とある少女の異世界奮闘記+α

輝国 飛鷹

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『学生ラグナロク教』編

第44話《異次元空間》

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      12


 防御結界の魔法は、基本的に中級の魔法書に掲載されているもので、それには結界を張った建物の構造を巨大迷路のように変えるという効果は存在しない。
 だがこの世界では、何者かによって改造が施された結界の魔法書が裏ルートで取り引きされてるという噂だ。
 故に、ラグナロク教のビルに突如出現した結界もその類いのものであろう。
 しかし、魔法の仕組みなど一切知らないアヤノンからしてみれば、それはそれは摩訶不思議まかふしぎな光景であった。
 ビルの中に入ると、そこから先は全く違う世界が広がっていた。
 外界で見たビルとは符合しないオフィスの広さと、ネジ曲がった階段がいくつも点在している。壁は若干虹色のオーロラがかかっていて、まるで時空が歪んだような感じだった。
「………………………、」
 アヤノンがこう言葉を失うのも当然である。なにせアヤノンが知ってる限り、下手すれば一階のオフィスだけで東京ドーム5個は軽くいく位広いからだ。
 もう、何がなんだか分からなくなってきた。
 今まで無自覚であったが、アヤノンはにいるのだ。
 現代の世界とは違い、魔法があって、科学もあって、国籍はカオスで────。
 だが、これで改めてアヤノンは実感したのだった。
(俺……………こんな世界にいるんだ………………)
 こんな異次元空間において、アヤノンの存在はちっぽけなものだった。客観的に見れば、小さな点のように見えるだろう。
 アヤノンは無数にある階段を見る。天井は曇りがかかって見ることができないが、2階へと誘う階段はしっかりと続いている。
「…………刑事さん」
「おう」
「…………………………マジで登るの?」
「おう」
「……………………エレベーターとか使えんの?」
「こんな異次元空間ではそういうもんが一切停止しててな。俺も若い頃はエレベーター動かねーかなーっていじくってたぜぇ」
「…………………結果どうだった?」
「もちろん、ダメだったぜぃ」
「……………………、」
 ザーザザー……………という雑音ノイズが走ったような感覚にとらわれた。次に視界に『あきらめろ』という5文字がよぎる。
「…………………、」
 ガシッと刑事は肩を掴む。
 掴まれたのはマリナーラだ。
「…………どこに行くつもりでぃ?」
「ちょっとそこの『ファーミレス』まで」
「ここら辺にはねーぞぉ」
「………………、」
「………………、」
 沈黙を介した次の瞬間、弾けたように刑事と少女の決闘が始まった。
「は、離してなのです! だから、イヤッ───だから離しなさいやゴラアァァァァ!」
「てめぇはこのまま帰るつもりだろぉ!? それでいいのか? セリア・マルコフの仇討ちに来たんじゃないのかぁ!?」
「いやだからってこんな登山ツアーするつもりは毛頭ないのですー!」
「オメェ…………! さっきから文句ばかり言いやがってぇ。男ならシャキッとしろやぁシャキッとぉ!」
「私女の子なのですよ!?」
「関係ねぇ! とにかく来い! そして俺を守る盾となりやがりなぁ!」
「あ、今このおっさんサイテーな発言したのですー! セクハラなのですー!」
 こんな状況でワーワー騒ぎ出す二人のバカは一体どうやったら統率できるのだろうかとアヤノンは真面目に考えてしまうが、すぐにそれは無理だろうという結論に行き着く。
「…………もうコイツらがいる時点ですでに最悪の未来しか見えてこないんだけど」
 はぁ、と溜めに溜め込んだ息を深く吐き、疲労感に包まれた雰囲気で口を開いた。
 異次元空間と化した世界で、アヤノンはその構造に着目する。
 階段はやはりあやふやに歪んでる2階へと繋がっていて、パッと見では単に階段の先が天井に張り付いてるようにしか見えない。
 しかしよく見ると、階段は全て2階への道を示してる訳ではなかった。
(………………これは、)
 異空間の広大な土地の所々にちょこんと点在する階段が見える。しかしネジ曲がった螺旋らせん階段のようなものは地上では見られず、それはようだ。
(…………、ここは)
 異空間と化した世界なのだから、通常にはない造りがあっても不思議ではない。そもそもここはアヤノンの知っている『日常』から突き放された世界である。家に帰って晩飯はカレーかなと思いキッチンを覗くと包丁で背中を突き刺された母親が血溜まりの中倒れているような、そんなぶっ飛んだ世界なのだから、今ここは。
「刑事さん、刑事さん」
 プロレスに興じる刑事にアヤノンは声をかける。
「んあ? なんでい? 俺は今急が忙しいんでぃ!」
「ふざけずに聞け。階段が地下に続くやつと2階に続くやつがあるんだけど、ここは二手に分かれて行かないか?」
「地下に続く階段…………?」
 そこでようやく張り付くマリナーラを押さえて、刑事が例の階段の存在に気がついた。
「おお…………確かにあるなぁ。防御結界の影響でできたものだなこりゃあぁ」
 先が影で覆われた地下階段を覗き見ながら刑事は言った。そこから何かとんでもない化け物が出てくるのを恐れるかのように、少し身を引いている。
「…………お嬢ちゃんの言うように、別行動で動いた方がいいなぁ」
「じゃあ、二手に…………」
「いや、三手だぁ」
 アヤノンの言葉を遮った刑事は神妙な顔だちをしている。
「え、三手?」
「俺は1人で先に最上階を目指すぅ。お嬢ちゃんたちは2、2で分かれて後から来てくれぃ」
「け、刑事さん。どうして先に…………?」
 弱々しいジェンダーの声が反響する。
「俺はあまりお嬢ちゃんたちを危険な目に遭わせたくねーからのぉ。もしグレー=ルイスと俺が先に鉢合わせば何の問題もないだろぉ?」
「…………まぁ、正直俺たちなんかが相手できるわけないもんな」
「それは…………仕方のないことなのです」
 彼女らはあくまで『最弱』で名高い『Y組』の1人なのだ。魔法も初級程度のものしか使えない魔力貧弱集団なのだから。
「ま、そういうこったぁ。それに、お嬢ちゃんたちは先にそのを助けてやんなぁ」
 チラッとマリアに目配りすると、
「家族が居ないんじゃあ寂しいしなぁ」
「…………ありがとう、ございます、ます」
 ペコリと頭を下げるマリア。
 それを見て刑事は微かに微笑み、
「じゃ、俺は先に行くぜぇ。最上階でまたな」
 刑事は2階へと続く階段に足を踏み入れた。


      *


 地下は洞窟を掘り起こしたような道が続いていた。照明器具は一切なく、じめじめしているかと思いきやさらさらで乾いたような空気が漂っている。
 階段をどれ程降っただろうか。
 ジェンダーの脳裏にそんな思いが過った。
「『ナンバー000.発火魔法ファイアリング』」
 マリアが魔法書で魔法ナンバーを唱えると、彼女の左手から炎の塊が出現する。ロウソクの何倍もの発光が辺りを照らし、不安によって生まれた翳りを払い除けていく。
 地下チームのマリアとジェンダーは歩みを進めていく。
「ありがとう、マリアちゃん」
 ジェンダーは一安心して礼を言った。マリアは微笑みを返して、
「いいのよ、これくらい。私もこんなに暗いと怖いから、から」
 その表情に、ジェンダーは「あぁ…………」と感嘆の声を漏らした。
 これだ、この顔だ。
 ジェンダーがかつて当たり前のように見てきた顔だ。花吹雪が似合うその笑みに、思わずクスッと吹き出してしまう。
「どうしたの、たの?」
「うんうん…………なんか久しぶりに見たなあって。マリアちゃんの笑顔」
「そう? そんなに会ってなかったっけ、私たち、たち?」
「軽く半年以上は会ってないよ。お姉さんから接触禁止されてから一度も連絡取り合ったことないよ?」
「そうだったかしら、私ずっと仕事で忙しかったから気にしなかったけど、けど」
 発火魔法ファイアリングで辺りを照らしたからだろうか。ジェンダーは胸の内が少し温かくなっていくのを感じた。
「でもよかったよ。案外元気そうで。僕は何だか心に穴が空いたような感じに陥ってたからね」
「…………そうでもないんだけどね、どね」
 コツコツコツ───
 足音が妙に高く反響する。
「…………私、お姉ちゃんを追い詰めてたのかなって思ったの、たの」
「追い詰めてた…………?」
「うん……………」一拍の間を置いて、「お姉ちゃん、私の学費とか生活のために学校やめて働いてくれてたの、たの。けど、お姉ちゃん…………きっとまだ『学生』で在りたかったんだと思う」
「学生で在りたかった……………かぁ」
 世間の常識や暗黙の了解など、一切知らずに生きてきた学生時代。それを家族のために捨てることは容易いことだったろう。
 シーナのことだ。妹のためなら何でもすると豪語するはずだから。
 だが、それと同時に後悔することになるのだ。世間の厳しさ、醜さ、残酷さ。それを学生の精神メンタルで受け止めるなんてできるわけがないのだ。
 しかし、それでもシーナはめげなかった。
 そう、あのラグナロク教に───グレー=ルイスに会うまでは。

 洞窟のようにクネクネ曲がる道を歩いていると、二人はとある部屋の前を横切った。
「なんだろう…………この部屋」
 厳重な鉄扉だ。褐色の土に異様な存在感があるそれを見逃すわけがなかった。まるで見つけてくれと言わんばかりの。
 ジェンダーとマリアは好奇心に身をまかせ、その扉を引いた。
 外側に開いた奥には、ロウソクが何本も立て掛けてある広場が広がっていた。異教徒による異常な信仰場のような雰囲気で、畳や仏壇のような物があるだけでそう感じてしまう。
 おそらくここは結界に関係なく有った場所なんだろうとジェンダーは推測した。
「…………ここで信仰してたのかな?」
 中に入るや否や、ジェンダーは辺りを見渡し口を開く。
「さっき突入部隊が来るまでやってた雰囲気だね、だね。ここにお姉ちゃんがいたのかな、かな…………」
 しかし人の気配は二人以外になかった。いやもしかしたら、この怪しげな雰囲気が全てを包み隠しているだけかもしれないが。
 薄暗い。
 一言でそう言い表せるなとジェンダーは思った。
 ロウソクが現在進行で燃えているというのに、そこに安心感や満足感は一切存在せず、変わりに不安や疑念、猜疑心さいぎしんなどが立ち込め、まるで煙のように辺りを曇らせてるように見えた。
 こんな───こんな地獄のような雰囲気の中で、信者かれらは一体どんな気持ちでいたのだろう。
 世間体や規則ルールから逃れた解放感? 
 それとも家族には悪いけどみたいな罪悪感?
 どっちにせよ───と、ジェンダーの細めた目が仏壇を捉えた。
「あんなものがあるからダメなんだよね………」
「……………、」
 マリアは何も言わない。
「僕はこういう宗教みたいなこと分からないけど…………その人が神様を信仰して幸せならそれでいいと思う。でも、それで周りの人が不幸になるようなら、僕はそれはいけないことなんだと思う」
「……………、」
「お姉さんだってそれくらい分かってるはずだよ。だって今までマリアちゃんのために頑張ってきたような人だよ? きっと自分の想いに示しがつかないだけで、本当は───」


「その通りだ、ジェンダーよ」


 二人の顔が一瞬で凍り付く。
 サッ───と。
 影のような動きが耳についた。
 この場にいる二人以外の───何者かの存在が背後から姿を現す。
「…………そこにいるんでしょ、でしょ」
 振り返らず、マリアは重い口を開く。
「…………


「あぁ、今、お前の後ろにな」


 振りかえる暇もなく───シーナの槍がマリアの胸を貫いた。


      


 













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