上 下
21 / 27
第二章

いざ攻略へ! 否、その前に

しおりを挟む
 今回の目的地は、町から歩いて三時間くらいのところにある「常闇の境界」という闇属性にぴったりというダンジョンだ。
 魔物の属性が闇なのではなく、宝箱に入っている何かが(武器か防具かアクセサリー)闇属性なのだ。
 名称がなかなか手強そうなものだけれど、遭遇する魔物の平均レベルは30で、私一人でもどうにかなりそうなものだ。
 攻略されてから約十ヶ月が経過した昨日、闇の水晶が復活したようで、魔物の存在が確認された為、攻略可能ダンジョンとして紹介されるようになったのだという。
 ギルド職員はそういうダンジョンの見回りといったこともしなきゃならないのだから、大変そうだ。
 ただこのダンジョン、さっき私一人でもどうにかなりそうだと思ったが、それは魔物のレベルの話であって、本当に一人ではやって来れない。
 常闇って冠されているだけあって、ダンジョン内は真っ暗なのだそうだ。
 つまり、私にはアーヴィンの使う「ライト」が必要だった。
 暴れまくるのはアーヴィンの仕事だけれど、視界が利かないんじゃ、宝箱を探したり素材を拾ったり出来ないどころか、歩けないからな。
 光属性魔法……どうしたら私にも使えるようになるのか。誰か教えてくれ。切実な願いだ。

「今日は、魔物いないなぁ」

 珍しいこともあるものだと思う。
 町の外に出て一時間以上が経過していた。
 この時期、私みたいに駆け出しの冒険者がいるのと同じで駆け出しの狩人がいる。先輩狩人について色々と教わるのだ。例えば、倒してもろくな物を落とさない、ノーマルシードなどの対処法とか。戦うだけ無駄な相手からは逃げる手段があるらしいんだけど、狩人だけに伝わっているものらしい。
 冒険者も疲弊してる時や倒せないとわかる相手から逃げる手段があるが、狩人とは違うようだ。
 そんな狩人の姿はちらほらと見られるが、魔物の姿はない。

「アーヴィンさん、やっちまいましたねぇ」

 ニヤニヤしながら言うと、アーヴィンはちょっとムッとしたように「俺の所為じゃない」とそっぽを向く。
 一昨日、片っ端から魔物を追い回していたものだから、それで地上にいた魔物を殲滅してしまったのではないかと揶揄った訳だが、今日は一昨日と方角が違う(それくらいなら分かるぞ)から、別の理由があるんだろう。
 けれど行き逢う狩人たちも一度はアーヴィンを疑うようで。何しろ普段の行いがそうさせてしまうのだから仕方ないのだけれど、それにしては肉などが落ちてすらいないことから、濡れ衣を着せられるまでには至らなかった。
 ソロだった時は私みたいに集めて回ったり、狩人たちに謝りながら肉や素材の大半を引き渡す、といったことをすることもなく、ただ我に返った際に、近くに落ちている物を幾つか拾う程度であったから、そういった物が何処にもないということで、わりとすぐに疑いは晴れるのだった。

「近くに新しいダンジョンが出来たのかもしれないな」
「えっ、今向かってるところみたいに、復活したんじゃなくて?」
「復活したところは、そこに適した魔物くらいしか寄り付かない。けれど、新しく出来たところならば、自分たちが適しているかどうか見に行くくらいはするかもしれない」
「物件探しみたいな?」
「まぁね。仮に出来ていたならっていう話だよ。他には、強い魔物が現れて追い払われたか食われたかしたのかもしれないと考えられもする」
「ふむふむ」
「お陰で予定時間より早く着いたよ。先ずは休憩しようか」
「おおぅ」

 本当だ。予定の半分近い時間で「常闇の境界」という立て札と、歪んだ鏡面のようなダンジョンの入り口が見つかった。
 普通のダンジョンには立て札なんかはない。地図とダンジョンの情報で、一見したら分かるようになっているからだ。
 けれどこの「常闇の境界」は、草原の中にポツンとあるということくらいで、形状についての情報はない。
 不自然に歪んで見える場所の周りを回っても、何の異変もないのだ。だからこの立て札がなかったら気付かないこともあって、草原中をうろうろと探し回ったりすることになるか、気付いたらダンジョンの中に入ってしまっていた、ということになってしまうだろう。
 ダンジョンの中は真っ暗だというのだから、突然闇に放り込まれたような感じになって、パニックを起こすかもしれない。

「失敗したなぁ」

 休憩といえばご飯だね。と、アーヴィンが何を用意してくれているのだろうかと、わくわくして待つ私の耳に、溜め息混じりのそんな呟きが。

「途中でメロ鹿に遭うと思ったから、それをあてにしてたんだよね」
「! まさか、肉、お預け?」

 それは由々しき問題だ。
 このガラン草原にメロ鹿は現れないかもしれないが、突撃ラビットくらいはいる筈なのに、白いもふもふの影すら見えない。

「……」
「ルナは何も用意して来なかったのかな?」
「あるよ。一応」

 がっかりしながら、マジックバッグの中をごそごそする。
 でも、だってアーヴィンをあてにしていたんだ。それに外で拾うと思ったから、本当に一応の、なけなし的な物しかない。

「魔熊の燻製肉か。安価だし日保ちもするから、ないよりはマシな感じか……うん?」

 おやつに最適なスティック状の燻製肉と一緒に、数本混じっていた垈鶏ぬたどりのレッグ肉を見て、アーヴィンが目を丸くさせた。

「珍しい物持ってるな」
「昨日、肉屋で貰った」
「貰った?」
「うん。普通に料理しても臭みが抜けなくて、人気ないんだって。でも臭いの我慢すれば味はメロ鹿並だよって、おじさんが」
「だからって、くれないだろ、普通」
「よく分からんが『元気出しなよ』って言われた」
「……」

 そこでアーヴィンが私の頭を……多分海月のことだろう……見て、納得したように頷いた。
 海月が起きてる様子はないんだけど、何を納得したのだろう。

「それ、使っていい? 今は食べられないけど下処理しとくから」
「え、本当に? 美味しくなる?」
「ルナがいい子で待っていられたらね」
「何だそんなことくらい、ちゃんと待ってられるぞ!」

 アーヴィンにレッグ肉を渡すと、アーヴィンはその場に胡座を掻き、マジックバッグから銀製の筒とボール、ナイフ、そして牛頭羊ごずひつじのミルクを取り出す。
 次にレッグ肉にナイフで切り込みを入れ、ボールにミルクを半分程注ぐと、その中に肉を入れて揉み込み始めた。

「料理、得意?」
「ん? まぁ、母親いなかったからな」
「……そっか……」
「婆ちゃんが世話してくれたし、近所の人たちに世話焼かれまくったから、全然平気だぞ。だから、そんな顔はしないでくれないか」
「うん……」

 片親がいないとか両親がいないっていうのは、殆どの子供が他人事ではないことだ。親元を離れているだけで、エイダさんは私を気遣ってくれるけれど、私の両親はまだ健在だから、それだけとても恵まれているのだと思った。

「じゃあこの保冷筒はルナが持ってて。あ、マジックバッグに入れないでね。意味なくなるから」
「こっち? 分かった」

 アーヴィンから渡された素材を入れておく袋に筒を入れ、まだまだゆとりがある分を縛って、マジックバッグとは反対側の腰に引っ掛けた。
 剣を抜く際にちょっと邪魔になるけど、そんな機会はないだろう。大事な肉なんだから、懐に入れてもいいくらいだ。
 後の楽しみに口元をゆるませつつ、これまたおやつにと持って来た惣菜パンを取り出すと、アーヴィンは磯ナマズの丸焼き(倒してもそのままの姿で残っているが、兎に角デカい)とハーブティーを出してくれた。
 ナマズはもういいや。というくらいに食べた後は、お待ちかねの(?)ダンジョン攻略だ。
しおりを挟む

処理中です...