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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第十八話 馬上にて
しおりを挟むダーンとステフが森を馬で移動中なのは、既に日は高く昇りそろそろ正午になる頃だった。
少し時間を戻すと――――
彼らが起床したのは午前九時を回っていたため、朝食は軽めに摂り、急いで出発の準備をした。
朝食の前に、ステフの借りていた部屋の惨状について、二人揃ってミランダに謝罪したのだが……。
ミランダは割れた天窓を何だか楽しげに見つめて「思い切った夜這いのかけ方ですわ」と呟いた。
それを慌ててダーン達二人が否定。
ダーン達は、ガーランド親子に無用な心配は掛けたくなかったため、ルナフィスの襲撃があったことは伏せていた。
深夜、屋根の上で夜空の星を二人で眺めていた際にダーンが踏み外した――――
今考えても、かなり苦しい説明をしたものだ。
しかし、ミランダは特に追求することなく、「夜までには直しておきますから」といって、修理代などを要求することもなかった。
さて――――
アリオスの東に位置する森林の奥、約二千年前の遺跡が、今回ステフの調査すべき対象だった。
ただ歩いて遺跡まで行くには時間も結構かかるため、移動手段として町で馬を借りることとなる。
馬は当初、二頭借りるつもりだった。
しかし、馬を前にしたステフはいきなり乗馬の経験がないことを暴露。
ダーンはやはり徒歩で目的地に向かうかと申し向けたのだが、馬を目にした彼女が、二人一緒なら乗ってみたいと言い出し、現在の状況に至っていた。
馬上でダーンは改めて考える。
アテネ王国の騎士や傭兵達は、騎馬戦も想定して馬術訓練があるのだが、アーク王国軍にはそれがないのだろうか?
先進の理力兵器を導入しているあの国は、確かに戦車や航空戦力といったものに依存している部分があるのだろうが……。
「馬術にも興味はあったんだけどね……正直、手を出す暇がなかったのよ」
先ほどから赤面して俯いたままだったステフが、ぽろりと呟いた。
「やっぱ、アークじゃ騎馬戦は想定してないのか?」
髪の話題から乗馬の話題へと変わってくれたことに安堵し、ダーンは問いかけるがステフは首を横に振る。
「アークにも騎馬隊はあるよ。ただ、ウチの国は規模が大きいからね。部門ごとに完全に別れているのよ。あたしが所属するのは特務隊で、情報戦や兵器開発、同盟国との交渉なんかが主なの」
「じゃあ、馬術に興味って……」
「個人的な趣味としての乗馬ね。ただ、アークは理力機械による交通も整っているから、馬はほとんど使われていないのよ。あたしもいつか旅に出たいと思っていたから、取り敢えず開発中だった理力バイクを操れるようにはなったけど、他にも習うこと多くて馬まで手が回らなかったわ」
「習うこと?」
「あっ……ううん、こっちの話よ……」
誤魔化すステフは、口の中で「別に慌てて必死になったりとかないから……」と呟くが、怪訝な顔をするダーンにはイマイチ言っている意味が解らなかった。
それに、今ここで海の向こうの同盟国、アーク王国軍の話をしていてもダーンには関係がなさそうだ。
それよりも、これからしばらく行動を共にするステフのことについて知りたいことがある。
「ステフ、話を変えるけど、君の持っている銃についてなんだが……」
ダーンの言葉にステフは軽く首だけ振り返る。
その視線をダーンに向けると、プリーツスカートの裾を軽くたくし上げて、右の太ももに巻いた銃のホルスターを見せた。
「これのこと? 興味あるの、ダーン…………エッチ」
艶やかな色目をダーンに送り、さらに悪戯っぽく笑いながら、素早く露わになりかけた白い肌を隠すステフ。
「わざとやってるだろ君……大体、こんな森の中や遺跡の調査に行くっていうのに、そんな格好で大丈夫なのか?」
言いつつも若干紅潮するダーンの言葉に、ステフは舌先を軽く出しながら、
「こういう格好の方が、相方の貴方がやる気になるだろうと気を利かせたのよ。眼福でしょ」
「……色々と突っ込みたいことはままあるんだが、相変わらずご自分に自信があるようで……」
「あら……べつにィ……最初っから自信があったわけじゃないわよ。自信は段々ついてきたの。ダーンがずっとあたしの胸を見てたりとかするから」
したり顔で言うステフの言葉に、ダーンは顔を真っ赤にして狼狽し、
「な……な……なわけないだろッ! 俺は君があんまりにもはしゃぐから、後ろから落馬しないように注意してたんだ……ただそれだけで」
「ムキになって否定するところが超怪しいィ……むしろ落馬した瞬間、また胸を鷲掴みにするつもりだったりして……咄嗟の行動とか言ってさ」
ステフはダーンを左手の人差し指で指さして、意地悪な笑顔のまま疑うような言い方をする。
その指先の示す蒼髪の剣士は、肩をがっくりと落とし――――
「またそれか……。今日もまたその話題でいくのか……」
「ええ、貴方が本音を自白するまで、この尋問は続く予定よ。さあ、吐きなさい! 大きな夢が詰まっていると思って揉みしだきましたぁ……とか」
「言うかッ! そんなコト。大体……」
大きな声で否定しつつも、言葉を途切れさせてダーンは思った。
その手の台詞はナスカのような《駄目男》しか言わないものだと信じていた。
だが――――
女性の彼女にして、自分も言うような台詞だと思われているのだとしたら。
もしかして、世間一般的に男性が女性の胸に抱く共通認識なのかと……。
そもそも、アレは脂肪の塊ではなかったのか?
いや、子供を産んだ際に授乳する女性にとっては重要な器官ではあるはず。
哺乳類の霊長として、新しい生命を育む女性の象徴。
そんな一般的常識は理解しているが、ならば何故、ナスカのような男はその大きさやらに拘るのだ?
ともすれば、自分と同年代の女性である金髪ツインテールも、たまにその成長の乏しさに憂いていたような気もするが……。
などと考察しているダーンだったが、自分で気付いていないわけでもない。
自分自身も、よくわからないうちに、ステフやミランダの胸元につい視線がいってしまうのを。
別に卑猥な妄想を掻き立てているわけではないが、正直、彼女たちの魅力に動揺していたのは間違いない。
さらに、これは絶対にステフには白状したくないのだが。
昨夜、彼女の胸に触れたとき、激しい後悔と共に何だか凄く甘い気分に陥ったのも確かだ。
あの柔らかさは言葉に例えようがない。
唯一、例えるなら『夢』が詰まった感触だろうか……。
――って、これじゃあ俺もナスカと全く変わらないじゃないかッ。
「あのー、ダーン?」
しばらく押し黙りなにやら難しい顔で考え込み始め、さらに苦悩し始めたダーンの姿に、ステフは怪訝な顔をしながら、軽く身を退いている。
「あっ、いや……すまん。こういう話題はイマイチ慣れてなくて」
「なにそれ……変なヤツね。言っとくけど、単にからかっているだけよ……あんまり本気に考え込んだらこっちが申し訳なくなるわ」
そう言って憮然とするステフに、なんだかもの凄い理不尽を感じるダーンだったが、不思議とそれを責める気にもならなかった。
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