取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない

二ッ木ヨウカ

文字の大きさ
12 / 20

12 一度あることは二度ある

しおりを挟む
 コンコン、と小さな音がして柚季は目を開けた。

「ん……」

 うっすらと目を開ける。

「っ!」

 見慣れない部屋にいる、と気づいた瞬間、柚季はベッドから跳ね起きていた。壁に背をつけるように立ち、ベッドの横を――それから部屋を見回す。

 ――どこ? なんで? 昨日は……

 動悸で吐きそうになり、口元を押さえる。全身が震えていた。
 もう一度ノックの音がして、部屋の扉が開く。声も出せずに見ていると、その向こうからごく淡い金髪の男が現れた。

「おはようござ……どうしました、柚季様?」
「あ、ああ……」

 ランシェの顔を見て、柚季はほっと息をついた。

 ――そうだ、昨晩はこの人のホテルに泊めてもらったんだっけ。

 ベッドに転がって、そのまま寝落ちてしまっただけだ。それ以上でも、それ以外でもない。

「大丈夫ですか? 顔色がよくないようですが」
「あ、だ、大丈夫です……ただ……いつもと様子が違ったので寝ぼけてびっくりしちゃって」

 普段は引きこもっているものですから、と柚季は笑った。そうですか、と答えるランシェは接客業特有の微笑を浮かべていて、どう思われているのか判断ができない。

「ところで柚季様、朝食はいかがでしょうか。よろしければご一緒にどうかなと思ったのですが」
「えっ、い、一緒に……?」

 柚季が戸惑っているうちに、ランシェの後ろについてきていたルームメイドがテキパキと部屋の中に朝食を準備し、一礼して去っていく。
 気づいた時には、室内には柚季とランシェだけが残されていた。

 ――なんでこの男と朝食をとることになってるんだ? いや、別にいいっちゃいいけど……

 柚季が立ち尽くしたまま状況についていけずにいると、それを読み取ったかのようにランシェが礼をした。

「柚季様、昨日は強引に引き留めてしまってすみませんでした。でも、どうしても昨日のあなたの様子が心配で」
「ああ、そう……なんですか。ありがとうございます」

 そんなにまずそうな雰囲気だったのだろうか。居たたまれなさを感じた柚季が視線を下に落とすと、それを覗き込んでくるようにランシェが首を傾げた。青い目は柚季の方に向いているはずなのに、どこか遠くに視線が合っているような気がする。

「昨晩、少しは寝られましたか?」
「ええ、まあ……」

 もそもそと答える。寝られはしたと思うが、寝覚めが悪かったせいか疲れが取れた気が全くしない。

「なら重畳です。睡眠と食事は人間の基本ですからね」

 促されるまま座り、パンをかじる。良い匂いのようだ。多分おいしいのだと思うが、それよりも食事という行為が億劫である。
 そう感じていることが目の前のランシェに伝わらないようにしたかったが、おいしいとはどんな表情をすべきか分からなかった。放っておいてくれればいいのに、と思いつつ、とにかく出された食事を飲み込む。
 ふと顔を上げると、ランシェの青い瞳が柚季のことをじっと見つめていた。「見守っている」というよりも「観察している」という雰囲気の方が近いような――と思ったのも一瞬のことで、柚季の視線に気づいたランシェはふわりと笑顔を浮かべた。

 その口元には、やはり見覚えがあるような気がする。
 具体的には、狼面の下の口元に似ているような。

「あの、もし、間違っていたら申し訳ないんですけど」

 柚季はそろそろと口を開いた。

「ランシェさんと僕って、お会いしたこと……あります、よね?」

 ランシェの持っていたカップが、わずかに揺れた。

「……え? 昨日が初対面だと思いますが」

 張り付いたようなランシェの笑みは、本心からのものなのか、それとも嘘を覆い隠すものなのか柚季にはまったく判別できない。
 思い違いだろうか。もやもやした気持ちを抱えたまま、柚季も微笑み返した。

「そう、ですか……すみません、昨日お会いしたばかりとは思えなくて」
「それは大変に嬉しいお言葉ですね」

 カップをソーサーに置いたランシェが、人差し指を立てる。

「では柚季様、私からも1つご質問よろしいですか」
「あ、はい」
「柚季様が最近ご結婚を考えられているというのは本当ですか?」
「……それは……」

 柚季が空になった皿に目を落とすと、ランシェが向かいの席を立つ気配がした。

「不躾ですみません、けれど……もしお噂が本当なら、結婚相手は私では駄目なんでしょうか?」
「えっ」

 予想外の、でもつい最近聞いたような内容の言葉に柚季は固まった。横に来たランシェが跪き、柚季の手を恭しくとり、その甲に軽く唇を当てた。

「いきなりで驚かせてしまって申し訳ございません。私は平民ですし、世迷い言を言っているのかと思われるかもしれないんですが……でも、一目惚れなんだと思います。昨晩のあなたの姿をお見かけしてから、柚季様のことが心に焼きついて離れないんです」
「え、えええ……」

 ただでさえキャパシティの小さな柚季には、ランシェの顔を見返す以外のことができなかった。

「『初対面とは思えない』ということは、柚季様も同じお気持ちなのでしょう?」
「いや、いやいやいや」

 一緒じゃない。全然一緒ではない。全くもってそういう意味ではない。

「お互いのこと、まだよく知らないわけですし……いきなり結婚とかは……さすがに……」
「では、候補としては見ていただけるのですね!」
「いや、え、うーん……?」

 そうなるのだろうか。
 弾むような口調とは裏腹に、その顔にはどこか商品に値付けをするような冷静さがあった。

「そう……ですね」

 だが、だからこそ柚季は安心して頷き返すことができたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

処理中です...