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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第四十九話 少女達の戦場
しおりを挟む長く艶やかな黒い髪を風にそよがせて、カレリアはじっと戦況を見つめていた。
その姿を視界の端に捉えながら、ステフは彼女の元に近付きつつ、しっかりと前衛のサポートもこなしている。
「お姉様……やはりいらっしゃいましたね」
近づいてきた姉の姿を認め、カレリアが表情を和らげた。
「やっぱ待ってたか……それで、カレリアはこの局面をどうみるの?」
前衛への援護射撃を続けながらステフが問いかけると、カレリアは自らの顎先に右手を当てて軽く溜め息を漏らす。
「そうですね……。このままではこちらの前衛が疲弊して終わりですわ。なんとか連携して、《魔核》を同時に破壊しなければなりません。でも、同時と言っても、全くの同時である必要はないと思いますわ」
「どういうことかしら?」
「先程ダーン様が《魔核》を破壊した時、敵の魔人が破壊された《魔核》を再生するのに、数秒のタイムラグがありました。その時間を上手く利用すれば……。そうですわね、二つ同時に破壊することができれば、《魔核》の再生にもっと時間がかかるはずですし、魔人本体の動きもその一瞬には停止するはずですわ」
カレリアの言葉に、ステフは軽く頷く。
確かに、最初にダーンが《魔核》を秘剣で破壊した際、破壊された《魔核》以外の《魔核》が膨大な魔力を放つことで、その力を利用し破壊されたものを再生していたが、短い時間とはいえ数秒の隙があった。
たった一つでも一瞬動きを止めたくらいなのだから、二つ同時に破壊できれば、魔人は致命的な隙を見せることだろう。
そうなれば、残り二つの《魔核》を破壊することは容易だ。
「敵が対処しきれないほどの波状攻撃で動きを封じ込めて、《魔核》を同時に破壊する戦術がいいと思いますが……」
カレリアは言いよどむ。
問題は破壊の仕方である。
ダーンの秘剣・崩魔蒼閃衝は、敵の防護フィールドを突き破り、標的を一瞬で確実に葬ることができる。
しかし、技の発動後に硬直時間が発生し、連発はできないし彼の消耗も激しい。
一方、ステフの《白き装飾銃》の追加銃身、対艦狙撃砲も威力だけならばダーンの秘剣以上であるが、こちらは一発勝負な上に発射までの充填時間がかかるし、銃身の製造から発射に至るまでのステフの精神的負担も大きい。
さらに、敵は動きも早い上周囲に厄介な魔力球を無数に生み出し、多角的に攻撃してくる。
敵の多角攻撃に対処し、敵が対処不可能なほどの波状攻撃で動きを止め、防護フィールドを破って同時に魔核を破壊する事は極めて困難だ。
現に、前衛の三人は手をこまねいている状況である。
ダーン、ルナフィスそしてケーニッヒの三人は、いずれも達人を超越した戦闘能力を誇る剣士だ。
その三人が共闘しているにもかかわらず、敵の多角攻撃に対処することで手一杯であるのは、魔人の戦闘能力の凄まじさもさることながら、その三人自体が急造のチームだからである。
剣士たちが敵の動きを止めるほどの攻撃を仕掛けるには、敵の懐に飛び込んで近接戦闘を仕掛けたいところであるが、そのためには、前後左右のあらゆる方向からの襲ってくる魔力球からの攻撃を警戒しつつ、あの魔人の格闘にも対応することができなければならない。
そのため、背中を完全に任せられる相手との緻密な連携が必要となってくる訳なのだが――――
三人の剣士は今回初めて共闘しているのであって、ルナフィスに至っては、先ほどまで敵側であった。
ダーンとケーニッヒはこの数日間、ともに剣術訓練をしていたが、それはルナフィスに対抗するためであって、対戦形式の訓練のみで、連係攻撃の訓練は全くしていなかった。
ダーン達がいくら達人を超越した剣士であっても、今回あの魔人に対処するには連携という点において些か実力が至らないのだ。
ステフも、これまでの魔人との戦闘を見て、カレリアと同意見であり、この魔人を倒すには、高次元な連係攻撃が不可欠と判断していた。
「うーん……やっぱ、あたしがダーンとやるしかないわね」
ここに至るまで、何度か連係攻撃の訓練や実戦を経験しているのは、自分たちだけと判断してステフは言うが、その言葉を聞いてカレリアが少々表情を曇らせた。
「それは……お姉様、いくらダーン様との相性がいいとはいえ、あの魔力球の攻撃を前衛の位置で対処するには……」
カレリアが懸念をあらわにする。
「まあ、確かに昨日までのあたしだったら、かえってダーンの邪魔にしかならなかったけど……。これがあるから、いける気がするわ」
ステフは腕の流体シールドが備わった部分をカレリアに掲げて言うと、いたずらっぽく笑み返した。
そして、カレリアの止める間もなく、前衛のいる方向へと《白き装飾銃》を連射しながら駆けだしていくのだった。
☆
後方から衝撃弾の援護射撃とともに、ステフの気配がこちらに近づいていることを察知し、ダーンは少なからず動揺する。
――今、こっち来ると危ないっていうのにッ
その思いはダーンのみならず、隣でレイピアを振るっていたルナフィスも同様だった。
「ステフッ、前に出ないで!」
ルナフィスは警告しつつ、ステフの方に向かおうとする魔力球を迎撃する。
その瞬間に、ルナフィスの注意がわずかにステフに偏ってしまった。
――しまった!
自分自身でも気がついたわずかな隙をついて、ルナフィスに魔力球が魔力砲の照準を定め、まさに砲撃せんと煌々と不吉な光をあふれさせていく。
だが、その魔力球をステフの放った《白き装飾銃》の光弾が打ち抜いていた。
ステフのせいで注意力が偏ったのだが、その隙をステフがカバーしてくれたことに妙な気分になるルナフィス。
その彼女の鼓膜を、耳障りな女の愉悦が不快に振るわせる。
「あらら……惜しかったわねぇ。もう少しでその生意気な顔がぐちゃぐちゃに潰れて、そこの岩辺に汚いシミを作ったのに」
緋色の魔人の背後、その虚空に一度は消えていた不快な声の主――――リンザー・グレモリーの姿が映し出された。
「フンッ! たとえそうなっても、アンタの作ったあの魔人の血よりは綺麗だと思うわよ」
息巻いてリンザーに言い返すルナフィスに、虚空から見下ろすリンザーは尊大な態度を崩さない。
「ウフフ……人間の小娘風情が随分と囀るわねぇ~。それにしても、ルナフィスちゃんてば、驚くほど尻軽な女ね。さっきまではそこの巨乳ちゃんをゲットしてくる簡単なお仕事中だったのに……。あ、ルナフィスちゃんにとっては簡単じゃなかったわね、ごめんなさーい」
人を小馬鹿にしたような口調で話すリンザー。
その耳障りな声を聞きつつも、ルナフィスは襲い迫ってくる魔人の魔力球を迎撃し続ける。
魔人本体は、ケーニッヒを襲い始めていて、その豪腕が放つ格闘技をケーニッヒがなめらかな動きで躱しているようだが……。
「まあ、尻軽って言うのは否定しないわ。実際、アンタよりも下半身は身軽だし……」
「なーに調子乗っているのかしらん。この小娘がッ」
ルナフィスの軽口に、リンザーがわずかに声の調子を重くする。
「この程度で鼻息荒くしないでよ、おばさん。……大体、よく考えたら、私は最初っからアンタの敵だったのよ。アンタ、初めっから私のこと自分の実験魔人にするつもりでいたでしょ?」
ルナフィスの挑発じみた言葉に、リンザーは嘲笑する。
「あ~ら、今頃気づいたのぉ? ま、その通りよん。人間のルナフィスちゃんは、あの変態吸血鬼のヨダレまみれの魔力で汚されていたからぁ、それが完全に消えるまで待たなきゃならなかったんだけどね」
つい先刻まで兄と信じていた男、サジヴァルド・デルマイーユを蔑むかのような発言を耳にし、ルナフィスは自分の唇を噛んで沸き立つ想いに耐えた。
その彼女の耳に、空を切り裂く衝撃弾の轟音が飛び込む。
青白い閃光が、虚空に浮かぶリンザーの姿を撃ち抜いた。
当然、リンザーの姿は映し出された映像に過ぎないのだから、その攻撃に効果はない。
それでも、ステフは《白き装飾銃》をリンザーの映像に向けて放った。
「自分で戦場にすら来ない引き籠もりの女に比べたら、あの変態吸血鬼の方がよっぽどマシよ。確かに変態だったけど、彼は戦場に出てきて、ちゃんとあたしと戦ったわよ。変態だったけど」
「あの……ステフ、この場合はもう少し加減して言ってくれると嬉しいんだけど?」
ステフの歯に衣を着せない発言に、さしものルナフィスも声を弱々しく振るわせて言う。
「チッ……どうも、勘違いがあるようね、そこの巨乳。確かに貴女は無傷で手に入れたいところだけどぉ……別に、さっさとこの場でミンチにしてやってもやぶさかじゃないのよ? それなのに、わざわざ前に出てきて、あまつさえその口の利き方ぁ? さすがに、私も堪忍袋の緒が切れましたぁ的な?」
リンザーのふざけたような声色での脅迫に、ステフはキッと鋭い視線を返し、胸に大きく息を吸い込む。
「どっかで聞いたようなセリフ言ってないでよ、てーか、あなたにそのセリフ似合わないわ。むしろ今回、あたしの方が堪忍袋の緒がきれましたーって言いたいんだけど……まあ、そんなのはどうでもいいわ。そこの木偶の坊、すぐにあたし達で始末してあげるから、本気でかかってきたらどう?」
半眼で睨み付けながら、挑発するステフは《白き装飾銃》を構え直す。
その隣に、半ばあきれ気味のダーンが歩み寄ってきて、彼も長剣を構え直した。
次の瞬間――――
血のように赤い髪の女が呪いの言葉を吐き出すと同時に、蒼髪の剣士と銃士が足並みを揃えて、異形の魔人に向かって駆けだしていった。
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