彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

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第二章

脱出、か?

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 不意に、アーヴィンははぐれる可能性があることを、前もって知っていたのではないかと思った。
 なんとなく。で手を繋いで来たのが、それを危惧していたことだとしたら、何故はじめから教えてくれなかったのかと問い質したい。
 勿論、怒っている訳ではないから、美味しい料理を振る舞って貰ったら水に流すという算段だ。

 ……でも、肉が。

 心配で心配で、銀の筒の中身を確認したいが、怖くて開けられない。この先も食べられなくなったに違いない肉を持ち歩くより、食べられるかもしれない肉を持ち歩く方が何倍もいい。それに賭ける為に確認しないでいようと、決めた。英断だ。

「ルナってそんなに食い意地張ってたっけ?」

 海月がようやく空間を構築する壁に辿り着き、寄り掛かってぽてりと座りながら訊ねて来る。
 やたらと広すぎる為に、歩き疲れたのだろう。多分、体力的なものじゃなくて精神的なきつさが響いているのだ。景色の変わらない、視界に入る色彩の乏しさが延々と続く中を歩くのは、苦痛でしかなかった。
 あれから蜥蜴騎兵という、大きな蜥蜴に乗った骸骨兵が七騎落ちてきた。レベルがちょっと高かったのか海月でも苦戦したようだったけど、ブラッドホーンシリーズと呼ばれる、兜 鎧 籠手 盾 腰帯 具足の素材になるブラッドホーンが入手出来たのは気分が良かった。あのシリーズの装備品は高価だから、この素材もきっと高値で売れるに違いない。
 学園時代に素材の形状と名前はたくさん暗記したけれど、不変のものではないものだから、値段までは書かれてなかったんだよね。

 ……で、何だっけ?

「ルナさんは食い意地が張ってますね。っていう話」
〈張ってないよ。欲望に多少忠実になっただけだよ。アーヴィンのご飯は旨いからな!〉
「餌付けされたか。胃袋を掴まれるのは、こっちの世界でも効果的なんだな」

 うんうんと頷きながら呟く海月。
 海月が私の身体で動き回る間、痛みや痒み、冷たさに温かさと、そういった感覚はあるみたいなのに、何故か味覚だけは何も感じないのだという。
 そのわりに何かを口にして「不味い」だの「イケる」だのと言うことがあるが、それは舌に激痛を感じたら「(食ったら)不味い」ということで、蕩けるような柔らかさを感じたら「(これなら)イケる」という意味らしい。

〈何してるの?〉

 小太刀を取り出したかと思うと、壁をガリガリと傷つけ始める。
 刃毀れするからやめてくれと言いたかったが、意図が伝わって来たので黙っていた。
 暫くはうっすらとした線でしかなかった目印が、濃い青の線に変わったところで、私に見せつけるように刃先を確認してから、小太刀を納めた。心配には及ばなかったようだ。

「さて、ぐるっと一回りしますかね」

 それは壁伝いに一周して、出口になりそうなところを探そうという考えだった。
 鍵が手に入ったのだから、絶対にそれを必要とするドアか何かがある筈だ。壁に隠し扉がある可能性を先に片付けようというのだが、他の可能性なんて考えたくもなかった。
 だから、折角つけた目印だけど、出来れば二度と見たくない。時間経過と共に消えてしまった、なんていうことは抜きにして。

「けど、ちょっと問題があるんだよなー」
〈何?〉
「魔物が出たら、何処まで確認したか分からなくなる」
〈……あー……〉

 進みながら壁に傷をつけていければ、手をつきながら歩いているこの状態に邪魔が入っても、すぐに戻ることが可能だが、なかなか傷つけられなかった壁を、ずっとガリガリしていくのはしんどいものがある。

「こういう時、全体マップとか見れたらいいのにって、マジで思うよ。そしたら怪しい地点もすぐに発見出来るのにさ」
〈何それ。凄い便利そうだね。何処かで売ってた?〉
「否、売り物じゃないんだ。マジックバッグが売ってるくらいなんだから、あっても良さそうな感じだけど……アイデア申請してみるか? 特許特許ー東京特許許可局だぞー」
〈……?〉

 何言ってるか分からないんだけど。

「早口言葉だよ。知らないか。ワタシは得意なんだ」

 そこで胸を張られても。

「武具馬具武具馬具三武具馬具、合わせて武具馬具六武具馬具! 菊桐菊桐三菊桐合わせて菊桐六菊桐! かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ……」

 本当に得意なんだろうけど、私には何の呪文を唱えているのかさっぱりだ。

「あっ」

 じゅげむじゅげむ言い始めたところで、海月が足を止めた。
 手をついた壁に違和感を覚えたようだ。
 何の邪魔も入らなくて良かった。

「長方形に亀裂が入っているが、鍵穴がないぞ? コンコン、入ってますかー?」
〈返事があったらおかしいだろ〉
「お約束だぞ。やらない方がおかしいだろ」
〈そうなの?〉

 初耳なんだけど。
 まあ、海月のマイルールとやらを、いちいち本気にしても仕方がないから、聞き流しておく。
 暫くタンタカタンタカと壁を叩いていた海月は、何の変化もないそれを眺めて、少しばかり途方に暮れた。
 やっと出口を見つけたと思ったのに、ただ紛らわしいだけのものだったとなれば、落ち込むのは当然だ。
 私一人だったら、泣いていたかもしれない。

「仕方ないなぁ」

 海月は気を取り直したようにそう言うと、壁から数歩距離を置く。

「ヘルファイア!」
〈!〉

 壁に向かっての魔法攻撃に、自棄やけになったのかと思った。

「ファイアスピア!」

 火属性のCランク魔法を続けて放った時、亀裂が少し反応したような気がした。

〈海月、ちょっと交代して〉
「ん」

 ならば。と思い付いたことを実行する為に、ここは海月に引っ込んで貰う。

「グラビティウインド!」

 魔物相手に使うと、えげつないことになってしまうそれを、壁ならばと躊躇なく行使する。
 ちなみにこれを放つ際に、ズズズと体内から何かが引摺り出されるような強さで魔力を消費するものだから、そういった意味でも普段使いには向いてない。さすがはSクラス魔法だ。

 ガウンッ、と壁がたわんだ。
 闇と風属性の混合魔法だから、海月がやるよりも私がやった方がより効果が上がると思ったのだけど、どうだろう。
 抗うように亀裂にそって板状に浮き出たそれが、元の形に戻ろうとするが、黒い(紫闇に近いか)煙のようなものがそれを許さない。
 グググと真ん中で二つ折りになったそれが、勢い良くこちらに吹き飛んで来たのには焦ったが、どうやら成功したようだ。

「階段があるぞ」

 上へと伸びるそれを見つけ、思わず万歳する私。
 あれから何時間経ったのか分からないが、やっと出られると安堵したのも束の間、次の問題が……。

〈上の方、真っ暗だな〉
「……だね」

 だって、忘れそうになったがここは「常闇の境界」だから、真っ暗なのが当たり前なんだろう。
 じゃあ、本当に何なんだ、この青白い空間は。ブラッドホーンが手に入らないで、端切れだけだったら発狂ものだぞ。
 そして結局意味のなかった鍵。
 否、ここでは使わないけど他で必要になるのか? ただの宝箱の鍵だった、なんてことにだけはならないでくれよ。大きさも形も違うんだから。

 しかしそれより、あの暗闇をどうするかだ。火を灯りにするしかないか?

 だとしたら、松明とする為の木の棒が欲しい。
 そんな考えが誰かに伝わったのか、上の方で明かりが幾つか灯され、こちらに下りて来るのが見えた。
 ここを攻略しに来たパーティーだろうか。嫌な感じじゃない人たちだと嬉しいんだが。
 そう思いながら待っているうちに、気付く。
 相手は冒険者ではなかった。

「……うげ」

 松明を掲げている逆の手には、棍棒。そして私を見つけてギャッギャッと声を上げ、雪崩れ込むように突っ込んで来たのは、複数のゴブリンだった。
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