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12 一度あることは二度ある
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コンコン、と小さな音がして柚季は目を開けた。
「ん……」
うっすらと目を開ける。
「っ!」
見慣れない部屋にいる、と気づいた瞬間、柚季はベッドから跳ね起きていた。壁に背をつけるように立ち、ベッドの横を――それから部屋を見回す。
――どこ? なんで? 昨日は……
動悸で吐きそうになり、口元を押さえる。全身が震えていた。
もう一度ノックの音がして、部屋の扉が開く。声も出せずに見ていると、その向こうからごく淡い金髪の男が現れた。
「おはようござ……どうしました、柚季様?」
「あ、ああ……」
ランシェの顔を見て、柚季はほっと息をついた。
――そうだ、昨晩はこの人のホテルに泊めてもらったんだっけ。
ベッドに転がって、そのまま寝落ちてしまっただけだ。それ以上でも、それ以外でもない。
「大丈夫ですか? 顔色がよくないようですが」
「あ、だ、大丈夫です……ただ……いつもと様子が違ったので寝ぼけてびっくりしちゃって」
普段は引きこもっているものですから、と柚季は笑った。そうですか、と答えるランシェは接客業特有の微笑を浮かべていて、どう思われているのか判断ができない。
「ところで柚季様、朝食はいかがでしょうか。よろしければご一緒にどうかなと思ったのですが」
「えっ、い、一緒に……?」
柚季が戸惑っているうちに、ランシェの後ろについてきていたルームメイドがテキパキと部屋の中に朝食を準備し、一礼して去っていく。
気づいた時には、室内には柚季とランシェだけが残されていた。
――なんでこの男と朝食をとることになってるんだ? いや、別にいいっちゃいいけど……
柚季が立ち尽くしたまま状況についていけずにいると、それを読み取ったかのようにランシェが礼をした。
「柚季様、昨日は強引に引き留めてしまってすみませんでした。でも、どうしても昨日のあなたの様子が心配で」
「ああ、そう……なんですか。ありがとうございます」
そんなにまずそうな雰囲気だったのだろうか。居たたまれなさを感じた柚季が視線を下に落とすと、それを覗き込んでくるようにランシェが首を傾げた。青い目は柚季の方に向いているはずなのに、どこか遠くに視線が合っているような気がする。
「昨晩、少しは寝られましたか?」
「ええ、まあ……」
もそもそと答える。寝られはしたと思うが、寝覚めが悪かったせいか疲れが取れた気が全くしない。
「なら重畳です。睡眠と食事は人間の基本ですからね」
促されるまま座り、パンをかじる。良い匂いのようだ。多分おいしいのだと思うが、それよりも食事という行為が億劫である。
そう感じていることが目の前のランシェに伝わらないようにしたかったが、おいしいとはどんな表情をすべきか分からなかった。放っておいてくれればいいのに、と思いつつ、とにかく出された食事を飲み込む。
ふと顔を上げると、ランシェの青い瞳が柚季のことをじっと見つめていた。「見守っている」というよりも「観察している」という雰囲気の方が近いような――と思ったのも一瞬のことで、柚季の視線に気づいたランシェはふわりと笑顔を浮かべた。
その口元には、やはり見覚えがあるような気がする。
具体的には、狼面の下の口元に似ているような。
「あの、もし、間違っていたら申し訳ないんですけど」
柚季はそろそろと口を開いた。
「ランシェさんと僕って、お会いしたこと……あります、よね?」
ランシェの持っていたカップが、わずかに揺れた。
「……え? 昨日が初対面だと思いますが」
張り付いたようなランシェの笑みは、本心からのものなのか、それとも嘘を覆い隠すものなのか柚季にはまったく判別できない。
思い違いだろうか。もやもやした気持ちを抱えたまま、柚季も微笑み返した。
「そう、ですか……すみません、昨日お会いしたばかりとは思えなくて」
「それは大変に嬉しいお言葉ですね」
カップをソーサーに置いたランシェが、人差し指を立てる。
「では柚季様、私からも1つご質問よろしいですか」
「あ、はい」
「柚季様が最近ご結婚を考えられているというのは本当ですか?」
「……それは……」
柚季が空になった皿に目を落とすと、ランシェが向かいの席を立つ気配がした。
「不躾ですみません、けれど……もしお噂が本当なら、結婚相手は私では駄目なんでしょうか?」
「えっ」
予想外の、でもつい最近聞いたような内容の言葉に柚季は固まった。横に来たランシェが跪き、柚季の手を恭しくとり、その甲に軽く唇を当てた。
「いきなりで驚かせてしまって申し訳ございません。私は平民ですし、世迷い言を言っているのかと思われるかもしれないんですが……でも、一目惚れなんだと思います。昨晩のあなたの姿をお見かけしてから、柚季様のことが心に焼きついて離れないんです」
「え、えええ……」
ただでさえキャパシティの小さな柚季には、ランシェの顔を見返す以外のことができなかった。
「『初対面とは思えない』ということは、柚季様も同じお気持ちなのでしょう?」
「いや、いやいやいや」
一緒じゃない。全然一緒ではない。全くもってそういう意味ではない。
「お互いのこと、まだよく知らないわけですし……いきなり結婚とかは……さすがに……」
「では、候補としては見ていただけるのですね!」
「いや、え、うーん……?」
そうなるのだろうか。
弾むような口調とは裏腹に、その顔にはどこか商品に値付けをするような冷静さがあった。
「そう……ですね」
だが、だからこそ柚季は安心して頷き返すことができたのだった。
「ん……」
うっすらと目を開ける。
「っ!」
見慣れない部屋にいる、と気づいた瞬間、柚季はベッドから跳ね起きていた。壁に背をつけるように立ち、ベッドの横を――それから部屋を見回す。
――どこ? なんで? 昨日は……
動悸で吐きそうになり、口元を押さえる。全身が震えていた。
もう一度ノックの音がして、部屋の扉が開く。声も出せずに見ていると、その向こうからごく淡い金髪の男が現れた。
「おはようござ……どうしました、柚季様?」
「あ、ああ……」
ランシェの顔を見て、柚季はほっと息をついた。
――そうだ、昨晩はこの人のホテルに泊めてもらったんだっけ。
ベッドに転がって、そのまま寝落ちてしまっただけだ。それ以上でも、それ以外でもない。
「大丈夫ですか? 顔色がよくないようですが」
「あ、だ、大丈夫です……ただ……いつもと様子が違ったので寝ぼけてびっくりしちゃって」
普段は引きこもっているものですから、と柚季は笑った。そうですか、と答えるランシェは接客業特有の微笑を浮かべていて、どう思われているのか判断ができない。
「ところで柚季様、朝食はいかがでしょうか。よろしければご一緒にどうかなと思ったのですが」
「えっ、い、一緒に……?」
柚季が戸惑っているうちに、ランシェの後ろについてきていたルームメイドがテキパキと部屋の中に朝食を準備し、一礼して去っていく。
気づいた時には、室内には柚季とランシェだけが残されていた。
――なんでこの男と朝食をとることになってるんだ? いや、別にいいっちゃいいけど……
柚季が立ち尽くしたまま状況についていけずにいると、それを読み取ったかのようにランシェが礼をした。
「柚季様、昨日は強引に引き留めてしまってすみませんでした。でも、どうしても昨日のあなたの様子が心配で」
「ああ、そう……なんですか。ありがとうございます」
そんなにまずそうな雰囲気だったのだろうか。居たたまれなさを感じた柚季が視線を下に落とすと、それを覗き込んでくるようにランシェが首を傾げた。青い目は柚季の方に向いているはずなのに、どこか遠くに視線が合っているような気がする。
「昨晩、少しは寝られましたか?」
「ええ、まあ……」
もそもそと答える。寝られはしたと思うが、寝覚めが悪かったせいか疲れが取れた気が全くしない。
「なら重畳です。睡眠と食事は人間の基本ですからね」
促されるまま座り、パンをかじる。良い匂いのようだ。多分おいしいのだと思うが、それよりも食事という行為が億劫である。
そう感じていることが目の前のランシェに伝わらないようにしたかったが、おいしいとはどんな表情をすべきか分からなかった。放っておいてくれればいいのに、と思いつつ、とにかく出された食事を飲み込む。
ふと顔を上げると、ランシェの青い瞳が柚季のことをじっと見つめていた。「見守っている」というよりも「観察している」という雰囲気の方が近いような――と思ったのも一瞬のことで、柚季の視線に気づいたランシェはふわりと笑顔を浮かべた。
その口元には、やはり見覚えがあるような気がする。
具体的には、狼面の下の口元に似ているような。
「あの、もし、間違っていたら申し訳ないんですけど」
柚季はそろそろと口を開いた。
「ランシェさんと僕って、お会いしたこと……あります、よね?」
ランシェの持っていたカップが、わずかに揺れた。
「……え? 昨日が初対面だと思いますが」
張り付いたようなランシェの笑みは、本心からのものなのか、それとも嘘を覆い隠すものなのか柚季にはまったく判別できない。
思い違いだろうか。もやもやした気持ちを抱えたまま、柚季も微笑み返した。
「そう、ですか……すみません、昨日お会いしたばかりとは思えなくて」
「それは大変に嬉しいお言葉ですね」
カップをソーサーに置いたランシェが、人差し指を立てる。
「では柚季様、私からも1つご質問よろしいですか」
「あ、はい」
「柚季様が最近ご結婚を考えられているというのは本当ですか?」
「……それは……」
柚季が空になった皿に目を落とすと、ランシェが向かいの席を立つ気配がした。
「不躾ですみません、けれど……もしお噂が本当なら、結婚相手は私では駄目なんでしょうか?」
「えっ」
予想外の、でもつい最近聞いたような内容の言葉に柚季は固まった。横に来たランシェが跪き、柚季の手を恭しくとり、その甲に軽く唇を当てた。
「いきなりで驚かせてしまって申し訳ございません。私は平民ですし、世迷い言を言っているのかと思われるかもしれないんですが……でも、一目惚れなんだと思います。昨晩のあなたの姿をお見かけしてから、柚季様のことが心に焼きついて離れないんです」
「え、えええ……」
ただでさえキャパシティの小さな柚季には、ランシェの顔を見返す以外のことができなかった。
「『初対面とは思えない』ということは、柚季様も同じお気持ちなのでしょう?」
「いや、いやいやいや」
一緒じゃない。全然一緒ではない。全くもってそういう意味ではない。
「お互いのこと、まだよく知らないわけですし……いきなり結婚とかは……さすがに……」
「では、候補としては見ていただけるのですね!」
「いや、え、うーん……?」
そうなるのだろうか。
弾むような口調とは裏腹に、その顔にはどこか商品に値付けをするような冷静さがあった。
「そう……ですね」
だが、だからこそ柚季は安心して頷き返すことができたのだった。
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