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「え? 須野原……せんぱい?」
『あ』
樹が慌ててスマホの画面を見ると、すでに通話は切れていた。だが、アプリの画面は通話相手が須野原であることを示していた。
「えっ……えっ?」
間違えた? だが、間違える先にしても樹には先ほどの女性に心当たりはなかった。画面をじっと見ていると、再度その画面が着信に変わり、樹の手の中で震えはじめた。
「は……はい、鷲田です……」
今度こそその相手が須野原であることを確認してから、恐る恐る通話ボタンをタップして耳に当てる。
『あっ樹! ごめんね、今起きた~』
「須野原先輩!」
聞こえてきた声は、今度こそ須野原のものだ。少しぼうっとしているのは寝起きだからだろう。ほっとした樹は、そこでようやく自分がキリキリと締め付けられるような焦燥感に支配されていたことに気づいた。
「よかった、何かあったのかと思って……」
『えー、ないない。昨日忙しくて帰るの遅くなっちゃってさー、結構飲んでたのもあってアラーム気づかなかったみたい。心配かけちゃってごめんね、もっと早くに連絡してくれてよかったのに』
「いや、それなら全然! 大丈夫です!」
『今から家出るからさ、先に園内入っててもらってもいいかな?』
タンスでも開けているのか、バタン、ごそごそという慌ただしい音が後ろから聞こえてくる。
「いえ、えっと、その……今日は、えと、大丈夫です!」
『ん?』
「いや、その、先輩、今日は疲れてると思いますし。休んだ方がいいですって」
『そう? じゃあ近くのカフェでお茶でも』
「い、いいですって! そんなに、えと、気使わなくて……だい、じょぶ、ですから」
気にしていないよ、と思ってもらえるように、できるだけ明るい声を出す。大したことないんだ、よくあることだから、と。
『それじゃ、今日は樹君のお言葉に甘えちゃおっかな。これから行っても慌ただしくってそんなに楽しめないもんね。ごめんね、必ずこの埋め合わせはするから』
「あっ……と、はい。えっと……それじゃ」
『うん、じゃあまたねー』
ぷつん、と通話終了の音を聞き、樹はスマホを耳から離した。ポケットにしまい込んで目を閉じ、上を向いて大きく息を吸う。
白い息を吐きながら、ゆっくりと目を開ける。目の前を通り過ぎて遊園地へと吸い込まれていく人たちは、みんなワクワクして、これからの期待に満ちた笑顔をしている。樹一人だけが非常に場違いで、存在してはならない異分子のような気がした。
だが、それを悟られたくはなかった。ただちょっと用事を思い出しただけ、そんなゆっくりとした足取りで樹は遊園地に背を向けた。道の端を歩きながら、人波に逆らって駅へと向かう。そのまま電車に乗り込み、遠くなっていく観覧車やジェットコースターを眺める。
(……昨日、リマインドのメッセージ送ったりとか、モーニングコールしたりすればよかったのかな)
そうすれば、須野原と樹は、今頃あの中の一員になれていたのだろうか。「重いと思われたらいやだな」と我慢していたことを後悔する。本当は、サプライズと称して須野原の家まで迎えに行きたいとすら思っていたのだ。
一駅ごとの間隔の狭さや停車時間の長さにじれったさを感じた行きの電車に比べ、帰りの電車はとてもスムーズに樹を最寄り駅まで運び、あっという間に樹は自宅アパートに帰りついていた。
まだ午前中の冬明かりが差すワンルームの室内は、しんと冷たい。買ってきたチョコレートをテーブルの上に置いた樹は、布団をかぶってミノムシのようになった。
「あ……そういえば」
ポケットからスマホを取り出す。淳哉に、「告白したら結果を聞かせてほしい」と言われていたことを思い出したのだ。
(待って……でも、なんて言えばいい?)
須野原が来なかったから、告白以前にデートもできなかった、それを淳哉に伝えることにはどこかざらりとしたものを感じた。淳哉は樹の非を責めたりしないし、樹の気が済むまで話を聞いてくれるだろう。そして、気持ちの整理をつけるのを手伝ってくれるはずだ。
それなのになぜだろう。少し考えて、樹はスマホの画面を閉じた。淳哉は今年バイト先で受験生を担当しているから冬休みは忙しいと言っていたし、邪魔してはいけないだろう——そんな言い訳を心の中ででっちあげる。
顔を上げ、テーブルの上に放置されたチョコレートの袋を見る。家を出る前はピンとしていた紙袋だが、すでに小さなしわが沢山ついて持ち手もぱさぱさと毛羽立っている。手を伸ばして中から箱を出した樹は、ピリピリと包装紙を破った。何種類もあった中から、きっと須野原にはこれが似合うだろうと選んだ紺色と金リボンの組み合わせ。中の小さい粒を、形も確かめずに口に放り込む。
冷えて固まったチョコレートは、樹の口の中でバキリと音を立てて割れた。樹自身も冷え切っているせいか、溶けることなく口内で木くずのようになった欠片を飲みこむ。
「……っ」
強く目を閉じ、出てきそうになった熱いものを堪える。
本当は分かっていた。淳哉のあの、低く優しい声に「どうしたの」と聞かれたら、きっと樹はすべてを話してしまう。今日あったことも、樹の気持ちも、洗いざらい全部。そうしたら、樹は嫌が応でも自分の気持ちに気づかざるを得なくなってしまう。だから、淳哉に連絡したくないのだ。
まだ、この感情に向き合いたくないから。
『あ』
樹が慌ててスマホの画面を見ると、すでに通話は切れていた。だが、アプリの画面は通話相手が須野原であることを示していた。
「えっ……えっ?」
間違えた? だが、間違える先にしても樹には先ほどの女性に心当たりはなかった。画面をじっと見ていると、再度その画面が着信に変わり、樹の手の中で震えはじめた。
「は……はい、鷲田です……」
今度こそその相手が須野原であることを確認してから、恐る恐る通話ボタンをタップして耳に当てる。
『あっ樹! ごめんね、今起きた~』
「須野原先輩!」
聞こえてきた声は、今度こそ須野原のものだ。少しぼうっとしているのは寝起きだからだろう。ほっとした樹は、そこでようやく自分がキリキリと締め付けられるような焦燥感に支配されていたことに気づいた。
「よかった、何かあったのかと思って……」
『えー、ないない。昨日忙しくて帰るの遅くなっちゃってさー、結構飲んでたのもあってアラーム気づかなかったみたい。心配かけちゃってごめんね、もっと早くに連絡してくれてよかったのに』
「いや、それなら全然! 大丈夫です!」
『今から家出るからさ、先に園内入っててもらってもいいかな?』
タンスでも開けているのか、バタン、ごそごそという慌ただしい音が後ろから聞こえてくる。
「いえ、えっと、その……今日は、えと、大丈夫です!」
『ん?』
「いや、その、先輩、今日は疲れてると思いますし。休んだ方がいいですって」
『そう? じゃあ近くのカフェでお茶でも』
「い、いいですって! そんなに、えと、気使わなくて……だい、じょぶ、ですから」
気にしていないよ、と思ってもらえるように、できるだけ明るい声を出す。大したことないんだ、よくあることだから、と。
『それじゃ、今日は樹君のお言葉に甘えちゃおっかな。これから行っても慌ただしくってそんなに楽しめないもんね。ごめんね、必ずこの埋め合わせはするから』
「あっ……と、はい。えっと……それじゃ」
『うん、じゃあまたねー』
ぷつん、と通話終了の音を聞き、樹はスマホを耳から離した。ポケットにしまい込んで目を閉じ、上を向いて大きく息を吸う。
白い息を吐きながら、ゆっくりと目を開ける。目の前を通り過ぎて遊園地へと吸い込まれていく人たちは、みんなワクワクして、これからの期待に満ちた笑顔をしている。樹一人だけが非常に場違いで、存在してはならない異分子のような気がした。
だが、それを悟られたくはなかった。ただちょっと用事を思い出しただけ、そんなゆっくりとした足取りで樹は遊園地に背を向けた。道の端を歩きながら、人波に逆らって駅へと向かう。そのまま電車に乗り込み、遠くなっていく観覧車やジェットコースターを眺める。
(……昨日、リマインドのメッセージ送ったりとか、モーニングコールしたりすればよかったのかな)
そうすれば、須野原と樹は、今頃あの中の一員になれていたのだろうか。「重いと思われたらいやだな」と我慢していたことを後悔する。本当は、サプライズと称して須野原の家まで迎えに行きたいとすら思っていたのだ。
一駅ごとの間隔の狭さや停車時間の長さにじれったさを感じた行きの電車に比べ、帰りの電車はとてもスムーズに樹を最寄り駅まで運び、あっという間に樹は自宅アパートに帰りついていた。
まだ午前中の冬明かりが差すワンルームの室内は、しんと冷たい。買ってきたチョコレートをテーブルの上に置いた樹は、布団をかぶってミノムシのようになった。
「あ……そういえば」
ポケットからスマホを取り出す。淳哉に、「告白したら結果を聞かせてほしい」と言われていたことを思い出したのだ。
(待って……でも、なんて言えばいい?)
須野原が来なかったから、告白以前にデートもできなかった、それを淳哉に伝えることにはどこかざらりとしたものを感じた。淳哉は樹の非を責めたりしないし、樹の気が済むまで話を聞いてくれるだろう。そして、気持ちの整理をつけるのを手伝ってくれるはずだ。
それなのになぜだろう。少し考えて、樹はスマホの画面を閉じた。淳哉は今年バイト先で受験生を担当しているから冬休みは忙しいと言っていたし、邪魔してはいけないだろう——そんな言い訳を心の中ででっちあげる。
顔を上げ、テーブルの上に放置されたチョコレートの袋を見る。家を出る前はピンとしていた紙袋だが、すでに小さなしわが沢山ついて持ち手もぱさぱさと毛羽立っている。手を伸ばして中から箱を出した樹は、ピリピリと包装紙を破った。何種類もあった中から、きっと須野原にはこれが似合うだろうと選んだ紺色と金リボンの組み合わせ。中の小さい粒を、形も確かめずに口に放り込む。
冷えて固まったチョコレートは、樹の口の中でバキリと音を立てて割れた。樹自身も冷え切っているせいか、溶けることなく口内で木くずのようになった欠片を飲みこむ。
「……っ」
強く目を閉じ、出てきそうになった熱いものを堪える。
本当は分かっていた。淳哉のあの、低く優しい声に「どうしたの」と聞かれたら、きっと樹はすべてを話してしまう。今日あったことも、樹の気持ちも、洗いざらい全部。そうしたら、樹は嫌が応でも自分の気持ちに気づかざるを得なくなってしまう。だから、淳哉に連絡したくないのだ。
まだ、この感情に向き合いたくないから。
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