超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第十一話  それは『彼女』の夢……

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 それは少女が何度か見たことのある夢だった――――



 ――まともに目を開けていられない……。

 目の前には荒れ狂う炎の壁。

 迫ってくる熱風に、瞳の涙が乾いてしまいそうだ。
 
 少女は顔の前に両腕をかかげ、かろうじて目の前に立ちはだかる男を視界に納めた。

 漆黒――――

 その全身を覆う甲冑は艶のない漆黒そのもの。

 長身の体躯は、無駄のない引き締まったものだ。

 その鍛え上げた右手だけで軽々と大剣を振るう。

 武術を全く知らない少女でも、その男が剣の達人だと分かった。

 大理石の床を、金属製の靴底でコツコツと音をたて歩んでくる。

 その姿は、一言で表すならば《漆黒の剣士》だ。

 そしてその背後には、れんの地獄絵図。

 先程まで楽しげな晩餐の会場だったのが、一変して紅蓮の炎に包まれた灼熱の牢獄と化した。

「なんてことを……。会場にいたみんな……無防備で武器なんか持ってなかったのに……。あなたは、剣を持つ者として恥ずかしくないの?」

 少女は自己の勇気を振り絞って、目の前にゆっくりと迫る《漆黒の剣士》を糾弾する。

 その少女をかばうように、少年剣士が一歩前に出ると、手にしていた長剣を正中に構えた。

 その剣は、先程までこのバルコニーを警護していた衛兵のものだが、その衛兵も、少し離れた場所に倒れている。

じようなことだ……一応弁解しておくが、誰も殺してはいない。最初の爆発は音と光だけ派手に出るやつだ。ご来賓の皆様には早急にご退場いただいた後、窓際の方に《炎の障壁ファイヤーウォール》を放ったのさ。姫……お前を逃がさないためにな……」

 《漆黒の剣士》は、肩をすくめてゆっくりと言い放ち、右手に持つ大剣の切っ先を、少女の前に立つ少年剣士へと向ける。

 凄まじい殺気が少年剣士を射貫いた。

 それは、その後ろに立つ少女でさえ、心臓が一瞬止まりかけるほどだ。

「グッ……」

 苦しそうなうめきを漏らした少年剣士だったが、構えた長剣を下げることはなかった。

 蒼穹そうきゅうの瞳に闘志を宿したまま、《漆黒の剣士》を睨み続ける。

 しかし――――

 その場から切り込んでいくことができなかった。

 目の前に悠然と立ちはだかる《漆黒の剣士》は、まるで巨大な壁のように感じる。

 それほどまでに凄まじい闘気が、《漆黒の剣士》から立ち上っていたのだ。

「フッ……大したものだな、少年。見た目ではせいぜいとおをこえた程度だろうに、この私の殺気を受けても気を失うことなく、逃げ出しもせずに剣を向けているとは。だが、お前ほどの剣士ならば理解しているだろう……絶望的な力の差を」

 少しだけ表情を和らげて告げる《漆黒の剣士》だったが、その殺気は全く衰えていない。

 これは、完全な脅迫だ。

 少年剣士は、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

「ねえ……もういいわ……。アイツはあたしに用があるみたいなの。だいぶ派手にやってくれたけど、幸い死人は出てないみたいだし、これ以上アテネの人々に迷惑をかけられない。だから、ね、お願い……ここは退いて」

 少女は剣を構え続ける少年に、背後からそって抱きしめて訴える。

 少女の黒髪からほのかに立ち上る洗髪料の香りが、少年剣士の鼻腔をくすぐった。
 それが高めた闘争心をいさめようとするが、少年は、それに逆らうように両手で剣を握りなおした。

「ダメだ! ……ここでの滞在中、お前の身の安全は俺が守ると約束した。それに、炎の向こうにはナスカや騎士団もいるはずだ。少しの時間だけでも持ちこたえれば、救援が来る」

「でも、いくらあなたでも、アイツの相手は無理よ」

「王女様が簡単にあきらめんなよッ……そんなんじゃ、『凄くいい女』になるっていうのも、まゆつばものだぞ」
 
 漆黒の剣士を見据えながら、軽口を叩く少年剣士。

 その彼に、さらに諫めようと声を掛けようとした少女は、抱きついていた少年の背中から一度離れ、二人の間に割って入ろうとするが……。

 突如、少女の身体に横方向の力が加わる。

 少年剣士が、回り込もうとした少女の身体を左腕でぐように、横へと押し出したのだ。

 直後、空を裂く轟音と共に、艶のない黒い刃を持つ大剣が少年の頭上に迫っていた。




     ☆




 熱い――――

 抱きしめてくる腕と、触れてくる唇。
 何より、この身体を優しくも激しく貫く熱の塊。

 熱いよ――――

 まるでこの身を溶かしてしまいそうだ。
 

 でも――――


 ふと、思い起こせば、先程感じていた灼熱とはまるで違う。

 そもそも、ここはどこだろう……。

 先程までは、この七年たまに見ることがある夢――――

 あのバルコニーでの事件を、夢で再体験していたはずだが……。



 今体験しているこの状況は、少なくとも初めて体験することだった。



 激しい息づかいと、身体の奥から吐き出てしまう甘美なきようせい……。

 身体が揺れる動きに合わせて、丈夫なかしの木で組み上げた大きなベッドがきしむ。

 やがて息づかいと嬌声のテンポが速くなって、そろそろ限界が近い。

 頭の中が真っ白になりかけ、快楽の高ぶりが一瞬息の詰まるもんを誘う。

 それは苦悶か快楽か、どちらなのかもうよく分からない。
 
 ただ自分一人では耐えられなくなって、助けを求めるように濡れた瞳を彼に向けた。

 彼の蒼い髪が身体の動きに揺れて、汗がその先から滴って『彼女』の弾む胸に落ちる。

 あられもなく大きく開かれた両足と火照って朱を差した両腕を絡めて、たくましい体躯にしがみついた。

 その『彼女』の華奢な上半身を彼はそのまま抱き上げて起こし、向かい合うように座ると――――

 少し意地悪な笑みを浮かべた彼は、ベッドのバネを利用するように、お互いの身体を派手に弾ませる。

 めちゃくちゃな動きにほんろうされて、下唇を噛んで押し寄せるこうこつの波に抗う『彼女』は、四肢を彼にからめて、少しでも動きを抑えようとするが……。

 お互いの汗で滑ってしまい、一度絡まった身体がほどかれ、二人の身体が離れそうになる。

 すると、一度離れかけた距離を一気に詰めるように、彼は思いっきり『彼女』を抱きしめた。

 その弾みで――――


 彼の背中に血が滲む。

 『彼女』が背中に爪を立てて、激しくかぶりを振り乱しながら一際大きな嬌声を上げた。

 下腹部に突き上げてくる熱い脈動に合わせて、全身を小刻みに振るわせ、こうこつに、はしたなく酔いしれる。

 そのかすむ視界に、乱れた髪が空を舞うのが映った。

 銀をまぶした蒼き髪――――

 それは『彼女』自身の髪だ。 

 しかし……真にそれを見ているのは、ではない。

 少女は何となくそう思った。

 『彼女』が感じている快楽も幸福感も、少し現実味のない感覚でしかなかったからだ。

 なにより――――


――あれは、あたしの髪じゃない!


 自分の髪は、クセのないストレートであるはずだが、視界に映っていた『彼女』の髪は、ごうしやに波をうっていたのだ。

 少女は『彼女』の得ていた感覚を共有しながら、抱き合ったままベッドに倒れ込んだ相手の男を見る。

 よく知っている蒼い髪。

 透き通った快晴の空をイメージさせる蒼穹の瞳。


――でも、この男はアイツじゃない。


 男は『彼女』の耳元に唇を寄せると、少女の知らない異国の言葉で甘くささやく。

 共有する感覚から、過敏になっている耳元に、熱い吐息と大人の男を感じさせる優しくも強い音。

 その音は、『彼女』のよく知るものだったが、少女の知る音ではなかった。


 その甘いささやきに「セフィー」という、女性の名前らしき単語が含まれていた。




     ☆




 少女は夢から覚めたと思っていた。

 だが、実際は違ったらしい。
 
 今も、男性のものと思われる逞しい胸板に左の耳や頬が触れている。

 熱い心臓の鼓動は、はたして、先程のシーンに比べれば穏やかなものだったが。


――というか……。


 あれほど大量の汗にまみれていたのに、今はそうではない。

 両手で手探りに相手の身体をでると、はだけている胸板以外には、布の感触――――麻と綿を織り交ぜた柔らかい感触だった。

「その……くすぐったいんだが……そろそろ、起きてくれないか?」

 胸板からと、反対の耳には困惑した声――――よく知っている、アイツの声!

 ハッとして目を見開き、頭を起こして琥珀の瞳を頭上に向けると、困惑したダーンの顔を認識する。 


 途端に盛大な悲鳴を上げて、蒼い髪の少女は、背中の上までかかっていた毛布をはね飛ばして起き上がった。

 その際、ダーンの胸板に彼女のひじがめり込んで、彼は軽く苦悶し、恨めしそうにベッドの上から飛び降りていく姿を見つめる。

「な……なんで? 夢じゃなかったの?」

「何の話だよッ! ……ったく……言っておくけどな、君の方から俺の上に抱きついてきたんだぞ。ぞうが悪いみたいで、随分動いていたし、やたら撫で回すし……」

『だから……今がチャンスと……』

「君は黙っていてくれ」
 
 少女の浴衣が大きくはだけ、白い双丘の露わになっている谷間でれる、宝玉ソルブライトに半目で睨むダーン。

 その視線に気がつき、ステフは浴衣のあわせを慌てて直した。

「あ……あんまりジロジロ見るなぁ――――!」

 ステフの抗議にバツの悪い苦笑いを浮かべて、ダーンは一言びて視線を彼女から外す。

『ギリギリ見えないところがとてもよかったのですが……』

「黙りなさい……」

 ステフはペンダントヘッドをつまみ上げて、目線にそれを持ってきて睨み付けた。

『あらあら……冗談が過ぎましたか。まあ、とにかく、これで認識校正キャブリエーションは完了です』

 ソルブライトの言葉を聞き、ステフは昨夜のことを思い出した。

 昨夜、認識校正キャブリエーションを完了するための条件として、ソルブライトが告げたのは、『二人で手を繋いだまま同じベッドに眠ること』だった。

 脳は、睡眠中に記憶などの整理整頓をしているという考え方もあったと思うが、ソルブライトの狙いはまさにそれだ。

 人が夢を見る状況を利用して、深層意識に認識校正キャブリエーションに必要な情報を記憶させようとしたのである。

 結果は大成功だったようで、認識校正キャブリエーションを完了したようだ。

 これからの闘いでは、万が一ダーンが深手を負っても、すぐに治療できることになる。

 それはともかくとして、ステフは一応念のため自身の身体に異変がないか、ダーンの視線がそっぽを向いている間に軽くチェックする。

 そして、何の異常もなく、少女はあんの吐息を漏らすのだった。 
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