110 / 165
第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第五話 せめてものお礼に……
しおりを挟むその背中は思っていたよりも大きくて、その身を任せてしまえる安心感があった。
ただし――――
――やばいッ……コレ……ホント……ヤバイってばぁッ……。
未だ精神ジャミングの影響で、まるでほろ酔い状態のステフだったが。
密着する身体の前面は彼の背中の温もりが伝わり、剥き出しの太もも……割と付け根の方にダーンの両手が添えられて体重の一部を支えている。
昨夜、抱きかかえられたままアリオスの街に戻ってきたときは半分寝ていたし、そもそも、こんな風に身体を開いて密着などしていなかった。
しかも、このように大きく開脚するような姿勢で――――
胸の鼓動はとんでもないことになっているし、なんか汗も滲む。
身体の芯がどんどん熱をもっていくようだ。
ダーンは、そんな少女の密かな盛り上がりなど気にもせずに、暗い山道をゆっくりと下っていく。
転移した場所は、ソルブライトの指摘通り、アーク王国西部に位置するエルモ市の近隣で、高さにして三百メライほどの小さな山の頂上にある施設だった。
その場のアテネとの時差は約九時間。
アテネのアリオスを旅立ったのは、午前九時前だったが、このアーク西部では既に日が暮れて夜の闇が迫りつつある。
山を下り、近隣とはいえエルモ市街までは、徒歩で三時間以上かかるとのことだったが、野宿するよりは街の方に移動し、宿を取ろうということとなって、現在移動中だ。
坂としては割とゆるやかだが、狭い山道を下っていくダーンの背中は、上下によく揺れて、その振動が逞しい背中から柔肌に伝わってくる。
――だからッ……今……揺れると……
精神ジャミングの影響は、ステフの精神をほろ酔い状態にさせていて、感覚は妙にふわふわと落ち着かず、身体の触覚も微かにしびれている状況で、自律神経が上手く機能していなかった。
そんな脆い状況で、ダーンの背中に密着している状況なのだ。
少女の本来、堅牢な理性の護りにある部分で、昂ぶった熱がその護りを蕩かしていく。
視界があやふやになり、呼吸が切羽詰まっていくと、まるでサウナにでもいるかのような感覚、そして、意識も途切れがちになる中、思春期的な熱がとんでもないことになってきていた。
――って……わっ……ヤッ……やめぇっ……ッ!
全身を強ばらせて、背後から抱きつくステフの腕がダーンの首に掛かって締め付けてくる。
「うぐっ……ステフ? ちょっと苦しいけど……って、なんか凄い汗なんだが、大丈夫か?」
首を圧迫してきた白い腕が、大量の汗を滲ませているのに気がつき、ダーンは問いかけてくる。
「……っ……う……ん……だいじょ……ぶ」
朦朧とする意識のなか、息も絶え絶えに応じるステフの吐息が、ダーンの耳たぶあたりに吹きかかる。
突然耳に吹きかかる感触に、ダーンは身震いしてしまうが、同時にその吐息の熱さに驚いた。
「ステフ……熱がないか?」
『心配はいりませんよ……ちょっと色々と脳に刺激がいきすぎてしまっただけのようですから。そのせいで意識も落ちましたが……このまま寝かせた方が私としても安心です』
ステフは意識を失ったようで、ダーンの背中でぐったりとし、かわりに契約者の状況を伝えてくるソルブライトだが、なんとなく呆れ声だった。
「問題なけりゃいいんだが……。その……実はステフから『やばい』とか『揺らすな』みたいな念話が聞こえたから、また俺が余分なコトしたのかと気になってさ」
ダーンの言葉に、ソルブライトが明らかに笑った。
『そう言えば、今あなた達は肌が触れあっていますものね……。咄嗟とはいえ強い念は伝わってしまいますか。そうですね……とりあえず、余分なことはしてないと思いますよ。まあ、先程のことを意図的にやっていたとしたら、あなたへの評価を改めなければならないですが」
「なんだよ? それ……」
随分と含みのある言い方をしてきたソルブライトに、ダーンはちょっと不機嫌に聞き直す。
『フフフッ……それこそ乙女の秘密ですよ、ダーン・エリン』
「なんか、あのアークの王立科学研究所のスレームさんと同じ様な感じだな……まあいいか」
なんとなく釈然としないが、ダーンは遠く眼下に見える街の明かりに向け、溜め息と共に再度歩を進め始めていた。
☆
少女がその背中の上で寝てしまったのは、今回が初めてではなかった。
もっとも、前回は随分昔のことだし、この背中はもっと小さくてこんなにも逞しくはなかったのだが。
それに、自分も同じように子供だったし、相手を男の子と意識することなど――――訂正。
あの時も、その瞬間にこの背中を『男の背中』と認識したのだった。
当時、くじいた右足の痛みが気にならなくなるくらいに、その背中は小さくても暖かく、少女の胸にそれまで感じたことのない熱が芽生えたのを思い出す。
そうだ――――
もう、誤魔化しようがない。
この熱は、幼く世間知らずだった子供の単なる突発的なものではなかった。
それだからこそ、少女は強く自分に誓いを立てる。
絶対に、自分から素直に想いを吐露しないと。
――必ず、この朴念仁を熱くさせてやるんだからッ!
☆
初夏の涼やかな夜風に身体の熱を奪われて、少女は軽く身震いする。
それでも、胸側から暖かな感触があって、極端に身体が冷えることはなかった。
なので、どちらかというと気分のいい目覚めだったのである。
『目を覚ましたようですね』
少女の胸元でソルブライトが言い、ダーンも背負った少女が目覚めたことに気がつく。
「ここは……ええっと……」
未だ寝ぼけ眼で周囲を見回し、街の明かりが目前にある事を認識。
さらに、自分がぴったりとダーンの背中に密着したまま寝てしまった事も認識し、再び羞恥で真っ赤になってしまう。
「その……もうすぐ街だ……あー、気分はどうだい?」
ちょっと照れくさそうにダーンがステフの体調を確認する。
「その……平気……ぜんっぜんっ平気だから……さすがにもう下ろして」
『意識レベルは正常です。どうやら精神波の妨害による影響はなくなったようですね』
ステフ本人と、ソルブライトの言葉に安堵し、ダーンはその場で姿勢を落とし、ステフを下ろそうとした。
その動きに合わせて、ステフも大地に立とうとするのだが……ふと、思い立つ。
背を向けている剣士は自分を背負ったまま、割と緩やかとはいえ夜の山道を下ってきた。
さらに、目の前に街の入り口があるということは、時間にして三時間以上、少女を背負い続けていた事になる。
もちろん、気恥ずかしさは最大だったが――――
ここまで文句も言わずに背負ってくれた彼への感謝の思いと、幼かった頃に芽生えた以上に燃え上がってしまった熱が、その瞬間の少女を突き動かしていた。
姿勢を低くしたままのその背後から、彼の左の頬へと顔を寄せる。
「え……」
『あら……まあ!』
左の頬に感じた熱く柔らかな感触に、気の抜けた声を漏らすダーンと、妙に嬉しそうな驚きを漏らすソルブライト。
「か……感謝の印よッ。っていうか、あたしの専属のお馬さんになってくれたんだから、その分の報酬の上乗せみたいなモノよ。ちょっとサービスしすぎだけど、ありがたく思いなさい」
頬に口づけをした本人は、やはり頭頂部から噴火しそうな勢いで肌を紅潮させている。
『一応、言っておきますと……』
『セーフでしょッ! わかってるわよっ……それと、さっき色々盛り上がっていたのも何も問題ナシ! 以上!』
秘話状態でなにやら楽しそうに語りかけてきた神器の意志に、少女は同じく秘匿した念話でぶっきらぼうに言い返すと、一人、大股で街の方に歩き始めた。
ダーンは、やはり顔を赤らめていたものの、軽く笑って立ち上がり、彼女のあとを急ぎ追うのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる