超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第八話  認識公正1

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 ダーンは心地よく身体を温めてくれる柔らかな湯の感触のなか、妙な気分を味わっていた。

 目の前には、それほど深くはないけいこくと、それを挟んで白い水しぶきを上げる細い滝。

 その滝で発生した轟音が、火照った耳の中、鼓膜を心地よく震わせている。

 露天温泉として、これ程風情のあるものは初めてだった。

 さらに、目の前の渓谷や温泉の効能などについて解説してくるのは、まともに視線を向けることができないほどの美しい少女。

 こんな状況に身を置くことになるとは思いもよらなかったが、何だろう……とてもいい気分なのは間違い。

 ただ、やはり落ち着かないのだ。
 そのため、ステフの説明も半分以上は頭に入っていなかった。 

 そんな折り、ステフの温泉解説が一区切りついたところで、ソルブライトがやにわに言い出す。


『せっかくの全裸状態です……この状況を最大限に利用しましょうか』


 その言葉にどういう意図があるのかわからない二人は、一度顔を見合ってきょとんとする。

「ねえ、冗談にも全裸を最大限に利用とか、あたし的には笑えないんだけど」

 ステフがダメ声で言ってから、ダーンからそろそろっと身体二つ分くらい離れる。

 瞬間、ダーンの表情に影が差したのは気のせいではない。

『言っておきますが、冗談ではありませんよステフ。これからのあなた達の旅路や戦闘などのことも考えた上で真面目に提案しています』

「じゃあ……何なのよ?」

認識校正キャブリエーションですよ』

 ソルブライトが告げた言葉に、二人はハッとなる。

 そしてすぐに顔を赤らめ黙り込む二人。


 認識校正キャブリエーション――――

 それは、治癒のサイキックを自己以外の肉体に作用させるために必要とされる儀式のようなものだ。

 通常、《治癒ヒール》は、自己の健全な肉体をイメージすることで、負傷した肉体をそのイメージに補正していく形で癒やしていく。


 この《治癒ヒール》に限らず、サイキックという能力は意志の力の具現化であり、発現する結果をイメージして初めて効果を現すものなのだ。

 当然《治癒ヒール》も、負傷などのない『健全な身体』という癒やしの結果を正しくイメージできなければ効果がない。

 しかし、自分以外の身体、その健全な状態を正しくイメージするなどまず不可能なことだ。

 だからこそ、通常《治癒ヒール》のサイキックは、自分自身にしか発動できないのだが、例外はある。

 その例外を可能とするのが認識校正キャブリエーションという儀式なのだ。

 では、具体的に何をするのかと言えば、明確な方法は特に定まっていない。

 サイキッカーそのものが数が少ないこともあって、この方面の研究が進んでいないためである。

 いずれにしても、要は、相手の肉体が自分それと同じように認識できる手段ならばいいのだが――――

 最も確実な方法として二人が知っているのは、相手の身体全体に直に触れて、感触をもって脳に認識をすり込む方法だ。 

 つまりは、全身をくまなく直に手で触れればいい。

 全裸が好都合とソルブライトが言ったのは、そのためだ。

『これからの戦闘は、それなりに痛みを伴うことでしょう。そんなとき、真っ先に怪我をする可能性の高いのは彼です。今後を考えれば、彼の身体も《治癒ヒール》のサイキックで治せるようにしなければならないでしょう』

 もっともなことを言うソルブライトだが、認識校正キャブリエーションという儀式がどういうものなのかを知る二人は、赤面しつつ固まった。

 ダーンは、ソルブライトに言われるまでもなく、これからの闘いにおいて、ステフの《治癒ヒール》に頼るべき場面が起こりうることは想定していた。

 そしてそれは、相方のステフにしても同様だった。

 特に、何度か自分をかばって怪我をしているダーンを目の前で見ているだけに、認識校正キャブリエーションに関しても、早めにやっておくべきだと考えていたのだが……。


――必要なこととわかっているのと、実際にできるかは全くの別問題よ。


 二人は年頃の若い男女である。

 特に、お互い異性関係の経験は皆無。

 ステフはたまに意図的にダーンに抱きついていたが、今回のはそんな『おままごと』の延長とは違う。

 なにせ、意識を集中しつつ異性の肉体を余すことなく全てでまくり、その状況を脳にインプットしなければならないのだ。

 それは本当に親密な関係の恋人同士がする全身への愛撫に近い……。

 あるいは端から見れば、完全なセクハラ行為である。

「ソルブライト……その、無理に認識校正キャブリエーションなんかしなくても、今までのように傷口さえ見てれば、俺たちの場合は上手くいくんだから、このままでいいんじゃないか」

 ダーンが赤い顔をしたままソルブライトに申し向けるが――――

『甘いですよ、ダーン。あのように遅々として進まない《治癒ヒール》では、本当に時間が切迫している際に何もできなくなります。これは、これからの闘いで生存率を上げる為に必要な任務分担です。あなた自身が《治癒ヒール》のイメージングをできない以上、ステフにお願いするしかないでしょう』

 ソルブライトの言うことはもっともな意見で非の打ち所もなかった。

「だ……だけどなぁ……」

 ダーンが何とか言い返そうとするが……その彼の口元に白い手が伸びてきて、言葉を途切れさせる。

 隣で肩の辺りまで湯に浸かっていたステフが、右手で彼の口元を制していた。

「もういいわ……ダーン。それとも、あたしが認識校正キャブリエーションするの、イヤ?」

 俯きつつ途切れそうなか細い声で尋ねてくる。

「い……イヤってわけではないが……だけど、その……」

「じゃあ、もう一つだけ確認。ダーン、認識校正キャブリエーションがうまくいってあたしの《治癒ヒール》が完全にあなたに作用するようになったとしても、あなたがあたしよりも傷ついていいわけじゃない……無茶をしないって約束して」

 認識校正キャブリエーションにより彼の肉体をやせるようになるということは――――

 悪く考えれば、彼女が癒やせるのだから、彼が代わりに傷つくということを暗に制約することになるのではないか……。

 確かにその行為が恥ずかしいという理由もあった。

 だが、それだけではない。

 ステフが認識校正キャブリエーションに難色を示していたのは、今後の任務分担として、傷つく者と癒やす者という関係になることをしていたからだ。

「ステフ……。そうだな……無茶はしないし、君の《治癒ヒール》はあくまでも保険でしかないと考えるよ」

 そう答えたダーンは、本当はどう答えようか少し迷った。

 万が一の場合、身をていして護衛対象を守るのが、ボディーガードという任務だ。

 彼女よりも傷つく可能性があるのは当たり前だし、そもそも、その逆は絶対にあり得ない。

 ただ、ステフの繊細な気持ちに裏切れず、またそれが嬉しくもあった。

「約束よ。……ソルブライト、あたしも初めての経験だから、サポートして頂戴」

『わかりました。好都合なのは、ここが温泉で薬事効果があるという点ですね。さらに、温泉は地脈とも密接な関係がありますから、湯の中で行うのがよいでしょう』

「わかったわ……ダーンはそのままでいて。その、背中側からやるから」

 ステフの言葉に、ダーンは生唾を飲みこみつつ首肯する。

『それに……この濁った湯の中なら直接見えないですから、初心うぶなあなた達にはちょうどいいかと……』

 意地悪な声色の言葉が、秘話状態でステフの脳裏に響く。

『うるさい……』

 同じく秘話状態で、悪態をきつつ、ステフはダーンの背中に回り込んだ。
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