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肯定
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そしてコーディエは、追放された。
恋人、地位、名誉、収入、約束されていたはずの未来、すべてを失い、書記官としての勤務記録も抹消され、公職に就くことを禁じられた。
コーディエがかつて王宮内にいたことを示すのは、もうこの羽根ペンだけだ。
参内をあんなに喜んでいたはずの故郷や親族は、コーディエなど最初から存在しなかったように振舞った。調べれば分かることだから、コーディエの名のままではまともな仕事を見つけることもできず、結局偽名を使って写本師として細々と暮らしているのだ。
「コーディーって、知識はあんのに馬鹿なんだな」
「散々言われたよ」
何でもないことのように軽く返そうとするが、声が揺れるのを抑えられない。
「そんなんさあ、よくあることだろ。夜の街に繰り出して綺麗な姉ちゃん……いや、お前の場合は兄ちゃんか? まあいいや、とにかく一晩飲んで騒いで抱いて、ぱあっと忘れちまえばいいだろ。こんなとこにうじうじ引っ込んで当てつけみたいに暮らしてても、ただお前の時間が無くなるだけだ」
「君からしてみればそうだろうね。でも、もう……いいんだ。もう誰ともかかわりたくない。誰かに裏切られて、あんな思いをするのは二度とごめんだ」
コーディエはふう、と深く息を吸った。涙がこぼれないように、強く目を瞑る。あの日忘れ物をしなければ、取りに戻らなければ、と何回考えただろうか。もしかしたら自分はまだ書記官として彼と幸せに暮らせていたかもしれない。それが偽りだとしても。
闇の中で研ぎ澄まされた聴覚が、小さく笑うダイモンの吐息を捉えた。
「でも、ま……コーディーも馬鹿だけど、その相手って奴も大概馬鹿だな」
「相手……?」
「コーディーみてえな奴を裏切ったらどれだけ傷つけるかは見れば分かるのに、それでも浮気相手にするってのは馬鹿のすることだ。そもそも、後先考えずに上司をボコるほど自分に惚れてるイイ男がいるのに、そいつを本命にしない時点で頭がどうかしてる。だろ?」
「そう……かな」
「そうさ」
今度の声はすぐ近くで聞こえた。驚いたコーディエが目を開くと、すぐ目の前にいたダイモンがにやりと笑い、唇に温かいものが押し付けられる。
「どうだ、少しは元気になったか?」
「っ……!」
「おっと」
のけぞったせいで椅子ごと後ろに倒れそうになったところを、ダイモンの手が引き寄せる。自然と抱きとめられる形になった。
ふわりとした太陽のような匂いと、包み込むような温かさに、ついにコーディエの目から涙がこぼれた。
「たかが一人のクソのために人生棒に振るなんて馬鹿だけど……でも、そんだけ好きだったんだろ、いいじゃねえか」
「でもっ、わた……うぅ、みんなっ」
「落ち着けって」
屈みこんだダイモンがコーディエの手から羽根ペンをとり、再び顔を近づけてくる。今度は先ほどのような不意打ちではない。コーディエは目を閉じてそれを受け入れた。
「……ん」
唇が再度重なり、今度は濡れた感触があった。軽く口を開くと、間に柔らかくぬめりのあるものが入ってくる。少し塩気を感じる舌先に唇の裏を舐められるだけで、心の深い部分、コーディエが必死に守ってきた、柔らかく傷つきやすいところが溶かされていくようだった。
大きな手がコーディエの背中を撫でおろし、それから後頭部に触れた。押し付けられるように、更に深く舌が入ってくる。小さくしゃくりあげながら体の力を抜き、コーディエは彼に身を任せた。
控えめに、コーディエの舌の形をなぞるように舌先を触れ合わせ、そしてダイモンはゆっくりと顔を離した。
「……ありがとう。そんな風に……言ってくれたのは、君だけだ」
体を起こすダイモンの胸元に額を当てると、引き締まった筋肉と、人肌の温もりを感じる。こんな風に誰かに受け止めてもらえるのはいつぶりだろうか。いや、はじめてかもしれなかった。彼が――トマスが、コーディエを労わってくれたことは、なかった気がする。
「それだけ一途になれるってのも、お前のいいところだろ」
妬けるけどな、と聞こえた気がして、コーディエは目を上げた。黒褐色のダイモンの瞳が、苦しげにコーディエを見下ろしている。コーディエのことなのに、彼も痛みを感じているのだろうか。不思議に思っていると、先ほどまで背中に回されていた手が、コーディエの前髪をかきあげる。
「なあ、コーディー。そんな奴らのことなんか忘れて、俺と……」
ダイモンはそこで言葉を切った。
「……何だ?」
「いや……そうやって弱ってるのもかわいいな、って」
ちゅ、ともう一度額にキスをされる。言いたかったことは違うだろう、とコーディエは感じたが、それ以上追求することはしなかった。
どんな言葉が出てくるか、怖かったから。
恋人、地位、名誉、収入、約束されていたはずの未来、すべてを失い、書記官としての勤務記録も抹消され、公職に就くことを禁じられた。
コーディエがかつて王宮内にいたことを示すのは、もうこの羽根ペンだけだ。
参内をあんなに喜んでいたはずの故郷や親族は、コーディエなど最初から存在しなかったように振舞った。調べれば分かることだから、コーディエの名のままではまともな仕事を見つけることもできず、結局偽名を使って写本師として細々と暮らしているのだ。
「コーディーって、知識はあんのに馬鹿なんだな」
「散々言われたよ」
何でもないことのように軽く返そうとするが、声が揺れるのを抑えられない。
「そんなんさあ、よくあることだろ。夜の街に繰り出して綺麗な姉ちゃん……いや、お前の場合は兄ちゃんか? まあいいや、とにかく一晩飲んで騒いで抱いて、ぱあっと忘れちまえばいいだろ。こんなとこにうじうじ引っ込んで当てつけみたいに暮らしてても、ただお前の時間が無くなるだけだ」
「君からしてみればそうだろうね。でも、もう……いいんだ。もう誰ともかかわりたくない。誰かに裏切られて、あんな思いをするのは二度とごめんだ」
コーディエはふう、と深く息を吸った。涙がこぼれないように、強く目を瞑る。あの日忘れ物をしなければ、取りに戻らなければ、と何回考えただろうか。もしかしたら自分はまだ書記官として彼と幸せに暮らせていたかもしれない。それが偽りだとしても。
闇の中で研ぎ澄まされた聴覚が、小さく笑うダイモンの吐息を捉えた。
「でも、ま……コーディーも馬鹿だけど、その相手って奴も大概馬鹿だな」
「相手……?」
「コーディーみてえな奴を裏切ったらどれだけ傷つけるかは見れば分かるのに、それでも浮気相手にするってのは馬鹿のすることだ。そもそも、後先考えずに上司をボコるほど自分に惚れてるイイ男がいるのに、そいつを本命にしない時点で頭がどうかしてる。だろ?」
「そう……かな」
「そうさ」
今度の声はすぐ近くで聞こえた。驚いたコーディエが目を開くと、すぐ目の前にいたダイモンがにやりと笑い、唇に温かいものが押し付けられる。
「どうだ、少しは元気になったか?」
「っ……!」
「おっと」
のけぞったせいで椅子ごと後ろに倒れそうになったところを、ダイモンの手が引き寄せる。自然と抱きとめられる形になった。
ふわりとした太陽のような匂いと、包み込むような温かさに、ついにコーディエの目から涙がこぼれた。
「たかが一人のクソのために人生棒に振るなんて馬鹿だけど……でも、そんだけ好きだったんだろ、いいじゃねえか」
「でもっ、わた……うぅ、みんなっ」
「落ち着けって」
屈みこんだダイモンがコーディエの手から羽根ペンをとり、再び顔を近づけてくる。今度は先ほどのような不意打ちではない。コーディエは目を閉じてそれを受け入れた。
「……ん」
唇が再度重なり、今度は濡れた感触があった。軽く口を開くと、間に柔らかくぬめりのあるものが入ってくる。少し塩気を感じる舌先に唇の裏を舐められるだけで、心の深い部分、コーディエが必死に守ってきた、柔らかく傷つきやすいところが溶かされていくようだった。
大きな手がコーディエの背中を撫でおろし、それから後頭部に触れた。押し付けられるように、更に深く舌が入ってくる。小さくしゃくりあげながら体の力を抜き、コーディエは彼に身を任せた。
控えめに、コーディエの舌の形をなぞるように舌先を触れ合わせ、そしてダイモンはゆっくりと顔を離した。
「……ありがとう。そんな風に……言ってくれたのは、君だけだ」
体を起こすダイモンの胸元に額を当てると、引き締まった筋肉と、人肌の温もりを感じる。こんな風に誰かに受け止めてもらえるのはいつぶりだろうか。いや、はじめてかもしれなかった。彼が――トマスが、コーディエを労わってくれたことは、なかった気がする。
「それだけ一途になれるってのも、お前のいいところだろ」
妬けるけどな、と聞こえた気がして、コーディエは目を上げた。黒褐色のダイモンの瞳が、苦しげにコーディエを見下ろしている。コーディエのことなのに、彼も痛みを感じているのだろうか。不思議に思っていると、先ほどまで背中に回されていた手が、コーディエの前髪をかきあげる。
「なあ、コーディー。そんな奴らのことなんか忘れて、俺と……」
ダイモンはそこで言葉を切った。
「……何だ?」
「いや……そうやって弱ってるのもかわいいな、って」
ちゅ、ともう一度額にキスをされる。言いたかったことは違うだろう、とコーディエは感じたが、それ以上追求することはしなかった。
どんな言葉が出てくるか、怖かったから。
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