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序章 朴念仁を取り巻く環境~宮廷司祭と駄目男~
第六話 駄目男の真実1
しおりを挟む私の前、洗い場と湯船の間に《駄目男》が大の字に寝ている。
いや、寝ているというのは正しい表現では無い。
白目をむいて情けなく伸びているというのが正しかった。
その《駄目男》の周囲には風呂桶の残骸である木片が散乱している。
風呂桶に意思でもあれば、「解せぬぅ」とでも言いたいところだろう。
本来の使い方以外で破壊された上に、今際の際がこのような《駄目男》を撲滅することに利用されたなんて。
後でゴミとして木片を片付ける際に、信仰術で供養してあげよう。
あ、もちろん同時に汚れを浄化しておこう……《駄目男》が街に伝染しないように。
「《駄目男》のせいでストレスを感じたときは、やっぱりゆっくりとお風呂に入るのが効果的ね」
誰もいないのに、わざわざ大きめの声を出して言ってしまったのは、そして胸の奥に小さな痛みを覚えたのは何故だろう。
《駄目男》に自ら天誅を下した後、再び胸元までお湯に浸かって、しばらく時間が経過していた。
温かいお湯に暖められて、体は良いように火照っている。
しかし、先ほどまでは別の意味で体がほんの少し火照っていたことは、そこに惨めに倒れている《駄目男》には内緒だ。
「ふう……」
《駄目男》に天誅を下してから一人、もう何度溜め息をついたことか。
そこの《駄目男》とはもう三年の付き合いになる。
その時、ちょっとした事件があって彼と知り合い、あっという間に恋に焦がれて、こちらから交際を求めた。
三年前から、この《駄目男》はスケベで馬鹿だった。
もうどうしようも無く無節操に《駄目男》だった。
一緒に町を歩いていても、胸の大きい美人女性を見かけるや、すぐに鼻の下を伸ばす。
さっきだって、傭兵隊の女弓兵――胸は私より大きかった……のスカートがめくれた際も下着に視線を走らせて、なんか盛り上がっていた。
私のことは完全に子供扱い。
そのくせ、私が隙を見せると、背後から容赦なく体をいろいろと触ってきて、セクハラの帝王だ。
そんなに私の身体に魅力がないなら、わざわざ触りにくるなっていうのよ!
またイライラしてきたので、思いっきり顔を湯船の中で洗い流すと……。
ふと両手で湯をすくってのぞき込めば、情けない自分の表情が揺れて映った。
そのせいか、少しだけ冷静になりかける。
そうなのだ――彼は私だけの《駄目男》であり続けていた。
ナスカは、長身だし傭兵で鍛え上げて身の締まった身体をしている上、はっきり言って整った精悍な顔つきだ。
要するに、好青年である。
実は、宮廷内の淑女達にも人気の男で、王宮内で私はかなり羨ましがられていた。
実際、私とつきあい始めた後も、何回か別の女性、しかも巨乳美人――ああ、ムカツク……が言い寄ってきているのを見かけたり、美人が恋文を彼に差し出したという情報も聞いたりしている。
そして、王宮に度々流れる噂話――
――ナスカがまた美人の誘いを断った。
私は宮廷司祭の立場にある。
デウス・ラー教会は、司祭や修道士の男女交際を認めてはいた。
だが宮廷司祭の立場にある者は姦淫を認められないのが、アテネ王宮教会で暗黙の了解事項となっている。
したがって、私達宮廷司祭は若い者が多く、結婚の適齢期になると宮廷司祭の立場を返上していくのだ。
下世話な言い方だが、手出しができない年下の女に、三年以上も付き合って、一度も他に浮いた話の無い男。
見た目の性格とは裏腹に、王宮内の女性陣は、ナスカを本当は誠実な男と捉えていた。
「……馬鹿な男。《神龍の血脈》だから危なっかしいし。…………私から捨ててあげたら、どうなるんだろ?」
口にしてしまって、また溜め息、その原因は……。
――《神龍の血脈》
それは、二十三年前の戦争に起因する。
その戦争の名は《魔竜戦争》。
私達が知りうる限りでは、人類が初めて経験した人ならざる者と死闘を繰り返した戦争。
元々、この世界には、人類とは異なる種の知性を持った生命体が存在していた。
そういった種族と人類は、住む領域に関わる問題などで、度々小規模の衝突はあったが、この戦争はそういった小競り合いとは全く異質だった。
この世界とは別の世界から、組織的に侵攻してきた超高度生命体。
《魔竜》
高度な知性と、強大な体躯、そして絶大な戦闘能力を持つドラゴンの総称。
彼らは、彼らの住む世界《竜界》からこの世界への《穴》を穿ち、こちらに征服を目的として突如攻め込んできた。
当時の世界は、長きにわたり繰り広げられてきた各国間の戦闘により、国境という見えないラインで大まかにその領地を区切り、交易と交渉などが行われてようやく安定と繁栄を始めていた。
先進国家と呼ばれる国々では、国民生活への《理力器》利用が活発化し、国家間の通信技術も発達し始めていたが、そこに投げ込まれた《魔竜軍》という混乱。
魔竜達の圧倒的な戦力と、各先進国家への同時侵攻により世界は攪乱・蹂躙され、魔竜の侵攻からわずか四ヶ月で人類は滅亡の危機にまで瀕した。
そんな最中、混乱する世界各国との情報流通を回復させ、各国軍隊をまとめ上げて一大反抗作戦を展開した国家があった。
それが、当時、そして現在に至るまで、最も高度な文明力を誇っている《アーク王国》である。
戦争末期、アーク王国は、魔竜に対抗できる強力な兵器を開発し、各戦線に投入、さらに各国との連携を保って魔竜軍の優勢を覆し、二年に及ぶこの戦争を人類の勝利へと導いた。
しかし、人類が魔竜に勝利できた要因はこんな表向きのものだけではない。
世界各国の軍隊がアーク王国主導のもと反攻作戦を展開する影で、各国とアーク王国との連携の足がかりを築き、魔竜軍の主要な軍師や幹部を次々と撃破した者たち。
《閃光の王》
《蒼の聖女》
《稲妻の姫君》
《竜殺修士》
この《四英雄》と呼ばれ、ほとんどの人々が知ることもなく、公式記録や歴史書にも記載されなかった英雄達は、魔竜達の中でも《魔力》を所有した者達との闘いを主とした。
竜の巨体以上に厄介な力を持つそれらに対抗するため、彼ら四英雄はある存在との《契約》を行うことでその力を得ている。
その《ある存在》こそ、《神龍》と呼ばれる、魔竜達とは異なる種族、異なる世界、異なる理に属した太古の神々たる龍達だった。
契約した四英雄はそれぞれ
《閃光の王》は《熾龍・アーサー》
《蒼の聖女》は《蒼龍・ラムール》
《稲妻の姫君》は《金龍・ファース》
《竜殺修士》は《白龍・カルド》
と霊的な融合を行い、その結果、人の域を超える肉体と装備、神がかり的な力を得たという。
祖母のスレーム・リー・マクベインが、四英雄と行動を共にしていたことで、私もこの情報を知っているのだが、目の前の《駄目男》も関係者の一人だ。
ナスカは、四英雄のリーダー格《竜殺修士》レビン・カルド・アルドナーグと《稲妻の姫君》ミリュウ・ファース・ウル・レアンの間にできた第一子だった。
《神龍の血脈》とは、神龍と融合した人間の子孫を表す言葉で、この《駄目男》の場合は、両親に神龍を持つ神龍の血が濃い人間である。
特に《白龍・カルド》は当時現存した神龍中最強の神龍と言われ、その龍闘気は触れるものすべてを爆発的に破壊したとも言われている。
ちなみに《駄目男》には一人、非常に優秀な妹がいる。
当然彼の妹も《神龍の血脈》となるが、祖母曰く、「彼女は優秀すぎるから何の心配もいらない、と言うより《神龍の血脈》であることが無意味と霞むほど超絶的に優秀」なのだそうだ。
《駄目男》は(超絶的に馬鹿で駄目男の上スケベだが)妹ほど優秀では無い。
二柱の神龍の内白龍の方の血が濃いらしく、先天的に爆発的な龍闘気を持っているため、とても危うい存在……というのが、祖母と私の見解だった。
「私と別れたら……自由気ままに、巨乳美人をとっかえひっかえのバラ色人生かもね?」
《駄目男》を見ずに湯気に白くぼやけた天井を見上げて、口の中で呟く。
誰にも聞かれない、《駄目男》が気を失っていて、さらにひとり言にしても、か細い小さな声で口にしたのに、何故か背筋が凍り付いた。
一瞬でも、《駄目男》が、巨乳美人のムカツク理不尽な脂肪の塊に顔を埋めて、満ち足りた顔をした情景を思い浮かべてしまったのだ。
すぐさま頭の中で、緩んだ笑顔の《駄目男》をキッチリと『邪鬼払いの鞭』でズバン! と瞬殺。
「それとも自棄になって龍闘気全開で焼け死んじゃうかな」
どちらも私が駄目になりそう。
深い溜め息しか出なかった。
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