超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第四話  跳躍先

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 少女の脳内にフィードバックする《転移の門》の制御装置からの情報は、言語として判別できるものの、その内いくつかの単語が理解できないものだった。

 中継ハブステーション《月姫》の反応消失。
 統合監視ステーションは制御権を放棄。
 現在個別バックアップデータにより、限定稼動中。
 新造大陸アーク・ポイントデルタを選択中。
 跳躍者二名。

 それら単語の羅列のほか、目的地の惑星上の位置座標が立体的な地図を示すようにイメージとして伝わってきており、そのイメージをもとに、ステフは転移先を設定した。

 今回の目的地はアーク王国王都ジリオパレス。

 ステフは、跳躍の直前にダーンのたくましい感触に胸を高鳴らせながらも、しっかりと目的地をイメージしていた。

 古代の超文明が開発したシステムは、ステフのイメージどおりに稼働、彼女たちを瞬時に理力障壁で包み込み、そのまま亜空間に引き込むと、彼女の思い描く場所へと転送を開始していた。

 しかし――――

 この時は外部からシステムに干渉する強力な精神波により、少女の転移制御を妨害してきたため、その転移制御が大きく狂いはじめる。

――何? ちょっと、嘘でしょ! なんでこんな……。

 そう思ったが最後、ステフの意識はこんとうしてしまった。

 それは、転移制御中の彼女、その精神に直接ジャミング的な精神波が叩き込まれ、意識障害を一時的に引き起こす、魔力攻撃である。


 転移制御を失いかけたステフたちは、大きく進路をそらし、当初向かう予定の首都から遠く離れた、もう一つのアーク王国内転移先『エルモ市』近郊の山中に跳躍先がずれるのだった。




     ☆




 アリオス湖の湖岸、銀髪の少女が人狼の戦士とともに隠れ家としていた場所に、よどんだ空気があふれていた。

 もはや、不快な表情を隠す気にもなれず、毒々しさしか感じない赤い髪の女から視線を背ける少女。

「ウフフ……あの玩具おもちやみたいなペンダント、なかなかやるわねぇ。私の精神波を遮断するなんて」

 目の前に浮かぶ紫色の水晶玉を興味深く見つめながら、赤い髪の女――――リンザー・グレモリーは愉快にのどを鳴らす。

 その後方、少し距離を置いてちよりつする赤みのかかった銀髪の少女――――ルナフィス・デルマイーユは、再び眉間にしわを寄せ、本来あるれんさを損なわせてしまっていた。

 昨夜、あの宿の屋根で、蒼髪の剣士ダーンと再戦の約束を交わした後、この隠れ家に戻ってきて一人きりの一夜を過ごした。

 そして、朝になってたびたくを調えているところへ、グレモリーが訪問してきたのだ。

 ルナフィスは、真っ先に人狼にした仕打ちに対して問い詰めたが――――

 グレモリーは、高笑いとともに「合成魔獣になぜ感情移入するのか。それならば、お前たち魔竜人はなぜあのような救われない魔物を生み出したのか。そんな矛盾を抱えているから満足に依頼したことができないのだ」としつせきを受けてしまった。

 腹が立ったが、ルナフィスには、なにも言い返せなかった。

 事実、彼ら合成魔獣を作り上げたのも、彼らに救いようのない生き方を強いたのも、彼女の仲間なのだから。

 ルナフィスは、嫌悪感を抱いたまま問いかける。

「一体、なにをしたの?」

「あらぁん? 心配してるの? 相手は敵だというのにぃ」

 人をおちょくった口調で応じながら、グレモリーは水晶玉を回収する。

「ええ、そうよッ。私の標的よ、いくら依頼主だからって横取りしないでほしいわ」

「アハハハ……そうねぇ、なかなかいい男だったしぃ……ルナフィスちゃんもお熱なのかしらん?」

 挑発的に語りかけてくる悪魔の女。

 ルナフィスは、いらちをかみ殺すようにして耐える。

「ん~? 驚いたわん。てっきり襲いかかって来るかと思ったのに、大人になっちゃって……身体はぁ、まだまだお子様なのにねぇ……。あ、おっぱいの方じゃないわよぉ……未開通って意味だからぁ」

「……そこまで言われると、逆に冷めるというか、ドン引きするわ」

「あらぁん? そうなのかしら……。一応、依頼報酬の一部前渡しで、記憶は無いけど男のアレも受け入れたこと無いのよ~って教えて差し上げたのに」

「大きなお世話よッ」

 ルナフィスは、肩を怒らせて吐き捨てるように言い放つ。

「アハハハ……。さっきやったのは、あの小娘ちゃんの行き先を狂わせてやろうと思ってね。あの手の転移装置は、仕組みが魔法の制御に似てるから、思いっきり介入してやったの」

 深紅の口紅を厚く塗った唇、それを愉悦に歪めてグレモリーは、言葉を続ける。

「本当は、ザッシュベルに落とそうと思ったんだけど、あの訳の分からない神器とかが邪魔してくれちゃってね。結局行き先はエルモとかいう例の遺跡の近くよ。
 良かったわねぇ……愛しのダーン様を賭けて……おっと、違うわねぇ……あのお姫様を賭けてのいい男との真剣勝負。熱くなりすぎて余計なところに熱が入らないようにしなさいよ……もっとも、メスの顔になったあなたも見てみたいけどぉ……クックックッ……」

 最後に薄気味悪くのどを鳴らすちようしようを残して、赤い髪の悪魔はその姿を赤い霧へと変えて消える。

 その後、ルナフィスは赤い霧の消えた空間を八つ裂きにする勢いでレイピアを振るうのだった。




     ☆




 ぐったりと脱力し腕の中で意識を失った少女――――その柔らかで華奢な身体を抱き上げながらダーンは状況を確認する。


 現在地は不明だが、おそらくアテネではないだろう。

 先程のアリオスにあった転移装置とは若干レイアウトが違うし、ミランダの姿もない。

 跳躍中には、微かに明るさのある不思議な空間を飛翔していたし、ここには軽く飛び上がってから着地したという感覚もあった。

 ただし、亜空間を飛翔中に不快な振動と、ステフがうめいて意識を消失しているという明らかに不測の事態が発生している。

「ソルブライト、何かわかるか?」

 抱き留めている少女の体にけんちよな異常がないことを確認しつつ、その胸元に光る桜色の宝玉に問いかける。

『どうやら、敵の妨害工作ですね。強力な精神波のジャミングで装置を制御するステフの意識を混濁させて、転移先を変えようとしたのでしょう。私の方で途中から防護しましたので、完全には敵の思惑通りになっていませんが』

「そうか……ステフの容態は?」

『それほど心配はありません。直に目を醒ますでしょう。……ですから、今のうちですよ、色々とお確かめになるなら……』

「まったく……そんなことを言い出すなら、大丈夫みたいだな」

 若干の悪態を込めて、あんの言葉を向けると、ソルブライトは軽く笑っているようだったが、桜色の宝玉は無表情だ。

 その宝玉の下、柔らかな膨らみが大きく上下し、少女が息を吹き返す。

「ステフ、大丈夫か?」

 抱き留めた少女の顔を覗き込んで問いかけると、長いまつげがピクリと動き、やがて琥珀の瞳が開いていく。

「ダーン……? えっと……あれ……」

 意識を取り戻したものの、ステフは前後不覚になっていた。

 心なしか、琥珀の瞳に宿る光もいつもの精細さを欠けている。

「どうやら、何者かに妨害されたみたいなんだが……気分の方はどうだ?」

 問われて、抱きかかえられたらままのステフはそのままその身を彼の胸板に預けたまま、少し甘えた声を上げる。

「少し……うーん……やっぱ、ダメ……。フラフラしちゃって上手く立てない。……でも、これなんかいいかも……」

『ステフ……本音が出ていますよ、完璧に無防備で」

 胸元のソルブライトが秘話状態でステフだけに忠告する。

 その忠告と、ダーンが少しだけ身をよじる感触に、少女の意識は一気に覚醒状態に移行した。

 カッと瞳を開いて、かぶりを振りつつ――――

「ちっ……違うの……今の違う……ナシナシ……って言うか、いつまで抱きしめてるのよぉ……」
 
 あからさまに理不尽なことを言って、ダーンの胸板を両手で押し、素早く離れる。

 だが――――

 思わず漏れ出す小さな悲鳴。

 足元がおぼつかないステフは、バランスを崩し倒れかけてしまう。

 その彼女の身体を再びダーンが抱き留めた。

「無茶をするな!」

 軽い叱責。

「ご、ごめんなさい」

「あ……いや、すまん。少し言い過ぎた。とにかく、敵の妨害があったのならここも安全とはいえないだろう。どうも本来の目的地からはずれてしまったようだしな」

『はい。ここは……どうもエルモとかいう都市の近くですね。敵としては、おそらく帝国の方に引き込みたかったのでしょうが……。いずれにしても、敵にはこのシステムに外部から介入する手段がある様ですから、今後この転移装置は、使えませんね』

「そうね……とにかく外に出てみるしかないわ。でも……」

 そこまで言って、ステフは自分の足下を見ながら言葉が繋がらなくなる。

 先ほどの精神波ジャミングの影響で、まいが残っており、全身の感覚もおぼろげだ。

 手足もしびれている感覚で、うまく立てないのだから、移動といってもすぐに動けそうになかった。

「荷物の一部をあきらめれば何とかなるな……」

 ステフを抱いたままのダーンがつぶやき、おもむろに背中に背負ったバックを床に投げ出す。

「ダーン?」

 疑問調の声で彼の名を呼ぶステフに、「少しの間立てるか?」と言って彼女から一度離れると、背を向けてその場にしゃがんでしまう。

「え? お……おんぶってこと……」

 ダーンの行動の意味を理解し呟くステフだったが……。


――スカート、短いんだけど……。


『心配にはおよびません。私の持つ空間を利用しましょう。あなた達に契約の時案内したあの祭壇になら、どこにいても私の隣に存在する空間ですから、お持ちの荷物を保管できますよ。……だからステフ、ちゆうちよすることなどありません。その背中はあなた用です』

 ソルブライトの言葉に、念話で『あたしは荷物か』と悪態をつきながら、少女は高鳴りっぱなしの胸を広い背中に預けるのだった。



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