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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第四十五話 四連魔核共鳴励起
しおりを挟む彼らの眼前に、異形の魔人が対峙する。
その姿は、元が女性の身体とは信じられないくらいに変形していた。
複雑に絡み合うような形で隆起した全身の筋肉、瘴気をはき出す顎には発達した無数の牙、赤い髪は紫の炎に燃えて頭部から吹き上がっている。
全身の皮膚はワインの様に紅く、むせ返るような《魔》の波動を放っていた。
その体躯はゆうに三メライ(メートル)を超え、さながら緋色の魔人といったところだ。
「これはまた……悪趣味ここに極まれりってところだね」
異形の魔人を見て、ケーニッヒ眉をひそめて言う。
「《魔核》が四つ? 連動しているのか」
ダーンも眉をひそめつつ、感じる《魔》の気配と、先程リンザーが四本の魔法の矢を使ったことから推測する。
「しかし、妙だな」
敵の第一撃を見極めようと体勢を整えつつ、ケーニッヒは疑問を言葉にした。
「なにがよ?」
ステフのとなりから前に出てきたルナフィスが、ケーニッヒの言葉に問いかける。
そのルナフィスの姿を流し目で見て、ケーニッヒが軽い口笛を吹いた。
「その服いいね……とても魅力的だよ。うんうん、惚れ直したよボク……」
「それはどうも……それが妙なコトなのかしら」
半眼で呆れたような視線を投げつけ、少し低い声で言ってくるルナフィス。
その耳の後ろあたりが思いっきり朱に染まっているのは、まあ、言及しないでおこうと微かに笑うダーン。
「つれないなぁ……。妙なのは、さっきの紅い宝玉のことさ。魔法の矢が四本出てくる時に、彼女の胸に埋もれていったヤツだよ。あれ、なんだったんだろうかね」
「確かに……感じる《魔》の気配は四つだ……ということは、他に何かあるのか? ……っと、来るぜ」
ダーンの注意喚起の直後、緋色の魔人から凝縮されたエネルギーの束が放射された。
☆
その放射されたエネルギーは、圧縮された魔力の塊だった。
それが指向性を与えられて、衝撃波を伴って撃ち出されたのだ。
敵からの初撃を警戒していたダーン達は難なく躱すが、その威力自体には驚愕した。
当たればひとたまりもない威力である。
ただし、今の攻撃でダーンには気がついたことがあった。
敵の《魔》の波動、その流れのようなものである。
それは、四つの《魔核》から放たれる《魔》の力が、胸部の一カ所に集積されて、増幅されているということ。
リンザーの肉体が魔人化するとき、《魔核》を生み出す魔法の矢とは別に、緋色の宝玉がその胸元に埋没していった。
《魔核》から生み出された《魔》の力は、今は魔人の肉体に埋もれて見えなくなっているあの宝玉に集積されているのだろう。
そう考えてみても、やはり妙だった。
胸部に埋まったあの宝玉が魔力を集積しているのはわかる。
ならば、《魔核》と同じように、なんらかの《魔》の気配を感じてもいいはずなのだが、あの宝玉そのものは《魔核》のような《魔》の波動を感じない。
――考えていてもラチがあかないな。
ダーンは長剣に莫大な闘気を洗練して送り込むと、はっきりとその存在が感知できる《魔核》、その一つに狙いを絞って、必殺の一撃を放とうと構える。
「まずは一つ目ッ」
秘剣・崩魔蒼閃衝――――
蒼い閃光が、轟音と共に緋色の魔人の右肩へと向かう。
そこには、魔法の矢が創り出した《魔核》の一つがあった。
ダーンの放った蒼い閃光は、音速をはるかに超越し、幾重にも重なった衝撃波を螺旋状に取り込みながら、集束し穿孔する破壊エネルギーとなって、魔人の周囲に張り巡らされていた防護結界を難なく貫くと、そのまま、右肩の《魔核》すらも貫いた。
あたりに硬質のガラスを砕いたような音が響く。
「やったわ。相変わらず凄い威力。……さすが闘神剣の奥義ね」
いつの間にか《リンケージ》して戦闘態勢を整えていたステフが歓喜する。
『あれは奥義ではありませんよ、ステフ。秘剣と呼ばれる技の一つです」
ステフの歓喜に水を差すように、胸元のソルブライトが告げてくる。
その言い方に、少しムッとしたステフは、少しぞんざいな物言いで応じる。
「呼び方なんてどうでもいいじゃない。秘剣だろうが奥義だろうが、必殺の技って意味では同じでしょ」
『いいえ。そういう意味ではなくて、秘剣とは別に奥義が存在します。あの程度の技を奥義とは呼べないという意味です』
「は? 秘剣なんていうからてっきり最強技だと思っていたけど……というか、あの程度って……」
『あの程度』と評されるダーンの秘剣、その威力は、下手をすればステフの《衝撃銃》、その追加銃身の対艦狙撃砲の威力に匹敵するほどだ。
それを『あの程度』とは────
それでは、闘神剣の『奥義』とやらは、一体どれほどの威力があるというのか?
『闘神剣の奥義は、その太刀筋に超常を内包する剣です』
ソルブライトの言葉に、ステフはハッとする。
「超常……それって」
太刀筋に『超常』……ステフにとって、この言葉は無視できなかった。
というよりも、その超常がどのような状態なのかに覚えがある。
『……どちらにしても、それほど喜んでもいられないようですよ』
ソルブライトは言葉と共に、ステフに警戒をするよう念じてくる。
その言葉を受け取るが早いか、ステフもこの戦いがそう易々と終わらないことを察し始めていた。
☆
ダーンの放った一撃は、確実に《魔核》の一つを破壊していた。
そのおかげで、一瞬といえど《魔》の気配が衰退したとその場の誰もが感じたのだが。
《魔核》が砕かれた瞬間、一度は衰退した《魔》の気配が、一気に膨大で濃密なそれへと変わり、瞬時にして破壊された《魔核》が再生された。
「おいおい、洒落にならないぞ、コレ」
ダーンは軽く舌打ちしながら呻いた。
今のではっきりしたことがある。
敵の《魔核》は四つだが、これらの内一つが破壊されても、他の《魔核》がその一個を再生してしまうのだ。
そして、あたりにリンザーの嘲笑が響いた。
「《魔核》を砕くのがお得意のようだけどぉ? 今回はそうそう甘くはないのよぅ……色男さん」
言葉と共に、緋色の魔人の後方、空にリンザーの姿が映し出される。
どうやら、魔力を使った通信のようだ。
「もう気がついたと思うけどぉ、今回のは特別よン。いかにあんた達が《魔》を断つのが得意でも、そう易々とは倒せないからぁ。これぞ私の研究成果の一つ、《四連魔核共鳴励起》よン」
得意満面と言った感じで話すリンザーは、妖艶な女性の身体と顔のままだ。
背後に、建物の壁の様なものが映っているところを見ると、ここではないどこかにいるのだろう。
つまり、この魔人化したリンザーも本体ではなかったようだ。
「四連魔核共鳴励起……大層な名前をつけてるけど、確かにコレは厄介だね」
ケーニッヒは言いつつ、少しだけ表情に焦りを浮かべていた。
肉弾戦に切り替えて、こちらに豪腕を振るってきた緋色の魔人、その俊敏さにも舌打ちしたくなる。
この四連の《魔核》は、お互いに共鳴して凄まじい魔力を生み出すと同時に、他の《魔核》を補修する性質があるようだ。
だから、一つ一つの《魔核》をつぶせても、他の《魔核》から供給された魔力が破壊された《魔核》を再生し、元通りになってしまう。
ということは、四つの《魔核》を同時に破壊しなければならないのだ。
そこでネックとなるのが――――
緋色の魔人が繰り出す攻撃と、巨体の割に信じられないくらいの俊敏な動き。
ただでさえ魔人は防護結界を持っていてそれを貫くことが困難なのに、これではそもそも、技を命中させられるのだろうか。
これ程の防護結界や《魔核》を撃ち抜くには、ダーンが放ったような絶対的威力を持つ一撃が必要だ。
そういった威力を持つ技は、自分やルナフィスにも可能だし、ステフも対艦狙撃砲という奥の手がある。
それなのに、ケーニッヒをして戦闘の継続を危ぶむ理由とは――――
――人数的には揃っているが……果たして当たるか?
巨体なのに凄まじく早い動きをする魔人、その両肩と両膝に《魔核》が潜むが、肩も膝も大きく動く場所である。
あの射撃の天才、ステフなら可能かもしれないが、四人全員が正確に狙いを定め、しかも同時に攻撃なんて、急増のパーティーでは不可能に近いだろう。
それにしても、これ程の魔力を同時に制御することは困難である事は間違いない。
《魔核》とは、周囲の活力を取り込んで《魔》を生成するものだが、その制御は非常にデリケートだ。
《魔核》は一つ一つに個性のようなものがある。
それは《魔》の波動の波長が違うとも言えるが、波長の違うもの同士、上手くいけばその波動を増幅できるが、場合によっては波動の打ち消しが起こってしまうことがあるのだ。
ダーンから聞いた話でケーニッヒも知るところだが、アテネでダーン達が戦ったカラスと馬の合成魔獣にしても、二つの《魔核》を用いて、合成魔獣を創りだしていた。
だが、この合成が成功した魔獣にあっても、戦闘中に《魔核》が作動していたのは一つだった。
それが今回は四つの《魔核》で、しかも四つとも稼働している。
恐るべき高度な魔力制御である。
ただ一つ、この特殊な《魔核》の共鳴は、《魔核》そのものの制御から生まれるものではないかもしれない。
推測だが、それこそあの緋色の宝玉、今も魔人の胸に埋もれているであろうあの未確認な物体が、この高度な《魔核》制御を実現出来ているのではないか。
レイピアで、襲いかかってくる魔神を迎撃しながら、ケーニッヒは推察を続けるが、それでも腑に落ちない。
あの宝玉が《魔核》を制御しているとして、それでは何故その宝玉からの《魔》を感じないのか?
《魔核》を制御しているなら、制御する側からも《魔》の波動を感じるはずなのに。
――いや。どちらかというと……もしかして、《魔》じゃないのか。
ケーニッヒは魔神が現れてから感じていた違和感について、じっくりと思考を巡らせていく。
敵が悪魔の女ということもあり、敵に対し《魔》の警戒を常にしてきたはずだが、その点が今回ネックになっているのではないか?
悪魔だから《魔》を用いる。
その先入観から、目の前の現実を曲解している可能性はないか?
あの紅い宝玉が、《魔》によって稼働するものでないとしたら――――
緋色の魔人への考察を続けながらも、彼らの戦いはよりなっていく。
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