48 / 165
第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第二十一話 その記憶は束縛する
しおりを挟む赤い髪の女が姿を消した後――――
ルナフィスは半ば自失気味に足下に転がった自分のレイピアを拾い上げ、腰の鞘に納刀する。
「あの女が……私の記憶を蘇らせる……この依頼を完遂すれば……私の……」
小さくぼそぼそと呟くルナフィスの姿に、人狼は胸の締め付ける思いを抱いていた。
人狼は肩を小刻みに振るわす銀髪の少女から目を背け、過去の記憶を思い起こす。
吸血鬼の《魔竜人》、サジヴァルド・デルマイーユが、先の人類との戦争終結後に人狼を拾ってから二十年以上になる。
元々、人狼は戦争末期に、サジヴァルドとは別の《魔竜人》により生み出された合成種族だった。
終戦間際、レビン・カルド・アルドナーグ率いる魔竜討伐隊に、人狼を生み出した《魔竜人》はあっけなく敗北し討伐されたが、人狼だけは偶然にも生き残ってしまったのだ。
戦争は終結し、戦う必要がなくなった戦うだけが能の化け物は、特に行く当てもなく森をさまよった。
人狼の《自分》という意識の根源――合成された種族の中、唯一高度な知性を持っていた人間の部分……。
その記憶はほとんど消去されていたが、どうやら人間だった頃は森で活動する仕事でもしていたようで、森の中にいるだけで、ささくれた心が癒やされる気がしていた。
逆に、森をさまよい続ければ、かつての《自分》の記憶、人間だった頃の記憶が戻るのではないかと、歩ける限りの森をさまよい続けた。
そんなさまよい続けていた人狼を拾ってくれたのがサジヴァルドだった。
サジヴァルドは、共に人の世界になじまない者同士、ひっそりと暮らしていこうと言ってくれた。
そして彼は、人の寄りつかない最北の海に浮かぶ小さな無人島に建つ古城に、自分を連れていき、彼の管理する箱庭の住人として迎え入れてくれたのだ。
当時、サジヴァルド以外にも、その箱庭には何人かの《魔竜人》が共同生活していた。
彼らは、《魔竜人》とも独自の流通をしてくれる人間の商人達と物資のやりとりをしてもいた。
彼らの魔力で人の手ではつくることの出来ない特殊な《理力器》のパーツを作り、あるいは独特の感性で創造した芸術品を売る代わりに、日々の糧を得ていた。
人狼も、彼らの生活を助けるため、力仕事や木材の加工などを行い、まるで人間のようにささやかながら平和な生活を謳歌したのだ。
そんな生活が十年ほど続いたある日、銀髪のその少女は、突然人狼達の前に現れた。
島の外に交易船で出かけていたサジヴァルドが、連れてきたのだが……彼曰く、戦争中に行き別れた妹であるらしい。
その少女――ルナフィスは、他の《魔竜人》にはない強大な《力》を持っていた。
しかし、その《力》はまるで澄んだ夜の帳に差し込む月の清廉な光のように、《魔》とはまるで対極のものだったのだ。
さらにルナフィスには、魔竜だった頃の記憶が欠けていたが、サジヴァルドが《吸血の洗礼》をすることにより、今の肉体を得たという。
確かに、吸血鬼の《真祖》たるサジヴァルドには、《吸血の洗礼》を行い仲間を増やす力があった。
だから、最初の内は人狼も、特に不審に思うこともなかったのだが……。
様子が変化したのは、ルナフィスが城に来て数年が経った頃だった。
サジヴァルドが急に人が変わったように、外出先の人間の街で人間を襲うようになったのだ。
城での生活の中で、人狼は他の《魔竜人》から、サジヴァルドがこの世界に来た経緯を聞かされていた。
元々サジヴァルドは魔竜の世界では小さな領地の主であったが、人の世界に侵攻することには反対であったらしい。
だが領主として、魔竜の王の意向には逆らえず、やむなく《魔竜人》となって人界に来たのだと。
戦いには参加したものの、無意味な殺生は好まず、他の将からは腰抜け呼ばわりまでされていたとも聞いていた。
そんな彼が、こともあろうに愉悦を求めて人を襲うようになったのだ。
事態を重く見た他の《魔竜人》達は、サジヴァルドをなるべく外出させずにいたが、サジヴァルドの吸血衝動は月日が重なる度に非道くなっていく。
そんなある日……人狼は、息も絶え絶えになりながら、何とか理性を保とうとするサジヴァルドと二人きりで話す機会を得た。
その時語られた言葉は、あまりに残酷なものだった。
そして、その時交わした言葉の内容は二人だけの秘密として、主亡き今もその胸に秘めたままである。
その秘密は――――
再び、人狼は傍らに佇立する銀髪の少女を見つめる。
失われた己が記憶に執着する少女。
ふと、彼女のその姿が――かつて、森を一人でさまよいつつ人間だった頃の記憶を必死に手繰ろうとしていた《自分》自身に重なって見えた。
人狼は頭を振り、一度深い深呼吸をすると、ルナフィスに話を切り出し始める。
「ルナフィス様、私は目標の確保に障害となり得るあの傭兵隊を殲滅します」
人狼の言葉に、俯いていたルナフィスが顔を上げこちらを見上げる。
「ディン……」
「その間に、貴女様は目標の確保を。ここから二手に分かれて行動いたしましょう」
人狼の申し出に、ルナフィスはしばし思案し、すぐに不安要素に思い当たる。
「でも流石にアンタだけじゃ……さっき手ひどくやられてきたんでしょう」
「あの悪魔が置いていった玩具を利用させていただきます。三つの内二つお与え下さい。予備の斧も先ほど使用した物より小ぶりですが、かえってあの男との戦いには合っているでしょう」
そう人狼に言われても、ルナフィスはすぐに首肯しなかったが、禍々しい気配を放つ三本ある魔法の矢の内、その一つを彼女の手に持たせると、人狼は力強く言葉を続けた。
「私も次は、なりふり構わず全力で勝利をもぎ取りますので、どうかご安心を。そして、不快な相手からの依頼ではありますが、我らのためにこの仕事、必ずや達成して見せましょうぞ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる