下着姿で寝台の縁に腰かけている。うつむき加減で髪飾りの紐をいじっている。下着はひとえの白。絹が滑らかにひだを寄せている。
カイは中にすべり込んだ。扉を後ろ手で閉めた。ベアが顔を上げた。
「戸棚から酒を出してくれ。隣にある小瓶も一緒に持ってこい」
カイは戸棚に向かった。まったりとした香りが漂っている。ベアのにおいだ。壁一面に白い布を垂らしている。大窓が正面と菜園側に張り出している。鎧戸はどちらも閉まっている。
浮き彫りを施した戸を開ける。酒瓶が並んでいる。上には硝子の杯。酒瓶の棚には手のひら半分ほどの小瓶があった。高級な酒なのだろうか。
杯を二つ、寝台のそばの小卓に置いた。蝋燭の明かりで硝子がきらめく。酒瓶と小瓶を取って戻る。酒瓶の栓をねじって開ける。ベアは卓から小瓶を取った。
二つの杯に垂らした。カイはブドウ酒を注いだ。緊張のせいで少しこぼした。
ベアは杯を掲げた。
「王の媚薬だそうだ。嘘かまことか試してみよう」
カイは立ったまま杯を取った。飲み口を合わせる。こつりと鳴る。遠くから冒険者たちの宴会騒ぎが聞こえてくる。
ベアは口をつけた。ゆっくりと杯を傾ける。上目遣いで見つめてくる。緑の瞳が捕らえる。胸が小さく鳴った。喉が詰まった。カイはぐいと含んだ。澄んだブドウ酒が腹に伝い落ちる。熱く広がる。少し楽になった。
互いに杯を下ろした。ベアは肩を落として息をついた。目尻が下がってとろんとしている。きれいな顔。白い喉に目がいく。深い襟ぐりから胸の谷間がのぞいている。薄い下着の奥に膨らみが隠れている。甘いにおいが鼻をかすめる。触れていいはずがない。
「どうする」
カイは首を振った。
「だが伯の命令は絶対だ。仕方がない。練習しよう。なんでも練習だ。来い」
寝台の縁をたたいた。カイは言われるまますわった。ベアが寄り添ってきた。温かい。股間が熱くなった。ベアはもちろんいやだろう。農奴と口づけをするなんて。
ベアの手が顎に触れた。そっと顔を向かせる。すぐ近くに主人の顔がある。品定めをするように見つめる。顔を近づけて首をかしげた。
黒髪を手で押さえる。唇を合わせた。カイはなにもできなかった。味もしなかった。
ゆっくりと離す。カイは息を止めていた。美しい顔に微笑みが広がった。瞳がひらめいている。
「初々しいな。まるで弟としているようだ。わたしの恋人になりたければ、もっと男らしくしろ。男になるにはあれがいちばん。アデルにはわたしから伝えておく」
胸が激しく鳴り出した。声が出しづらい。
「ぼくは、ロベール様に、アデルを差し出しました」
「知っている。だがいじめる従士はもういない。心苦しいだろう。償いたいだろう」
つばを飲み込んだ。無理やり声を絞り出す。
「ご主人様の、案だったんですか」
「名で呼んでくれ。ふたりきりのときは」
「教えてください」
口づけ。かすかに離して吐息をかぶせる。再びふさいだ。今度は愛しい味がした。
長くつづいた。頭が痺れる。息が荒くなる。カイは腕に触れた。滑らかな絹。おそるおそるなでた。ベアは胸に手を寄せた。鼓動を確かめるように。
唇を離す。ベアの吐息がわなないた。カイの口を湿す。瞳が戸惑うように動いている。
突然離れてすわり直した。卓に手を伸ばして杯を取った。
「もちろんわたしの案だ。わたしが聖女に見えるか。おまえの親を売った女だ。もちろん十七でもない。化粧がうまくいかない。これも日々練習か」
「王様が、なんとかするでしょう。暗殺者をよこして、ロベール様を」
「宮廷は手間がかかったなどと言って、またわたしに無理難題を押しつけてくる。今度は十五になれと言い出す。これ以上の借りはつくりたくない。おのれの尻はおのれで拭く」
「ぼくを悪い人にしたいんですか」
「悪とはなにかな。悪とは今生の幸せだ。奪い、放蕩し、罪悪を感じない。そもそも罪悪は民百姓を支配するための道具に過ぎん。世の教えを信じ、苦しみのなかを生き、死ぬ。世の習いに気づいた者のみが幸せになれる。神などいない、すべては人の手によるまやかしだったと知る。強い者は得る。弱い者は失う。世はそれだけだ。だから、強くなれ。おのれのために。わたしのためにも」
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