超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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序章  朴念仁を取り巻く環境~宮廷司祭と駄目男~

第十話  聖女、駄目男に猛毒を与える

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 ナスカは生まれてこの方、最も緊張した状態というものを味わっていた。

 ゆっくりと振り向き、閉じていた目蓋まぶたを開くナスカの眼前に――――


 意地悪な顔をしたホーチィニが白いワンピースの水着姿で立っていた。


「この嘘つき聖女」

 人生最大の敗北感を味わい、がっくりと両膝をつきうなだれるナスカ。

 その頭を手で優しく撫でて、ホーチィニには本当に楽しそうに微笑んだ。

「はい、楽しかったわ。検査もできたし、ナスカのこと虐められたし。――でも、さっき脱衣所でこの水着に着替えたから、一瞬だけど本当に裸にはなったの。すっごく恥ずかしかった」

「嬉しくねぇよ……」

「えへへ……。ま、とにかく、私は水着のままだけどナスカ、さっさと脱ぎなさい」

「は?」

 いきなりの脱衣要求に、ナスカは素っ頓狂な声を上げてしまった。

――なぜに、今このタイミングで服を脱がなきゃならんのか? 

「さっき言ったでしょ。背中を流すんだから……訓練の後汗流してないでしょ貴方。汗臭いままキッチンの私に抱きついてきたら、本気で肘打ちをお見舞いしちゃうもの」

「いや、いつもの肘打ちも、思いっきり鳩尾みぞおちにめりこんでんだけども……」

「いいから、脱ぎなさい。成り行きとかついでとか、色々言い訳みたいだけど、せっかくだしたまにはい思いさせてあげる」

「恥ずかしくないのかよ?」

「別に今更貴方の裸見ても何ともないけど、まあタオルくらいは巻いてね」

  自分の髪をまとめ上げていたタオルを取ると、それをナスカの方に差し出しつつそっぽを向くホーチィニ。
 その顔はナスカからうかがえなかったが……彼女は耳まで真っ赤になっていた。



      ☆



 木製の風呂椅子に腰掛け、背後から暖かな湯を掛けられながら、ナスカは今更になって思い至っていた。


――ホントにいいのかこの状況……教会の女湯だぞココ。


 腰にタオルを巻いただけで一糸まとわぬ姿のナスカと、彼の背で膝立ちになりながら石けんを泡立てている水着姿のホーチィニ。

 この二人以外、この浴場には誰もいない。

 ナスカは、ホーチィニがこの浴場を色々と理由つけて貸し切りにしているだろうとは考えていたが……。

 こんな状況を他人に知られれば、投獄されかねないだろう。

「なんだか静かね。……その、緊張してるの?」

 悪戯っぽい声が背後から聞こえてくる。

 何か悪態を言い返さねばと考えたところで、背中に柔らかな感触が伝わってきた。

「あ……のさ……普通、手ぬぐいとかスポンジとかでやらないか? 何で手で直に……」

 言葉を詰まらせがちなナスカの背中を、ホーチィニの両手が弧を描いて石けんの泡が広がっていく。

 石けんの香料がナスカの鼻腔に広がり、彼の脳を色々と飽和ほうわさせつつあった。

「だって、私が使っていたタオルは貴方の腰に巻かれてるし、あと使えるとしたらこの水着くらいだけど脱ぐのは嫌だもの。……もしかして着たまま使うとか高度な要求を?」

「オレをどこまでの変態と考えてるんだよッ」

「でも……今ちょっと期待したり想像したりでしょ。私が泡だらけになって貴方の背中に密着してこすり合わせるところ」

「それを言葉にするお前が破廉恥はれんちすぎだッ。なんかオレの方がマトモじゃねーか」

「ふぅん……口先だけは真面目マトモなのね。ああ、言い忘れていたけど、そのテントになっちゃったタオルはそのまま持ち帰ってね。貴方の本性が伝染すると大変だから」

「こっ……この状況で生理現象を抑えられるか。つーか、あんまり見るなッ」

「目がつぶれるの?」

「この~ッ」

「たまにチュウするだけでそんな風になってるけど、なんかの病気? 悪くなる前に切り取っちゃえば?」

 内心、「ヤベッいつも気づいていたのか」と焦るナスカだったが、なんとか期を持ち直す。

「びょ、病気じゃねえよ! あ……あれは……そのだな、お前が何度も迫ってくるから……その、盛り上がった結果というか……いっ、痛いって、おいッ、爪、爪ッ」

「ふんッ。こっちは純粋に気持ちを確かめ合いたくてチュウしてあげたのに、あんな風に劣情を催すなんて最低ね」

 ナスカの両肩に爪を立てながらホーチィニは熱くなりかけている息を悪態とともに吐き出す。

 何となく拗ね始めた彼の背中を眺め、とにかく深呼吸。



――とにかく、あっちの方はあまり見ないようにして……。

 意識していることとか、妙に体が火照っているだとか、その他諸々気付かれないように。

 いや、そうじゃなくって! 
 まさに今、この時この瞬間、私はこの目の前の《駄目男》ばかに思いっきり幻滅しているのだ。

 そうだ、そうに決まっている。



 そんな風に自己暗示状態のホーチィニは、ふと指先が彼の右肩から袈裟に走る古い傷跡に触れていることに気付いた。

 三年前、彼が後ろから切りつけられたものだった。

 その時、彼女はこの傷の裏側にいた。



――迫る白刃を前に身動きできなかった未熟な私は、その前に割り込んで血しぶきを上げていた茶髪の剣士の笑顔を見ていた。

 顔に掛かった赤い血の熱さと鉄の匂い。

 混濁する意識で見た風景は、吹き上がる血が白金に燃えて……いくつも大きな爆発を起こして目の前の剣士以外が砕け散って……最後に――――



「ばか。……バカバカバカ」

 過去の記憶、その映像が頭の中に微かに映し出されて――それを打ち消すように、ホーチィニはナスカの背中をごしごしと強くこすりだした。

「なんだよ、急に」

「別に……あんまりにも品のない会話してる自分に落胆してるだけ。ああ……私ってこんなにけがれてしまったんだなぁ……ってね」

「ほう? オレのせいか、その言い方は」

「他の要因があったのなら是非とも教えてほしいわ。その時貴方は主神すら越える全能を手にしているでしょうね」

「はいはい、オレのせいでありますよ。ホントはもっとけがしてやりたいんだがな。……それこそ一生に一度の傷をつけてやってな。だが、主神のじいさんに免じてお前が司祭の内は勘弁してやってんだ。今度主神からお礼の言葉を頂戴しとけよ」

「なんだって、そんなにお下劣げれつな言葉しか言えないのかしら」

「口を開けば自然と出る言葉だから、理由なんざないね」

「それじゃあ……口を塞げばいいのね」

 ホーチィニはナスカの右肩から顔を覗かせ、その気配を感じたナスカがこちらを振り向くと、その動きを待ち構えていたように――唇を重ねる。

「……いきなりかよ」

「今度は――猛毒入りよ、だから私だけを……」


 最後は言葉にならなかった。

 再び重ねられた唇、交わされる息づかいと舌が絡み合う淫靡いんびな感触に陶酔とうすいしていく。

 お互いに腕を相手に絡めて、いつの間にかナスカが膝上にホーチィニを抱きかかえていた。

 呼吸が苦しくなるほどの長くて激しい口づけが終わり、お互い泡だらけで口元からは粘った唾液が糸を引いている。

「……やっとチュウできた」

 およそ十七歳の少女のものとは思えないほどに、つやっぽく上気した微笑を浮かべ、ホーチィニは本音を漏らす。

「たかが口づけ一つするのにも難しいな……お前は。素直にびればいいじゃねーか」

「そんなのつまらない」

「そういうもんか? にしても、今更だけどこんなところで抱き合ってるのまずいんじゃねーか、流石に」

「あと少しだけ時間が有るわ。だから……ね。ちゃんとお風呂入って、暖まってから帰ろうよ」

 そう言って、ホーチィニはナスカから離れると、湯船の方に一人で歩き始める。
 ふと彼女は自分が着ている水着を見ると、ものの見事に泡だらけだった。

「……やっぱり、これじゃあ脱ぐしかないね。ナスカ、大サービスで本当に裸になるからこっち見ないでね。その……恥ずかしいから、本当にお願い、約束よ」

 ホーチィニは、湯船の前で泡だらけになってしまった水着を脱ぎ、急いでお湯に入る。

「見せなきゃサービスにはならないんじゃないかなぁ……」

 小さく愚痴ぐちりながらも、ホーチィニの姿を視界から外すようにそっぽを向くナスカ。

 そして、彼は少し冷え始めた桶の湯を一気にかぶるのだった。

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