128 / 165
第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第二十三話 水上の対戦相手
しおりを挟む少女は戸惑っていた。
それは、目の前に記載された競技説明なる文面の意味するところについてだ。
憂鬱な視線をその文面に走らせてみれば――――
○ 男女ペア2組によるポイント制の競技。
○ エリアごと、基礎ポイント・ボーナスポイント獲得の規則が定められており、各エリアスタート地点に案内表示されている。
○ エリアによっては、案内表示されていない隠し要素が存在し、場合によって罰ゲームも課せられる。
○ 最終エリアを終了し、合計ポイントが優勢だったペアが《祝福の門》を開くことができる。
○ ただし、優勢ペアのポイントが100ポイントに至らない場合は、無効試合となる。
○ 無効試合となった場合は、《祝福の門》は開かずに両ペアとも罰ゲーム。
○ 競技終了後、劣勢のペアは罰ゲームが用意される。
○ 各種武装は一時的に当神殿で没収し、本競技終了後に返還する。
○ 本競技場では、各種異能(魔法・サイキック等)は、特殊相殺フィールドにより使用できない。
○ なお、本競技中もしくは競技後、ペア間のトラブルが発生しても当神殿はいかなる責任も負わないものとする。
「何なのよ? コレ……」
目眩を覚える気分で吐き捨てるステフ、対照的にスレームは妖艶な唇を緩めて笑っていた。
「あちらにある大きな扉が《祝福の門》なのでしょうが。さて……問題は男女ペア2組という点ですね。ここにいる男性はダーンだけですから……」
含み笑いをかみ殺しつつ話すスレームに、ステフは逆手でひっぱたきたい気分になりつつ――――
「問題点はソコ? 仮にも《水神の姫君》って大層な二つ名を持つ水の精霊王の神殿なのよ。こんなに不真面目でいいの?」
少しヒステリックにスレームに尋ね返すが、スレームは眉一つ動かさずに当たり前といった感じで応じる。
「いいんですよ……楽しければ。特に私が楽しめるのでこういう趣向は大歓迎です」
「アンタに聞くんじゃなかったわ……」
目頭に指を押しつけて頭を振るステフ、その彼女に妹のカレリアが近付き、
「お姉様、いずれにしてもここが精霊王の用意したものであるのなら、この競技をすることが契約のための試練なのかもしれませんわ。きっと精霊王の考えることですから、私達の考えの及ばない深い意味がこの競技の中にあるのかもしれませんし……」
「いやいや、ナイでしょう『深い意味』なんて……ボクは完全な悪ふざけだと思うよ」
突然背後に軽薄そうな男の声。
言葉の途中、無遠慮に差し込まれたその声に、僅かに眉根を上げたカレリア。
彼女が振り返ると、長い金髪の優男が水着姿で立っていた。
「あら……カビくさいところは嫌だと仰っていましたのに、結局来てしまったのですか。それにしても、随分と前衛的なデザインの水着ですね」
カレリアは柔らかい微笑を浮かべつつも、半目で凍てつきそうな視線を送る。
「あははははッ……もぉう、コレ考えた人の美的センスを疑っちゃうね。頭の中がお花畑になっているのかもしれないなぁ……」
腰に手を当て軽薄に言いつつ、誰かに毒を吐くように言うケーニッヒ・ミューゼル。
彼も男物の水着姿になっていたが、ダーンのものとは随分とデザインが変わっていた。
……というよりも、普通のデザインの水着ではない。
本体は黒い競泳用のパンツで、それだけでも肌の露出がきわどい。
そしてパンツの前側には、子供の頭程度の大きさがある、ゾウの頭部を模したぬいぐるみが設置されていた。
そのゾウが妙にリアリティーを追求した造形で、表面にはうぶ毛のようなものまで再現されていて――――
しかも悪いことに、いかにも「ぱおー」と雄々しく吠えているように、鼻を持ち上げて口を開いた姿になっている。
ステフが嫌悪感を思いっきり含んだ視線でケーニッヒを一瞥した後、彼の存在を意識から完全に除外し、彼の後ろで所在なさげな銀髪の少女に視線を移していた。
「よく似合っていますわよ……ええ、もう本当に、ふふふふ……」
あくまでも柔和な声色で、冷たく笑うカレリア。
対するケーニッヒの表情もにわかに硬くなりかけた。
「まあ……なんだ、よく来てくれたな、ケーニッヒ。それにしても……」
微妙に火花を散らし合うカレリアとケーニッヒの間に割り込むようにして、ダーンが声をかけ、さらに難しい表情で銀髪の少女を仰ぎ見る。
「なによ……約束通り勝負に来ただけよ。……ただ、この場所が思いっきりふざけているだけでしょ。私のせいじゃないんだからッ」
ダーンの視線を受け、耳まで真っ赤になって、言い返してくるルナフィス。
よく見れば、羞恥で朱に染まったのは首から上だけでなく、鎖骨の辺りまで朱が薄く広がっていた。
身につけているのは、やはり露出の高いセパレートの水着で、上下とも基本はローズレッド。
それは濃淡のグラデーションが薔薇をモチーフにしたデザインだった。
その彼女の水着をつい見入ってしまったダーンは、ハッとして視線をケーニッヒに戻せば……
「ダーン……君はなってないね。こういうときは、水着について一言申し向けてあげないと女性はどんどん不愉快になっていくよ」
ケーニッヒはダーンに近づき、口元を片手で隠して彼だけに聞こえるように小声で忠告してきた。
「そ……そうなのか? あ……そう言えば同じようなことをビキニを着たリリスにも言われたっけ……」
声をひそめて応じるダーンの言葉に、ケーニッヒは少し驚いた顔をし、
「え……彼女の身体を包んでずり落ちないビキニって、ソレどんな魔法かかっているの?」
ケーニッヒの言葉につられてダーンはふと義妹の姿を思い浮かべてしまう。
幼少の頃から、義理の兄ナスカとともにアルドナーグ邸で育てられたが――――
一つ年下の金髪ツインテールは、確かに同年代の少女たちとは明らかに肉体の発育が芳しくなかった。
それこそ――――
ダーンはそろりと、隣に立つ蒼い髪の少女の肢体を視界の端に捉える。
朴念仁の彼をして、生唾を飲み込むような最高峰の発育結果がそこにあった。
一つ年上とはいえ義妹と同年代であるはずだが、この理不尽なまでの『差』はなんなのだろうか。
――あと一年ではとても追いつけないだろうな……って、なに考えているんだ俺は。
ダーンは自分自身の思考にクレームをつけたい気分のままに、ケーニッヒにも半ば非難の視線を向けて、
「ヒドイ言われようだな……っていうか、ウチの義妹と面識があったのか」
「おおとも。彼女はこのアーク王国ではちょっとしたアイドルだからね。そりゃあもう、コアなファンが多いんだ。なんか、勝手に『夢王国民』とか自分たちに妙な属性をつけている人たちだけど……あ、悪い人たちじゃないから安心してくれたまえ」
腰に手を当てて乾いた笑いを浮かべるケーニッヒに、ダーンはどんよりとした視線を向けて、
「はあ。……なんか、この前も歌唱大会だとか、料理大会とか言っていたが、あの娘はよその国でなにやってんだか……」
「そう言うな。それこそ、君の相方なんかマイクもってステージ立ったらすごいんだぞ。その歌声はロイヤル・ビブラートとか言われていて、アークののど自慢あらしとまで……」
ケーニッヒは、蒼い髪の少女の方を見やって言う。
「何だそれ?」
ダーンが怪訝な顔をして訪ね返すと、ケーニッヒは思い出したようにはっとして、
「いや……すまない。余分なことだった忘れてくれ。それよりも、この流れだとボクらはお互い敵同士ということになるのかな」
涼やかに笑って言うケーニッヒは、未だ赤い顔をしているルナフィスが隣まで歩いてきたのを横目で見る。
ケーニッヒ達がいる場所は、ステフと並び立つダーンと丁度対峙するような立ち位置だった。
「どうやら、対戦カードが決まったようですわ」
口元を片手で覆いつつ少し楽しそうに呟くカレリア。
「ちょっと待って! なんでそうなんのよ?」
ステフが妹の言葉に激しく疑問を投げかけるが――――
「精霊王との契約のためですよ。これが精霊王の課した試しであるのなら従うべきです」
スレームが説得するように説いてくる。
さらに、スレームは銀髪の少女の方にも視線を向け、
「貴女も、武器を没収されていては無関係とも言い切れないでしょう。魔法やサイキックも使えないエリアで水着姿のまま素手で戦うのなら、止めはしませんが……」
「別に私じゃなくても、アンタたちのどちらかがコイツと組めばいいんじゃないの? 私はこの茶番が終わるまで大人しくしているけど?」
ため息混じりに、ルナフィスはとなりに立つケーニッヒを逆立てた親指で肩越しに指し示す。
「いいえ、それはダメでしょう。あちらをご覧になって下さい」
スレームはルナフィスの言葉を否定しつつ、彼女に水上アスレチックが設営された方向を促した。
怪訝な表情で、スレームに促された方向を見やれば、ルナフィスの視界に、妙な光景が映り込む。
水上アスレチックの上空に、突如巨大な水晶玉……いや、透明度の高い水の塊が現れ、その球体の中に光り輝く文字と映像が映し出されていた。
それを見ると、ダーンとステフのペアとケーニッヒとルナフィスのペアが対戦するように表示されているのだ。
しかも、ご丁寧に四人の顔写真入りで背景に炎の特殊効果まで演出されていて、まさに対戦カードを効果的に表現している。
「な……バカなの? ねえ、水神の姫君ってバカなの?」
悲観に近い表情でスレームに問い詰めるルナフィスに対し、スレームは楽しそうに微笑むばかりであったが――――
ルナフィスの背後から、ケーニッヒがそっと「完全なおバカちゃんだから、君も諦めた方がいいよ……ハハハッ」と耳打ちしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる