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第一章

先輩の担当職員

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 ギルド職員の中には担当する冒険者やパーティーを受け持っている人がいる。
 私はあちこちのパーティーをウロウロしていたし(と言っても冒険者になってからは三つくらいか)まだ駆け出しだからということで、アギーさんやガレスさん、ハリソンさんという人が専門についていた。昨日のダンジョンを紹介して貰ったのはガレスさんだったな。笑顔が無駄に爽やかで苦手なんだ。いい人そうだから申し訳ないけど。

 で、アーヴィン先輩には個人というか専属の職員がいた。
 ゴドフリーさん35歳。額が元々広いだけでハゲてるんじゃないですよ。と会って早々にこやかに牽制された。相当気にしているのかと思ったら、それが気に入っている自己紹介フレーズなのだそうだ。
 よく分からんが、職員には必要だったのかもしれないな。
 ゴドフリーさんは先輩に相棒が出来たことを喜び、ガッチリと握手をさせられた。勢いで抱きついて来ようとされた際に、先輩がさりげなく躱させてくれたから助かった。
 否、危うく殴ってしまいそうだったから。

 そのゴドフリーさんが私たち用にと提示してくれたのが、現在参加パーティーが最多である「奈落の魔巣」と、水属性の魔物が占める「湖上神殿」(魔物だらけのダンジョンで何故神殿なのだよ。というツッコミは控えておいた)そして最後のダンジョンの主が倒せないという難攻不落の名を冠した「不落の迷宮」だった。

「『奈落の魔巣』にどれだけの人数が参加してるんだ? 魔物とどっちが多いんだよってならないのか?」
「期間限定ダンジョンだからね、人気なのは仕方ありませんや。それに、あそこは他のパーティーと遭遇しないみたいだから、魔物の取り合いなんてことにはならないみたいですよ」
「あれ。先輩はまだ行ってなかったんだ?」

 これは意外だと思った。期間限定のダンジョンだし名称が凄いから、強い魔物がいっぱいいたりするだろう。そういうところにこそ、先輩は勇んで向かって無双したとかいう武勇伝があってもいいような気がしたからだ。

「だいたい他のダンジョン行ってる時に出現してたって感じだったからな。なるべく人気のないところを教えて貰うんだけど、そうなると町から遠いところばかりでね。行くまでに二日掛かったりするものだから、乗り遅れてるんだよ」
「けど、今回は行けそうだよね。ここにする?」
「否」

 頭を振って、先輩が選んだのは「不落の迷宮」だった。
 あれか。他の誰もが倒せずとも、俺なら容易く倒せるぜ(イメージとして先輩がニッと笑ってキラーンと白い歯が輝く)的な。

「荷物持ちが出来たから、宝箱の中身も素材も、めぼしい物は持って帰って来れるし、蘇生符が手に入るみたいだから、ルナが死んでも問題ない。蘇生させてやるから安心しろよ」
「何故私が死ぬのが前提なの。危ないのは先輩でしょーが」
「しかし、荷物係としてルナさんを伴われるならば『奈落の魔巣』を目指されても良いのではありませんかね?」
「ダンジョン内で会わなくても、ダンジョン周辺で会いたくない奴に会うかもしれないだろ」

 ふーん。先輩にもそんな人いるんだ。パーティーに入れってしつこく言ってくるような感じかな。それとも女性問題か。やっぱりあるのか、こんにゃろめ。

「何想像してるのか何となく分かるけど、違うからそんな目で見るな」
「うぷ」

 ついジト目で見ていたら、手のひらで顔面全体をおさえられた。しかし大きい手だな。だからって女子にこの仕打ちはどうかと思うが。

「『不落の迷宮』の手前にある森は迂回して下さいね。ダンジョンではありませんがドリュアスがおりますので、アーヴィンさんが危険です」
「木の精霊から誘惑されてもな……」
「とても美しい女性の姿で誘惑されるんですよ? それで何とも思わないようでしたら、アーヴィンさんの男性的なものが心配です」
「そういう下ネタはルナがいない時にしてくれないか」
「これはうっかり。失礼致しました」

 頭を下げられたが、うっかりじゃないだろ。残念ながら下ネタで顔を赤くさせたりなんかしないぞ。そういうのに無反応でいれば、つまらない奴扱いにはなるが、ネタを振って来なくなるって知ってるからな。
 ……ところで今のはどの辺りが下ネタだった? ドリュアスが美少年を自分の養分にするという恐ろしい話からの、先輩への警告だったんじゃないのか?

「ああ、そうか。誘惑云々が下ネタなのだな」
「そこじゃないよルナ。分からなかったら流しておけばいいから」
「ん?」

 もしかして、声に出していましたか?

 カアァッと顔が熱くなる。こっちの方がうっかりだ。海月と話してる時と同じ感覚になっていた。

「その反応は、もう少し早く欲しかったですねぇ」
「ううう、うっさい、デコ!」
「こら」
「大丈夫ですよアーヴィンさん。『デコ』は許容範囲です」

 にっこりとやたら印象的な笑みを浮かべられ、私は言葉を詰まらせる。
 もう一個の方言ってたら、何か恐ろしいことが起きていた気がした。危なかった。

「じゃあ行こう『不落の迷宮』へ!」

 ゴドフリーさんから逃げるように言うと、先輩は地図を受け取ってゴドフリーさんに軽く手を上げて踵を返した。


 ~・~・~

 ルナとアーヴィンが出て行くと、ゴドフリーの元にギルド職員が寄って来た。
 ハリソンという元狩人であり27歳の好青年である。その穏やかな容貌から駆け出し期間にある冒険者や狩人の担当を任されていた。

「僕、あんな風にルナさんが楽しそうにしているの、初めて見ました」
「おや、そうなんですか?」
「ええ。いつもパーティーメンバーのやり取りを眺めているだけで、にこにこしてはいるのですが、何となくつまらなさそうで。ルナさんをアテにしてメンバーに組み込んでいるのに『仲間』には入れてない感じでしたから、他の子たちとの距離を詰められずに寂しかったのかもしれませんね」

 肘を腕で支えるようにして顎に手をあて、考え込むように話すハリソン。

「暴走する者同士で組むなんて、面白いことをしますよね。仕事さえなかったら二人の後をこっそり尾行して、どんな風にダンジョンを攻略するのか、観察したかったですねぇ」

 それに対した感想を返すこともなく、ゴドフリーは名残惜しげな眼差しを、二人が去った扉へと向けた。

「そんなことより、僕は不安なんですよ」
「あの二人なら、上手くいくんじゃないですか?」
「いえ、そういうことではなく。今までずっとソロだったアーヴィンさんが、駆け出しの女の子と組んだのですよ? 彼と組みたがった女の子だけのパーティーも幾つかありますから、そういった子たちに何かされたりしないか心配で……」

 アーヴィンにご執心な少女たちを思い浮かべると、いかにも有り得そうだとは思ったが、それを実行に移すようでは彼に嫌われるだけだと、踏み留まるくらいの考えは持ち合わせているだろうと、一蹴するように笑い飛ばす。

「考え過ぎですよ。仮に何かあったとしても、ルナさんには保護者・・・がいるでしょう。問題なんておきませんよ」

 ゴドフリーの言葉に、ハリソンはまだ不安そうな表情でいたが、別の職員に呼ばれて断りを入れてからそちらに向かって行く。

「ああ、違った。保護者『たち』だったね。みんなアーヴィンさんのことばかり言うけれど、ルナさんにも少なからず『ファン』がついていることを、知っておいた方がいいんじゃないかなぁ」

 ゴドフリーはそう独りち、自分の仕事に戻った。
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