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魔法回路の強化
魔法回路の強化.20
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「だけどね、ボクは少し…心配だよ」
「心配…?」
眼鏡越しに、大きな緑色の瞳をぱちぱちと瞬きするユーミル。その、野暮ったいほどに重い黒髪に手を伸ばし、さらりと掻き上げてくる温かな手がある。グレンは、その人形のように整った顔に、何とも言い難い不安の色を浮かべていた。しかしユーミルには、その理由が解らなくて、ことりと首を傾げる。
「知っての通り、このソーレックス魔法学園には、『承認』の術式が張り巡らされていて、部外者は一切立ち入りできないようになっている。たとえ生徒の家族であっても、卒業生であったとしても、『承認』がおりていない者はいないはずだ。…これは解るね?」
「……?…はい。でもグレンは、その術式を解読した、と…」
「その通り。ボクは、小さい頃から、妖精界を通じて半ばこの学園に自由に出入りしていたからね。おまけに、花精である母の血と妖精界の教育のおかげで、人間よりはるかに高度な魔法を使いこなせる。けれども、そんな未承認のボクが、生徒や教師の前に姿を表したら、どうなる…?きっと、学園が引っ繰り返るほどの大騒ぎだ」
「あ……」
そうか、とユーミルは得心した。だからグレンは、この部屋に姿を現す時には、いつも決まって花園の魔法結界を張り巡らせているのだ。それはただ単に居心地が悪いだけではなく、グレン自身の魔力を他人に悟られないようにするため。不意に黙ったユーミルが答えを得たのに気付くと、グレンは形のいい唇に穏やかな笑みを浮かべ、ゆるゆると黒髪を指で絡め取るように、優しく、柔らかく撫でてくれる。
「さすが、聡い子だ。…ボクの言いたいことが解ったね?ボクはキミの後ろ盾ではあるが、大っぴらに出ていく訳にはいかないのさ。日中、学園の中では、間違っても姿を表せない。ただ黙って見守ったり、ほんのちょっとしたお節介を焼くことしかできないんだ。…ねえ、ユーミル」
す、とグレンが屈み込み、ユーミルに顔を近付けて、内緒話のような声音で語り掛けてくる。その顔には、いつもの飄々とした自信に満ち溢れた笑みはなく、ただ純粋にユーミルを心配して眦を下げているように見えた。
「……キミの魔法回路は、たった二回の訓練で、驚くほど鍛えられたさ。そりゃあ、鍛えたボクが驚くほどには。…だけど、魔法回路が鍛えられるっていうことは、全身を流れる活力が増すっていうことでもある。威張らず、気取らず、自然体で自信に満ち溢れた存在は、誰だって魅力的に見えるよね?つまり、そういうことさ」
「えっと……?」
すぐ近くに、それこそ少し首を伸ばせば鼻先が触れ合ってしまうほどの距離に、グレンの人間離れした端整な顔がある。少しどぎまぎしながらも、以前よりは余程落ち着いて受け容れられるようになった距離の中で、再びエメラルド色の瞳をゆっくりと瞬いた。
「……端的に言うと、放課後のことだ。…キミ、タチの悪い連中に絡まれただろ」
「あぁ、バスカル達のことですか…」
グレンの言葉には思い当たる節があって、ユーミルは素直に頷く。バスカルと、その取り巻きのルドとディーゴは、事あるごとにユーミルに意地の悪い仕打ちをすることで、日頃の鬱憤を晴らしているように思える。ある時は物質移動の魔法でモノを投げつけ、またある時は机の中に生きたトカゲや蛇を仕込むといった嫌がらせは日常左茶飯事で、もはや些細なものであるようにしか受け止められなかった。
それにしても、今日のバスカルの取り乱しようは、かつて見たことがないほど激しいものであった。クラスの生徒の前で恥をかかされ、余程プライドを傷つけられたのか、まさか、暴力沙汰は絶対厳禁の学園内で、ユーミルに手を上げてくるとは思わなかったのは事実だ。
グレンは、そんなユーミルを、尚も複雑な顔で見詰めている。
「あの時、流石に見ていられなくなって、ちょっとだけ手を貸したんだ」
「じゃあ、あの時吹いてきた風を起こしたのは、グレンだったんですね…!」
突如、ユーミルとグレンを分けた季節外れの冷たい風は、グレンの助太刀だったのだという。やっぱり、グレンは自分のことを見てくれていたのだという喜びが、ユーミルの小さな胸の中をじわりと満たしていった。生まれて初めて、両親以外の誰かから大切にされ、見守られているのだという実感で、白い頬がほんのりと火照っていくのが解る。
「…そうとも、ボクだ。だけど、ボクに出来るのはあそこまで。……はぁ、情けないったら。ボクの大事な花嫁候補があんな目に遭わされて…いいや、それだけじゃない。あんな目で見られているっていうのに、助けることもできないんだからね…」
「え、でも…グレンは、ちゃんと僕のことを助けてくれましたよね…?」
静かに髪を撫で続ける手が心地よくて、両眼を猫のように細める。そんなユーミルの前で、グレンが、少しだけ苦々しい表情で微笑した。
「あぁ、ボクのお嫁さんは、本当に純情だなぁ…。ボクの心配はね、キミ自身が、その魅力に気付いてないってことなんだ。いつか取り返しのつかないことになったらと思うと…本当に耐えられない。…妖精っていうのは、確かに惚れっぽい生き物ではあるけど、思い込んだら一途なんだよ?あぁ、ごめんね、ユーミル」
不意に、グレンが両腕を伸ばし、パジャマ姿のユーミルを腕の中にぎゅっと抱き締めてくる。あまりに唐突な行動にバランスを崩しながら、虹色の光沢を帯びたローブの力強い胸の中に落ちて、ユーミルは驚きのあまり声も出せなかった。
「……うん、今日は、ボクちょっと…自制できないかもしれない。痛くはしないけど…でも、軽くトバしちゃうかもしれないな。頑張って覚えてみせて…?」
「心配…?」
眼鏡越しに、大きな緑色の瞳をぱちぱちと瞬きするユーミル。その、野暮ったいほどに重い黒髪に手を伸ばし、さらりと掻き上げてくる温かな手がある。グレンは、その人形のように整った顔に、何とも言い難い不安の色を浮かべていた。しかしユーミルには、その理由が解らなくて、ことりと首を傾げる。
「知っての通り、このソーレックス魔法学園には、『承認』の術式が張り巡らされていて、部外者は一切立ち入りできないようになっている。たとえ生徒の家族であっても、卒業生であったとしても、『承認』がおりていない者はいないはずだ。…これは解るね?」
「……?…はい。でもグレンは、その術式を解読した、と…」
「その通り。ボクは、小さい頃から、妖精界を通じて半ばこの学園に自由に出入りしていたからね。おまけに、花精である母の血と妖精界の教育のおかげで、人間よりはるかに高度な魔法を使いこなせる。けれども、そんな未承認のボクが、生徒や教師の前に姿を表したら、どうなる…?きっと、学園が引っ繰り返るほどの大騒ぎだ」
「あ……」
そうか、とユーミルは得心した。だからグレンは、この部屋に姿を現す時には、いつも決まって花園の魔法結界を張り巡らせているのだ。それはただ単に居心地が悪いだけではなく、グレン自身の魔力を他人に悟られないようにするため。不意に黙ったユーミルが答えを得たのに気付くと、グレンは形のいい唇に穏やかな笑みを浮かべ、ゆるゆると黒髪を指で絡め取るように、優しく、柔らかく撫でてくれる。
「さすが、聡い子だ。…ボクの言いたいことが解ったね?ボクはキミの後ろ盾ではあるが、大っぴらに出ていく訳にはいかないのさ。日中、学園の中では、間違っても姿を表せない。ただ黙って見守ったり、ほんのちょっとしたお節介を焼くことしかできないんだ。…ねえ、ユーミル」
す、とグレンが屈み込み、ユーミルに顔を近付けて、内緒話のような声音で語り掛けてくる。その顔には、いつもの飄々とした自信に満ち溢れた笑みはなく、ただ純粋にユーミルを心配して眦を下げているように見えた。
「……キミの魔法回路は、たった二回の訓練で、驚くほど鍛えられたさ。そりゃあ、鍛えたボクが驚くほどには。…だけど、魔法回路が鍛えられるっていうことは、全身を流れる活力が増すっていうことでもある。威張らず、気取らず、自然体で自信に満ち溢れた存在は、誰だって魅力的に見えるよね?つまり、そういうことさ」
「えっと……?」
すぐ近くに、それこそ少し首を伸ばせば鼻先が触れ合ってしまうほどの距離に、グレンの人間離れした端整な顔がある。少しどぎまぎしながらも、以前よりは余程落ち着いて受け容れられるようになった距離の中で、再びエメラルド色の瞳をゆっくりと瞬いた。
「……端的に言うと、放課後のことだ。…キミ、タチの悪い連中に絡まれただろ」
「あぁ、バスカル達のことですか…」
グレンの言葉には思い当たる節があって、ユーミルは素直に頷く。バスカルと、その取り巻きのルドとディーゴは、事あるごとにユーミルに意地の悪い仕打ちをすることで、日頃の鬱憤を晴らしているように思える。ある時は物質移動の魔法でモノを投げつけ、またある時は机の中に生きたトカゲや蛇を仕込むといった嫌がらせは日常左茶飯事で、もはや些細なものであるようにしか受け止められなかった。
それにしても、今日のバスカルの取り乱しようは、かつて見たことがないほど激しいものであった。クラスの生徒の前で恥をかかされ、余程プライドを傷つけられたのか、まさか、暴力沙汰は絶対厳禁の学園内で、ユーミルに手を上げてくるとは思わなかったのは事実だ。
グレンは、そんなユーミルを、尚も複雑な顔で見詰めている。
「あの時、流石に見ていられなくなって、ちょっとだけ手を貸したんだ」
「じゃあ、あの時吹いてきた風を起こしたのは、グレンだったんですね…!」
突如、ユーミルとグレンを分けた季節外れの冷たい風は、グレンの助太刀だったのだという。やっぱり、グレンは自分のことを見てくれていたのだという喜びが、ユーミルの小さな胸の中をじわりと満たしていった。生まれて初めて、両親以外の誰かから大切にされ、見守られているのだという実感で、白い頬がほんのりと火照っていくのが解る。
「…そうとも、ボクだ。だけど、ボクに出来るのはあそこまで。……はぁ、情けないったら。ボクの大事な花嫁候補があんな目に遭わされて…いいや、それだけじゃない。あんな目で見られているっていうのに、助けることもできないんだからね…」
「え、でも…グレンは、ちゃんと僕のことを助けてくれましたよね…?」
静かに髪を撫で続ける手が心地よくて、両眼を猫のように細める。そんなユーミルの前で、グレンが、少しだけ苦々しい表情で微笑した。
「あぁ、ボクのお嫁さんは、本当に純情だなぁ…。ボクの心配はね、キミ自身が、その魅力に気付いてないってことなんだ。いつか取り返しのつかないことになったらと思うと…本当に耐えられない。…妖精っていうのは、確かに惚れっぽい生き物ではあるけど、思い込んだら一途なんだよ?あぁ、ごめんね、ユーミル」
不意に、グレンが両腕を伸ばし、パジャマ姿のユーミルを腕の中にぎゅっと抱き締めてくる。あまりに唐突な行動にバランスを崩しながら、虹色の光沢を帯びたローブの力強い胸の中に落ちて、ユーミルは驚きのあまり声も出せなかった。
「……うん、今日は、ボクちょっと…自制できないかもしれない。痛くはしないけど…でも、軽くトバしちゃうかもしれないな。頑張って覚えてみせて…?」
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