超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第二十話  異界の神~赤い髪の悪魔~

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 銀髪の少女は感じていた。

 湖面に口を開けた洞窟の中、先ほどまで清涼だった空気が、あっという間に嫌みなものに変わってしまったと――――

 軽い昼食を摂った後、人狼の身体が回復するのを待っていて、そろそろ午後三時頃になろうかという頃だった。

 その女は銀髪の少女がやったように、湖面の上を歩いてこの洞窟に侵入してきた。

「何の用かしら?」

 赤みのかかった銀髪を掻き払いながら、ルナフィスはその女に向けとげのある声色で問う。

「依頼人がわざわざ会いに来たというのに、無愛想なことね」

 言葉とは裏腹に、女は口紅を厚く塗った口の端を冷ややかにつり上げている。
 まるで、ルナフィス達を見下すように……。

「アンタの依頼を受けたのは、兄様でしょう? 私は単なるバックアップよ」

「ウフフ……相変わらず元気のいいことで何より。あの吸血鬼の男よりも、貴女あなたの方がだんぜん私の好みだわぁ」

「やめて……ゾッとするわッ」

「あらあらん……そういうところもゾクゾクしちゃう」

 女は扇情的なその身体を両手で抱き、蠱惑的にその身をくねらせては、舐めるような視線でルナフィスを見つめた。

 紫色の瞳から来るその視線に、生理的なおぞましさを感じながら、ルナフィスはぜんとした態度を維持し、

「用件を」

短く再度問いかける。

「随分と苦戦しているようだから、追加の戦力補給をと思ってね。目標の女もさることながら、どうやら面倒な横やりが入りそうじゃない?」

 微かに嫌みを含んだ女の言葉に、奥歯をギリッと噛みしめて耐えるルナフィス。

 その視界に映るその女の髪は、緩やかな深紅の波をつくり、腰元まで伸びていた。

 見た目は普通の成人女性であったが、その肌は冷たい印象を与えるほどに白く、深紅の髪は毒々しさすら感じた。


 その女は人間ではない。


 さらに、魔竜が魔力によって人の身体を得た《魔竜人》とも違った。

 その正体は、魔竜達が人の世界に侵攻した際に力を貸したという異界の神たる存在の一柱。

 禍々しい強大な魔力をもつ存在――魔竜達が影で《悪魔》とささやく存在だった。

「戦力の補給とは?」

 ルナフィスが黙っている後ろから、人狼のディンが尋ねると、赤い髪の女はパチンッと指を鳴らす。

 すると、ルナフィス達の前に禍々しい気配を放つ投擲用の小さな矢が三本、虚空に浮いて現れた。

「こんな玩具でなにをしろというのよ」

 声にさらなる嫌悪を込め問いただすルナフィスに、赤い髪の女はのどを鳴らして含み笑う。

「クックク……その小さな矢には、あなた達ではとても編むことの適わない複雑で芸術的な魔法が込められているのよ。それを受けた生物は、たとえ自由に動くことの出来ない植物であっても、人間共を襲う強力な魔物へと姿を変える」

「…………悪趣味な玩具おもちやね」  

 別に人間達が襲われようと、《魔竜人》たる自分には関係ないはずだが、ルナフィスは吐き気を催すほどの不快さを感じてしまう。

「褒め言葉とうけたまわっておくわ。この前あなた達に渡した金属兵メタルポーンとは、比較にならないほど柔軟に人間を襲うし、戦力としてもかなりのものだけど、唯一難点なのは、人間を襲うという本能のみを持ち、制御が効かないことね。
 まあ、あなた達《魔》の因子を持つ者を襲うほど悪食ではないから、心配しないで頂戴な」

「お気遣いどうも……明確な嫌みと受け取っておくわ」

「ウフフッ……それからぁ、目標の女だけどぉ……いつになったら私のところに連れてきてくれるのかなァ?」

「……アンタが依頼人でも、そのバックは人間達の国じゃなかったの? アンタに手渡すより、そっちの方に渡す方が私としては気が楽なんだけど」

「あらあら……バカね。あの女の本当の価値は、人間なんかには理解できないものよぉ。だから、私のところにお届けして頂戴。……もちろん無傷でね」

 赤髪の女の言葉に、一瞬目を丸くしたルナフィスだったが、軽く舌打ちをして、

「そういうことなら……元々気乗りしない依頼だったし、私は降りたいんだけど」

 ウンザリといった感じで言い放ち、女から背を向けた。

「まあ……素っ気ないこというのね。お兄さんのかたきをとらなくてもいいの?」

「別に……私にそういう感情は無いから」

 なるべく冷たい声で答えながら、ルナフィスは両の拳を握りしめる。

「昔の記憶が無いからかしら?」

「……ッ」

 声には出さなかったが、ルナフィスの心臓が大きく跳ね踊り、血流の温度が急速に上昇するのを自己認識していた。

「あらぁ……図星ちゃんっ……あははははッ」

「貴様ッ」

 ルナフィスは緋色の瞳に怒りを灯し、腰に提げていた銀のレイピアを一気に抜き放つ。

「ルナフィス様、いけません!」

 抜剣したレイピアを構えて、赤髪の女に突きかかろうとするルナフィスの身体を抱き留め、人狼が慌てて制止する。

「クッ……離しなさいッ」

「なりません」

 激昂してなおも剣を構え、人狼の太い腕から必死に逃れようともがく銀髪の少女。

 その姿を愉快に瞳を細めて見つめる悪魔の女……その口から、ゆっくりと次の言葉が発せられる。


「私が貴女の記憶を蘇らせてあげようか?」


 その言葉に、沸騰しかけた血流が一気に冷めていく……ルナフィスは、口の中で「なんですって……」と微かに呟いた。

 少女のその呟きを耳にし、彼女の身体を抱きかかえ制止していたディンの表情が苦々しくなる。

貴女あなたが記憶を失ったのは、魔竜から人の身体を得たときでしょう。お兄さんのように、私と同じ《魔》の将から魔力を得たのならともかく、貴女はお兄さんから《魔》の洗礼を受けてその身体になったんだったわねぇ確か」

「なんでアンタがそれを知ってるのよ」

 激昂から冷め、おとなしくなったルナフィスの身体を、人狼がゆっくりと離し、彼女は自由になった左手で赤髪の女を指さし詰問する。

「以前、お兄さんに聞いちゃった。
 それで、その洗礼が不完全だったことが、貴女の記憶喪失の原因。ならば……《魔》の洗礼を知り尽くした私達なら、その問題も簡単にクリアできちゃうってワケ」

「兄様以外でも……私の記憶を戻せる……」

 わなわなと震えて地面を見つめるルナフィスは、思わず右手に持っていたレイピアを落としてしまう。

 その姿に、赤髪の女は陰湿な笑みでその顔を歪めた。

「今回のお仕事の報酬……貴女の望みを叶えてあげましょう、ルナフィス・デルマイーユ。だから、ゆうちようなコトしてないで人間の小娘一人くらい、サッサとかっさらってきてね」

 そう言い残し、赤髪の女は赤い煙となってその場から姿を消した。


 
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