161 / 165
第五章 姫君~琥珀の追憶・蒼穹の激情~
第三話 謁見
しおりを挟むアーク王国王立科学研究所の長にして王国最大の財閥を仕切る女会長、スレーム・リー・マクベインの案内に導かれ、ダーンとルナフィスの二人は、アーク王に謁見するためアーク王宮を訪れていた。
アーク王国の国王はリドル・アーサー・テロー・アーク。
即位して二十三年になり、その齢は四十三。
国内における発言力の強さは言うもがな、いくつもの同盟国に対する国際的な発言力も強力である。
世界最強と謳われる先進の理力科学を駆使した兵器、これを数多く配備する正規軍を擁した、世界最大の王国における最高権力者。
しかし近年、大規模な政治改革を自らが断行し、国民が選挙で選出した議員により構成される王国議会に国政権限の半分を譲渡し、急激ともいえる半民政化を推し進めている一面がある。
そのせいで、建国当時から数多の利権を抱えてきた王侯貴族の反感を買い、その一部が王国を離反。
それらの反勢力が結集し海を渡って、アーク大陸東に位置するアメリア大陸に一帝国を築かせるまでに至った。
今やアーク王国と、世界を二分するにまで急激な発展を遂げるアメリアゴート帝国。
アーク国王自身も、同帝国からの様々な示威行動に対処するべく、非常に多忙な毎日を送っているという。
「それにしても、そんなに凄い人がこうもあっさりと会ってくれるなんてね」
王宮の応接間に通されたルナフィスは、目の前のテーブルに置かれた茶菓子を興味深く眺めながらつぶやいた。
そのテーブルも、極厚の一枚板でできた高級品と思われるが、彼女は目の前の小さな茶菓子達に興味津々だった。
一口サイズの深い茶色な小粒は、芳醇な甘さと僅かな苦みを感じさせる香ばしさを漂わせている。
白い小皿にいくつか置かれた粒のうち、粒の表面に茶色いパウダーをまぶしたモノや、逆に白い粒もあって、彼女の視覚と嗅覚を誘うように刺激していた。
「たしかにな。てっきり明日以降になるかと思ったけど……こっち着いて早々に時間を設けてくれるとは……」
ダーンは不自然に言葉を切り、「これも、ステフのおかげなのか」という言葉が出かかったのを飲み込んでいた。
そんなダーンの浮かない顔を、眉根を寄せて見ながらルナフィスは机上の茶菓子の一つを口の中に放り込む。
すると――――!
「ん~~~ッ」
それまで眉間にしわを寄せていたルナフィスが、突然甘い声を抑えても抑えきれず鼻から抜けてしまったような反応をする。
ルナフィスの口腔内では、先ほどの茶菓子が口の中の熱で溶けて、彼女の舌全体をねっとりと甘いとろみが行き渡り、のどの奥にまで拡散していく。
ほろ苦く甘美な香りが、口腔からのどを通って鼻先にまで揺蕩い、その刺激に少女の乙女らしい何かを蕩けさせた。
「フフフ……チョコレートはお気に召しまして。ルナフィス様」
不意にかけられた声に視線を向ければ、部屋の片隅に控えていた女性が、ティーポットと白い陶器で出来たカップをのせたワゴンを押してこちらに近づいてきていた。
ルナフィスは口の中に広がった幸福の味覚を嚥下しつつ、女性の言葉を素直に肯定しようと首をコクコクと頷かせる。
そんなルナフィスの動きを見て、ダーンはニヤけそうになるのを必死に抑えていた。
ダーンにとっては、目の前の茶菓子チョコレートについては予備知識があった上、昔アルドナーグ邸にやってきたとある客人――――彼女が持ってきたソレを初めて口にした義妹の反応とルナフィスの反応がそっくりだったのだ。
当時、義妹は九つだったか……。
金髪のツインテールを揺らしながら、それまでぶっきらぼうに扱っていたその客人に対して、その瞬間から柔和になったのも思い出した。
「お口に合いまして幸いでした。姫様の大事なお客様ですから……。こちらは、イデア地方で採れた茶葉で入れたものです、どうぞ」
ティーポットからカップに空気を混ぜるように注いだ紅茶を、ルナフィスの前に置く女性。
女性にしては長身で、年齢は二十代半ばというところだろうか。
清楚な給仕係用のエプロンドレスに、静かな物腰、膝上のスカートから黒い極薄の生地で作られたストッキングに覆われた足がすらりと伸びている。
声の調子も、王宮の給仕係らしく、柔らかで優雅ささえ感じさせるものだ。
その顔も肌は白く、間違いなく美人の範疇に入る――――のだが……。
ルナフィスは紅茶のカップを差し出すため、少し腰をかがめたその女性の頭を見て疑問する。
――なぜに、猫耳?
黒に近い茶髪のロングボブ、その頭頂部には、給仕係用のカチューシャではなく、黒い毛並みの猫耳のようなものが左右二つ、カチューシャになって載っかっている。
ご丁寧に、耳の中の地肌を表現するように薄桃色のフェルトを使い、三角形の耳の頂点には、毛並みがささくれてツンツンしており、少し生意気な子猫風の耳だ。
「あの……えーと?」
ルナフィスがどうしてもその耳について我慢ができずに、問いかけようとしたところで、給仕係の女性はルナフィスの視線に気がつく。
「あ……、ああ。申し遅れました、私は姫様直属のメイド隊、《チェリー・キャッツ》の一人、カルディア・フォー・ディーゼルトと申します。仲間内ではよく名前を縮めてカルディ……」
「いや、そうじゃなくて」
カルディアの言葉を途中で遮って突っ込むように、ルナフィスは彼女の奇妙なカチューシャを指示する。
「フフフ……冗談です。コレは姫様が我々への嫌がらせにかぶらせているのですよー。どうせ猫をかぶるなら様式美にこだわれだとか、もうご無体を通り越して単なるガキの嫌がらせみたいなコト言い出しまして……」
「今、ガキって言わなかった? カルディー……」
応接間のドアが開き、少々ドスがきいた少女の声が室内に飛び込み、その後に声の主が入室する。
白を基調とした絹製のワンピース姿に、丁寧に梳かした蒼い髪が、金細工でこしらえたバレッタで軽く止められて背中に下ろされている。
豊かな胸元には、《神器》ソルブライトが宿る桜色の宝石をはめ込んだプラチナのペンダントが、窓から差す陽光を微かに反射していた。
この国の第一王女、ステファニー・ティファ・メレイ・アークである。
「あらぁ……そんなことないですよー。ねえ、ルナフィス様」
「私にふられても……」
「あ、そちらの方も、よかったらどうぞ」
そう言って、カルディアはダーンの前にカップとソーサー、そしてティーポットをそのまま置いて、ステファニーに一礼し控えの方に下がっていく。
――なんか……随分扱いに違いがないか?
なんとなくぞんざいに扱われたようで、釈然としないまま、ダーンは自分でカップに紅茶を注いだ。
入ってきたステファニーの方には、逃げるように視線をそらして……。
部屋に入ったステファニーも、ダーンの方を盗み見るように覗っては視線をすぐに外し、微かなため息を漏らす。
そして、ルナフィスにもう一つため息のようなものが念として伝わってくる。
それは、《神器》ソルブライトの漏らしたため息であった。
「はあ……それで? アンタが来たってコトはここからもう移動するの?」
ステファニー達の微妙な空気に、ルナフィスも思わず切ないため息が漏れた。
せっかく茶菓子のおかげで甘い気持ちになっていたのに……。
まあ、彼女たちの問題も気がかりだが……。
まずはダーンのアークに来た目的の一つ、アーク国王リドルへの謁見と、ルナフィス自身がやらねばならないケジメについて、さっさと終わらせてしまおうとルナフィスは席を立とうとする。
「あ、ルナフィス……移動はしないわよ」
立ち上がろうとしたルナフィスを手で制し、ステファニーは自分が入ってきた出入り口の方に向き直る。
「ああ、すまないな。少々事情があって、この場で済ませてもらうぞ二人とも」
ステファニーの視線の先、廊下の方から妙に独特の存在感がある男声の中低音。
赤い絹服をまとった男が無造作に室内に入ってきた。
背丈にして、通常のアーク国民としては高い方だろうが、一九〇セグ・メライ(センチ・メートル)を超えるダーンからすれば大した長身ではない。
それなのに、ダーンはその男から見かけ以上の『大きさ』を肌で感じていた。
それは、アーク王女であると知った今でさえ、ステファニーに対してほとんど話し方や態度を変えないルナフィスにとっても同様だった。
黒い短髪に黄色人種系の肌、口ひげを生やしたその男は、座っていた椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったダーンとルナフィスを漆黒の瞳で一瞥する。
「……俺が、リドルだ。リドル・アーサー・テロー・アーク、この国の国王をしている。まあ、立ち話もなんだ、掛けるといい……」
リドルはニヤリと笑って、ダーンとルナフィスに腰掛けるよう勧めると、上座の椅子へと歩いて行く。
その姿を呆然と視線で追うダーンとルナフィスは、完全に彼の放つ気配にあてられていた。
リドルがこちらを見て笑った瞬間に、胸の奥がざわめくのを感じていたのだ。
その圧倒的なまでの存在感は、彼が絶大な権力を持つ大国の王であるからだけではない。
――なんなのだ? この存在感は。
別に相手は武器を所持しているわけでも、絶大な闘気を発しているわけでもないし、殺気も感じない。
リドルは、ただこちらを見て笑いかけただけだったが、唯一、こちらが何者なのかという怪訝に探る色が混じった視線だった。
ダーンはすでに気がついていた。
目の前の絹服の男リドルが、先ほどこの王宮の最上階の窓辺にいた者だと。
さらに――――
この男が単なる国王というだけの存在ではないということを、これまで鍛え上げてきた剣士としての感覚が本能的に警鐘を鳴らしているのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる