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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第十七話 ご機嫌な馬の尻尾と揺れる情景
しおりを挟む目の前でご機嫌な『馬の尻尾』が揺れながら鼻歌を歌っている。
革製の手綱を両手で握りしめつつ、ダーンは思わず苦笑いを噛みしめた。
上下に揺れる視界には森の碧が風に揺れる姿が映り、森林特有の香りがすがすがしく鼻を通る。
そして、その森のすがすがしい香りに混じって、時折微かに彼の鼻腔を擽る甘酸っぱい香りがあった。
「うわっ……あはっ……ホントよく揺れるー」
鼻歌を歌いやめて『馬の尻尾』が鞍の上で妙にはしゃいでいる。
「ステフ……あんまりはしゃぐと落ちるぞ」
ダーンが後ろから注意するが、振り返った彼女は、
「だぁって、初めてなんだもん、馬に乗るの」
と言葉と共に輝く笑顔を返してきた。
その笑顔の威力たるや凄まじいものだった。
さしものダーンも思わず赤面して視線をそらせつつ、
「だ……だからってそんなにはしゃぐなよ、遊び行くわけじゃないし……。というか、軍人のくせに一人で乗馬できないって……あッ、コラ、ちゃんとグリップ握ってろって」
「大丈夫、大丈夫。バランス感覚だけはいいのよ、あたし。乗馬は出来ないけど、バイクは乗れるもん。それに、万が一落馬しそうになったら、ダーンが格好良く抱きとめてくれるし」
「あのなあ……あんまり安定してないんだから無茶クチャ言うなって」
ぼやくダーンは革製の鞍のほとんど端に座っていた。
鐙にも足を入れているが、馬の背というものは後方の方が激しく揺れるものだ。
乗馬に慣れていない彼女を乗せるため、大きめの鞍を用意し、馬も荷物運搬用の大型種を借りたわけだが、本来乗馬は一人でするものである。
鐙は一人分だし、鞍の前端に小さなグリップが突き出ているのみ。
ステフは鞍の上でこのグリップに捕まり、跨いだ馬の背を鐙のない足で挟んでバランスをとっていた。
ダーンは、子供の頃から馬術を一通り習っている。
だから馬具がない裸の馬に乗ることも出来るのだが、今日はそれよりも難しいと感じていた。
狭く窮屈な馬上――――
無邪気にはしゃぐステフが、目の前で長い髪を揺らし、短いスカートをはいたおしりをこちらの膝の間に無防備に密着させてくる。
その上、ダーンの視界には、彼女の頭や肩越しについ入ってくる情景があった。
馬上は、馬がゆっくり歩いていても随分と上下に揺れるものだ。
そんな馬上ではしゃぐステフは、随分と楽しげで、まるで森にピクニックにでも向かおうかという子供のようだった。
しかし、彼女は充分すぎるほどに発育した女性だ。
ダーンは、『たゆん、たゆんっ』するその情景に、つい視線をやってしまう自分に自己嫌悪に近い思いを抱いていた。
ここでふと、アーク王立科学研究所の長、スレームが言っていたことを実感として思い出す。
――『見る者の心すら揺さぶるような』とはうまいこと言うなあ……『凶器』ってのは言い過ぎ……いやまて…………今朝、俺も窒息しかけたから、やっぱ『凶器』か?
今になって考えると、あの時自分はスレームから完全にからかわれていたとわかる。
まあ、「彼女の特徴は?」と聞かれて、「巨乳です」とは、あの妖艶な女性でも流石に答えないだろうが……。
そう言えば、ナスカはスレームの言葉を聞いて妙な反応をしていた。
あのようなふざけた言い方で、瞬時に胸の大きい女性とわかるとは……。
流石アテネ一の『巨乳崇拝者』だ。
――いや別に凄いとも何とも思わないし、むしろこんな考察をしていること自体、自分は既にダメなような気もするが……。
「あはははッ……揺れる揺れる。すっごい揺れるー」
下から突き上げてくるような馬の背の動きに、童心に返ったようにはしゃぎまくるステフ。
その彼女を後ろから眺めていたダーンは、つい思ったことが漏れ出してしまう。
「ああ、確かに……何というか………………けしからん」
発言の直後に、ダーンは硬直して嫌な汗を滲ませた。
「はい?」
ダーンがつい漏らしてしまった発言の最後言葉に対し、無邪気な疑問調の声をあげるステフ。
ダーンは軽く咳払いをし、
「いや、何でもない。本当に何でもないから、お願いだ……聞かなかったことにしてくれ。……と言うか、その髪型は馬に乗るからなのか?」
苦し紛れに話題を変える。
すると、ステフは自分の結い上げた髪を揺らしてこちらを振り返り、少し嬉しそうな笑顔になった。
「うん、そうよ。ポニーテールは乗馬の基本でしょ」
「知るか!」
「違うの? まあ、半分冗談だけど……。あたし、結構ポニーテール好きだし、動きやすいのよ、これ」
「ふーん……そうなのか」
ダーンはあまり興味なさそうに応じるが、直後、ステフが笑顔から急に不機嫌そうに半目で睨め上げてきた。
「…………それだけ?」
ステフは低いトーンの声で言った後すぐにぷいっと前を向き直ってしまう。
テール部分の長い髪が、ダーン胸の前で揺れて風になびいた。
結い上げているからこそ露わとなった目の前のうなじの艶やかさ。
それに一瞬目を奪われるダーンに、ともすれば軽快で躍動的なイメージも覚えさせる。
こういうときは、何て表現するべきなのだろうか?
ダーンは、単純な知識として、こういうときは女性の髪型を褒めるべきだとは知っている。
知っているのだが……実践したことなど一度もない。
――何なんだ、昨日から……ことあるごとに妙な初陣を飾りまくりじゃないか俺。
誰に言うわけでもなく悪態を飲みこむダーン。
取り敢えず、今朝の目覚めの瞬間から彼女に感じていたイメージと合致する単語を口にした。
「その……可憐だ」
「ふぇ?」
聞き耳を立てつつ少しだけ期待していたステフが、不意打ちを食らったような気の抜けた息を漏らしてしまう。
そして、剥き出しのうなじやら耳やらが途端に朱に染め上がっていくのを、ダーンは少しだけ怪訝な表情で見つめていた。
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