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夜の散歩
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コーディエが目を開けると、時計は早くも日付が変わろうとしていることを教えてくれていた。
もうそんな時間なのか。ベッドの上で、もぞもぞと寝返りを打つ。すっかり暗闇に慣れた視界の中で、床に転がったダイモンが寝息を立てている。
(ああもう、またこいつのせいで……)
この男はどれだけ人の心をかき乱し、平穏で規則正しい生活を壊せば気が済むのだろう。ミノムシのように寝るダイモンをコーディエは睨みつけた。
体は疲れているはずなのに、三日後――次に馬車が来る日のことを考えると寝られない。眠ってしまうと、その分だけ別れの時が早まってしまう気がするのだ。
(本当に……このままでいいのだろうか)
袋小路を行ったり来たりする思考には答えが出ていないのに、期限だけが迫ってきている。じりじりと弱火で炙られるような気分だった。
(少し、散歩にでも出るか……)
体を起こしたコーディエは、ネグリジェの上にローブを羽織った。箒を持って家の外に出ると、外の空気はぬるく冷えている。焦げ付きそうな心が落ち着いてくるような気がして、コーディエは胸の底まで息を吸った。
箒に乗り、ふわりと高く浮かび上がる。雪が減った山は、黒々とした針葉樹に覆われた姿でたたずんでいる。その中を切って伸びる道は、山頂の村と麓を繋ぐただ一本だけ。どちらの村も、今は暗く眠りについているようだ。その先に延びる平地は、遥か彼方で闇に溶けている。
見渡す限り黒の濃淡で彩られた世界を、白い月明かりが煌々と照らしている。
鳥の声も聞こえない、しんとした夜。この広い世界の中で、目を覚ましているのは自分だけのような気がした。
(この時間が、ずっと続けばいいのに)
できもしないことを考えながら、木の先端をかすめるようにして飛ぶ。ふらふらと夜の中を彷徨ううちに、ぽかりと山肌が露出した部分に出た。
他の部分は木々に覆われているのに、そこだけずるりと地面が出ている。何だろう。疑問に思いながら降り立ったコーディエは、そこに突き立った木切れを見て息を呑んだ。
ここは、雪崩があった場所だ。
(……思えば、凄いことだな)
ちょうどあの日、ダイモンがソリに乗っていたこと。この場所で、あの時に雪崩があったこと。コーディエが雪の中からダイモンを助けられたこと。グノシオンがコーディエと似ていたこと。ついでに言えば、首都でトマスに会ったこと。
全て、誰かの采配ではないかと思ってしまうほどの偶然だ。
(それを、私は……みすみす手放してしまっていいのか?)
「コーディー!」
大声に振り向くと、わずかに残った雪を散らして走ってくるダイモンの姿が見えた。
「え……ダイモン?」
なぜこんなところに彼が。コーディエが驚いていると、走ってきたダイモンにそのままの勢いで押し倒され、強く抱きしめられた。
「コ……っ……だ、あ」
「ど、どうした⁉ 山賊でも押し入って来たのか⁉」
言葉を喋れないほど息を切らせたダイモンからは、張り裂けそうに大きな鼓動と熱だけが伝わってくる。家で何かあったのかと慌てるコーディエに首を振り、ダイモンは大きく息を吸った。
「コーディ……まっ、て」
だが出てきたのは小さく掠れた声で、しかしそれだけで限界だというようにダイモンはゲホゲホと咳き込んだ。
「だめ……だ」
「一体何があったんだ、こんな夜中に」
体を起こしたコーディエが手の上に水球を作ると、それを渡す前にダイモンはコーディエの手に口をつけてきた。驚きで弾けた水を、喉を鳴らして飲みこむ。ダイモンの喉やコーディエの膝の上に垂れていく水にはお構いなしだ。
ひとしきり水を飲んだ後、ダイモンは大きく息を吐いた。手の甲で口を拭い、呆気に取られていたコーディエの手を取る。まっすぐな視線に射抜かれ、心臓が跳ねた。
「コーディー。後生だから……復讐なんて、やめるんだ」
「は?」
「苦しいのは分かる。けど、俺は……お前にそんなことしてほしくないんだよ! そ、それでもどうしてもやりたいんだったら俺が代わりに……」
「……どうした? 何のことだ?」
意味が分からない。コーディエが眉を寄せると、「隠すなよ」とダイモンに睨みつけられる。
「お前、今度こそあの二人を丸焼きにしに行くつもりだったろ」
「いや……ただ、眠れなかったからちょっと散歩しようと思っただけだが……?」
「……え?」
「復讐するつもりなら、こんなに呑気に箒で飛んでたりするもんか。さっさと転移魔法で殴りこんでいるよ」
「あ……そ、そうなのか」
ダイモンの目が瞬きをし、それから恥ずかしそうに明後日の方を向いた。
「ま、紛らわしいことすんじゃねえよ……」
「……もしかして、私を止めようとして走って来てくれたのか?」
半笑いになりながらコーディエは言った。ゆっくり飛んでいたといっても、箒の速度は人よりも早い。ふらふらと飛ぶコーディエを追って山の中を走るのは大変だったはずだ。
「そうだよ! ああクソ、余計な運動したわ」
はあ、と背中側の地面に手をついたダイモンは、大きくのけぞって月を見上げた。
「インク買いに行った日から様子がおかしかったし、なんか思いつめた顔で夜中に出てくから……てっきりそうなんだとばっかり思ったんだよ! 悪かったな!」
照れ隠しなのだろう、怒ったように叫ぶ声が夜の山の中にこだまする。
「ああ……それは、申し訳なかった」
そういえばそんな話もあったな、とコーディエは若干懐かしさすら覚えた。旅に誘われてからはダイモンのことばかり頭の中にあって、あの二人への復讐などすっかり抜け落ちてしまっていた。
もうそんな時間なのか。ベッドの上で、もぞもぞと寝返りを打つ。すっかり暗闇に慣れた視界の中で、床に転がったダイモンが寝息を立てている。
(ああもう、またこいつのせいで……)
この男はどれだけ人の心をかき乱し、平穏で規則正しい生活を壊せば気が済むのだろう。ミノムシのように寝るダイモンをコーディエは睨みつけた。
体は疲れているはずなのに、三日後――次に馬車が来る日のことを考えると寝られない。眠ってしまうと、その分だけ別れの時が早まってしまう気がするのだ。
(本当に……このままでいいのだろうか)
袋小路を行ったり来たりする思考には答えが出ていないのに、期限だけが迫ってきている。じりじりと弱火で炙られるような気分だった。
(少し、散歩にでも出るか……)
体を起こしたコーディエは、ネグリジェの上にローブを羽織った。箒を持って家の外に出ると、外の空気はぬるく冷えている。焦げ付きそうな心が落ち着いてくるような気がして、コーディエは胸の底まで息を吸った。
箒に乗り、ふわりと高く浮かび上がる。雪が減った山は、黒々とした針葉樹に覆われた姿でたたずんでいる。その中を切って伸びる道は、山頂の村と麓を繋ぐただ一本だけ。どちらの村も、今は暗く眠りについているようだ。その先に延びる平地は、遥か彼方で闇に溶けている。
見渡す限り黒の濃淡で彩られた世界を、白い月明かりが煌々と照らしている。
鳥の声も聞こえない、しんとした夜。この広い世界の中で、目を覚ましているのは自分だけのような気がした。
(この時間が、ずっと続けばいいのに)
できもしないことを考えながら、木の先端をかすめるようにして飛ぶ。ふらふらと夜の中を彷徨ううちに、ぽかりと山肌が露出した部分に出た。
他の部分は木々に覆われているのに、そこだけずるりと地面が出ている。何だろう。疑問に思いながら降り立ったコーディエは、そこに突き立った木切れを見て息を呑んだ。
ここは、雪崩があった場所だ。
(……思えば、凄いことだな)
ちょうどあの日、ダイモンがソリに乗っていたこと。この場所で、あの時に雪崩があったこと。コーディエが雪の中からダイモンを助けられたこと。グノシオンがコーディエと似ていたこと。ついでに言えば、首都でトマスに会ったこと。
全て、誰かの采配ではないかと思ってしまうほどの偶然だ。
(それを、私は……みすみす手放してしまっていいのか?)
「コーディー!」
大声に振り向くと、わずかに残った雪を散らして走ってくるダイモンの姿が見えた。
「え……ダイモン?」
なぜこんなところに彼が。コーディエが驚いていると、走ってきたダイモンにそのままの勢いで押し倒され、強く抱きしめられた。
「コ……っ……だ、あ」
「ど、どうした⁉ 山賊でも押し入って来たのか⁉」
言葉を喋れないほど息を切らせたダイモンからは、張り裂けそうに大きな鼓動と熱だけが伝わってくる。家で何かあったのかと慌てるコーディエに首を振り、ダイモンは大きく息を吸った。
「コーディ……まっ、て」
だが出てきたのは小さく掠れた声で、しかしそれだけで限界だというようにダイモンはゲホゲホと咳き込んだ。
「だめ……だ」
「一体何があったんだ、こんな夜中に」
体を起こしたコーディエが手の上に水球を作ると、それを渡す前にダイモンはコーディエの手に口をつけてきた。驚きで弾けた水を、喉を鳴らして飲みこむ。ダイモンの喉やコーディエの膝の上に垂れていく水にはお構いなしだ。
ひとしきり水を飲んだ後、ダイモンは大きく息を吐いた。手の甲で口を拭い、呆気に取られていたコーディエの手を取る。まっすぐな視線に射抜かれ、心臓が跳ねた。
「コーディー。後生だから……復讐なんて、やめるんだ」
「は?」
「苦しいのは分かる。けど、俺は……お前にそんなことしてほしくないんだよ! そ、それでもどうしてもやりたいんだったら俺が代わりに……」
「……どうした? 何のことだ?」
意味が分からない。コーディエが眉を寄せると、「隠すなよ」とダイモンに睨みつけられる。
「お前、今度こそあの二人を丸焼きにしに行くつもりだったろ」
「いや……ただ、眠れなかったからちょっと散歩しようと思っただけだが……?」
「……え?」
「復讐するつもりなら、こんなに呑気に箒で飛んでたりするもんか。さっさと転移魔法で殴りこんでいるよ」
「あ……そ、そうなのか」
ダイモンの目が瞬きをし、それから恥ずかしそうに明後日の方を向いた。
「ま、紛らわしいことすんじゃねえよ……」
「……もしかして、私を止めようとして走って来てくれたのか?」
半笑いになりながらコーディエは言った。ゆっくり飛んでいたといっても、箒の速度は人よりも早い。ふらふらと飛ぶコーディエを追って山の中を走るのは大変だったはずだ。
「そうだよ! ああクソ、余計な運動したわ」
はあ、と背中側の地面に手をついたダイモンは、大きくのけぞって月を見上げた。
「インク買いに行った日から様子がおかしかったし、なんか思いつめた顔で夜中に出てくから……てっきりそうなんだとばっかり思ったんだよ! 悪かったな!」
照れ隠しなのだろう、怒ったように叫ぶ声が夜の山の中にこだまする。
「ああ……それは、申し訳なかった」
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