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第三章  蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~

第二十六話  大地母神

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 ステフが躊躇ちゅうちょなく撃った《衝撃銃》の光弾六発は全てダーンAの肉体を貫き、彼の身体は後方へとはじき飛ばされる。

 その光弾を受ける直前、ダーンAの表情がちよう気味に笑い、光弾の威力にはじき飛ばされながら黄土色の土になってその姿が崩れた。


「キャー! ついにほんを白状したわねッ! まさか、本当に言うとは思わなかったけど……しかもあんな大声で!」


 やけに楽しそうなステフの声がダーンのまくを打ち、彼はその場に力なくうなだれた。

「本音とか言うな。…………あの場合、ああ言うしかなかったじゃないか……。信頼がどうとか言っていたくせにあんまりだ。……他に君との会話なり行動を共にした俺にしか言えない話題はなかったのか?」

 若干涙声になってしまうダーンは、偽物の自分との戦闘と《固有時間加速クロック・アクセル》のサイキックで精神的にかなり疲労していたが、今に至っては、その心に傷を負う羽目になっていた。

「ああいう場合、とつなことを問いかけた方が効果的なのよ。あの偽物は貴方の性格や思考を忠実に再現していたもの。ありきたりな質問じゃ貴方の思考をトレースされて本物が言いそうなコトを答えていただろうし、場合によってはうまくはぐらかされていたでしょ」

 右手の人差し指、その白くしなやかな指先を立て、少し得意げになって解説するステフに対し、ダーンはじゆうめんを浮かべるしかない。

 実際、ステフの質問があのような突飛なものでなければ、あの偽物は自分と変わらない言動をしていただろう。

 実際、あの質問を出された瞬間、最初は自分も偽物と同じような顔をして同じように返答しようとしたのだ。

 この洞窟や遺跡に来る直前に、馬上でのやりとりがなかったら、偽物と一緒に自分もステフの《衝撃銃》に撃ち抜かれていたかもしれない。


――というか、ちゆうちよなく撃つだろうな……めんどくさいとか考えて……。


 冷たいものが背筋に流れる。


「あー畜生、なんか納得はいかないが……それにしてもあの偽物、俺とほぼ同じ剣の腕前だったし、あの太刀筋は《闘神剣》そのものだった。一体どんなからりなんだろう?」

 未だ抗議したい気分はやまやまだったが、情けないことに口では彼女には勝てる気がしないダーンは、話題を切り替えて崩れ落ちた土の塊に視線を向ける。

「それについては、多分、貴方が土煙に巻かれたときに貴方の情報をコピーしたんでしょうね。
 ただ、闘気だとかは特殊な方法で自然界の活力を変換したりしたんだと思うわ。推測だけど、恐らくは大地の膨大な活力の利用よ。さっきから石やら粘土やらと、大地系統のものばかり使ってきてるし……」

「そんな大それたこと、いくらここが具象結界の中とはいえ不可能だぞ。君の言っていることは、いわば大地の活力マナの完全制御をしてせるわざだ」

 ダーンの否定に、ステフは一度軽く唇を緩ませて首肯する。

「そうね……あたし達をこの状況に招き入れた者が並の術者とかなら無理でしょうけど……まあ、そのことは後で確認するとして」

 ステフは一度言葉を切り、軽い深呼吸をすると、ダーンがいる方向とは反対の方に振り返る。 ステフが振り返った先には洞窟の岩肌と、その先の暗闇が見えるだけだったが……。


「この洞窟を具象結界で築いている者は、きっとあたし達のことを昨日から監視していたんでしょうね……。――――そうでしょ? ミランダさん」


 突然、ステフが宿屋の女将の名前を出したことに、ダーンは少し戸惑いつつ、ステフの後方に視線を向けた。

「あら……もうバレてしまいましたの」

 何もない暗闇から、宿の女将の涼しげな声が響いてくる。

「実は直感での当てずっぽうに近いけどね……。初めて会ったときから、貴女あなたには不思議な包容力のようなものを感じていたのよ……最初は気のせいかとも思っていたけど、ここに満ちてる雰囲気は貴女のものにとても似ているわ」

 ステフの言葉が終わらないうちに、暗闇の奥から宿の女将のエプロン姿が浮かび上がり、ミランダ・ガーランドが微笑みながらこちらに歩いてきた。

「なるほど……さすがはレイナー様の娘さんですね」

 いつものエプロン姿のままのミランダは優しい微笑を浮かべたまま言うが、ステフはミランダに鋭い視線を送りながらさらに、

「褒めてくれるのはまだ早いわ……大地母神ガイア」

「あら……」

 ステフの口から『大地母神ガイア』の名が出た瞬間、軽い驚嘆を現すようにミランダが瞳を大きく開き、ダーンが訳がわからずステフとミランダを交互に見つめる。

「ダーンの疑問の答えとしてね、自在に大地の活力マナを完全に制御できる存在は、大地の精霊王をおいて他にないわ……。そして、あたしのお母様の手記に精霊王の名……大地母神ガイアの名は記されていたの」

 ステフの言うことに、ミランダは優しい微笑みを浮かべたまま小さく頷く。

「あの……俺、正直ついて行けないんだが……その、君の母親が?」

 ダーンがステフに近付きつつ彼女に耳打ちすると、

「もうここまで来たら、貴方にも明かしておくけど……アークの英雄の一人《蒼の聖女》の名はレイナー・ラムール・マクベイン、あたしの母親なの。あたしは母の残した手記を頼りにここに来たってわけ」

 ステフの言葉に、ダーンは少しだけ得心する。

 彼女が、《蒼の聖女》が残したという神器について、随分とその存在を確信し、それの回収にこだわっていたのは、彼女が《蒼の聖女》の娘だったからなのだろうと。

「そうか……四英雄について詳しいわけだな。しかし……ミランダさんが、その、大地母神って……本当に精霊の王なのか?」

「はい。本当ですのよ、ダーンさん」

 ダーンの問いに、ステフではなく当のミランダ自身がおっとりとした声で応じる。

「いや……でも、アリオスで普通の人と同じように宿の経営をして……息子さんだって……」

 ダーンは昨夜宿泊したミランダの宿のことを思い浮かべるが、アリオスの町で宿泊した宿屋は、実際にガーランド親子が経営していた風であったし、とても仮初めのモノとも思えなかった。

「それも人間である私が営む本当の生活です。……サイキッカーの多くが、自然界の《精》を根源に持つように、精霊の王たる存在も、今や人間の中に宿っているのですよ。有り体に言えば、私は大地母神ガイアの化身ということですの」

 ミランダの説明に、ダーンは唖然とする。

 彼が得た知識には、サイキッカーのように、人間の中に自然界の微精霊などが同化しているケースはまれにあるということだったが、流石に精霊の王が人間と同化しているとは知らなかった。

 精霊の王についての知識も、それほど知っているわけではないが、カリアスから得た情報では、精霊の王は神界の神々に匹敵する存在……いや、こと活力マナの扱いについてはそれ以上の存在だということだった。

「あのノムって子も、精霊なんでしょ……多分、悪戯好きで有名な大地の精霊ノーム……」

 ステフのさらなる推測に、ミランダは首肯するが少しだけ困った顔をし、

「いつまで経っても、子供っぽいところが表に出てしまうので、ほとほと困っているのですけど……。昨日の一件も、ステフさんをからかうつもりで森から帰るのを遅らせたのだそうですが、あの子ったら、野犬に絡まれてしまったらしく予定が狂ってしまったとか言ってましたが」

「ホントに子供ね……」

 ミランダの話に、ステフは軽く悪態を吐き捨てる。

「さて……私の思惑としては、もう少し色々とイベントを試してあなた方の信頼関係やその他色々な関係を見定めようと思っていましたが、少し見くびりすぎましたね。こんなにも、あっさりと私のことを見破ってしまうとは……。それに、先ほどのあなた達のやりとりも予想外でしたわ……と言うよりも、ダーンさんがあのような欲望を抱えておいでとは……不覚にも全く気がつきませんでした」


 ミランダが涼やかな微笑と共にダーンの方に流し目を送ると、ダーンは苦虫を噛みしめたような顔を露わにする。

「そこだけは断固として否定したいッ! いや、むしろさっきのナシにして、もう一回やり直しを要求する」

 必死に訴えるダーンだったが、その彼とミランダの間にステフが身体を割り込ませ、彼の方を肩越しに親指で指し示し、

「あー、コレはほっといていいわ……思春期の男の子がごく希にわずらわす病気みたいなものよ。ただ、その胸元には気をつけた方がいいわ。あたしなんかいきなり鷲掴みにされたのよ」

「まあ……!」

「もう、勘弁してくれ、頼むから……」

 ミランダが両手で口元を押さえるようにして驚愕し、ダーンがその場に両手両膝をついてうなれる。

「そんなことより、ミランダさん……というかガイアと呼んだ方がいい?」

 ステフの問いに、ミランダはクスッと笑い、

「どちらでも構いませんが……ミランダと呼ばれる方が私としては嬉しいのですよ」

「じゃあミランダ……どうやらあたし達を試していたようだけど、納得いったのかしら?」

「ふふ……そうですね。まあ、先ほどのやり取りを『強固な信頼』として認めなくはないですよ。――――ということで、私の方は構いませんが?」


 ミランダは、その場にいるダーンとステフではない誰かに問いかけるように洞窟の天井を見上げながら言葉を紡ぐ……すると――――


『……いいでしょう。契約の祭壇へ……お二人をご案内していただけますか』


 ダーンとステフの脳裏に、凜とした女性の『声』が直接響いてきた。

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