47 / 165
第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第二十話 異界の神~赤い髪の悪魔~
しおりを挟む銀髪の少女は感じていた。
湖面に口を開けた洞窟の中、先ほどまで清涼だった空気が、あっという間に嫌みなものに変わってしまったと――――
軽い昼食を摂った後、人狼の身体が回復するのを待っていて、そろそろ午後三時頃になろうかという頃だった。
その女は銀髪の少女がやったように、湖面の上を歩いてこの洞窟に侵入してきた。
「何の用かしら?」
赤みのかかった銀髪を掻き払いながら、ルナフィスはその女に向け棘のある声色で問う。
「依頼人がわざわざ会いに来たというのに、無愛想なことね」
言葉とは裏腹に、女は口紅を厚く塗った口の端を冷ややかにつり上げている。
まるで、ルナフィス達を見下すように……。
「アンタの依頼を受けたのは、兄様でしょう? 私は単なるバックアップよ」
「ウフフ……相変わらず元気のいいことで何より。あの吸血鬼の男よりも、貴女の方がだんぜん私の好みだわぁ」
「やめて……ゾッとするわッ」
「あらあらん……そういうところもゾクゾクしちゃう」
女は扇情的なその身体を両手で抱き、蠱惑的にその身をくねらせては、舐めるような視線でルナフィスを見つめた。
紫色の瞳から来るその視線に、生理的なおぞましさを感じながら、ルナフィスは毅然とした態度を維持し、
「用件を」
短く再度問いかける。
「随分と苦戦しているようだから、追加の戦力補給をと思ってね。目標の女もさることながら、どうやら面倒な横やりが入りそうじゃない?」
微かに嫌みを含んだ女の言葉に、奥歯をギリッと噛みしめて耐えるルナフィス。
その視界に映るその女の髪は、緩やかな深紅の波をつくり、腰元まで伸びていた。
見た目は普通の成人女性であったが、その肌は冷たい印象を与えるほどに白く、深紅の髪は毒々しさすら感じた。
その女は人間ではない。
さらに、魔竜が魔力によって人の身体を得た《魔竜人》とも違った。
その正体は、魔竜達が人の世界に侵攻した際に力を貸したという異界の神たる存在の一柱。
禍々しい強大な魔力をもつ存在――魔竜達が影で《悪魔》と囁く存在だった。
「戦力の補給とは?」
ルナフィスが黙っている後ろから、人狼のディンが尋ねると、赤い髪の女はパチンッと指を鳴らす。
すると、ルナフィス達の前に禍々しい気配を放つ投擲用の小さな矢が三本、虚空に浮いて現れた。
「こんな玩具でなにをしろというのよ」
声にさらなる嫌悪を込め問いただすルナフィスに、赤い髪の女はのどを鳴らして含み笑う。
「クックク……その小さな矢には、あなた達ではとても編むことの適わない複雑で芸術的な魔法が込められているのよ。それを受けた生物は、たとえ自由に動くことの出来ない植物であっても、人間共を襲う強力な魔物へと姿を変える」
「…………悪趣味な玩具ね」
別に人間達が襲われようと、《魔竜人》たる自分には関係ないはずだが、ルナフィスは吐き気を催すほどの不快さを感じてしまう。
「褒め言葉と承っておくわ。この前あなた達に渡した金属兵とは、比較にならないほど柔軟に人間を襲うし、戦力としてもかなりのものだけど、唯一難点なのは、人間を襲うという本能のみを持ち、制御が効かないことね。
まあ、あなた達《魔》の因子を持つ者を襲うほど悪食ではないから、心配しないで頂戴な」
「お気遣いどうも……明確な嫌みと受け取っておくわ」
「ウフフッ……それからぁ、目標の女だけどぉ……いつになったら私のところに連れてきてくれるのかなァ?」
「……アンタが依頼人でも、そのバックは人間達の国じゃなかったの? アンタに手渡すより、そっちの方に渡す方が私としては気が楽なんだけど」
「あらあら……バカね。あの女の本当の価値は、人間なんかには理解できないものよぉ。だから、私のところにお届けして頂戴。……もちろん無傷でね」
赤髪の女の言葉に、一瞬目を丸くしたルナフィスだったが、軽く舌打ちをして、
「そういうことなら……元々気乗りしない依頼だったし、私は降りたいんだけど」
ウンザリといった感じで言い放ち、女から背を向けた。
「まあ……素っ気ないこというのね。お兄さんの仇をとらなくてもいいの?」
「別に……私にそういう感情は無いから」
なるべく冷たい声で答えながら、ルナフィスは両の拳を握りしめる。
「昔の記憶が無いからかしら?」
「……ッ」
声には出さなかったが、ルナフィスの心臓が大きく跳ね踊り、血流の温度が急速に上昇するのを自己認識していた。
「あらぁ……図星ちゃんっ……あははははッ」
「貴様ッ」
ルナフィスは緋色の瞳に怒りを灯し、腰に提げていた銀のレイピアを一気に抜き放つ。
「ルナフィス様、いけません!」
抜剣したレイピアを構えて、赤髪の女に突きかかろうとするルナフィスの身体を抱き留め、人狼が慌てて制止する。
「クッ……離しなさいッ」
「なりません」
激昂してなおも剣を構え、人狼の太い腕から必死に逃れようともがく銀髪の少女。
その姿を愉快に瞳を細めて見つめる悪魔の女……その口から、ゆっくりと次の言葉が発せられる。
「私が貴女の記憶を蘇らせてあげようか?」
その言葉に、沸騰しかけた血流が一気に冷めていく……ルナフィスは、口の中で「なんですって……」と微かに呟いた。
少女のその呟きを耳にし、彼女の身体を抱きかかえ制止していたディンの表情が苦々しくなる。
「貴女が記憶を失ったのは、魔竜から人の身体を得たときでしょう。お兄さんのように、私と同じ《魔》の将から魔力を得たのならともかく、貴女はお兄さんから《魔》の洗礼を受けてその身体になったんだったわねぇ確か」
「なんでアンタがそれを知ってるのよ」
激昂から冷め、おとなしくなったルナフィスの身体を、人狼がゆっくりと離し、彼女は自由になった左手で赤髪の女を指さし詰問する。
「以前、お兄さんに聞いちゃった。
それで、その洗礼が不完全だったことが、貴女の記憶喪失の原因。ならば……《魔》の洗礼を知り尽くした私達なら、その問題も簡単にクリアできちゃうってワケ」
「兄様以外でも……私の記憶を戻せる……」
わなわなと震えて地面を見つめるルナフィスは、思わず右手に持っていたレイピアを落としてしまう。
その姿に、赤髪の女は陰湿な笑みでその顔を歪めた。
「今回のお仕事の報酬……貴女の望みを叶えてあげましょう、ルナフィス・デルマイーユ。だから、悠長なコトしてないで人間の小娘一人くらい、サッサとかっさらってきてね」
そう言い残し、赤髪の女は赤い煙となってその場から姿を消した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる