取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない

二ッ木ヨウカ

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13 帰宅

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 家まで送るというランシェの申し出に、柚季は遠慮なく甘えることにした。

「こんな機会でもないと我々は敷地内にすら入れませんからね」

 そう言いながら子供のように馬車の窓を覗いていたランシェだったが、柚季が住む水車小屋を指し示すと、ぽかんとした顔になった。

「……え? これ、に住んでるんですか?」
「あ、はい。昨日の部屋の方が広いっていうの、本当なんですよ」
「冗談ですよね? だってこれ家畜……」

 家畜小屋、と言おうとしたのだろう。慌ててランシェは咳払いをした。

「……いくらなんでも、酷くないですかこれは。ただの掘立小屋ですよ。柚季様は自分には関係のないこの国に尽くしてくれたというのに、女王は何を考えてるんです? 悪趣味にもほどがある」

 不愉快そうに目を細めたランシェの声は、明らかに怒気を含んでいた。

「あっ違……違うんですこれは! 僕が好きで住んでるんです!」
「す、好きで?」

 予想外だったのか、ランシェがぽかんとした顔になった。

「ええと、石造りの家が普通のここでは、木造のこの家が粗末に見えちゃうんですけど……でも、僕の元いたところではこれが伝統的な家の形なんです。最初、女王は宮殿内の部屋を貸してくれようとしたんですけど僕がそういうの苦手で……だからむしろ、その、我儘聞いてもらっているのは僕の方で」

 女王は悪くないのだ。無意味に手を動かしながら弁明すると、信じられない、というようにランシェは首を振った。彼の中での日本像がとてつもなく貧しい国になってしまったような気がする。

「それは大変、清貧な暮らしを……ああ、だから隠者……」

 何か納得したようなつぶやきが聞こえたところで、その小屋の前で馬車が止まる。外側の掛け金が外れる音が聞こえた。すかさず先に降りてランシェがエスコートしてくれる。

「それではランシェさん、お送りいただきありがとうございました」
「では、またお目にかかれる日を楽しみにしていますね」

 女王の物にはさすがに及ばないものの、かなり豪華な作りの馬車が走り去るのを見送り、柚季は玄関前で大きく伸びをした。

 ――とりあえず、お礼状でも書くか。

 一目惚れした、とランシェは言ってはいたものの、柚季はそれを信じる気にはなれなかった。自分の見た目のどこにもいいところはない。強いて言えば頑丈なところだ。
 きっと、ランシェは柚季のことなんてこれっぽっちも好きではないだろう。
 お金や地位、そういった類のものが欲しいだけなのではないか。勝手な思い込みだが、なんとなくそんな気がした。
 けれど、それなら――柚季のことなんて大切でもないのに親切にしてくれたというなら、こちらも誠意をもって返さなくてはいけないだろう。

「ふぁ……」

 大あくびをしながら小屋の鍵を開けようとして、すでに開いていることに気づく。
 かけ忘れだろうか。訝しがりながら扉を開ける。
 ベルカントがいた。

「ひっ」

 上がり框に直立不動で立っている姿に、柚季は垂直に飛び上がった。

「お待ちしておりました。……おかえりなさいませ」
「あっ、はい、ええと、はい……」

 どこか不機嫌そうなベルカントの目元はうっすらと、しかし隠しようもなく赤かった。見てはいけないものを見てしまった気がして、そっと目を逸らす。

「昨晩戻られなかったので、心配しましたよ」
「それは……すいません」

 気まずい。自分を見てくるベルカントの視線がちくちくと柚季を責めている気がした。
 でも別に、柚季がどこで誰と外泊しようと、ベルカントには関係のないことのはずだ。ほっといてくれればいいのに。

「っていうか……なんで人の家にいるんですか」
「女王様より、柚季様の警護を仰せつかったからです。鍵もいただきました」
「はあ?」

 なぜそんなことになるんだ。舞踏会の件を話しでもしない限りそんなことにはならないはずだ。今度は柚季が非難めいた声を上げると、しれっとした顔でベルカントが言い放つ。

「自分は、女王様には何も話しておりません」
「あー……そう」

 別の人間に言わせた、ということか。
 なんだそれ。とんちかよ。約束さえ守ればいいと思ったのか。
 ため息をつき、柚季は上がり框に腰を下ろした。靴紐をほどいていると、横でベルカントが膝をついた。

「ところで、先ほどの方は予定されていたお見合い相手ではありませんよね? どなたですか?」

 冷たく低い、だが燃えるような声。思わず背筋がぞっとしてしまった事実を隠すように、柚季は靴を放り投げるようにして立ち上がった。

「誰でもいいでしょう、そんなの」
「いいえ、柚季様をお守りするためには知る必要があります」
「……ランシェ。ランシェ・ウィルポット。メメント・ホテルの支配人」
「昨晩、一緒だったのは彼ですか?」
「そうだよ。実に素晴らしい夜だったね」

 挑発と皮肉を込めて言い返す。嘘は言ってないのだからいいだろう。
 とにかく、これ以上柚季に干渉してこないで欲しかった。ベルカントなんて、もう柚季の人生に関係ないのだから。
 呆然とするベルカントの顔がもっと歪めばいいと思ったが、それ以上は見ていられなかった。どこかに行ってしまえ、と思いつつベルカントに背を向け、柚季は寝室の襖を開けた。

「そうそう、彼と付き合うことにしたから」
「ふざけんなよっ!」

 背後からの叫び声と同時に、柚季は畳の上に突き飛ばされていた。肩がぶつかり、畳の匂いが広がる。柚季を跨いで膝をついたベルカントに、両肩を押さえつけられた。

「自分のことは拒絶したくせにっ、なんでっ、そんな……っ!」

 それ以上の言葉を押し込めたベルカントの喉が、唸り声のような音を立てた。その上にある葡萄色の瞳が潤んだかと思うと、ぱたぱたと雫が柚季の胸元に落ちてくる。

「ベル……」

 誤解だ、と言おうとして、それ以上柚季は何も言えなかった。
 やましいことに、変わりはない。

 何もなかったのは――ランシェが何もしてこなかったからというだけだから。
 自分の上にあるベルカントの顔を、ただ眺める。
 見たことのない表情だ、と思った。誰かが撮った映像でも見ているように現実感がない。
 なんで、この人はこんなに必死なんだろう、と他人事のような感想が浮かぶ。
 自分を振った相手なんて、さっさとくたばればいいと思わないのだろうか。

「自分、はっ……」

 そこまで言ったベルカントは、歯を食いしばって目を閉じた。深呼吸をして、赤い制服の袖で涙を拭う。

「……大変、失礼……しました」
「ああ、いえ……別に」

 上からベルカントが降りていく。柚季は倒れたまま天井を見上げた。
 突き飛ばされた背中と、床にぶつかった肩に鈍い痛みが残っている。急いで起き上がると、また突き飛ばされそうな気がして怖かった。
 目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。ベルカントの足音が離れたのを確認してから、柚季はゆっくりと上体を起こした。

「すみません、僕も……言い過ぎました。昨日の夜はただ泊めてもらっただけです。ちょっと……調子が悪かったのを気遣ってくださって」
「……そう、ですか」

 それ以上の言葉を、つまりランシェと付き合うかどうかの部分についても否定されるのを待っている雰囲気を感じたが、柚季はそこには触れなかった。
 ブラウスを脱ぎながら、ちゃぶ台に置かれた便箋と封筒に目をやる。

 ランシェにお礼状を書くのは、一服しておやつを食べて、その後でもいいかと思った。
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