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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第四十七話 戦局は苦しくも戦意は旺盛
しおりを挟む目の前に展開される戦闘状況を眺めながら、《水神の姫君》カレリアは戦況分析をしていた。
現状において積極的に戦闘に参加しないのは、彼女自身が直接的な戦闘を得意としないからだ。
アテネ王国でステフが契約した精霊王の大地母神は、地上の生きとし生けるもの全てに恵みと安寧を与える存在であり、戦闘行為に直接関与することを嫌っていたようだが、その点において同じ精霊王たるカレリアは違う。
彼女はアーク王国の第二王女である。
水神の姫君として、水の精霊王の自覚はあるが、人間としての彼女の立場を考えれば、国を守る戦闘や家族を守る為の方策に力を使うことを躊躇わない。
そんなわけで、彼女としては目の前で行われている戦闘に積極的な介入をし、姉であるステフ達に加勢したいところだが、彼女の得意分野は、戦闘行為ではなく戦況把握と戦術構成である。
特に、今回の相手……緋色の魔人は四つの《魔核》を共鳴させている化け物であり、単に強力な攻撃をすれば倒せるというものではない。
この魔人を撃滅するには、こちらの戦力を最大限活かした戦術が必要となってくるだろう。
また、戦術を組んでいくという面に関して言えば、姉のステフにも一日の長がある。
だから、カレリアとしては、この戦況を見た目のみならず、周囲の活力の流動や、敵の魔力の共鳴関係をしっかりと読み取り、自分で戦術を組み上げないまでも、姉のステフに情報を伝えることができればと考え、戦局の把握に重きを置いていたのだ。
その彼女に、自分の力の一部がソルブライトを通じ姉の纏う《神衣》に流れていく感覚が伝わった。
――お姉様? え、そうなの……少し意外でしたけれど、盾ですか。
ステフは、《水神の姫君》の能力、流体制御を活用し、《リンケージ》の際に纏う《神衣》――――戦闘衣装の防護服に防御用の盾を装備したのだ。
☆
『これで完成です。いかがですか』
ソルブライトの言葉に、ステフは左右の手甲部分に新たに加えられた金属製のパーツを見る。
その部分は、元々金属製の手甲になっていて、ステフの手首から肘付近までを覆っていたが、そのパーツ自体が少し厚手になり、少々幅が広がって防御用の手甲らしい形になっている。
さらに、その手甲に仕込まれた装飾自体が、複雑な幾何学模様をしており、それが防御用の理力流体スクリーンを発振する機能を有することが、ステフへイメージフィードバックとして伝わっていた。
「うん。おおむね良好よ。防御力も、そこそこあるようだし、第一に軽いわ」
金属製のように見える手甲だったが、実際には絹のように軽い。
纏っている防護服を、かつてソルブライトは《神衣》と言っていたが、なる程、そう言うだけのことはある。
胸部や腰などの一部に金属パーツが使われているが、これらの重さは全くといっていいほど感じない。
そして、盾を装備する前から、この防護服には極薄の理力フィールドが展開されていて、並の防具とは比較にならないほどの防御力を誇っていた。
今回の盾については、防護服の防護フィールドとは違い、理力のエネルギーフィールドを流体として制御し、発振基部から高速螺旋させて幾層にもフィールドを展開するようだ。
つまり、何層にも極薄の装甲を重ねたような盾を理力で形成するのである。
流体としてエネルギーが螺旋状に動いているため、受けた衝撃を逸らす性質と、何層にも防護フィールドを重ねたことから、衝撃を吸収する性質を併せ持つその盾は、ステフの意志と、ソルブライトの制御により展開し、その形状も自在であった。
展開すると、半透明の光膜を発生する半物質化したエネルギーであるが、安定している上、それ単体は熱などを持たず、触れても怪我を負うことはないようだ。
『一応説明を補足しますと、この盾の展開もあまり濫用はしないでください。貴女の精神エネルギーを消耗しますからね。まあ、例の対艦狙撃砲に比べれば、たいしたことはないでしょうが』
ソルブライトの注釈に、ステフは軽く頷くと、取り敢えず左右の盾を小ぶりな物くらいに展開し、様子を見る。
「うん、大丈夫よ。このくらいの大きさなら常時展開しても、ほとんど負担を感じない。でも……」
ステフは最前線で緋色の魔人と戦っているダーンの方に視線を走らせた。
ダーンは、素早い動きと闘気を伝わらせた剣で、相手の攻撃を捌きつつ敵の肉体を傷つけてはいるが、やはり効果的な攻撃には至っていないようである。
それに、先程ルナフィスと戦っていた時に比べると、明らかに彼の闘気が小さく、その動きからも戦闘力の低下が感じられた。
その理由は明白だ。
彼はルナフィスとの戦いで致命傷を負い、瀕死の重傷だった際、大量の失血をしている。
ステフの《治癒》で致命傷から復活し、まともに動けるようにはなっているが、この手の回復は、肉体の損傷と体力の回復を同時には行うことができない。
失血に関しても、ある程度の造血を促進してはいるものの、あまりそれをやりすぎると、今度は《治癒》をかけた側が疲弊してしまう。
現に――――
ステフは僅かに浮かんだ不安を打ち消すかのように深呼吸する。
先程、水神の姫君の祭壇へ下っていく階段で踏み外し、バランスを崩したのはたまたまではない。
ダーンの失血をある程度肩代わりしたことによる貧血が原因だ。
あれから、少しずつ自分に《治癒》をかけて、周囲の活力を取り込むことにより回復してきているが、万全の状況とは言いがたい。
また、この戦闘の開始直後に再び《リンケージ》したとき、水神の姫君の力を取り込んだことで、水に関わる活力の流入が増えている。
そのため、《リンケージ》状態では、体力や生命力の回復は効率的に行われていて、もう目眩を覚えることはないだろうし、短い時間ならば全力で戦闘行為が可能である。
もっとも、戦いが長期化するとその限りではない。
《リンケージ》自体が、精神エネルギーを消費する上、体力の回復についても、水の活力を吸収し制御している分、ステフの精神力を削っているのだ。
そして、戦いの長期化が窮地を招くのはダーンも同じことだろう。
彼も、残り少ない闘気を振り絞って戦っているに違いない。
また、一度放った秘剣・崩魔蒼閃衝も、あれ以降は使っていないところを見るに、決定的な瞬間まで力を温存しているということだろう。
いずれにしても、あの 《四連魔核》の魔人を早期に攻略しなければ。
――そのためにも、あの娘の意見は必要ね。
《白き装飾銃》を射撃し、魔人の放つ魔力球を撃ち落としながら、ステフはカレリアの方に移動をし始めた。
☆
ステフやスレームの後方からの射撃や、ダーンとケーニッヒの前衛攻撃に呼応して、間合いにある標的――――敵の魔力球をレイピアで迎撃するルナフィスは、蓄積しつつある疲労にしかめっ面をしつつも、何故か口元が緩むのを意識していた。
戦闘が楽しい。
そう言ってしまうと不謹慎だが、今まで経験した戦闘とは、今回は明らかに違うものだった。
対峙する魔人は禍々しい魔力を放ち、つい先日まで、自分もそれに類する力を用いていたことに鳥肌が立つ思いだが、自分のとなりには、自分よりも強い男が二人、さらに後方に頼りになる中長距離の戦力。
頼りがいのある仲間達と挑む集団戦闘は、ルナフィスが初めて経験することである。
自分の剣が頼りにされている実感もあるし、背中を仲間に預けている感覚は新鮮で何故か心地がいい。
時折交わす蒼穹の視線からも、信頼と激励の気遣いが感じられるし――――まあ、そうね、もう片方の視線もそういう気遣いを感じなくもないわ……。
そう思って、魔力球を撃破した勢いのまま、金髪が舞う方へと視線を流してみると――――
待ち構えていたのかと疑いたくなるようなタイミングで視線が合い、しっかりとウインクが返ってきた。
途端に湧き上がる色々な雑念を殲滅するかのように、ルナフィスは鋭い息を吐くようにして前方の魔力球三つを、レイピアの高速突きで発生した衝撃波を飛ばして破壊する。
その凄まじい剣捌きに、蒼髪の剣士からも口笛が飛んできた。
「もうッ……茶化していないで! 次が来るわ」
金髪と蒼髪の二人に鋭く言い放って、レイピアを構え直すルナフィス。
同じようなタイミングで肩を竦めて、そのまま闘気を高めて構え直す二人の男達。
前衛の剣士三人、体力的には追い込まれつつあったが、未だにその剣の鋭さと鋭気は失われてはいなかった。
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