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第一章
このヒーロー、ちょっと悪人かもしれない
しおりを挟む助けたお礼にと、少年から辺りに散らばった魔物が落としていった素材を運ぶようお願いされた。
荷物係に任命されてしまったのだ。
両手じゃそんなに持ち歩けないと抵抗を試みたが、下手すると安っぽく弱そうに見える胸当てから、布の袋を取り出された。
広げてから渡されたそれは、どうやって畳まれていたのか謎なくらいに結構な大きさで、口元を縛った紐で背負えるようになっている。
滑らかだか頑丈な肌触りと質感。胸当てと同様に見掛けは兎も角かなり高価な物と見た。
仕方なくなかなかに量のある素材を拾って袋の中に入れていくと、かなりの重労働だった。腰が痛い。
金剛カンガルーの尻尾肉が邪魔で仕方ない。他は蝙蝠の皮膜、何故か丁寧に縒ったものを糸巻きに巻いた蜘蛛の糸、眼球。
さすがに眼球を素手で掴むのは抵抗がある女子もいるが、素材になってしまうと石と変わらない。この眼球、水で戻して口にすると眼病に効くらしい。
私が必死に素材集めに勤しんでいる間、少年はさっさと先に行ってしまい、手伝ってくれてもいいじゃないかと不貞腐れていると、ドガンズガンと戦闘の音が聞こえた。Sランク魔法を行使した後でまだ余力があるなんて、あやつは一体何者なんだ。
「……つまらん」
ぼそりと呟いたのは、あれきり海月が全然反応してくれなくなったからだった。
四六時中会話している訳ではないけれど、ダンジョンにいる間に反応がなくなることなんて、これまでないことだった。私が彼女の存在を受け入れるまで、毎回毎回しつこく声を掛けて来ていたくらいだし、ダンジョンにいない間も騒がしかったりするから、妙な感じだ。
「お。スゲェな。全部詰めたのか」
「……」
「ほら、ご苦労さん」
戻って来た少年をジト目で見上げると、笑いながら私の額に符を押し当てた。
全身の疲労が癒されていく。体力回復符だ。
体の何処に押し当てても効果はあるけど、額は何だか封印されそうな感じがして嫌なんだけど。
「回復したな?」
「ばっちり」
「じゃ、それ運ぶのも任せて平気だな」
「おおぅ」
そうだよね、そう来るよね。分かっていたさ。美少年にこんなもの運ばせたら私が精神的にヤられる。
しかし、魔物がいなくなると少年の雰囲気がガラリと変わるのが不思議だ。
そういえば背負っていた闇みたいなものも消えている。
「何だ?」
きょとんとされてしまったが、寧ろそれはこちらの方だ。
よっこらしょと袋を背負い、ちょっとよろけたところでもう一度少年の背後を確認するものの、ないものはない。
「魔王のマントがバッサーって翻ってはためいてるみたいな影が、なくなったなーと思って」
「……」
茶化すように言ってみたが、例えがあまり良くなかったかもしれない。魔王なんか知らないしマントとかいうのも海月が以前に話してくれたものだから、少年が何言ってんだこいつ、みたいな目をこちらに向けて来ても文句は言えない。
「ふーん」
頷いて、スタスタと先に歩き出してしまう。
訊かれたくないことだったら、申し訳ないことをした。
そう思いながら追いかけ、隣に並んだところで――否、半歩くらいこちらが後ろなのは歩幅の所為か――謝ろうと口を開きかけると。
「お前にはそんな風に見えたんだな」
「えっ?」
大して気にもしていなかったように、そう返された。
「俺、呪われてるんだわ」
「はい?」
そしてまた大したことなさそうに、大変なことを言う。
「呪われていらっしゃるのデスか……それはそれは……ははっ……」
「逃げるなよ。呪われてるって言っても、ただ魔物に対してやたら残忍になれるとか、目についた邪魔者は全て倒さなきゃ気が済まなくなるとかくらいだから、全然問題ないよ」
「――あー……」
ちょっとずつ距離を取ろうとしたところで、手首を掴まれて引き戻される。
ヒィッと声を上げそうになった私だが、少年の言葉を聞いて、そんなことかと気が抜けた。
だってそれじゃあ、私も同じだ。
「自分の中にもう一人、別の自分がいる感じ?」
「何だそれ」
チッ。違ったか。ご同類を見つけたかと思ったのに。
「別の自分ってのじゃなくてだな、色んな奴の思念が憑いてるんじゃないか、とは言われたことがあるな」
「えっ」
「他の奴らには柩を背負ってるように見えるらしい。屠った魔物の魂を、その柩の中にいるモノが喰らってるんだと」
「何ですと!」
少年の背中を二度三度と目で確認した後に、バシバシと叩きながら見たまんま何もないことを確認する。
「見た目に反して、物怖じしないな」
「柩なんかないよ」
「だろうな」
「柩も魔物の一部? あ、憑いてるなら魔物じゃなくてお化け? 柩のお化けの中にお化けがいるの?」
「否、そんな風に他の奴らには見えてるって話だ。……ちゃんと聞こうな?」
「ふぁい」
鼻をつままれた。
何だこの人。思春期女子に思春期男子がするようなこと? 女性問題色々抱えてそうだなぁ。
「じゃあじゃあ、パーティーに誘われてもすぐ上手く行かなくなるんじゃないか?」
「――ああ、お前がそういうタイプなのか」
クスリと笑われ、グサリと胸が痛む。けど少年の笑顔には微塵も馬鹿にした様子はない。
「俺は、嫌味に聞こえるかもしれないけれど、誘われても断ってるからな。学園にいた時からそうだったし。まあ、学園にいた時はこんな呪いなかったから、全然違う理由でだった訳だけどな」
「もしかして、一緒にパーティー組みたいって人が多すぎて……とかいう贅沢な悩みでソロだった先輩?」
「何だ。変な噂にでもなってるのか?」
困ったように笑った少年……否、先輩は、二手に分かれた道の左側に進んで私を促した。
「あっち、行き止まり」
「もしかして、私が素材を拾っている間に、全部の魔物を倒しちゃったとか?」
「うん。だって、いたら倒したくなるから。で、お前に横取りされないうちに片付けてしまおうと思って」
「横取りって」
「そんな風に考えるようになっちゃうんだよ」
「……成程」
やっぱり海月みたいなものだろうか。
だからって海月は呪われてる訳じゃないんだけど。
……あれ? もしかして別の人格とか前世の魂が入り込んでるとかじゃなくて、実は憑かれてる?
「どうした? 宝箱の中身なら、回復符くらいしかなかったぞ。光属性の安っぽい杖ならあったけど、街で売ってる奴の方がマシだろうから捨てといた」
「なんっ……」
光属性だと? と、怖い話はちょっと忘れてクワッと目を見開いて先輩を見る。
安っぽかろうが何だろうが、光属性が使えない私たちにとっては必須であると思い知ったこの魔窟で、何やらかしてくれてるんだ、この人は。
「欲し……かったのか?」
勿論だ。と頷く。
けれど、宝箱から取り出された後、そこに戻すのではなく捨てられてしまったのなら、消えてしまうのだ。
一度この魔窟から出て入り直せば、宝箱の中身が魔物と同じように復活する訳だけど(但し、私たちが魔窟を出る前に誰かが入っていた場合は、同じパーティー扱いとなるのか、復活してくれない。どうやら一度完全に無人にならなければいけないようだ)先輩が闇水晶を壊していたら、数ヵ月はただの洞窟となる。
「……じゃあ、後で代わりに何かやるから、許してくれ。もしかして光属性魔法が使えないのか?」
「勿論だとも」
「なら、その辺りで見繕っておく」
「やったー。絶対だからね」
「遠慮しないなぁ」
「したら損するでしょ」
「否、その代わりに残しておいた物があるんだけどさ」
そう言って示された先には、ダンジョンの要とも核とも言える闇水晶が浮かんでいた。
「えっ……何で? これ壊したら経験値いっぱい貰えるし、壊した人だけランダムで魔法のランクが上げられるのに?」
「経験値なら、そこそこ稼いだしな。だから、どうぞ」
なんて言うから、喜んで闇水晶を破壊したのに。
「どういう訳か、パーティー組んだ奴らは俺にこの役を譲りたがってさ。何処のパーティーに臨時で入ってもそうだから、かなりの数の闇水晶破壊しまくったんだよね」
「先輩を成長させまくって恩着せがましく迫られたりしたの?」
「否、その結果が今の俺なんだよね」
「?」
「呪いって言ったろ。これは闇水晶の呪いだ。好意的に言うなら見初められたとでも言うのかな。より多くの魔物を葬らせて闇水晶を壊させる為に、俺に柩を背負わせたってところだ」
「柩の中は闇水晶?」
「さあ。お前には違う物が見えていたみたいだから、本当は柩じゃないかもしれないけどな」
「何だそれ」
「この所為で俺は『闇柩のアーヴィン』なんておかしな呼ばれ方をするようになった」
「……ってことは」
何だか嫌な予感がした。
水晶を壊したことで辺りが浄化されていくけれど、私の気分はその予感によって淀んでいく。
「さっさとその呼び名を消して貰えるように呪いを解くには、魔物の殲滅という欲を満たしながらも、水晶は別の奴に壊して貰えばいいと思ったんだ」
「……」
「お前、これからも俺と一緒にダンジョン巡りしないか?」
「それじゃあ私が呪いにかかるじゃないか!」
そんなのは最悪だ。ただでさえ私には……。
「お前なら大丈夫だろ。既に何かが憑いてるからな」
「憑いてるって言うなーっ!」
海月の存在に気付かれたことに焦り、憑いているなんて他人から言われたら余計に怖くなるじゃないかと、先輩を突き飛ばそうとすると、避けられて水晶があった近くに出来た離脱ポイントに行かれてしまう。
「あ、待てっ」
私は慌てて追いかけ、魔窟から出たその先で待っていた先輩に――正面向いて待っていてくれたことに、少なからず感動してしまって。
「海月がいいって言ったら、その役目、受けてやるよ」
なんてことを口走っていた。
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