彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

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第一章

ヒーローは不穏な影と共に現れる

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 これは死んだかも。と私は思ったが、海月みつきは歓喜に震えゾクゾクしているようだった。
 今なら逃げられそうなのに、そんなことは彼女が許さないだろう。

 魔物は金剛カンガルー、ベイビー蝙蝠、クネクネ蜘蛛の三種。
 一番数が多いのはベイビー蝙蝠だ。ベイビーといっても体長が小さく可愛らしいものではない。人間の赤ちゃんくらいの大きさだからだ。誰がそう名付けたか知らんが、もっとそれらしい名前はなかったのか。
 こいつは闇属性だから光属性の魔法でわりと簡単に倒せる。
 しかし、私も海月も使えないんだ。この魔窟は光属性優位か。光属性が扱えなきゃ生きる価値ないとか言うのか。人間なんだから光属性くらい使えるだろとか言うのか!

「コンプレックスくらいで苛つくなよ、ルナ。お気に入りの剣使うけど、怒らないでね」

 海月の声にハッと我に返る。
 やまいぬの牙の剣が鞘に納められると、次に抜き放ったものは、私のとっておきの剣だ。
 半透明の水晶の剣身の中心に真紅の輝きが伸びている。
 この中心にあるものは古の龍のものだと聞いている。その血には様々な属性の力が込められているとされ、剣から魔法が放てる訳ではないが、かつて炎も水も、風さえも切り裂いてみせた。耐性だけではなく、相手の弱点属性を微弱ながらにでも纏っていると考えたい。
 何故私がこんな大層な物を持っているのかというと、冒険者育成学園の卒業時に両親から贈られた物だからだ。
 本当は、私が冒険者として成功をおさめてからという予定だったそうだが、多分学園側から色々聞いて、私がソロになってしまうだろうことを心配して、せめて心強い武器だけでも傍に。と親心を発揮させてくれたのだろう。
 母親の物であったそれは、母親が冒険者だった頃に古の龍から貰ったと言うのだ。どうやら自分の母親ながら可憐な容姿をしていることで、龍の花嫁にと望まれ、こっぴどく振られたにもかかわらず、龍がこれだけでも傍らに置いてくれと泣いて頼んだものだから、仕方なく……なんて、絶対作り話だよね。
 ん? もしかして傍に置いておくのも嫌になったから、私に押し付けた? 親心だなんて思ったのは間違いだった?

 まあ、綺麗だし、頑丈だし、強いからいいけど。
 しかし、いくら剣が強かろうが、さすがに金剛カンガルーを試し斬りだなんて真似はしない。

「ふっ」

 超音波を発して来たベイビー蝙蝠に、強い耳鳴りと頭痛を与えられながらも、海月は軽く跳躍して相手の頭上から龍血水晶剣を振り下ろす。
 この蝙蝠、体の大きさのわりに皮膜の翼が小さい為、高くても私の目線よりやや上くらいにしか飛べない。そして金剛カンガルーと同じく動きも俊敏さに欠けるものがあった。
 次々とベイビー蝙蝠を相手に、軽快に立ち回る海月だったが、合間合間に金剛カンガルーが邪魔をしてくる。
 私がとっておきの剣を大事にしていることも、誰から貰った物かも理解している海月だったから、口では「武器なんだから使えば壊れるだろ」なんて言うこともあるけれど、凄く気にしてくれているのが分かる。
 今だって、咄嗟に金剛カンガルーの尻尾を剣で受けかけて、慌てて避けたものだから、ベイビー蝙蝠の体当たりをまともに食らって転がってしまう。
 そこに、クネクネ蜘蛛が待っていて、長い脚をクネクネさせながら捕食しようと糸を吐きかけてくる。

「うぎゃあ、きっしょい!」

 どんな相手でも嬉々として戦う海月だけど、このクネクネ蜘蛛は苦手なようだ。
 持て余していそうな長い脚をクネクネさせ、お尻をフリフリしている様はなかなかに可愛らしく……見えないね。海月が言うとおり気色悪い。
 ゴロゴロと勢いをつけて転がって糸を避けると、別のクネクネ蜘蛛の脚に踏みつけられそうになる。

「ソイルスピアーズ!」
「フシャッ!?」

 土属性の鎗が複数出現し、クネクネ蜘蛛の真下に潜り込む形になっていたことから、腹部を滅多突きにする。
 そして素早く抜け出すと、屈みながら走り始めたのは、魔物の群れに囲まれていたからだった。

「不味いな。下手打った」

 チッと舌打ちしながらもベイビー蝙蝠には躊躇なく剣を振るい、クネクネ蜘蛛は魔法で対応。金剛カンガルーの尻尾のぶん回し攻撃が気掛かりだったが、集まり過ぎていたことで相討ちになったりしているのは有難い。
 けれど、ここまで動きっぱなしなのは体力的に危険だ。回復魔法は使えないし、この辺りにも宝箱はなさそうだから、回復符を手に入れられる可能性もない。

 ソロで来るところを間違えたな。

 後悔したところでもう遅い。
 だけど、自分が悪いのだから仕方ないか。
 そんな風に半ば諦めかけていた時だった。

「!」

 ゆらりと魔窟内の空気が揺らいだ。
 私が通って来た方向から異様な気配が近付いて来る。
 私だけでなく魔物たちの意識もそちらに集中し、中には奥へと逃げ出すものもあった。

「……」

 手強そうな相手に遭遇しても、これまで海月が恐怖を感じた様子を窺わせたことはなかった。けれど今、武者震いとは別の震え方をし、その震えを抑えようと右の二の腕を強く掴む。

 先ず視界に入って来たのは影だった。
 篝火の所為だとは思うが、やけに大きい。
 地響きなどはしていないが、巨人でも現れるのかと思った。――が。

「?」

 予想に反して、影の持ち主は少年だった。
 否、もしかしたら人間そっくりな魔物かもしれない。
 少年は神々に愛されまくる為に作られた存在のように麗しい顔立ちをしていた。
 ここまで精巧な美しさなら、世の女性たちはころりと騙されて命を落としそうだ。
 しかしながら、少年が纏う気配は異様だった。
 影と思っていたものは、少年の背後から広がっている。彼の影ではなく、闇を背負っているかのようだ。

〈悪い。ちょっと休憩〉
「えっ?」

 いつの間にか海月が私の中に入り込み、私を表面化させてしまう。
 すると、私が思わず上げた声に気付いてか、少年がこちらを向いた。
 情けなくも鼓動が跳ねる。

「置いて行かれたのか?」

 気怠そうで艶っぽい声が掛けられた。
 まさかソロで来ているなんて思わないだろう。

「その辺で待ってろ。すぐ片付けてやるから」

 海月のやる気に満ちた雰囲気とは真逆の、全くその気の無さそうな雰囲気で言われても、不安しかない。
 武器を取り出す気配すらない少年に怯えて、魔物が一ヶ所に集まる形になったのは、偶然だろうか。

「レイ」

 ぼそりと唱えたそれはSランクの光属性魔法。
 定められた領域に光線を発し、しかも領域の壁にぶつかると跳ね返る。領域内の魔物が全滅するまで続く殲滅魔法だった。

「う、そ……」

 私と然して変わらない年齢の少年が、そんな魔法を扱える訳がない。
 やっぱり魔物? 絶世の美少年は冒険者なんかやらないで、安全なところに匿われているべきだ。そして全女性の活力の為に、目の保養となるべく時折日の当たる場所に出ればいい。
 大変なものを目撃してしまった動揺からか、そんなアホな考えが頭の中を巡り始める。

「へたり込んでも、おんぶなんかしてやらないぞ」

 言いながらも、傍に来て手を差しのべてくれるなんて、私のことを知らないから出来ることなんだろう。
 悔しくもキュンとなる胸を、自分のことながら馬鹿にしつつ、折角なので手を借りて立ち上がる。
 座り込んだのがいつだったかも覚えていないくらい、動揺が重症だ。

「一緒に来ていた薄情者たちは奥か?」
「否……ソロで来たから、一人」

 状況によっては魔物と一緒に殲滅してしまいそうな雰囲気を漂わせている少年に、誤解を訂正する。
 表情と雰囲気が合致しないってどういうことかと訊ねたい。

「ソロ?」

 あ。今、ようやく合致した。

「ランクは?」
「Ⅲ」
「……年齢は?」
「明後日で16歳」
「へぇ」

 感心したように笑った少年が続けて「おめでとう」なんて言うものだから、ちょっと泣きそうになった。
 こちらが無理に言わせた形になったものでも、今年は誰からも言って貰えないって思っていたから。
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