彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

文字の大きさ
22 / 27
第二章

はぐれた!

しおりを挟む
「何で手を繋ぐんだ?」

 歪んだ鏡面のような――細波に揺れる水面のようなダンジョンの入り口に突入しようというところで、アーヴィンが私の手を取った。
 既にライトは発動させて頭上にあり、その手には煤けた木刀のような物が握られている。

「なんとなく。嫌?」
「――別に」

 真っ暗な場所に入るということで、ライトがあるけれど念の為といったところか。

「じゃあ入るよ」
「うん」

 頷くと、アーヴィンが入り口に体を斜めにしながら入って行く。
 引かれる形で中に進むと、一寸先は闇の状態。
 これじゃ魔物に気付いた時には遅かった、といったことになりそうだ。こんなところにいるようなものなら、暗闇の中でも視界が利くのだろうし、それでいてこちらの居場所はライトで丸見え。的はここですよと教えているようなものだからな。

「少し肌寒いな」
「向こうの方から風が吹いて来てる所為だろう。真っ直ぐにそちらに向かうべきか、あるかどうか分からない宝箱を探して歩き回ってみるか……」
「よし、歩こう」
「言うと思った」

 声音は呆れたように聞こえるものなのに、顔を見ればいい笑顔。

「……? 待って」

 しかし不意にその表情が引き締められたかと思うと、ズズズンッ、という腹部に響く重い音と共に、足元が揺れる。

「な、に……?」

 ぐらりとよろけた身体を、アーヴィンが引き寄せて支えてくれようとした。

 バチリッ

「ひゃっ!?」
「いっ――?!」

 青白い雷光のようなものが私を包んで辺りに迸り、アーヴィンを弾き飛ばしてしまう。

「アーヴィン!」
「ルナっ!!」

 揺れが激しくなり、アーヴィンがこちらに伸ばしてくれる手を掴もうとするけれど、まだ青白いものが私の傍から消えない為に引っ込める。
 ――と。

「うわぁっ?」

 アーヴィンの身体が何かに掴み上げられたかのように浮き上がり。

「う、そ……っ」

 私の足元は唐突に崩れて落ちていく。

 一体、どういう罠だよ。ちゃんと教えておいてくれよ、攻略済みのダンジョンなんだからっ!

 腹を立てながら落ちていった私は、しかし次の瞬間青白い空間の中に立っていた。

「……? 何処? 『常闇の境界』で合ってる?」

 真っ暗じゃなくなったのは有り難いが、青白いだけの空間というのも目に悪い。
 傍にあった雷光みたいなものは消えたようで、あれが私をここに連れてきたのかと思ってみたりする。
 取り敢えず、落下の罠で死んだりしなくて良かった。アーヴィンは大丈夫だろうか。

「……魔物も、いなくね?」

 足元に近づくにつれて色は白さを増し、空にあたる上に向かって青くなるだけの、一色とは言えない色合いだけれど、もっと変化が欲しい。そんなに明るくもない筈なのに目が痛くて眩しい気がする。
 なので自分の手を見たり焦げ茶色のジャケットを眺めたりしてみる。……緑が欲しかった。

「海月ー、海月海月海月ー、起きてー」

 あっという間に寂しくなったものだから、もう一人の私に話しかけてみる。

〈何処だ? ここ〉
「分からん」

 すぐに返ってきた声に安堵しつつ、アーヴィンとはぐれたことを説明すると。

〈そうか。ならばワタシのターンだな!〉

 やったぜ、とばかりに威勢良く海月は言うが、彼女が求める魔物がいない。

「外でも魔物と遭遇しなかったんだ。あの邪魔なシード系の奴らも見かけなかった。やっぱり何かおかしかったのかな」
〈やっぱり、って言うことは、何かしら予感があったってことか?〉
「予感って程じゃないよ。ただ、なんとなく気になったくらいでさ」
〈それはさておき――〉

 と海月は私を押し退けるように表面に出てくる。

「ルナは少し休んでな。何かあったらワタシが対処してしんぜよう」
〈うん。頼っておくよ〉

 海月を退屈させていたお詫びもあるし、実際何かあった際には海月の方が反応が速かったりするから、ここは任せることにした。
 しかし、見渡す限り何も見えないのだが、元の場所に戻る手段はあるんだろうか。

「らんらんらー、らららんららー」

 海月は陽気に歌を口ずさみながら歩いているが、メロディーはなんとなく覚えているのに、歌詞を殆ど忘れてしまって思い出せないんだと、少し悲しそうに言っていたこともあって、やはりそこに歌詞らしきものはあまりない。
 さすが異世界の歌とあって、こちらでは全く耳にしたことのない、奇妙な感じがするのにこちらもつい覚えたくなるような気分の良いものだ。

「僕は進むよー、ららんららんらん、らんらん、らん?」

 曲が変わって暫くして、海月が足と共に歌を止めた。
 急にポンッと宝箱が落ちて来たのだ。

「宝箱? 本物? ミミックか?」

 警戒しながらジリジリと近付き、ぺしっと蓋を叩いて様子を窺う。

「……」

 何も起こらない。
 用心を重ねてぺしりともう一度叩いた海月は、ただの宝箱だったかと安心したり残念に思ったりしながら、解錠した。水の印があったから水属性の魔法をかけてみたようだ。
 パカリと開いた宝箱の中にあったのは、鍵。

「……」
〈……〉
「誰ん家の?」
〈否、ここから出るのに必要な鍵かも〉
「そんなもん、恐竜の腹をかっさばいたら出て来るみたいにしなきゃ、つまらんだろうが!」

 うがーっ、と海月は吠えるが、恐竜とやらはともかく、何で腹の中にある設定にするんだろうか。

 仕方なくその銀色の鍵をマジックバッグに放り込んで、ふと顔を上げた海月は、正面と上空とを忙しなく見比べるように首を振る。

〈何てこった〉
「パンナコ……いやいや、素晴らしいではないか!」

 私の呟きに反応して何かを言いかけた海月は、しかしそれを呑み込んで、少しばかり頬を引きつらせながらも上機嫌で「ブラボー」と続ける。

 つい先程まで全く姿を見せなかった魔物。
 それが今や先程の宝箱のように上空から落ちて来て……否、舞い降りて、群れをなしているではないか。

「じゃあ、殺りますか」

 言って海月が抜き放ったのは炎を纏った剣――鳳凰剣。「炎帝の墳墓」で手に入る稀少な武器だが、威力がそこそこあるくらいで使用可能時間がやたら短く、数分経つと鞘に勝手に納まってしまう上に数時間使えなくなるという……正直、あまり使えるとは言い難い物だった。
 しかし、目の前にいる魔物は全て腐乱人形。火属性魔法と合わせて使えば、上手く立ち回れる筈だ。

「さあゾンビども。ワタシの愛の炎を受け止めやがれーっ!!」

 言うなりダッと駆け出す海月。
 腐乱人形は歩く屍体さながらの姿をしているが、腐臭も腐った内臓もそのもの・・・・であるにも関わらず、綿を詰めた人形のように火をつければよく燃える。
 一体が火ダルマになれば、ただ近くを通っただけのものにも燃え移る程の凄まじい火力で、こちらの身も危険だと思われるくらいだ。

「ふはははは! 焼き尽くせ、全てを灰燼かいじんと帰すのだ」

 しかし海月は楽しそうだ。あちこち跳ね回って鳳凰の剣を振り回し続け、炎の波間を渡った所為で暑くて熱くて堪らないんだけど、仕方ない。
 そしてあれだけの炎が、いくら腐乱人形が絶えたからといって、どのようにしたら何事もなかったかのように消えてしまったのか謎だが、気が付くと辺りには腐乱人形が落とした素材、人形服の端切れが大量にあった。

「……これ、必要?」
〈要らないんじゃないかな〉

 だって、そもそも端切れって何に使うんだろう。分からないからこそ、持って行くべき?

「じゃあ、ちょっとだけ」

 考える私に、海月は十枚程手に取ると、マジックバッグに入れようとし、慌てて素材を入れる為の袋に入れて貰おうとしたところで、腰にぶら下がっている袋の中の、銀の筒を思い出す。

〈ぎゃーっ〉
「え、何? これ、何?」

 牛頭羊のミルクに浸した、垈鶏ぬたどりのレッグ肉……さっきの熱で駄目になっていたらどうしよう。

〈肉……肉があぁぁ……〉
「――よし。出口探すか」

 嘆く私をよそに、結局端切れをマジックバッグにしまった海月は、取り敢えず鍵を使う「何か」を探して、また歩き始めた。
 そのうちまた落ちて来るのだろうと、上空を見上げたりしながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...