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魔法回路の強化
魔法回路の強化.4
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初めての体験にすすり泣くユーミルが十分に落ち着くのを待ってから、グレンは丁寧に飛び散った体液を拭い、そして後始末をして、その手でユーミルにパジャマを着せてくれた。そしてそのまま、屋根裏の粗末なベッドに寝かしつけて、身体を毛布で包み込んでくれる。
実の両親以外に、今までユーミルにそんなことをしてくれる人はいなかった。グレンのおかげで、まだ身体の内側が熱く火照って、違和感のようなものはあったけれど、それだってちっとも悪い感覚ではない。
グレンは、月明かりの降り注ぐユーミルの勉強机の上に、素焼きの鉢に入った植物の苗をコトリと置いた。
「これで、結界や召喚の手間が少しは省ける。それと、この部屋とボクの住みかを繋ぎやすくなるんだ」
一見すると魔法植物には見えない、桃色の茎に緑の葉を持つ小さな蔓植物の苗。机の上にほんの小さなアクセントのように乗せられたそれをぼんやりと見詰めてから、未だに花園の結界が結ばれた床の上にすらりと立つ、大魔法士グレンの姿を見上げた。眼鏡を外している今、その像は朧に霞んで見えたが、その顔が穏やかな笑みを浮かべていることだけは解る。
並の魔法士では扱いきれない、銀色のアークワンド。不思議な虹色を帯びた白いローブ。高いところで結い上げられ、腰の高さまで零れ落ちる紫色がかった銀髪。そのどれもが幻のようで、ユーミルはゆっくりと唇を開いて、その姿に問い掛ける。
「……どうして、僕なんですか…?…なぜ、僕なんかに…こんなことをしてくれるの…?」
「うん」
グレンはひとつ頷いて、そして一瞬、遠くを見つめるように窓の外に視線を流した。
「……ひとつは、キミが滅多にいない魔法回路の持ち主だっていうことがわかったから。ボクは八年間、この魔法学園の卒業生を見てきたが、今年は番狂わせが起こりうる。だから、キミが可愛い顔や体をしていなくても、何らかの方法で力を貸していただろうね。…もうひとつは」
「…もう、ひとつは…?」
グレンが、一瞬眉間に険しい表情を浮かべ、唇を軽く噛み締めたのが解った。
「キミを見ていたら、昔のことを思い出してしまって。…あぁ、何、たいした話じゃないんだけどね…。キミの境遇を見ていたら、同じ過ちを繰り返させる訳にはいかないと思ったんだ。…いつか、あいつらの鼻を明かしてやることができるかもしれない。キミが夢を掴み、そしてボクが長年飼い続けてきたこの腹の虫を収められるんだったら、曄苑の大魔法士は喜んでこの手を貸そうじゃないか…。…そう、思った」
「グレン…?」
昔のこと、そして、腹の中に抱えたこととは、何なのだろう。もう少し詳しく聞かせてくれるのかと思って言葉を待ったが、美しい大魔法士はハッと口を閉ざし、何事もなかったかのようにへらりとした笑顔を浮かべる。
「……まあ、卒業試験まではまだ時間があるからね。特訓は続くよ…?この結界の中では、どれだけ派手に声を出しても、外には聞こえない。ゆっくり魔法回路を拡張しながら、マナの扱い方というものを教えてあげよう…。キミは、いつも通りに勉強に励むんだ。ポーションの調合だって、再提出があるんだろう…?」
「……あ、そうだった…」
口元に手を当て、忘れていたことを思い出す。明日は休みだが、出し遅れて手を付けられずにいた、再提出の課題に取り組まなければいけない。
不思議なことに、グレンが訪れる前は、全身から精気が抜け落ちたかのように冷え、何をやる気も起きなかったのだが、今は、再び課題に挑戦しようという闘志のようなものが身体の奥から沸々と湧き起こってくる。しかし、今は気怠い疲労感が全身を包んでいた。花園の結界の爽やかな甘い香りに包まれ、瞼の上にとろりと眠気が落ちてくる。
「今日は、ゆっくりと眠りなさい。……また来るからね、ユーミル。…おやすみ」
りん、と。
涼しげな鈴の音のような音が鳴り響き、グレンの長い紫がかった銀髪が翻る。
「……あ」
結界魔法が、風に散らされる雲のように掻き消されると同時に、グレンの姿も忽然と消え失せていた。
後には、漆喰が所々ぼろぼろと剥がれた、みすぼらしい屋根裏部屋の壁ばかりがあった。
実の両親以外に、今までユーミルにそんなことをしてくれる人はいなかった。グレンのおかげで、まだ身体の内側が熱く火照って、違和感のようなものはあったけれど、それだってちっとも悪い感覚ではない。
グレンは、月明かりの降り注ぐユーミルの勉強机の上に、素焼きの鉢に入った植物の苗をコトリと置いた。
「これで、結界や召喚の手間が少しは省ける。それと、この部屋とボクの住みかを繋ぎやすくなるんだ」
一見すると魔法植物には見えない、桃色の茎に緑の葉を持つ小さな蔓植物の苗。机の上にほんの小さなアクセントのように乗せられたそれをぼんやりと見詰めてから、未だに花園の結界が結ばれた床の上にすらりと立つ、大魔法士グレンの姿を見上げた。眼鏡を外している今、その像は朧に霞んで見えたが、その顔が穏やかな笑みを浮かべていることだけは解る。
並の魔法士では扱いきれない、銀色のアークワンド。不思議な虹色を帯びた白いローブ。高いところで結い上げられ、腰の高さまで零れ落ちる紫色がかった銀髪。そのどれもが幻のようで、ユーミルはゆっくりと唇を開いて、その姿に問い掛ける。
「……どうして、僕なんですか…?…なぜ、僕なんかに…こんなことをしてくれるの…?」
「うん」
グレンはひとつ頷いて、そして一瞬、遠くを見つめるように窓の外に視線を流した。
「……ひとつは、キミが滅多にいない魔法回路の持ち主だっていうことがわかったから。ボクは八年間、この魔法学園の卒業生を見てきたが、今年は番狂わせが起こりうる。だから、キミが可愛い顔や体をしていなくても、何らかの方法で力を貸していただろうね。…もうひとつは」
「…もう、ひとつは…?」
グレンが、一瞬眉間に険しい表情を浮かべ、唇を軽く噛み締めたのが解った。
「キミを見ていたら、昔のことを思い出してしまって。…あぁ、何、たいした話じゃないんだけどね…。キミの境遇を見ていたら、同じ過ちを繰り返させる訳にはいかないと思ったんだ。…いつか、あいつらの鼻を明かしてやることができるかもしれない。キミが夢を掴み、そしてボクが長年飼い続けてきたこの腹の虫を収められるんだったら、曄苑の大魔法士は喜んでこの手を貸そうじゃないか…。…そう、思った」
「グレン…?」
昔のこと、そして、腹の中に抱えたこととは、何なのだろう。もう少し詳しく聞かせてくれるのかと思って言葉を待ったが、美しい大魔法士はハッと口を閉ざし、何事もなかったかのようにへらりとした笑顔を浮かべる。
「……まあ、卒業試験まではまだ時間があるからね。特訓は続くよ…?この結界の中では、どれだけ派手に声を出しても、外には聞こえない。ゆっくり魔法回路を拡張しながら、マナの扱い方というものを教えてあげよう…。キミは、いつも通りに勉強に励むんだ。ポーションの調合だって、再提出があるんだろう…?」
「……あ、そうだった…」
口元に手を当て、忘れていたことを思い出す。明日は休みだが、出し遅れて手を付けられずにいた、再提出の課題に取り組まなければいけない。
不思議なことに、グレンが訪れる前は、全身から精気が抜け落ちたかのように冷え、何をやる気も起きなかったのだが、今は、再び課題に挑戦しようという闘志のようなものが身体の奥から沸々と湧き起こってくる。しかし、今は気怠い疲労感が全身を包んでいた。花園の結界の爽やかな甘い香りに包まれ、瞼の上にとろりと眠気が落ちてくる。
「今日は、ゆっくりと眠りなさい。……また来るからね、ユーミル。…おやすみ」
りん、と。
涼しげな鈴の音のような音が鳴り響き、グレンの長い紫がかった銀髪が翻る。
「……あ」
結界魔法が、風に散らされる雲のように掻き消されると同時に、グレンの姿も忽然と消え失せていた。
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