彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

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第一章

揺らぎの魔窟

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「うっ……」

 一歩足を踏み入れた途端に視界が揺らぐ。
 足元が覚束なくなり、地が揺れているかのような錯覚が起きる。
 錯覚。この不安定な中で自身を律しながら進まなければならないということか。
 外にいた時には感じなかった恐れや不安が襲って来る。精神的な作用も含めて揺らがされるとは、面倒な。
 回復魔法は光属性だから使えない。ならば状態異常を回復させる符を宝箱から手に入れなければ、ずっとこのままだ。

 否、もう一つ選択肢はある。
 ただ、外に出ればいい。すぐに回復するかどうか分からないが、今日のところはダンジョンの攻略は諦めて、帰る途中で遭遇する魔物の相手をするだけで海月には我慢して貰うのだ。

〈嫌なこった。ワタシが出るから代わりなよ。あんたは内側で小さくなって震えてればいいさ〉

 海月がそう言って表面化しようとして来るものだから、私は乗っ取られないように意識を確り保つべく、深呼吸する。
 目眩のような感覚は拭われないけれど、奥からスキップするように金剛カンガルーがやって来たのが見えて、舌打ちしながら武器――やまいぬの牙から造られた剣を取り出す。
 これは剣という仕様になっているが、切れ味は期待できない。ただ薙ぎ払う際の膂力の込め方次第で、あらゆるものを粉砕することが出来た。
 中には所々に篝火が配されていて、結構明るい。
 海月が酸素濃度がどうのと言っているけど、難しそうな話は聞き流しておく。

 金剛カンガルーは見た目は獣そのものでありながら、体躯はまさに金剛石のように硬く、通常の剣では歯が立たない。
 ランクⅢになるとギルドから贈られる特別な鞘がある。このお陰で武器を――種類は剣の形状をしたもののみ――何本も持ち歩くことなく済むから豺の牙を使える訳だけど、この鞘がなければ切れ味抜群のとっておきとはいえ、この相手には通用しないものだったから、逃げ帰っていたところだろう。変に海月と交代したら最後、とっておきの剣の方が粉砕されていただろうことが容易に想像できて苦笑した。
 ギルドから贈られる物は、本人が主力として扱っている武器によって変わる。
 大剣だと背負う程の鞘か、通常の鞘を選べる。これは、私の鞘からも大剣が取り出せたりしまえたりするという謎仕様で大変便利だから、慣れている武器が大剣だったり見栄を張りたい人が大きい方の鞘を貰っている。
 弓を専門に扱う人の場合は矢筒だ。弓ではなく矢の種類を変えられたり、最高999本が収納出来たりする。矢は消耗品だから相当有難い物だろう。
 杖は杖差しというもの。腰の辺りに斜め掛けするタイプの皮ベルトに差し込み口が五つあって、続け様に杖の変更と術の発動が可能となる。基本的に杖が「回復の杖」「火の杖」「風の杖」……といった感じで、扱える魔法が決められてしまっているものが多いからだ。稀に「万象の杖」という属性の制約なしに魔法を発動出来るものがあるそうだけど、伝説級だから噂でしか聞いたことがない。各自で杖がなくてもある程度の魔法は行使できるから、魔法使いはいらないといった考えを持つ者がいるが、それは間違いである。火力の差が半端ない。
 槍は穂鞘という物が贈られていたようだが、使い勝手が悪いらしく、あまり利用する人はいないらしい。
 その他の武器については話題にも出ていないので分からない。――ないんだろうな、きっと。

 ガツンッ!

「くぅっ」

 金剛カンガルーの尻尾のぶん回し攻撃を避けて、豺の牙を眉間に叩き付けると、じんと痺れが腕に伝わって来る。
 獣系の魔物の殆どが急所である鼻を狙ったんだけど、少し高く跳び過ぎたようだ。
 けれど眉間もまた有効な場所だ。ふらふら、よたよたと後退したところで、今度こそ鼻を目掛けて豺の牙を振る。

「グワッ」

 パキリと乾いた音がした。けれどまだ足りない。

「せやぁっ!」

 ヒビの入った鼻面をもう一度。
 金剛カンガルーの注意点は、さっきの尻尾のぶん回し攻撃だ。パンチもかなり重くて、木製の盾なら一撃で粉々にされるし、鉄製の盾も凹んで穴を空けられてしまうくらいだが、一撃目から二撃目の間隔は長い。隙を突いて二~三回くらいは余裕で攻撃を食らわせられる。
 しかしぶん回しは遠心力が金剛カンガルー自身制御出来ないくらいのものだから、一度あたって弾き飛ばされたらいい方で、下手をすると連打で確実に死ぬ。
 現れた時に、普通ならピョンピョン跳ねて来そうなバネのあるウサギに似た足を(専門的なことはさっぱり分からないが)しているのに、スキップしているような動きになっていたのは、金剛カンガルーが自分の重さに負けそうになっているからだと言われている。
 私は試したことはないけど、金剛カンガルーと遭遇しても、上手く逃げ回れる広さがあるところなら、勝手に自滅してくれることがあるらしい。

「うう……」

 目眩の所為で軽く気持ち悪い。
 どうにか倒せた金剛カンガルーは、陶器を地面に叩き付けて粉々にしたような姿と成り果て、尻尾肉だけを残して消えていく。
 狩人みたいに荷物係を連れているならともかく、またパーティー内に交代で荷物係となる役割が出来る人員を確保していないと、探索途中の食事の材料にもなる肉を持ち歩くのはしんどい。だからこれは放置しておこう。
 まあ、数時間煮込まないと食えたものじゃない肉だから、好んで持ち歩く奴はいないけど。

「それに今欲しいのは状態異常の回復符だ。何処かに宝箱ないかな」

 土壁に手をついて少し歩いては辺りを見渡し、また少し歩いては辺りを見渡すことを繰り返す。
 お陰で手が汚れてしまって不快だが、気にしてはいられない。遅々として先に進めないことでイライラするが、足元が覚束無い上に、軽く気持ち悪い状態から、ちょっと吐きそうなくらいに症状が進展してしまったことの方に、更なる苛立ちが募る。

「そりゃ、来るよね」

 また金剛カンガルーだ。今度は二体。
 一見すると楽しそうなスキップに、私の中の海月が苛立ちを噴火させた。

「ここはワタシが出るぞ! 気持ち悪いのなんざ、気合いで吹っ飛ば……――――」

 ――残念ながら気合いで吹っ飛ばせなかったようだ。
 モザイクを希望したい姿に、魔物にも「大変そうだから待っていようか」という遠慮や「うわー。ヒくわー」といった嫌悪があったりするのか、スキップをやめて遠巻きにこちらを見ている。

「ぜぇ……ぜぇ……。貴様ら、乙女の粗相シーン拝ませてやったんだ。高くつくぜ?」

 口元を拭い(汚いなぁ)荒い呼吸でクワッと目を見開く私……ではなく海月。
 拝ませてやったと言われても、金剛カンガルーにとっては見たくない光景だったのだろう。回れ右して逃げて行く。

「逃すかよぉっ」

 目眩なんて感じていないかのように俊敏な動きで間合いを詰めると、振り返ってギョッとした様子の二体の目にDクラスの火属性魔法フレイムを打ち込んだ。

「キーッ!!」
「ギャンッ」
「おらよっ」

 眼球を焼かれた金剛カンガルーが身を捩って尻尾を打ち付けて来ようとするが、二体の距離があらかじめ近かったこともあり、こちらにではなくお互いを攻撃し合う形になる。
 そこへすかさず海月が豺の牙で鼻を叩くと、一撃で粉砕された。
 思わず剣が無事か確認して貰ったくらいに、見事な砕けっぷりだった。

〈武器の耐久も考えて〉
「はあ? そんなのいちいち気にしてたら、楽しく戦えないだろ。ルナは小心者だから仕方ないか」
〈こういうのは小心者とは言わないと思うんだけど〉
「そう? まぁどうでもいいよ」

 スタスタと歩く海月。
 そういえばいつの間にか目眩が治まっている。

〈海月、何かした? 目眩とか気持ち悪いの、なくなってるんだけど〉
「吐いたらスッキリしたんじゃないか? バッドステータスが解除されたなら、めでたしめでたしじゃないか」

 身体を動かしたから機嫌が良くなったんだろう。ハハハと笑う海月に溜め息で返すと、唐突に広い場所に出た。

「おお!」
〈うわ〉

 喜色に満ちた声を上げる海月に対し、私は蒼白する思いで泣きたくなる。
 そこはいわば魔物の詰所。数えきれない程の魔物が、私たち(?)が来るのを待ち構えていたのだった。
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