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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第七話 裸の二人
しおりを挟むお互い素っ裸のまま見つめ合って固まった二人は、一呼吸おいて同時に、その場で姿勢を落とし湯の中に座り込む。
少しとろみのある乳白色の湯の中は、不透明で肩まで浸かればその下は見えなくなったが……。
「な……なんで? あり得ない……あり得ないんだからッ」
ステフは若干取り乱して、両腕で胸を隠すように抱きつつ身を翻す。
だが、座ったまま慌てていたため、湯の中で足を滑らせ、ひっくり返ってしまった。
派手な水音をたてて、湯の中に背中から水没する少女。
乳白色のお湯が鼻から入ってしまい、慌てて起き上がって咽せ返る。
「大丈夫か……」
ダーンが駆け寄ろうとするが――――
「こ……来ないでッ……って、もう! なんで仕切りが途中からなくなってるのよッ。三ヶ月前に来たときは、完全に仕切ってあったのに」
咽せ返った苦しさと、裸体を晒しさらにそのまま転倒するといった醜態。
もはや仕切りが残っている洗い場の近くまで行く気力もなく、琥珀の瞳一杯に涙を溜めたステフはその場で腰を落とし、湯の中に鼻先が触れるくらいまで浸かりこんだ。
先程までは、結い上げていた彼女の蒼い髪も転倒した際にほどけて、湯面にさらりと広がってゆく。
ダーンも同じように、その場で腰を落とし肩まで湯に浸かりつつ、思い出したようにステフに背を向けた。
そしてダーンはちらりと自分が歩いてきた方向を覗う。
本来ならあるはずの、男湯と女湯を仕切っている仕切り板はダーンとステフの間にはない。
濃い湯けむりのなか、洗い場と湯殿に入ってから数歩という場所まで仕切りは残っているのが見てとれた。
この場にはじめて来たダーンにも、その構造は不自然に思えてならない。
このような作りでは、入浴客に男女が別れていると思い込ませて、混浴状態に誘い込む罠のようなものだ。
それも……なんとなく、自分たちを……特に以前ここに来て安心しきっていたステフを狙った悪戯のようにも感じる。
まあ、そんな考察よりも、取り敢えずこの場を何とかするべきか。
「すまん……俺は……一度でるから……その、ステフはゆっくりとしていてくれ……」
「ダメッ……」
ダーンがその場からゆっくりと立ち去ろうとしているところへ、湯面を見たままのステフが強い否定の声を上げる。
「ステフ?」
「こんな状況に一人にしないでよッ……。他に男の人が来たらどうすればいいの? 今はたまたまいないけど、ここには満室になるくらいの団体客が泊まっているんだから」
少し震える声で不安げに言ってくるステフ。
「それは……でもな……」
確かに、この状況にステフ一人を残して、万が一にも他の男性客がやってきたら……。
彼女の魅力的な裸体を前に、不埒な行動を抑えられない輩がいるかもしれない。
現に、自分自身だって、先程網膜に焼き付いてしまった透けるような肌と麗しき流線に、性的な衝動を感じていたのだ。
やはり、このまま彼女を一人にしたくはない。
でも、いくらボディーガードとはいえ、流石に裸のまま警護というのも変な話ではないか……。
そんな風に自問自答しているところへ、ステフが少々自棄になって口を開いた。
「もう、いいもん。どうせ何回か見られてるし、あんまりこっち見なければ気にしない。お湯の中なら濁ってるから見えないし……」
その言いぐさに視線を逸らしたままのダーンが困惑していると、それを琥珀の瞳が捉えて、ふと表情を和らげた。
「ねえ……奥の渓谷……一緒に見ない? ホントに絶景で、なんだか贅沢な気分が味わえるのよ」
恥じらうか細い声で、湯殿の奥を見ながら話しかけてくる少女の声に、ダーンは心臓の跳ね踊る感覚を得ていた。
「あ……ああ。だけど、本当にこのままでいいのか」
申し訳なさそうに尋ねるダーンに、ステフは赤い顔をしたまま視線を向ける。
「いいも悪いも……さっき上から下までしっかりと見たでしょうが……今更何よ」
「いや……流石にそんな風には見てないというか……」
若干慌てて否定するダーンだが、そこへステフの胸元にあるソルブライトが突っ込みを入れる。
『完璧に見とれていましたよ……もちろん二人ともですが』
「だっ……誰が? 言っておくけど、あたしはそんなに見てないんだからね」
ステフは湯面から肩より下を出さないように、器用に湯の中を進みながら言う。
「なんだかなー……」
どう言えば適切なのかわからないダーンは、少し困惑しながらも、ステフから数歩離れた位置で、やはり胸元より下を湯につけたまま歩いて行く。
乳白色に濁った水面に浮かんでいた、髪を結い上げていたシュシュをステフが見つけて拾い、蒼い髪を湯面に広げた白い背中が奥に進んでいくと――――
立ちこめる濃い湯気の奥、やがて湯面よりも僅かに頭をだした湯船の縁たる岩肌が見えた。
その先に切り立った崖を挟んで、急流のため白い水しぶきを上げる渓流と、その少し上流に滝が見える。
この露天にはその渓流と滝から伝わる水の轟音が満ちていた。
「さっきから聞こえていたのはコレだったのか……確かに、なかなかこんなロケーションはないな」
なるべくステフの方に視線をもっていかないよう気を配りつつ、ダーンは彼女の隣、岩肌に近づいて湯床に腰をおとす。
「でしょ。……しかも、可愛い女の子との混浴よ。あなた、もうこのまま死んでもいいんじゃない?」
話しながら、ステフは手にした黒いシュシュを片手で絞り、そのまま両手で自らの髪を結い上げ始めた。
湯面から下は乳白色の濁りが強く、湯の中は見えないが――――
あえて視線をそらしているのに、白い腕が持ち上がって普段目にしない柔肌、その白いまぶしさが視界の端にどうしてもチラつく。
湧き上がる熱い何かを必死に抑えることにダーンは四苦八苦していた。
「物騒なこと言わないでくれ……」
努めて冷静に応じるダーンは、自分で可愛い女の子とか言うか、という突っ込みは飲みこんだ。
今彼女の機嫌を損ねれば、得意のサイコ・レイで頭を撃ち抜かれかねない。
「それにしても……これって、やっぱ不自然よね。前来たときは、確かに仕切りがあったし、それこそ絶対にノゾキができないように、仕切り板の中に装甲板まで仕込んであったのよ。仕切りの上から覗こうものなら、レーザーガンで撃たれるくらいの機械警備もあったのに」
「俺も変だと思うけど、そのなんだ……仕切り板に装甲とかレーザーガンって、ここは軍事施設だったのか?」
「え? あ、その……この温泉を気に入ったある貴族が親バカでね。自分の娘も入浴するからって、投資して警備を厳重にさせたみたいなんだけど……噂で聞いた程度だしよく知らないわ」
はぐらかすように言ったステフだったが、その親バカはウチの父ですという言葉を飲みこんでいた。
『とんだ親バカもいたものですね……そんな親に大事に育てられた娘とやらを見てみたいものです。きっと厳重な警護が必要と思わせるほど、とてもおしとやかな方なのでしょう』
ソルブライトの言葉にステフがぴくりと眉根をつり上げる。
『嫌みかッ……どうせ、おしとやかとは対極の存在ですよ、あたしは』
皮肉っぽくソルブライトだけに聞こえるよう、念じるステフだったが――――
彼女は気がつかなかったが、ダーンは必死に笑いをかみ殺していた。
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