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第一章  王国軍大佐~超火力で華麗に変態吸血鬼を撃つ~

第六話  彼女の高揚と船長の嘆き

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 飛行船《レイナー号》のブリッジ、その前方上空を右肩上がりに走った蒼い閃光の眩しさに、初老の船長が目を細めていた。

 その閃光の直後に、ブリッジ……いや、船全体が小刻みに揺さぶられるような衝撃が走る。

 前方を通過した絶大な破壊力を孕む閃光、その弾道周辺に生じたソニックウェーブがこの船体を叩いたのだ。

 無論、この程度の衝撃で破損するほどヤワな船体ではないが――

 
 彼の耳に、人々のけんそうが飛び込んできており、船長という立場でなければ、その場で頭を抱えているところだが、ここで乗務員の不安をあおるわけにはいかない。

 かつて、絶望的な戦況にある中、いくつもの苦難を知恵と勇気で乗り越えてきたのだ。

 その自負を持って、決して揺らがない冷静な表情を維持しようとする。

 一瞬蒼く照らされたブリッジでは、乗客からの問い合わせが殺到していた。

 その内容は、船外で連続して巻き起こった異常事態、特に、いくつもの巨大な爆発に対するものだったが……。

 当船就航以来、これほど乗客から問い合わせが殺到したことなどない。

 船内交信機はひっきりなしに呼び出し音が鳴り響き、乗務員はその対応に追われていた。

 さらに、たった今上空に掠めた閃光のせいで、交信機で乗客に柔らかな口調で対応していた一人の若い女性乗務員が、いきなり奇声をあげヒステリーを起こしている。

 船長は、ついヒクついてしまった自分のこめかみ部分を軽く指先で押さえた。

 その白い手袋の先に、額に浮いてしまった汗がしみこんでいく。



 この度、《大佐殿》の乗船を許可し、その護身用としての武器を、秘密裏に船内へ積むことも了承したのは自分自身だ。

 出航前、彼女と会った瞬間――
 かつての戦争で一海兵だった頃、共に海を渡りながら、魔竜達との戦いの日々を過ごした彼女の父親を思い出した。

 その父親たる男の傍らにいつもいた、咲き誇る華のように美しい女性のことも。

 《大佐殿》の姿は、まさに戦場の女神と謳われたあの女性の生き写しだ。

 そして、その彼女が外のきようと勇ましく戦うと言った決意に、としも無く胸を焦がしていたのだが……。


 現在巻き起こっている乗客の不安は、この戦闘が終結すれば何とかなるだろう。

 事態が沈静化した後、乗客に対しこう説明すればいい。

 『偶然乗り合わせていた王国軍大佐が、その身を犠牲にする覚悟で単身敵と向き合い、結果勝利してこの船を守ってくれた』……と。
 
 さすれば、今巻き起こっている危機への恐怖は、一人の英雄の勇気をたたえる歓喜へと変わる。

 しかし――ここは同盟国とはいえ国外、アテネ王国の領土内だ。

 本船は国を代表する豪華客船であり、アーク王国とアテネ王国が協力して就航しているとはいえ、やはり一般の客船である。

 その客船がハイジャック犯を撃退するために、その貨物室に積んでいたことさえ理不尽な超高性能理力爆弾……それも一発で駆逐艦くらいなら沈めさせそうなヤツを何発も爆発させた。

 極めつけに、個人携行が可能な対艦狙撃砲……それも戦艦を三隻ぐらい貫通しそうなヤツをぶっ放した……他国の領土内においてだ。

 これで国際問題にならないのだったら、それは一体どんなファンタジーですか?
 この老いぼれにも解るように誰か教えてくれ。

 冷静に徹しようとしていたものの、結局半ば混乱しかけてしまった船長は、落ち着くためにゆっくりと深呼吸。


 ふと、アークを出港する前の王立科学研究所長とのやりとりを思い出す。

 彼女は言っていた。


『貨物室の《アレ》は護身用ですが、私が用意したものですから、解っているでしょうがあまり使わない方が良いと思いますよ。
 まあ、あの子も、私の用意したものであることの意味を解っているでしょう。
 万が一必要な事態になったとして、使ってもせいぜい一個か二個――ただ、ちょっと茶目っ気とか勢いとかついちゃうと、三個目とか四個目に手を出すかもしれませんが……』


――全部使ってますけどねぇ! ええ、もう、ホントに盛大にッ。

 最後の方なんか十二個同時爆破とか平然と……。

 とどめに、私も知らされていなかった、戦艦の主砲クラスをぶっ放していましたが……ええ、しかもこちらの船体掠めるくらいにズドン! と。

 いつの間にか目幅の涙を流しつつ、両手を肩の辺りまで上げて、なにやらワキワキと宙を揉む船長。

 その船長席のサイドテーブルに、涙ぐんだ副長が黙って、先ほど気を利かし煎れておいた熱い紅茶の入ったカップを置いていた。




      ☆




 対艦狙撃砲を撃った姿勢のまま、《大佐殿》は、自分が放ったものの威力について、ようやく冷静になって考えることが出来るようになっていた。

 愛用の《衝撃銃》の試作品ということで、アークを旅立つ前に、王立科学研究所長から渡された対艦狙撃砲だったが、予想以上の威力だ。

 エネルギー衝撃波の収束率がもう少し甘かったら……今の射撃線だとレイナー号のブリッジを破壊していたかもしれない。


――ああ……うん。大丈夫、大丈夫……。

 あたしも開発段階で理論設計したんだし、元々、エネルギーカートリッジの全エネルギーを解放し、一発に収束して放つことを目的に開発したヤツだから……。

 その……収束率は完璧で、大気の影響で威力が拡散したりとか、たまたま運悪く拡散したエネルギーが、あのブリッジにクリティカルヒットとか…………。

 ええ、そうよ。
 考えなかったわけじゃ無くて、あり得ないと信じてただけよ…………。

 そう考え至って、何となく気まずそうな汗を頬に伝わらせつつ、立ち上がって《衝撃銃》本体から対艦狙撃砲のパーツを外し始める。

 一度きりの使用という設計だったため、パーツに組み込まれた専用エネルギーカートリッジは空になっている。
 砲身も若干焦げ付いた上に細かいひびが入って、すでに使用不能だ。

 それでも、あの威力を携行できるのなら、使い捨ての追加武装として実用的だろう。


――何より、あの威力と撃ったときの感覚が素敵ッ!


 胸のところに手を当てて、ちょっと高鳴った鼓動に口元を緩めてしまう。

――って、いけない、いけない。あたしってば、ちょっと不謹慎。ああもうッ、きっとあのスレームに射撃を習ったのがいけないんだ。

 《大佐殿》は、開け放った潜水艇のハッチに、外したパーツを投げ込み、《衝撃銃》本体を、スカートの中、右大腿部に着けたホルスターに納める。

 そして、ハッチのそばに置いてあった茶色い革製の背負いバックと、薄手の麻生地で着れば膝下までの丈がある草色のそでがいとうを取り出した。

――目的地も近いことだし……取り敢えず、周辺の調査をしておこう。

 手にした草色の外套を羽織って、バックを左肩にベルトを掛けて中途半端に背負うと、湖の南側に広がる森林へと視線を移す。

 月明かりに照らされているものの、夜の林の深い緑は不気味だった。

 その緑を縦断して、最近人の行き来があったと思われる、短い下草の茂った細いあぜ道が延びている。

 ふと、《レイナー号》に乗船する際に顔合わせした、あの渋い感じのする船長の無骨な表情を思い出す。

 さっきの対艦狙撃砲のことは、彼には伝えていなかったはずだ。

 彼は軍属ではないため、アーク王国王国軍でも試作段階のこの銃の存在を教えるわけにはいかなかった。

 それ故、ブリッジ前を掠めた一撃に対して、色々と聞きたいこともあるだろうが――

 目をつぶって、若干恥をかみ殺すような表情をした《大佐殿》は、脳内で「べっ、別に……今すぐ船に帰るのが気まずいとか、そういうの、全然ないんだからねっ」とあの船長に言い放ち、潜水艇から砂浜へと降り立った。


 銀の月明かりがとても綺麗な夜。


――あの夜と同じだ……。

 柔らかな笑顔を浮かべ、その身に月の清廉な光を浴びつつ深呼吸。

 湖の湿気を押し出すように、森林の方から清々しい夜風が吹き込んで、彼女の髪を軽く舞わせる。



 乱れかけたその髪を右手で抑えて、外套のフードをかぶると――蒼い髪の少女はアテネの大地を踏み出し始めた。

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