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18 残された手紙と、ついに来た出番
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寝転がったまま横を向く。雪見障子から見る外には、初雪にしては多すぎるほどの雪が積もっていた。暖房代わりの囲炉裏から、パチパチと火の粉の爆ぜる音がする。
体が重い。だが柚季が布団から起き上がりたくないのは、膿んだ傷のせいだけではなかった。
「なんで……」
ランシェからの手紙——検閲済みの印を押された封筒を撫でる。また、答えの出ない思考が堂々巡りしていた。
ランシェは、確かに柚季を利用していた。
だが、その目的は柚季が想定していたような「上流階級への繋がり」や「後ろ盾」といったものではなく、もっと直接的な「女王への復讐」だった。
親を女王に殺されたことが許せなかった――手紙にはそう簡潔に記されていた。
柚季たちがバハールに来る前、現女王であるライラの親、つまり当時の王と女王を暗殺したのは、ランシェの親だった。
当時、戦況はすでに悪化しきっていた。宰相だったランシェの父は、それでも戦を進める王と女王を止めきれず、思い詰めてしまい……殺害という手段に及んだ、らしい。
結果としてランシェの両親は処刑され、爵位と財産も没収。温情として1つだけ残された館をホテルとすることでランシェは生きてきた。
国のために尽くしてきた親を汚されて、許すことはできなかった。
そう、手紙には書かれていた。
そして――手紙の主であるランシェ本人も、もうこの世にはいない。
女王は優しいが、甘くはない。
自裁か処刑か、選択を迫られたランシェは前者を選んだ。
手紙を受け取るときに、そう聞いた。
「……っ」
落ちた涙が、枕に染みていく。
悲しいのか、悔しいのか、それとも他の感情なのか、柚季自身にもわからない。
ただ一つ明確なのは、全部、自分のせいだということだった。
ランシェにもっと向き合えていれば、思いとどまらせることができたかもしれないのに。
あるいはランシェがこのバハールで結婚していなかった理由や親に関する部分、小さな違和感をもっと突き詰めていれば、ランシェの目的に気づけていたかもしれなかったのに。
玄関の開く音がし、襖の奥からベルカントが顔を出した。うっすらと雪の積もった頭と赤くなった頬でにこりと笑う。
「柚季様、起きましたか」
「……うん」
小さく答えながら、ずっと寝ていたかった、と思う。
「家の前、雪かきしておきましたから」
ベルカントの明るいとは裏腹に、柚季の心は重くなる。
「……しなくていいよ」
酷い言葉を投げつけたし、柚季のせいで怪我までしたというのに、なぜこの人は何事もなかったように柚季の世話をしてくれるのだろう、と思う。
「また命を助けていただいたんですから、これぐらいさせてください」
コートについた雪を払い、炉端にベルカントが上がってくる。鉤にかかっていた鍋を開けると、ふわりといい匂いが広がった。
「ああ、ちょうどよくできてますね。柚季様、いかがですか、お食事でも」
「……後で、いいかな」
答えると、パンとスープを盛り付けようとしていたベルカントの手がピタリと止まった。その視線が自分を向く前に、逃げるように柚季は雪見障子の外を見た。
「そう言って……ずっとろくに何も食べていないじゃないですか」
「でも……いらない」
隠れるように布団を引き上げる。枕元にベルカントが腰を下ろす気配がした。
「食べて、体力つけないと治りませんよ」
「……治んなくていい」
ランシェからの手紙を握りしめ、柚季は布団の中で駄々っ子のように体を丸めた。
知らなかったとはいえ女王暗殺の手引きをし、しかも彼女との契約まで破ってしまった。
もう、どうしたらいいかわからなかった。
柚季が怪我でそのまま死んでいれば、すべて丸く収まったのに。この体のせいでそれもできなかった。
「お願いです、少しだけでもいいですから」
布団の向こうから聞こえた声に、ベルカントは分かってやっているのではないか、と思ってしまう。
そんな声で言われたら、無視できないのに。
「う……」
ベルカントに支えられながら体を起こす。受け取った野菜スープを口にすると、どういうわけかまた涙がこぼれてくる。
泣きたいわけではない。それなのに、どうしようもなく涙が流れ落ちていく。
「柚季様……」
小さくしゃくりあげる柚季の背中に、ベルカントの手が当てられた。
だから言ったのに、とも、ざまあみろ、とも言われないのがかえって辛い。
ゆっくりと撫でられる温かさに甘えながら、舐めるようにスープを減らし、パンをかじる。
時間をかけて柚季が皿を空にすると、ベルカントはほっとしたように表情を緩ませた。
生きたくなんかない。そう思いつつも柚季が食事をしてしまうのはベルカントのせいだった。
食器を片付けるベルカントが土間に降りるのを見送り、柚季は手に持った封筒から便箋を出した。
もう何度も読み返し、中身は暗記してしまっている。
生まれの良さを思わせる、お手本のように整った筆跡も、そこに綴られた二人の思い出も、この手紙の主がランシェだと示していた。
それでもやはり、何度読み返しても、これがランシェの遺書だとは、もう彼がいないのだとは信じられない。
こんな紙切れひとつで、終わりなんて。
また、別れも言えず取り残されてしまった。
「そんなに、彼のことが好きでしたか?」
土間で食器を洗っていたベルカントが、いつの間にか背後に戻っていた。寂しげな笑みを浮かべている。
「……ううん、別に好きじゃなかった」
ランシェのことを思い浮かべながら、柚季は封筒の宛名をなぞった。
一緒にいて、胸が高鳴ることはなかった。手紙の返事に一喜一憂したこともない。嫌いではなかったが、それ以上のときめきも特別な感情もなかった。
「でも……好きに、なりたかったんだ」
けれども、それでもいいと思ったのだ。
ランシェとなら、日々の暮らしの中で情と絆を育んでいける気がしたから。
「ランシェは……僕のこと、どう思っていたんだろうね」
——身勝手な気持ちで利用して、本当に申し訳なかった。けれども、愛していたのも、『柚季とならいいパートナーになれる』と思ったのも、本当だ。
——せめてもの償いとして、俺の持っている全財産とホテルを柚季に遺す。
——次こそ、幸せな結婚ができるよう祈っているよ。
遺書の最後を読み直す。
これが本心なのか、それとも贖罪の嘘なのか、もう確かめることはできない。
綺麗に並んだ字が、涙で歪む。
「……許せませんね」
「え?」
低い声に柚季が目を見開くと、横から手紙をのぞき込んだベルカントが、鼻の根元に皺を寄せていた。
「『愛していた』なんて、よくも言えたものですね」
「で、でも、僕のこと大切にしてくれようとはしてたし……」
思わず弁護してしまうと、信じられない、という顔でベルカントが柚季を見つめた。三秒ほどの無言のあとに、大きく息を吸う。
「そんなわけないでしょう! いい加減にしたらどうですか!」
ベルカントの手が、柚季の布団の端を握る。
「後ろめたいことがあったから、柚季様に気に入られないといけないから、だから優しくしてただけじゃないですか!」
「そうかもしれないけど」
「本当に! 愛してたら! こんな……柚季様が一番傷つくことなんて! できるはずがないんですよ!」
叫んだベルカントが柚季の手から手紙をひったくった。
「あっ」
止める間もなくびりびりに引きちぎられた紙が、囲炉裏に放り込まれる。
炎に飲まれ、紙片が踊るようにうねる。呆然と見つめる柚季の前で一瞬だけ燃え上がり、手紙が黒く変色していく。
出来上がった薄っぺらい灰に、勢いよく火箸の先が突き刺さった。
「あんな奴、死っ……さっさと忘れて幸せになるべきなんです!」
「ベ、ベル……」
ざくざくと手紙の灰に何度も火箸を突き立てるベルカントの背中には、鬼気迫るものがあった。止めることもできず見つめる柚季の前で、ランシェの手紙が細かく砕け、薪の灰の中に紛れていく。
完全に手紙の原型が失われても、その上に執拗に何度もベルカントは火箸を突き立てた。
まるで、存在していたことそのものが許せないというように。
「あの……?」
布団から這い出た柚季が肩に手を伸ばすと、指先が触れる直前にベルカントが振り返った。
泣いていた。
柚季なんかより、ずっと傷ついた顔で。
「えっ、どうし……」
驚いた柚季が手をさまよわせたとき、庭を恐ろしい勢いで走ってくる馬車の音が聞こえてきた。
何事だ。
ベルカントと顔を見合わせた瞬間、玄関の扉が乱暴に開けられる。
「柚季! 来なさいっ! 出番よ!」
大声と共に踏み込んできたのはスミレだった。息を切らせたうえに服も乱れ、自慢の髪からは飾りが取れかけている始末だ。その後ろから、柚季と同じように話についていけていない顔をした侍従が所在なげに立っている。
「え、な、スミレ? どうしたの?」
ただならぬ様子に柚季が呆然としていると、靴のままスミレは部屋の中に上がってきた。
「いいからっ! 早く!」
「何用ですか」
柚季に伸びてきたスミレの手の前に、ベルカントが割り込んだ。
「恐れ入りますが、柚季様はまだお怪我が」
「知ってるわよ! だから何!」
ベルカントを怒鳴りつけ、引っ張ってどかそうとしたスミレの手が勢い余って襖に穴を開けた。
「ライラが……ライラの乗った馬車が横転したの! 血が……血が出て……お願い柚季!」
取り乱すスミレの言葉に、柚季はついにその日が来たことを悟った。
柚季が、女王の身代わりになる日が。
「うん、わかった」
頷いて立ち上がると、足元がふらついた。支えるように伸びてきたベルカントの手が、柚季の腕を摑む。
「柚季様! 何考えてるんですか!」
「ベル、これが僕の……」
「今『身代わり』になんてなったら……今度こそ、柚季様が死んじゃうじゃないですかっ」
「それでいいんだよ」
「いいわけないだろうが!」
柚季の答えに、ベルカントの怒号が重なる。
「どうしていつもいつも……そうやって……」
「……ねえベルカント」
柚季はベルカントの顔を見上げた。
「僕が死んだところで悲しむのは君だけだし、生きてたところでなんにもならない。けど、女王が亡くなられたら多くの人が悲しむし、国の未来にだって関わってくるよね。このために生かしてもらってたんだから、責任は果たさなきゃ」
ランシェの件も僕のせいなんだし、と付け加える。
「な……」
「そうじゃないって言うなら、なんでベルは女王のことを庇って刺されたの?」
「私、は……」
じっと睨みつける。
少しして、諦めとも絶望ともつかないような表情をした、ベルカントの手から力が抜けていくのがわかった。
体が重い。だが柚季が布団から起き上がりたくないのは、膿んだ傷のせいだけではなかった。
「なんで……」
ランシェからの手紙——検閲済みの印を押された封筒を撫でる。また、答えの出ない思考が堂々巡りしていた。
ランシェは、確かに柚季を利用していた。
だが、その目的は柚季が想定していたような「上流階級への繋がり」や「後ろ盾」といったものではなく、もっと直接的な「女王への復讐」だった。
親を女王に殺されたことが許せなかった――手紙にはそう簡潔に記されていた。
柚季たちがバハールに来る前、現女王であるライラの親、つまり当時の王と女王を暗殺したのは、ランシェの親だった。
当時、戦況はすでに悪化しきっていた。宰相だったランシェの父は、それでも戦を進める王と女王を止めきれず、思い詰めてしまい……殺害という手段に及んだ、らしい。
結果としてランシェの両親は処刑され、爵位と財産も没収。温情として1つだけ残された館をホテルとすることでランシェは生きてきた。
国のために尽くしてきた親を汚されて、許すことはできなかった。
そう、手紙には書かれていた。
そして――手紙の主であるランシェ本人も、もうこの世にはいない。
女王は優しいが、甘くはない。
自裁か処刑か、選択を迫られたランシェは前者を選んだ。
手紙を受け取るときに、そう聞いた。
「……っ」
落ちた涙が、枕に染みていく。
悲しいのか、悔しいのか、それとも他の感情なのか、柚季自身にもわからない。
ただ一つ明確なのは、全部、自分のせいだということだった。
ランシェにもっと向き合えていれば、思いとどまらせることができたかもしれないのに。
あるいはランシェがこのバハールで結婚していなかった理由や親に関する部分、小さな違和感をもっと突き詰めていれば、ランシェの目的に気づけていたかもしれなかったのに。
玄関の開く音がし、襖の奥からベルカントが顔を出した。うっすらと雪の積もった頭と赤くなった頬でにこりと笑う。
「柚季様、起きましたか」
「……うん」
小さく答えながら、ずっと寝ていたかった、と思う。
「家の前、雪かきしておきましたから」
ベルカントの明るいとは裏腹に、柚季の心は重くなる。
「……しなくていいよ」
酷い言葉を投げつけたし、柚季のせいで怪我までしたというのに、なぜこの人は何事もなかったように柚季の世話をしてくれるのだろう、と思う。
「また命を助けていただいたんですから、これぐらいさせてください」
コートについた雪を払い、炉端にベルカントが上がってくる。鉤にかかっていた鍋を開けると、ふわりといい匂いが広がった。
「ああ、ちょうどよくできてますね。柚季様、いかがですか、お食事でも」
「……後で、いいかな」
答えると、パンとスープを盛り付けようとしていたベルカントの手がピタリと止まった。その視線が自分を向く前に、逃げるように柚季は雪見障子の外を見た。
「そう言って……ずっとろくに何も食べていないじゃないですか」
「でも……いらない」
隠れるように布団を引き上げる。枕元にベルカントが腰を下ろす気配がした。
「食べて、体力つけないと治りませんよ」
「……治んなくていい」
ランシェからの手紙を握りしめ、柚季は布団の中で駄々っ子のように体を丸めた。
知らなかったとはいえ女王暗殺の手引きをし、しかも彼女との契約まで破ってしまった。
もう、どうしたらいいかわからなかった。
柚季が怪我でそのまま死んでいれば、すべて丸く収まったのに。この体のせいでそれもできなかった。
「お願いです、少しだけでもいいですから」
布団の向こうから聞こえた声に、ベルカントは分かってやっているのではないか、と思ってしまう。
そんな声で言われたら、無視できないのに。
「う……」
ベルカントに支えられながら体を起こす。受け取った野菜スープを口にすると、どういうわけかまた涙がこぼれてくる。
泣きたいわけではない。それなのに、どうしようもなく涙が流れ落ちていく。
「柚季様……」
小さくしゃくりあげる柚季の背中に、ベルカントの手が当てられた。
だから言ったのに、とも、ざまあみろ、とも言われないのがかえって辛い。
ゆっくりと撫でられる温かさに甘えながら、舐めるようにスープを減らし、パンをかじる。
時間をかけて柚季が皿を空にすると、ベルカントはほっとしたように表情を緩ませた。
生きたくなんかない。そう思いつつも柚季が食事をしてしまうのはベルカントのせいだった。
食器を片付けるベルカントが土間に降りるのを見送り、柚季は手に持った封筒から便箋を出した。
もう何度も読み返し、中身は暗記してしまっている。
生まれの良さを思わせる、お手本のように整った筆跡も、そこに綴られた二人の思い出も、この手紙の主がランシェだと示していた。
それでもやはり、何度読み返しても、これがランシェの遺書だとは、もう彼がいないのだとは信じられない。
こんな紙切れひとつで、終わりなんて。
また、別れも言えず取り残されてしまった。
「そんなに、彼のことが好きでしたか?」
土間で食器を洗っていたベルカントが、いつの間にか背後に戻っていた。寂しげな笑みを浮かべている。
「……ううん、別に好きじゃなかった」
ランシェのことを思い浮かべながら、柚季は封筒の宛名をなぞった。
一緒にいて、胸が高鳴ることはなかった。手紙の返事に一喜一憂したこともない。嫌いではなかったが、それ以上のときめきも特別な感情もなかった。
「でも……好きに、なりたかったんだ」
けれども、それでもいいと思ったのだ。
ランシェとなら、日々の暮らしの中で情と絆を育んでいける気がしたから。
「ランシェは……僕のこと、どう思っていたんだろうね」
——身勝手な気持ちで利用して、本当に申し訳なかった。けれども、愛していたのも、『柚季とならいいパートナーになれる』と思ったのも、本当だ。
——せめてもの償いとして、俺の持っている全財産とホテルを柚季に遺す。
——次こそ、幸せな結婚ができるよう祈っているよ。
遺書の最後を読み直す。
これが本心なのか、それとも贖罪の嘘なのか、もう確かめることはできない。
綺麗に並んだ字が、涙で歪む。
「……許せませんね」
「え?」
低い声に柚季が目を見開くと、横から手紙をのぞき込んだベルカントが、鼻の根元に皺を寄せていた。
「『愛していた』なんて、よくも言えたものですね」
「で、でも、僕のこと大切にしてくれようとはしてたし……」
思わず弁護してしまうと、信じられない、という顔でベルカントが柚季を見つめた。三秒ほどの無言のあとに、大きく息を吸う。
「そんなわけないでしょう! いい加減にしたらどうですか!」
ベルカントの手が、柚季の布団の端を握る。
「後ろめたいことがあったから、柚季様に気に入られないといけないから、だから優しくしてただけじゃないですか!」
「そうかもしれないけど」
「本当に! 愛してたら! こんな……柚季様が一番傷つくことなんて! できるはずがないんですよ!」
叫んだベルカントが柚季の手から手紙をひったくった。
「あっ」
止める間もなくびりびりに引きちぎられた紙が、囲炉裏に放り込まれる。
炎に飲まれ、紙片が踊るようにうねる。呆然と見つめる柚季の前で一瞬だけ燃え上がり、手紙が黒く変色していく。
出来上がった薄っぺらい灰に、勢いよく火箸の先が突き刺さった。
「あんな奴、死っ……さっさと忘れて幸せになるべきなんです!」
「ベ、ベル……」
ざくざくと手紙の灰に何度も火箸を突き立てるベルカントの背中には、鬼気迫るものがあった。止めることもできず見つめる柚季の前で、ランシェの手紙が細かく砕け、薪の灰の中に紛れていく。
完全に手紙の原型が失われても、その上に執拗に何度もベルカントは火箸を突き立てた。
まるで、存在していたことそのものが許せないというように。
「あの……?」
布団から這い出た柚季が肩に手を伸ばすと、指先が触れる直前にベルカントが振り返った。
泣いていた。
柚季なんかより、ずっと傷ついた顔で。
「えっ、どうし……」
驚いた柚季が手をさまよわせたとき、庭を恐ろしい勢いで走ってくる馬車の音が聞こえてきた。
何事だ。
ベルカントと顔を見合わせた瞬間、玄関の扉が乱暴に開けられる。
「柚季! 来なさいっ! 出番よ!」
大声と共に踏み込んできたのはスミレだった。息を切らせたうえに服も乱れ、自慢の髪からは飾りが取れかけている始末だ。その後ろから、柚季と同じように話についていけていない顔をした侍従が所在なげに立っている。
「え、な、スミレ? どうしたの?」
ただならぬ様子に柚季が呆然としていると、靴のままスミレは部屋の中に上がってきた。
「いいからっ! 早く!」
「何用ですか」
柚季に伸びてきたスミレの手の前に、ベルカントが割り込んだ。
「恐れ入りますが、柚季様はまだお怪我が」
「知ってるわよ! だから何!」
ベルカントを怒鳴りつけ、引っ張ってどかそうとしたスミレの手が勢い余って襖に穴を開けた。
「ライラが……ライラの乗った馬車が横転したの! 血が……血が出て……お願い柚季!」
取り乱すスミレの言葉に、柚季はついにその日が来たことを悟った。
柚季が、女王の身代わりになる日が。
「うん、わかった」
頷いて立ち上がると、足元がふらついた。支えるように伸びてきたベルカントの手が、柚季の腕を摑む。
「柚季様! 何考えてるんですか!」
「ベル、これが僕の……」
「今『身代わり』になんてなったら……今度こそ、柚季様が死んじゃうじゃないですかっ」
「それでいいんだよ」
「いいわけないだろうが!」
柚季の答えに、ベルカントの怒号が重なる。
「どうしていつもいつも……そうやって……」
「……ねえベルカント」
柚季はベルカントの顔を見上げた。
「僕が死んだところで悲しむのは君だけだし、生きてたところでなんにもならない。けど、女王が亡くなられたら多くの人が悲しむし、国の未来にだって関わってくるよね。このために生かしてもらってたんだから、責任は果たさなきゃ」
ランシェの件も僕のせいなんだし、と付け加える。
「な……」
「そうじゃないって言うなら、なんでベルは女王のことを庇って刺されたの?」
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じっと睨みつける。
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