悛改のミスタ

猫野 おむすび

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第2章 オアシスの村

かつての幻想

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「……タ……」

「……スタ……」

「ミスタ!」






ハッと目を覚ます。








「……ニケ、。」







横にちょこんと座る彼女は、ん?と首を小さく傾ける。




もう既に高く登り始めた太陽の光が窓から丁度差し込んで、その健康そうな横顔がまぶしく照らされる。




女神様みたいな、笑顔だった。






「ミースタっ。
休みの日だからって、そんなにぐうたらしないのっ」





口をとがらせながら、もうっ、とつぶやく。




……そう叱る割には、やけに嬉しそうだ。




艶やかな黒髪の毛先が、動く度にぴょん、とはねる。









「……懐かしいな」





「懐かしい?何が??」






「いや。
……何だろ、変な事言っちまう。」








「いつまでも寝てるから、そうやって寝ぼけるんですよーーーーっだ!!べ~っ。」






「………………。」












「……えっ。
ちょ、ちょっとミスタ?!
どうしちゃったの??






……なんで泣いてるの?」








「あれ、俺……。」










「……よしよし。怖い夢でも見た?」







彼女の柔らかい胸が頬に触れる。







「……本当に、怖い夢を見たんだ。」





「ニケが遠くに行ってしまう夢。」





半年と数週間ぶりに触れた彼女は、とても優しくて、心地よくて、…………。














───前と違った匂いがした。







「……え。」

「ニケ、なんか油みたいな……」




違う。これは………………















都市の、排気ガスの匂い。




  




眠りから覚めた時のように、
じわじわと、ミスタは悟ってゆく。








あぁ、もしこの子が都市部に行かなかったら。




……あの頃の、いい匂いのままだったのになぁぁ。











あぁ、魔力なんかどうでもよかったのに。


ここで静かに暮らせるだけで、他に何もいらなかったのに。









───これ以上ここに居てはいけない。

そんな予感がした。











「ニケ。」

「……これさ、たぶん……。


夢、だよな。」







「ミスタ……?
何言って、」






「ごめん。俺、戻らなきゃ。」


戸惑うニケから目を伏せながら、ミスタはきびすを返して走り出す。



戻る、といっても、
一体どこへ。何をすれば戻れる。










と、その時。






───ミスタ、……






どこかで、聞いた事のある気がする声。


……思い出せない。











───私の名を呼んでください……!



───時間が無い。
    早く……!!













……誰だっけ……。

あとちょっとの所まで出かかっているのに。














───私との特訓、忘れてないでしょうね……!






体に電流のようなものが流れる。まるで、何かの回路が繋がったように。






「……ユズリハ!!!

お前、特訓の話本気だったのかよ?!」






……!!

気づくより先に、言葉が出ていた。


───ユズリハ。

その響きは、ミスタの心をやけに落ち着かせる。







その時。









ザッ…………、ザァ…………。





あの記憶が、蘇る。
ずっと粘り着いて離れない、

あの日の風の音。









『ユズリハァ…?!??!



…レヨ。



……ダレヨ、ソレェエェエエエエエ!!!!!』










そこにあったのは。



もう二度と見たくない、あの日のニケの姿だった。







網膜に焼き付いたあの姿だ。





ニケの姿を捉えた瞬間、ミスタの頭はまるで何かに引き裂かれるように痛みだした。


  




あぁああああぁああああああ───………




        ・ ・ ・


「…………ッ、

うぐっ。」



 


「…………!

目が覚めたんですね…………!」







横に座る少女が、ほっとしたように胸を撫で下ろす。


しかし、ミスタがゆっくり目を開けたのを見るや、すぐにムスッとした顔に戻った。







───牢獄を照らすのは、天井の隙間から漏れ出る僅かな日光のみである。




頭皮から身体に沿って真っ直ぐに落ちる、銀色の長い髪。

薄暗い場所でも、その美しさは変わらない。



まるで、彼女の周りだけ淡い光で守られているかのようだった。








「俺、一体何を……」






「……初めは、ただうなされているだけだと思って放っておいたのですが……」






ユズリハは苦い顔で続ける。






「しばらくすると、身体が物凄く強い魔力で覆われていったんです。



───夢の内容によっては、その人自身の魔力で身体が覆われる事はよくあるのですが……。


…貴方には魔力が無いですし。  」







「───おそらく、精神系の魔力適性を持つ何者かによって攻撃された可能性が高いかと。」





「………………。」





「……それってまずいのか?」






「魔力適性として、精神系はかなり強いです。

魔法の扱いに長けている都市部の警察や、、



……私たち『死神』のメンバーでも、自殺者を出してしまう程に。」








「……お前が、俺を夢から戻すのを助けてくれたのか?」






「ま、まあ……。」







───【幻世界に取り込まれた人間が、これは夢であると気づく。】


【現実世界である程度関わりのある人や物を、何か1つでも思い出す事が出来る。】


この2条件が成立して初めて抜け出せるんだと、いつかアレクが得意そうに知識を披露していたっけ。




……少し癪だが、ユズリハはいつも彼の豊富な知識量につくづく驚かされる。









「対処法は知らなかったから、ただ私の魔力を流し込んで大声で叫んでいただけだけど……。 


一か八か起きてくれて良かった。」






とりあえずは事なきを得たが、ユズリハは内心かなり焦っていた。

身寄りの無い彼女にとって、任務の失敗は自分の死と直結しているといっても過言では無い。







一体誰がミスタを狙っている?


……いや、この村のことだ。大勢の村人がグルになって起こした可能性もある。








───ふと、彼女の脳裏を一人の容疑者がよぎった。





(……まさか、ね)


思い過ごしだと良いけれど。







まだ特訓初日の早朝だというのに、少女の気は滅入るばかりだった。
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