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淳哉は結局、講義が終わっても帰ってこなかった。
(ううん……途中でこっそり入ってくるかと思ったんだけどな。そんなに体調悪いのかな)
どうやら次の時間も使う教室らしく、教室の出入り口が開いた瞬間に廊下から他学科の学生がなだれ込んできた。淳哉の代わりに位相空間について講義を受けた筆記用具とノートを片付け、淳哉のコートを手に掛けて樹も部屋を出る。
「どこにいるか連絡……って、スマホも置いてっちゃってるのか、どうしよ」
近くのトイレを覗くものの、淳哉がいる様子はない。医務室にでも行ったのだろうか、と考えたが、入学当初に名前を聞いて以来お世話になったこともないのでどこにあるか分からない。
「困ったなぁ」
とはいえ、本当に困っているのは淳哉の方だろう。講義棟の外に出てきょろきょろと見回すと、同じく授業が終わったのか、スマホを見ながら少し先を歩く須野原が見えた。
「あっ、須野原先ぱ――」
「雪斗!」
須野原に話しかけようとした樹の声は、女性の大声にかき消された。目の前の須野原が画面からふっと顔を上げ、走り寄ってきた女子大生風の女の子に苦笑する。
「……学校くんなって言わなかったっけ」
「えー、だって遅いんだもん」
早く会いたかったんだからいいでしょ、と悪びれた風もなく女性は須野原の腕をとった。しょうがないな、と須野原が小柄なその頭を撫でる。つやつやとした、セットに時間のかかっていそうな明るく染められた髪を容赦なく乱す。
そのまま歩きながら話す二人の会話は、喧噪にかき消されてしまいもう聞こえない。だが、寄り添うように並ぶ背中から、樹は目が離せなかった。
(雪斗、って、須野原先輩の名前だよな。っていうか……誰?)
すうっ、と全身が寒くなる。一瞬しか女性の顔は見えなかったが、フランス人形のように可愛らしい顔立ちをしていたように思える。
——それこそ、須野原と並んでも遜色なく、お互いを引き立て合えるような。
(いや、別にただの友人だって名前で呼ぶことあるし。それに、須野原先輩が自分の交友関係や予定を全部僕に教える必要だってないわけだし)
頭に浮かびかけた嫌な考えを、首を振って追い払う。昨日も樹とカラオケに行ったことだし、須野原だって他の友達と会いたい日もあるだろう。それに、クリスマスに会おうとも約束してくれたのだ。
(そ、それよりも今はジュンだ)
バッグの中には財布と鍵、バイト先の名札らしきものまで入っていた。淳哉だって置きっぱなしなのは分かっていただろうし、講義室から荷物を持ち出してきたのは悪手だったのかもしれない。余計なことをしてしまったな、と講義棟の角を曲がる。ピロティーのベンチに、ぽつんと座った淳哉がいた。
「あー、ジュン! 良かった!」
振り向いた淳哉の顔が、樹の荷物を見てほっと緩む。
「ああ……イツキ、持っててくれたのか。良かった、気づいたら次の授業始まっててさ、どうしようかと思ってたんだよ。学生証ないから図書館入れないし。食堂もう閉まってるし。寒いし」
「僕も、持ち出したはいいけど連絡取れないから困ったなって思ってたところで……体調悪いの? 大丈夫?」
「……うん。もう平気」
持っていたコートとバッグを淳哉に渡す。コートの前を合わせた淳哉は、また風邪ひくかと思った、と小さく笑った。
「そうしたら、今度は僕がうつされる番かな」
樹もおどけて返す。淳哉の目が少し赤いような気がしたものの、そこに触れてはいけないような気がしたからだ。
(ううん……途中でこっそり入ってくるかと思ったんだけどな。そんなに体調悪いのかな)
どうやら次の時間も使う教室らしく、教室の出入り口が開いた瞬間に廊下から他学科の学生がなだれ込んできた。淳哉の代わりに位相空間について講義を受けた筆記用具とノートを片付け、淳哉のコートを手に掛けて樹も部屋を出る。
「どこにいるか連絡……って、スマホも置いてっちゃってるのか、どうしよ」
近くのトイレを覗くものの、淳哉がいる様子はない。医務室にでも行ったのだろうか、と考えたが、入学当初に名前を聞いて以来お世話になったこともないのでどこにあるか分からない。
「困ったなぁ」
とはいえ、本当に困っているのは淳哉の方だろう。講義棟の外に出てきょろきょろと見回すと、同じく授業が終わったのか、スマホを見ながら少し先を歩く須野原が見えた。
「あっ、須野原先ぱ――」
「雪斗!」
須野原に話しかけようとした樹の声は、女性の大声にかき消された。目の前の須野原が画面からふっと顔を上げ、走り寄ってきた女子大生風の女の子に苦笑する。
「……学校くんなって言わなかったっけ」
「えー、だって遅いんだもん」
早く会いたかったんだからいいでしょ、と悪びれた風もなく女性は須野原の腕をとった。しょうがないな、と須野原が小柄なその頭を撫でる。つやつやとした、セットに時間のかかっていそうな明るく染められた髪を容赦なく乱す。
そのまま歩きながら話す二人の会話は、喧噪にかき消されてしまいもう聞こえない。だが、寄り添うように並ぶ背中から、樹は目が離せなかった。
(雪斗、って、須野原先輩の名前だよな。っていうか……誰?)
すうっ、と全身が寒くなる。一瞬しか女性の顔は見えなかったが、フランス人形のように可愛らしい顔立ちをしていたように思える。
——それこそ、須野原と並んでも遜色なく、お互いを引き立て合えるような。
(いや、別にただの友人だって名前で呼ぶことあるし。それに、須野原先輩が自分の交友関係や予定を全部僕に教える必要だってないわけだし)
頭に浮かびかけた嫌な考えを、首を振って追い払う。昨日も樹とカラオケに行ったことだし、須野原だって他の友達と会いたい日もあるだろう。それに、クリスマスに会おうとも約束してくれたのだ。
(そ、それよりも今はジュンだ)
バッグの中には財布と鍵、バイト先の名札らしきものまで入っていた。淳哉だって置きっぱなしなのは分かっていただろうし、講義室から荷物を持ち出してきたのは悪手だったのかもしれない。余計なことをしてしまったな、と講義棟の角を曲がる。ピロティーのベンチに、ぽつんと座った淳哉がいた。
「あー、ジュン! 良かった!」
振り向いた淳哉の顔が、樹の荷物を見てほっと緩む。
「ああ……イツキ、持っててくれたのか。良かった、気づいたら次の授業始まっててさ、どうしようかと思ってたんだよ。学生証ないから図書館入れないし。食堂もう閉まってるし。寒いし」
「僕も、持ち出したはいいけど連絡取れないから困ったなって思ってたところで……体調悪いの? 大丈夫?」
「……うん。もう平気」
持っていたコートとバッグを淳哉に渡す。コートの前を合わせた淳哉は、また風邪ひくかと思った、と小さく笑った。
「そうしたら、今度は僕がうつされる番かな」
樹もおどけて返す。淳哉の目が少し赤いような気がしたものの、そこに触れてはいけないような気がしたからだ。
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