そばにいる人、いたい人

二ッ木ヨウカ

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 十二月二十六日の遊園地は、すでに完全な正月モードになっていた。巨大な門松が入り口に置かれ、その上のアーチにはしめ飾りのような装飾が飾られている。かすかに聞こえてくる音楽もテンツクテンツクと和の雰囲気をまとっている。
 電車を降りて徒歩十分。遊園地の入り口についた樹は、少し離れたところからそれを眺めて「うわぁ」と小さく声を上げた。

(……これ、昨日の夜全部やったんだよね?)

まだ樹はクリスマスのつもりなのに、なんとも気の早いことだ。それとも、どうせクリスマスの装飾を取るなら、同時に次の飾りつけまでしてしまった方が早いといった理由でもあるのだろうか。
 ゆっくりと、辺りを見回しながら遊園地に近づく。まだ須野原が来ていないことを確認し、邪魔にならないようチケット売り場や入場口から少し離れた場所にある柱の横に立つ。

(早く来すぎちゃったかも)

 須野原と約束した時間より、まだ三十分も早い。「早く会いたい」という気持ちと「何かあっても遅刻しないように」という不安感から家を早く出過ぎたのだ。駅近くの店で時間を潰しても……とも思ったのだが、結局待ちきれずに遊園地前まで来てしまった。

「着きました! 入り口横で待ってます」

 須野原にメッセージを送り、園内へと吸い込まれていく人たちを眺める。開園から少し時間が経っているが人の数は多く、チケットブースには列ができている。樹と同じく冬休みなのだろう大学生っぽいカップル、リンクコーデの高校生グループ。もちろん親子連れの姿も多い。

「パパ、ママ、はやくいこうよ!」
「ちょっと! 待ちなさ……」

 待ちきれなくなったのだろう、チケットを買う一瞬の隙をついて五歳くらいの子供が駆け出すのが見えた。親の制止の言葉が終わる前にべちゃりと何もないところで転び、うわあああと大声をあげて泣き出す。

「ほらもー」

 慌てて駆け寄る母らしき女性が男の子を抱き起こし、服についた汚れを払う。涙を拭かれ、鼻水までかんだところを今度は父親らしき男性が抱き上げた。

(……いいな)

 パパの首にギュッとしがみつき、早くも泣いていたことなど忘れた顔でゲートの向こうに男の子が消えていく。楽しんでね、と心内で子供を応援しながら、同時に樹は羨ましさを覚えていた。

 ずっと昔、まだ樹が同じくらいの子供だった頃、似たようなことがあった。その時驚きと痛み、お気に入りだった服を汚してしまった悲しみで泣く樹を、母は鋭く𠮟りつけた。パニックになり更に泣く樹と、ヒートアップして大声を出す母にうんざりした父が「もういい、帰ろう」と言い出し、結局遊園地の中に入ることなく家に帰ったのだ。
 遊園地だけではない。楽しみにしていた水族館、大好きだったアニメの映画、一度行ってみたかったキャンプ、全部樹が「台無し」にしてしまった。

 遊園地や水族館については鷲田家内ではタブーのような扱いになり、それ以降行ったことはない。友人に誘われたこともあったが、「また自分がぶち壊してしまったらどうしよう」と考えて二の足を踏んでしまっていた。

(大丈夫だよ……ね?)

 中にあるアトラクションも、レストランも下調べしてきた。ショーの時間もバッチリだし、閉園時に上がる花火のおすすめ観覧場所まで口コミチェックする念の入れようである。
 よし、と気合を入れて持っている紙袋を見下ろす。中には須野原へのプレゼント――高級チョコレートが入っている。本当は何か記念になる、形に残るものを贈りたかったのだが、須野原が持っていないが使いそうなものが思いつかなかったし、何より樹のセンスに自信がなかったので消え物にしたのだ。今日は遊園地で遊んだ後にこれを渡して告白する予定だった。

「まだかなー」

 そわそわと手に持ったスマホを何度も確認するが、遅々として時間は進まない。公式サイトの「現在の混雑状況」を何度も更新してどこから回ろうか考える。期待で足が数センチほど浮いているような気さえする。

「……あれ?」

 待ち合わせ時刻になっても、須野原は現れなかった。日時や場所を間違えてないよな、と確認するがそんなことはない。

(道に迷った? 電車が遅延してる?)

 遅れる、ということを告げる連絡は来ていない。ここまで気にならなかった寒さが、じわりと指や足の先から体を蝕んでくる。
 前後五分くらいなら時間通り、と思うタイプの人かもしれないし、今急いでいるから連絡ができないのかもしれない。もしかしたら途中で何かあったのかも。様々な可能性を考えながらスマホを握りしめ、通り過ぎる人たちを見ているうちに三十分が過ぎていた。

(事故……とか?)

 樹の体はすっかり冷え切っていた。痛いほどに冷えた指先をこすり合わせながら、嫌な想像に体を震わせる。ただ時間にルーズなだけならいいが、連絡できないようなことが怒っているとしたら。こちらから連絡したりしたら邪魔になったり、急かしたりしているようになってしまうだろうか。
 ようやく樹が須野原に電話を掛けた頃には、たっぷり二時間以上が経っていた。祈るようにコール音を聞くが出る様子はない。やっぱり何かあったのでは、と服の袖を握りこんだ瞬間、ぷつっと通話の繋がる音がした。

「……っ、あ」

 突然のことに口が回らず樹があたふたしていると、スマホの向こうから『……なに?』と気だるげな声がした。
 聞き慣れない、女の声。
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